誰にもナイショ・ヒミツの極甘寮生活

伽月るーこ

第一話 不思議の国は全寮制の女学院 (2)

 それというのも、ここに籍を置いているのは、名のある旧家、政治家や大企業の社長といった地位と名誉のある上流階級の親を持つ令嬢たちばかりだからだ。他に裕福な一般人もいるが、だいたいの生徒は都心部にある第二校舎へと編入してしまう。こんな何もない山の中で三年間も過ごしたくないという理由がほとんどで、逆にここに残っている生徒たちは親の監視から逃れたいという生粋の〝お嬢さま〟しかいなかった。その学校に、なぜ、中小企業に勤めるサラリーマンの父を持つ、一般庶民がいるのかと言うと。

『──転勤!?

 高校二年の夏。夏休みも半分ほど過ぎたある日の夕食、それは発覚した。

 突然の転勤宣言に驚く娘の前で、父は転勤先が海外であること、急遽下りた辞令のため、八月末には現地に行かなければならないこと、赴任期間が三年であることを告げてきた。

『受験もあるだろうし、無理についてきてほしいとは言わない。だから、もし日本に残りたいのなら正直に言ってほしい。みちるは、どうしたい?』

 迫られた選択があまりにも大きすぎて、そう簡単に決められない。戸惑いが頭の中を真っ白にしていき、何も考えられなくなっていると、隣で黙っていた母が口を開いた。

『もし日本に残ることを選んでも、おばあちゃんが面倒をみてくれるから安心して』

 母方の祖母・絹江如月財閥会長夫人で、随分前に夫を亡くしている。祖父は半ば強引に結婚した両親のことを最後まで許してはくれなかったが、祖母だけは味方だった。金銭面の援助は一切なかったが、共働きの両親に代わって家事をしたり、みちるの面倒をみてくれるなど、そのときどきで必要なことをしてくれた。そんな大好きな祖母のところなら、通学に多少時間がかかっても安心して生活できる。それに、母ができなかった親孝行をみちるができると思えば、答えはすぐに出た。

『お父さん、お母さんごめんなさい。私、日本に残る』

 そうして、日本に残る決意をしたみちるが、新しい生活を始めようとした──のだが。

『ここから今の学校までは通学が大変になるだろう? おばあちゃんが懇意にしている方のご子息が、全寮制の学院を経営していてね』

 そう言って祖母は母そっくりの柔和な笑顔で、神楽坂桜華学院の転入書類を見せてきた。

『実は、その子たちが今困っているんだ。おばあちゃんの頼みだと思って、ここで彼らの力になってくれないかい。転校手続きはおばあちゃんがやっておくから……ああ、不安にならなくても大丈夫、みちるも知ってる人だから安心おし』

 転校は想定外だったが、両親が帰ってくるまでの三年間、すべての面倒をみてくれる祖母の頼みとあれば、断ることなどできない。それに、転校先が全寮制ということもあって、親孝行はできないが生活面で祖母の負担にならないと安心もした。

 結果、庶民であるにもかかわらず──、今日の転校に至った。


 ゆるやかな坂になっている石畳の道を歩きながら、みちるは天を仰ぐ。

 青々とした新緑の間から漏れるしい陽の光を浴び、ときおり髪をでていく風に深く息を吸い込んだ。おいしい空気に鼻先をめるひんやりとした緑の香り。独特な鬱陶しさのない爽やかな夏を肌に感じながら、緑のアーチを抜けた先に視線を戻す。

 すると、校舎の壁とともに目に入ってきたのは、木陰で読書をする制服姿の少女だった。

 ひんやりした風にく長い黒髪は陽の光で艶やかに輝き、切りそろえられた前髪からく瞳は真剣に物語を追っている。彼女は、すらりと伸びた手足を持つ、しなやかな体軀を木に預けていた。まるで、額縁に閉じ込められたような光景に目が奪われる。自然とその場で足が止まり、彼女に見惚れていた。

 そんなみちるに気づいたのだろうか、彼女がふいに視線を上げる。

 そのとき──、太ももの辺りを風が撫でた。

「え、あ、だめ!!

 気づいたときには、風をんだワンピースの裾がふわりと舞い上がっているところだった。祖母がこの日のためにと用意してくれたシフォンワンピースは、白くなめらかなやわらかい素材でできている。その生地がいたずらな風に勝てるはずもなく、一瞬の間に腹部までめくれ上がった。荷物を放し、慌てて裾を手で押さえても、脇から下着が見えてしまう。あまりの恥ずかしさに、みちるはそのまましゃがみこんで風がやむのを待った。

「…………もうやだ」

 滅びたい。

 心の中で続けたひと言が、みちるの心情を見事に物語る。できることなら、顔を上げるのも遠慮したい。しかし、そういうわけにもいかないことだってわかっている。耳を真っ赤にして羞恥と格闘するみちるだったが、近づいてくる足音で我に返った。

「それ、プリンセスラインの新作よね」

 落ち着きのある低めの声に導かれるようにして、ゆっくりと顔を上げる。目の前に現れた彼女の顔を見つめたまま、みちるは言葉を失った。

 中腰になって顔を覗き込んでくるとした瞳が印象的で、見惚れてしまうほど綺麗な顔が目の前にある。遠目から見ても綺麗だと思ったが、間近で見てもそれは変わらなかった。

「外見をブランドで固めているから、人違いだったらどうしようかと思ったけど、中身が普通で安心したわ」

 それはいったいどういう意味なのだろう。

 呆けるみちるに、彼女は形のよい唇を綻ばせて流れるような仕草で手を差し出す。

「お待ちしておりました、卯野原みちるさん」

 すぅっとる声に名前を呼ばれ、自然と彼女の手に己の手を重ねていた。

 思っていたよりも力強い手に引き上げられるようにして立ち上がると、彼女はその綺麗な顔を近づけ、そっと耳元でく。

「いちご柄、かわいいわね」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。まばたきをしている間に、鼻先の爽やかな甘い香りは離れていく。そこでようやく、みちるは自分の下着を思い出した。

 ──見られた……!!

 先ほどの〝中身〟が自分の下着だということを、柄を言われて理解する。彼女のような素敵な人に子どもっぽい下着を見られたことが猛烈に恥ずかしく、瞬時にが熱くなった。




「あの、いつもはこんな子どもっぽいのじゃなくて、もう少し大人な下着を……っ!」

 ──って、何を言っているの私は……!!

 混乱に紛れて、どんなフォローをしているのかと我に返って口を閉じる。羞恥にさらに羞恥を重ねるようなことを口走ってしまいそうになり、もっと顔を真っ赤にさせたみちるに、彼女はやわらかく微笑んだ。

「それじゃ、行きましょうか。もうみなさん揃っているから」

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