ケモノな幼なじみと意地っぱりな唇

七福さゆり

プロローグ 幼なじみ・神崎遥士 / 意地っぱり① 新しい生活の始まり (1)




プロローグ 幼なじみ・神崎遥士

 四月一日、社会人になってから初出社を終えた夜──私、相沢ゆめを待ち受けていたのは、全く以て予想をしていなかった出来事だった。

「へ?」

 間抜けな声を出すと、幼なじみで隣の家に住んでいる神崎遥士が切れ長の瞳を細めてジトリとんでくるので、その気迫で思わずんでしまう。

 短く整えられたサラサラの黒髪の下には、芸能人だと言われたら信じてしまうほどの端整な顔立ち。だからこそ、睨まれると迫力を感じる。

 ハルとは帰宅途中に駅で偶然出会い、流れで一緒に帰ることになった。こうして一緒に帰るのは何年ぶりだろう。

 他愛もない会話をしながら懐かしさをみしめるように帰路を歩いていたら、あっという間に自宅へ着いた。ちょっと名残惜しさを感じながらも玄関に入ろうとしていたら、ハルはなぜか私の手首を摑み、ある一言を告げたのだ。

「……っ……『へ?』じゃねーよ。だから、す……好きだって言ってんだろ」

 ──え、何? どういうこと?

 月明かりと自宅前に取り付けてある外灯が、目を丸くした私と真剣な眼差しのハルを照らす。

 ……隙?

 ハルは何を言っているのだろう。

「え、え? 隙って、何? 危ないってこと? 一応夜道歩くのは危ないからって、護身用にお母さんから貰った防犯ブザーはちゃんと持って……」

「は!?……バ、バカ! 意味ちげーし!……お前は、なんだってそんなバカなんだよ。この大バカ! 『隙』じゃねーよ! 『好き』だって言ってんだよ!……あーもう、こっちの意味だっての!」

 更に目を丸くする私を見たハルは、スマホを取り出すとメモ機能を起動させて『好き』と打ってこちらへ向けた。

「…………えっ!?

 心臓が飛び出しそうなくらい大きく跳ね上がり、ものすごい勢いで脈打ち始める。

 え、えええ? な、なんで!? 嘘……!

「え……え? えっ……す、すすすす……すっ……!?

 混乱して言葉が上手くげない。

 だって、私はずっと、ずっと、ずーっと、ハルに片想いしていたのだ。

 好きって……私たち、両想いだったの!?




意地っぱり① 新しい生活の始まり

「それではこれより、株式会社アイディアエージェンシー及び、関連会社合同入社式をとり行います」

 ……ついに、始まっちゃった。私、当たり前だけど、もう学生じゃないんだ!

 四月一日──。

 ここは株式会社アイディアエージェンシー東京本社。都内一等地に、五十階建ての超高層ビルを構える国内最大の広告代理店だ。

 胸を占めるのは不安が九割、希望が一割。

 先月四年制の大学を卒業したばかりの私、相沢ゆめは、今日から社会人となる。

 周りには真新しいスーツに身を包み、私と同じく不安と期待でいっぱいという複雑な表情を浮かべる同世代の男女がズラリと並ぶ。

 入社式が始まると同時に会場はシンと静まり返り、心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。

「初めに、アイディアエージェンシー高橋社長より、挨拶をいただきます」

 社長からの激励の挨拶を聞きながら、視線だけ動かして周りを見回す。

 私が座っているのは後ろの席だから、横を見ることは不自然になるのでできないけれど、前に座る人の雰囲気や、斜め横に座っている人の横顔は見えた。

 あの辺りかな? ううん。居るとしたら、もう少し向こう側で……。

「……っ!」

 自然とあいつの姿を探してしまう自分に気付き、悔しくて唇の内側をむ。

 それにしても、綺麗で可愛い子たちがいっぱい。

 地味なスーツに身を包みながらも、顔立ちはとても華やかで、スタイル抜群!

 あの辺に座っているってことは、アイディアエージェンシーの子たちかな? さすが大手! 選び抜かれた人たちって感じ。

 一方、私が勤めるのは、株式会社サイバークリエイティブ。関連会社と略された小さな会社に、総務課の事務員として採用された。

「……それでは、アイディアエージェンシー広報課の神崎遥士より、新入社員代表の挨拶をお願いしたいと思います」

 ──まさか、あいつの関連会社に勤めることになるとは、知らずに……。

「はい」

 低くてよく通る声が、会場に響く。

 スッと立ち上がって壇上に上がるその姿を見て、男性は羨望と嫉妬の眼差しを向け、女性は芸能人でも見るように目を輝かせていた。

 短く整えられた黒髪の下には、凛々しい眉と、少しだけ鋭い印象を与える切れ長の瞳。外国の男性モデルのようにスラリとしたスタイルは、完璧としかいいようがない。

「本日は、私ども新入社員のために、このような素晴らしい入社式を開催していただき、心より感謝いたします」

 ああ、デジャヴ。これまでに私は、何度もこんな光景を見てきた。まさか社会人になっても見ることになるなんて、夢にも思わなかったけれど……。

 高校の入学式──入試成績トップだったあいつは、新入生代表に選ばれて、こんな風にみんなの羨望や先生方の期待を一身に背負い、堂々と挨拶していた。

 やる気がなさそうだし、勉強なんてほとんどしていないのに、テストではいつも学年トップ。面倒だから動くのは嫌いだと言いながらも、常に体育会系の部活から勧誘されるほど運動も得意。おまけにイケメンだから、こいつは毎日男女を問わず注目を浴びていたのだ。

「また皆様の温かい励ましのお言葉をいただき、感慨深い思いでいっぱいです」

 私はそのたびすごいと思う以上に、胸の中が焼け焦げるような思いをしていた。

 お願い、これ以上遠くに行かないで。私以外の女の子に好かれないで……──と。


◆◇◆


 入社式の後は超高層ビルにサヨナラをして、近くにある十五階建てのビルへ移動した。

 三階のワンフロアを借りているのが、株式会社サイバークリエイティブ。今日は初日ということで、オリエンテーションと挨拶回りで一日が終了した。

「はぁ……」

 ビルの外に出ると、思わずため息がこぼれてしまう。仕事らしい仕事はしてないけど、緊張してすごく疲れた。

 明日からはスーツじゃなくて私服で来ていいって言われたけど、何を着るか迷う。

 社会人らしい格好って、どんな格好をしたらいいのかな。

 クローゼットの中を思い出しながら、頭の中であれこれコーディネートしてみるけど、どれもピンとこない。

 新入社員は五名。ちなみに私以外は全員男性だ。

 同期に女の子がいたら、色々相談したりできたのになぁ……。

 ……なんて、ないものねだりしていても仕方がない。最寄り駅のホームで電車を待っていたら、ポンと肩を叩かれた。

「相沢さん、お疲れ~! 相沢さんもこの電車だったんだ?」

 振り向くと、同期入社した西嶋くんがニカッと爽やかな笑みを浮かべていた。

「お疲れ様! うん、そうなの」

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