萌えるゴミ拾いました。 年下男子といきなり同居!?
萌えるゴミなら無料のイケメン!? (1)


第1章 萌えないゴミはただのゴミ、
萌えるゴミなら無料のイケメン!?
神保町の駅を出たとき、空は重そうな灰色の雲に覆われていた。ビルの隙間からかすかに覗く夕陽のオレンジ色を横目に、鳴りだした電話をツイードのトートバッグから取り出す。
液晶に表示された『編集長』の文字に、フリックしようとした指先が止まりかけた。しかし、出ないわけにはいかない。
「──はい、綾崎です」
疲れをにじませないよう努めて冷静な声で名乗ると、交差点の向こうに見える十書房七階の第二編集部にいると思しき糟屋が不機嫌そうな声を響かせてくる。
『ハイ、アヤサキデス、じゃねえだろ、タコが。おまえ今、どこにいんだ?』
「今、神保町についたところです。すぐに編集部へ戻るところですが……」
戦後すぐに創業した十書房は、いわゆる中堅出版社だ。大手ほどの販売力はないものの、主力として少年・少女向けコミックが売上を支え、近年ではメディアミックスにも力を注いでいる。上場こそしていないが、社名を出せばたいていの人が耳にしたことがあると答えるだろう。
綾崎玲奈が勤めるのは、十書房第二編集部。漫画部門に比べて社内カーストでは下位となる、ミステリ・エンタメ小説の文庫を主に取り扱っている。
大学卒業から四年、憧れの出版社勤務はいまや現実となり、夢を見るのも難しくなってきた。
『なあ、綾崎ちゃんよ、おまえ今日、後石原先生のところに行ってたんだよなあ?』
編集長の糟屋は、十書房に小説部門ができた三十年ほど前から第二編集部にいる現場の最古参だが、その風貌や口調は編集者というよりも犯罪小説の悪役を思わせる。
日頃、無口で自席にどっかと座っている糟屋だが、機嫌が悪くなればなるほど口数が増えるのは玲奈もよく知ったところだ。
まして、いつもは綾崎と呼び捨てにするところを綾崎ちゃんときては、糟屋の怒りゲージはとうに振りきれている可能性が高い。
「はい、後石原先生のご自宅から戻ってきたところです」
ホワイトボードを見れば行き先は書いてある。売れ行き芳しいとは言いがたいヨコダテ文庫の看板作家、後石原雅意──通称GGは玲奈にとって鬼門ともいえる担当作家だ。
人当たりがよく、〆切も滅多に破らない。本が売れなくなってきたこのご時世でも、人気シリーズは安定して売上を保っている。
と、彼の仕事ぶりを説明すれば、なんとも優等生な印象があるが、いかんせん後石原はかなりのナルシストで、独自の美的センスからはずれた人間に対しては会話すら拒絶する一種のコミュ障だ。
そのうえ、気に入った担当編集相手には、幾度となく自宅まで呼びつけて綿密な打ち合わせをしたがる。たいていの場合、相手は女性編集者。年齢は二十代半ばから三十代半ばまで。ひとことで言えば、ただの女好きというわけだ。
「ヨコダテ文庫三十周年記念作品の執筆依頼に関しては、もう少し検討したいとのご返答でした。それと、二校を直接受け取っ……」
湘南にある後石原の自宅マンションまで出向き、郵送すれば済むだけのゲラをわざわざ受け取ってきたのだが、トートバッグの中を見るとあるはずの封筒がない。
──え、ウソ、なんで!?
一瞬で玲奈の顔色が真っ青になる。
同時に、歩道のマンホールの蓋にヒールの先が嫌な角度で引っかかった。一五五センチの身長を気にする彼女は、毎日靴ずれに悩まされながら九センチヒールで武装している。
『さっき、後石原先生から電話があったんだよ。近所のコンビニエンスストアに、先生の名入りの封筒が置き忘れてあったって、駐在さんが届けてくれたそうだぜ、おい。こりゃどういうことだろうなあ。人情ってのは平成の世でもありがたいなあって、そういう話か? ン?』
「す、すぐに後石原先生に連絡を……」
『さっさと二編戻ってこい、いいな』
「はいぃっ!」
入社四年目、男性社員とも対等に扱ってもらえるよう、クールなビジネスカジュアルに身を包んでいても、こういうときには地が出てしまう。
──急がなきゃ、早く戻ってGGに電話して、あっ、そういえば依子の引越し祝い買うの忘れた……って、今そんなのどうでもいいし! 編集部戻って、編集長に謝って、いや、その前にGGに電話して……。
明るすぎない茶色の髪が、夕風にさらされる。特徴的な厚い上唇をきゅっと引き結んで、玲奈はループしはじめる思考のまま走りだした──つもりだった。
「ひっ、ぎゃぁッ!?」
つい先ほどマンホールに引っかけたヒールが、力強くアスファルトを蹴ったことにより根本からぼっきりと折れたせいで、加速しようとしていた上半身が無様に前のめる。
泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり、弱り目に祟り目。うまくいかないときは、とことん不運が重なるようにできているらしい。
「いっ……たた、た……」
こんな日にかぎって、後石原仕様で普段よりも上質のストッキングを履いていたりするから、擦りむいて血のにじんだ膝よりも破れたナイロン素材が恨めしい。
さらに言うならば、金属芯を露出させて見事にヒールの折れたパンプスは、先月清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った二十四回ローンの代物である。
「ううう、もう、おうちに帰りたい……」
『デキる女の二十日間パーフェクトコーディネイト特集』を参考にしたところで、内面まで強くなるのは難しくて。
このままアスファルトと同化してしまいたくなる玲奈の頭に、ぽつりと無慈悲な雨粒が落ちてくる。
折しも世間は金曜日。
景気は回復しないまでも、駅へ向かう人々の足取りは軽い。社畜の身の上から解放される週末に、恋人や家族と過ごすやすらぎの時間に、あるいは趣味を満喫する優雅な休日に、そしてなんの予定もなんの目的もなくとも何はさておき思う存分惰眠を貪る権利に、金曜の働き人たちは重い荷物を下ろしたような顔をして歩いていく。
綾崎玲奈のささやかな不幸を除いて、世界はいつも平和にまわっているようだった。
♪゜+.o.+゜♪゜+.o.+゜♪
半蔵門線の車内で、ぶしつけな視線を感じながら玲奈はひたすらうつむいて寝ているふりに徹していた。
膝に大きな絆創膏をつけ、靴の踵は応急処置したもののたいそう不格好、そのうえ髪はまだ少し湿っている。
あのあと編集部に戻り、糟屋にさんざっぱら説教をされながら、後石原にメールで謝罪の連絡を入れた。本来、電話をすべきとわかっていたが、先方から今日はもう電話は出ないので用事がある場合はメールにするようお達しがあったのでは仕方がない。
降りはじめた雨は夜にかけてどんどん強くなり、社屋を出たころにはバケツをひっくり返したような土砂降りだった。
しかし、いまだローンの終わらないパンプスをダメにしてしまった財政的不安により、玲奈は駅までの短い距離のために傘を買うことを選ばなかった。いや、この場合、選べなかったというのが正しい。
職場から半蔵門線で一本の錦糸町駅近くに、大学時代からの友人の依子と部屋を借りたのは去年の秋。お互いに仕事が忙しいこともあり、2DKのルームシェアは快適だった。
隣の押上駅へも歩いていける。休日には、スカイツリーまで散歩に行くのも楽しい立地だ。
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