マイスウィートウェディング 元上司の旦那様と誓う永遠の愛

佐木ささめ

第一章 結婚式までの長い道のり (2)

 しーんと沈黙が落ちて、電話回線の向こう側からはなにも聞こえない。痛いぐらいの沈黙に落ち着かなくなって口を開こうとしたとき、母親の方から喋り出した。

『梨紗、それって彼氏?』

「はい……」

『ふーん。連れてくるのは構わないけど、元日は止めたら? せめて二日とか』

 はい、そうしたいのは山々なんですが、色々と考えた結果、元日がいいんです。

 私はなぜ正月早々、他人を自宅へ連れてくるかを説明した。

 今年の正月休みは四日の月曜日までと期間が短い。その間、二日と三日は自宅へ親戚たちが集まりドンチャン騒ぎが始まるため落ち着かない。できれば四日にしたいのだが、この日は芳野係長のみ仕事がある。そして彼は休み明けから上海へ出張で、月末まで帰ってこられない。そのため元日に挨拶へ行きたいと言っていた。

 簡潔にそのことを伝えると、母は得心がいったようだ。

『それじゃあ仕方ないわねぇ。でも梨紗、その彼氏がくる理由って、単にあんたと付き合っている報告をするのか、それとも一歩踏み込んだ話をするのか、どっち?』

「それ言ったほうがいい?」

『当たり前でしょ。まあー、あんたの年齢で彼氏が挨拶に来たいって言うなら、だいたい用件は分かるけど』

「わかるなら、さっしてください、おかあさま」

『五・七・五で答えるんじゃない! まったく、あんたみたいな娘を嫁にもらおうなんてどんな物好きよ、その彼氏』

 あ、結婚の承諾をもらいにくるってことは気づいたんだな、母よ。

 でもこれ以上、茶々を入れると話が終わりそうにないので、物好き呼ばわりされた芳野係長のことを簡単に説明した。案の定、驚いた反応が返ってくる。

『その人って、あんたが帰省する愚痴していた上司さんじゃないの?』

 うっ、やはり覚えていたか。今年のお盆休みに帰省した際、弟が芳野係長の名前を覚えていたので、親も覚えているかもと思ったのだが、不安が的中した。家族にとって係長は、あまりいい印象を持たない人物として捉えられているはず。

「たしかにその上司なんだけど、その、今はそんなふうに思っていなくて、だから今まで私が話したことは忘れて欲しいんだけど……」

『うーん、あんたがあれだけボロカスに言ってた人を彼氏にするなんて、にわかには信じがたいんだけどねぇ』

 私、そこまでボロカスに言ってましたっけ?

 過去を振り返ってもイマイチ思い出すことはできないのだが、私の愚痴を聞かされていた人が言うならそうなのかもしれない。──ああ、このことを係長へなんて説明すればいいのだろう。

 その後は簡単に元日の打ち合わせをして通話を終えた。私は沈黙したスマートフォンを見つめて溜め息に近い吐息を吐き出してしまう。

 事態は動き出したのだ。今から流れを止めるつもりなんてないが、これから片付けるべきことが多すぎて頭が痛い。

 まずは明日、今年最後の仕事を終えるのが先だ。

 大きく伸びをした私は風呂場へ向かった。


     §


 仕事納めも過ぎて大掃除も済ませた三十日。午前十時ごろに聞き慣れたエンジン音がアパートに近づいてきたので、火元の確認と施錠をしっかりして外に出る。車のそばへ着いた途端、芳野係長がぎゅうーっと抱き締めてきた。

 ──ヒエェ! 往来でそれは止めてぇー!

