玉の輿婚! 腹黒な御曹司と結婚したら愛されすぎて困っています

希彗まゆ

第一章 めちゃくちゃすぎるプロポーズ (1)




第一章 めちゃくちゃすぎるプロポーズ




 飛鳥井は、主に高級ブランドのスイーツ関係の事業を手掛けている、大手企業だ。

 会社も数多くあり、ここ数年ではそのうちのひとつの次期社長にと、蒼馬さんは噂されるようになった。彼は二十六歳になっていて、誰もが認める凄腕のビジネスマンになっていた。

 ──表向きは。

 いや。正確には、去年の夏までは本当にそうだった。

 某有名大学を卒業した蒼馬さんは、そのまま緑里さんと一緒に、父親の経営する企業に入社した。そして緑里さんとタッグを組んで、さまざまな仕事をこなした。

 双子はふたりともおなじくらい仕事ができたけれど、兄ということで蒼馬さんは次期社長にという話が出たのだ。

 けれど、蒼馬さんはつまずいた。婚約者の女性が浮気をし、世の中のことが信じられなくなってしまったのだろう。彼女と別れた直後から、自室に引きこもるようになってしまった。毎日のように、本を読んだり寝たりを繰り返すだけ。それだけ、元婚約者への愛が深かったのだろう。

 そうでなくても蒼馬さんは、元から愛の深い人だった。穏やかでおとなな彼は、これまでにも何人かの女性とつきあってきたけれど、一途で絶対に恋人を裏切るような行為は一度たりとしなかった。

 それがわかっていたから、緑里さんは引き受けたのだと思う。

 蒼馬さんの、「影武者」を。

 蒼馬さんが引きこもるようになって、会社は痛手を負った。これ以上の損失をさけるため、彼らの父親である飛鳥井敏則が決断を下し、緑里さんに命じたのだ。

「蒼馬は表向きにも必要な人材だ。蒼馬が背負っていたぶんをカバーできるのはさまざまな面で緑里しかいない。よって今日から『飛鳥井緑里』はニューヨーク支店に栄転とする。世間的にはそういうにする。期間は未定、蒼馬が引きこもりから脱するまでだ。そのあいだ、緑里には『飛鳥井蒼馬』として、いままでの蒼馬の仕事とポストを引き継いでもらう」

 と。

 緑里さんは昔から、蒼馬さんのことを兄としてとても慕っていた。だからだろう、即座に答えた。

「わかりました。任せてください」

 そばには飛鳥井敏則が信用する執事と使用人だけがいて、このことはお邸内だけの秘密となった。お邸に仕える使用人たちと会社の重役以外、誰も知らされることはなかった。

 使用人たちはみんな飛鳥井家族を慕っていたから、秘密が外に漏れることはなかった。もちろんわたしの両親もそうだったし、わたし自身も固く口を閉ざした。

 わたしは小学校、中学校、高校と双子とおなじところに通い、大学だけは別のところで、卒業してからはお邸つきのメイドの職についていた。

 蒼馬さんのことは変わらず好きだったけれど、婚約者の話が上がってから、胸が痛かった。

 だけどいまでは、もっと痛い。

 蒼馬さんが引きこもりになってしまったこと。緑里さんがそのために自分を殺すようなことを引き受けたこと──。

 蒼馬さんの心の傷を思うと、それはどれほどのものだろうと、胸がズキズキする。

 そんなのはわたしのエゴだって、わかってる。

 だけど、勝手に痛んでしまう。

 蒼馬さんには無理をしてほしくない。だけど、一刻も早く元気な蒼馬さんに戻ってほしい。あの穏やかで優しい笑顔を見せてくれるようになるまで、立ち直ってほしい──。

 毎日のように、そう願った。

 わたしは幼なじみということもあって、双子のお世話をさせていただいていたのだけれど、蒼馬さんが引きこもるようになってからは、緑里さんだけに仕えるようになっていた。

 それは蒼馬さんの要望で、「こんな情けない自分をあかりに見せたくない。あかりは大事な幼なじみだから」と、自分の世話にはわたしのお父さんを指名した。蒼馬さんの部屋に入れるのは、飛鳥井家族以外はお父さんだけになった。

 そのことだって、つらかった。蒼馬さんがわたしのことを考えてくれてそうしたのだと思うと、なおさらのこと。

 蒼馬さんに気を遣わせている。すごくつらいはずなのに、蒼馬さんはわたしのことまで考えてくれている。

 つらいんだから、責任感が強いのに仕事を放棄してしまうほどつらいんだから、わたしなんかに気を遣ってくれなくたっていいのに。もどかしい。もどかしくてたまらない。

 そのぶん緑里さんの支えになろうと、それまで以上にメイドの仕事をがんばるようになった。それまでは「そこまではしなくてもいい」と言われていた靴磨きや下着の洗濯も、やるようになった。

 緑里さんはあきれたように笑った。

「あかり。そういうのって、奥さんがしてくれることなんだよ? いまどき奥さんだってそこまでしてくれない人だって多いって聞くよ。あかりは兄貴のことが好きなんでしょ? だからさせてなかったのに。ほんとおまえって、そういうとこまじめだよね」

 だけど、ありがとう。

 緑里さんは毎日そう言って、くしゃくしゃと頭を撫でてくれた。

 緑里さんが、ありがとうって言ってくれた。少しでも支えになれているかもしれない。

 そう思うと、ますますはりきることができた。


 蒼馬さんの傷は思いのほか深く、その状態は一年ほど経ったいまも続いている。

 夏から始まったのだけれど、季節は一巡し、いまはまた八月を迎えていた。

 緑里さんはここ一年、見事に蒼馬さんの影武者を演じきっていた。蒼馬さんとしてメディアにも出たし、蒼馬さんより少しでも劣るような業績を残したりもしなかった。

 蒼馬さんと緑里さんの違いはといえば、まったく知らない人が見たら、見た目で言えば髪型くらいしかない。わたしからしてみたら雰囲気とか笑顔の感じとかもまったく違うのだけれど、それはわたしがずっと一緒に育ってきたからだろうか、双子の違いはあまりわからないと友だちや使用人たちは言う。

 蒼馬さんになりきって出勤するとき、緑里さんはもちろん、髪型を変えていった。蒼馬さんはふわふわとちょっとくせのある髪なのだけれど、朝早くから起きてぴったりそのとおりにセットする。

 蒼馬さんの好みで蒼馬さんが身に着けていたような色のスーツを着て、ネクタイをしめ、靴を履く。それがまるでスイッチかのように、顔つきも蒼馬さんのものになる。しずかで、穏やかなものになる。やんちゃで明るい「飛鳥井緑里」は完全に姿を消す。

 そこまで徹底している緑里さんは、本当にすごいと思う。本当に蒼馬さんのことが大好きなんだな、と伝わってくる。

 けれどさすがに疲れてきたのだろう。

 ここ数ヵ月、緑里さんは元気がない。

 お邸の自室に戻るとすぐに、むりやりのようにお風呂に入り、バルコニーに設置してある白い高級なウッドチェアにどっしり体重を預け、ぼうっと夜空を見上げている。毎晩、ずっとだ。

 そしてわたしがまだ部屋にいることに気がつくと、むりやりのように笑顔を作る。

「もう戻っていいよ」

 緑里さんが帰ってきても、わたしはなにも用を言いつけられない。靴をそろえようとすることさえも、「しなくてもいい」とやわらかく止められてしまう。緑里さんは幼なじみでもあるけれど、いわゆる「ご主人様」でもある。わたしから無理強いは、できない。

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