ケモノな幼なじみと意地っぱりな唇

七福さゆり

意地っぱり① 新しい生活の始まり (2)

 ちょうど電車が到着したけれど、時間帯が悪くて座席は全て埋まり、たくさんの人が吊革に摑まって立っていた。

「うわ、こりゃ座れないな。さすが帰宅ラッシュ! オレ、地方から出てきてるから、ちょっと感動かも」

 彼は西嶋くん。私と同じ歳で、入社式が終わってすぐに話しかけてくれた気さくな人だ。彼は私が降りる一つ前の駅を利用しているらしい。

「あれぇ? 神崎くんじゃない?」

「ホントだぁ。神崎くんだぁ!」

「神崎くんもこの電車だったんだねっ! お疲れぇ~!」

 んん……?

「……ああ、お疲れ」

 知っている苗字を呼ぶ女性の声と、聞き覚えのある男性の声が耳に届いたけれど、あえて気付かないふりをする。

 幸いにも人が多すぎて見えないしね。

「……でさぁ、あれ? 相沢さん、聞いてる?」

「えっ? あ、うん。ごめん、えっと、なんだっけ?」

 気が付けば上の空になっていて、全く頭に入っていなかった。

「いやぁ、それにしても無事就職できてよかったよーって話。オレスッゲー馬鹿だからさ、友達から『お前は絶対就職できない。絶対ニートだ』ってされてたんだよね。あー、マジホッとしたー!」

「あはは、でも、その気持ちわかるよ。私もすっごく不安だったもん」

「だよなー! いや、でもさ就職したらしたで、明日からの仕事上手くやれるかなー? って心配になったりしてさ」

「うんうん、そうだよね。私もすごく不安で……」

 少し会話をしているうちに、西嶋くんの降りる駅へ到着した。

「じゃ、また明日な! あ、オレは営業課で相沢さんは総務課だけど、同期だし、色々助けあっていこうな!」

「うん、ありがとう。気を付けて帰ってね」

「相沢さんもな!」

 女の子がいなくて残念だと思っちゃったけど、良い同期に恵まれたみたい。

 繁華街近くの駅だったので、人が一気に降りていった。空いている席もちらほらある。

 すると気が付かないふりをしようと思っていたのに、『げっ』と言いたくなるような光景が視界に飛び込んできた。

「ねぇ、神崎くん。メアド教えてよ! あ、LINEやってる? ID教えて!」

「あ、アタシも知りたーいっ! みんなでグループ作ろうよっ!」

 真新しいスーツに身を包んだ綺麗で可愛い女の子たちが、眉をめたあいつの周りをグルリと取り囲んでいる。

「いや、ごめん。せっかくだけど、もう降りる駅だから遠慮しておく」

 綺麗な子たちから迫られているにもかかわらず、あいつは誘いをすんなりかわし、次の駅で電車を降りた。

「えーっ! ちょっと、神崎くーんっ!」

「明日は絶対教えてねー?」

 キャピキャピした声に振り向くことなく、あいつはスタスタとホームを歩いて行く。

 相変わらず、ふてぶてしいなぁ……。

 でも、いつも通りモテてる様子。それも入社初日からとは、末恐ろしい。

『間もなくドアが閉まります。ご注意下さい』

「あっ!」

 閉まるギリギリでドアを通り抜け、ホッと胸をで下ろす。

 あ、危なく乗り過ごすところだった……。

 改札を通って駅を出ると、あいつが前を歩いているのが見えた。

 静かな住宅街に、自分のヒールの音がコツコツと響く。

 ヒールの音って、どうしてこんなに響くんだろうとぼんやり考えていたら、あいつがクルッと振り返ってバッチリ目が合った。

「ドスドスうるせーぞ。マメ」

 さっきの綺麗で可愛い子たち相手には柔らかい声を出していたっていうのに、私に対しては随分と乱暴でぶっきらぼうな声で腹がたつ。

「ド、ドスドスなんていってないでしょ!? コツコツだし! 軽やかな音だし! 失礼なこと言わないでよねっ!」

 ムッとして言い返したら、鼻で笑われた。

「どこが軽やかだよ。重いからドスドス聞こえんだよ。そのうちヒールもげるんじゃね?」

「そんなわけないじゃない。ハルのバカ! ていうか、いい加減変なあだ名で呼ぶの止めてよねっ! 『マメ』じゃなくて『ゆめ』だしっ!」

「『豆』みたいにチビっこいんだから仕方ねーだろ。百五十センチで成長ストップした自分を呪え」

 ムキになって言い返せば言い返すほど、次から次へと憎たらしい言葉が返ってくる。私たちはこんな口喧嘩が許される関係──世間で言う幼なじみという間柄だ。

「百五十センチじゃない! 百五十五センチッ! 自分が百八十センチもあるからって、バカにしないでよねっ!」

 家がお隣さん同士で、大学だけは別だったけど、幼稚園、小学校、中学校、高校と一緒の学校に通っていた。

「チビだからってひがむなよ。……つーか、お前はどこにいてもうるせーな。さっき電車の中でも騒いでただろ。滅多に男に話しかけられないからって、テンション上げてんじゃねーぞ」

「ふ、普通に話してただけだもん。ハルの方が綺麗で可愛い子に話しかけられて、鼻の下伸ばしてたくせにっ!」

 顔を合わせれば、こうして口喧嘩ばかり。

 うう、どうしてこんな憎たらしい言い方しかできないんだろう。可愛いと思ってもらえるような言い方をしたいのに。

「見てたのかよ、ストーカーめ。高校卒業して、やっとお前のおもりから解放されたと思ってたのに、就職先に俺の関連会社選びやがって」

 頰をムニッとつままれ、マヌケな顔にされてしまう。つまみ返してやろうと思ったら手が届かない。

 うう、牛乳をたらふく飲んでも伸びなかったこの身体が憎い!

「ストーカーじゃないもんっ! ハルがアイディアエージェンシー受けてたなんて知らなかったしっ!」

「ふーん、あっそ」

 半笑いを浮かべたハルが、感触を楽しむように、頰をプニプニつまんだり離したりを繰り返す。

「し、信じてないでしょ。本当なんだったら! わかったのは、こっちが内定貰った後だったの! 嘘だと思うなら、お母さんに聞いてみてよ! それにおもりしてるのは私の方じゃない! いつも夕ご飯作ってあげてるの忘れた!?

「忘れた。全く記憶にない」

「忘れるわけないでしょ!? 昨日作ってあげたばっかりなんだから!」

 実を言うとハルがどこを受けていたのかは、すごーく気になってた。けど、我慢して聞かなかった。

 ──だって知ったら、追いかけたくなる。

 小さい頃から、ハルのことがずっと好きだったんだから。

 胸に抱いたこの気持ちの正体が『恋』だと気付いたのは、小学校低学年の時。

 それからずーっとハルに恋してたけれど、告白して振られたら二度と話すことすらできなくなってしまうかもしれない。そう思うと、怖くてなかなか一歩が踏み出せずにいた。


 ハルが思わず好きになっちゃうような子になりたい!

 完璧なハルの隣に立っても釣り合うような子になりたい!

 自分に自信が持てるようになれば、もしかしたら勇気が出るかもしれない……。


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