 キスをされる前に拘束から逃れて車に乗り込めば、満面の笑みをたたえた彼が上機嫌で車を発進させた。……このは恥じらいって感情がないのだろうか。はぁ。

 この日はなにも予定がないので、両親へ渡す手土産を一緒に買いに行ったり、食事へ行ったりとのんびり二人で過ごしていた……はずなのに、ソファにくっついて座っていたら気づけば押し倒されている。

 見下ろしてくる恋人の笑みが妖しい。

「あの……」

「ん~☆ なにぃ?」

「えっと、今はまだ外が明るい時間でして」

「うん、まだ三時だからねぇ♪」

 いくら真冬の日の入り時刻は早いといっても、いまだ太陽はさんさんと輝いて私たちがいるリビングを明るく照らしている。自分の常識だと恋人とイチャつく行為は夜にするものなので、たいへん恥ずかしい。

 私が視線を落ち着きなく動かす様子を見て、係長はくすくす笑いながら頰を撫でてきた。

「嫌?」

「……嫌というわけじゃなくて、その」

 恋人の部屋へ泊まりにきたのだから、そういった行為はもちろん期待している。こんな寒い日は好きな人と寄り添って温まりたい。でも付き合い始めたばかりだから、素肌を明るい場所で晒すのは恥ずかしいうえに照れる。

 うにゃうにゃと躊躇っているうちに大きな手のひらが首筋へと流れ、ニットプルオーバーの隙間から指先が侵入した。鎖骨を手繰る動きに私の体がふるりと震える。

 こちらの全身をすっぽりと覆い隠すほど大きな体軀が落ちてきた。キスをされると思って瞼を閉じたのだが、いつまでも唇に触れる感覚が得られない。そっと目を開ければ至近距離で微笑む彼の顔。

「なに……?」

「うん☆ こんなにも近くにりぃーちゃんがいるなんて嬉しくって、見惚れていたっ♪」

 本当に嬉しそうに好意を告げられると、照れくさくても気持ちに応えたいと思ってしまうから、私も大概、彼に溺れている。こんなふうに愛情を感じただけで、羞恥を上回る劣情が容易く生まれるのだから。

 そっと両手で精悍な顔を包んで瞳を見つめる。すると黒に近い濃い目のブラウンが私を見つめ返してくれる。

 指先を静かにその色へ近づけると瞼が閉じられた。意志の強い眼差しが途切れてほんの少しほっとしつつ、彼の顔を引き寄せて唇を合わせる。何度もんでは離れるキスをくり返しながら合間に話しかけた。

「……シンガポールの人って、日本人とそう変わらないんですね」

「急に、どうしたのぉ?」

 離れようとする彼の首に腕を絡めてキスを続ける。恋人も私の欲情を察したのか、口づけを交わしながら片手がプルオーバーの裾をめくりあげた。

「興味があって、シンガポールについて……んっ、知りたく、なったんです」

「僕の出身地だから?」

「そう……」

 手のひらがブラごと乳房を包み込む。彼の唇が私の顔のいたるところに触れて、優しく皮膚へ吸いつき、耳朶をんで首筋へ移り舐め続ける。

 あなたのことをもっと知りたいんです。彼の耳元で囁くと、胸元あたりにかすかな痛みを感じた。浮かび上がった赤い斑点をねっとりと舐めつつ彼が教えてくれる。

「シンガポールが、東南アジアで唯一の華人の国ってことは知ってる?」

「はい……、中国系移民が、全体の七割を占めてっ、はぁ……ん」

 話しながらも彼の動きは止まらない。私の上半身はすでに裸に剥かれて、胸を彼の唇が這っている。初めて肌を合わせた夜に刻まれた所有印は完全には消えておらず、薄れたを再び刻印するかのように同じ場所へ吸いついてくる。

「肌の色もそれほど濃くなくって、たしかに日本人と人種的によく似ているから、僕を見ても違和感はないよねぇ♪」

 暖房がきいている室内でも、なにも身にわなければほんの少し寒い。だけどかすかに粟立つ肌は彼の温かな手が慰めてくれた。寒さで勃ち上がった乳首が温かな口内で癒され、体の内側から熱が高まり私の吐息も熱くなる。

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