どっちも、好きでしょ? 王子な彼氏とケモノな弟の極上トライアングル

槇原まき

第一話 姉弟 (3)

 キッチンにはTシャツを着た優斗がいて、冷蔵庫からヨーグルトを出しているところだった。テーブルの上には二人分のサラダが並び、コーヒーメーカーからは香ばしい匂いが漂っている。

「朝食の支度してくれたの?」

「うん。あとはトーストだけ」

「ありがと……」

 気を利かせてくれた優斗に笑顔を向けると、彼も同じように笑ってくれる。まだ自分たちは姉弟の関係を保っているのだと安堵して、澪はエプロンを付けてお弁当作りに取りかかった。

「優斗。今日はお弁当いる日だったよね?」

 あらかじめ茹でておいた卵を冷蔵庫から取り出しながら聞くと、優斗が駆け寄って、後ろから抱き付いてきた。

「うん! いるいる! 姉さんのお弁当大好き! 仕出し弁当って、僕食べらんない」

「わかった。わかったから離して」

 あしらってみるけれど、優斗はなかなか離れてくれない。それどころか澪の腰に後ろから両手を回してくる。

「もーっ、優斗?」

「やだ、離れない。姉さん……さっきはごめんね、変なこと言って。僕、姉さんが姉さんでよかったと思ってるよ。本当だよ」

 甘えるように首筋に顔を埋めてくる優斗に眉を下げて、ウインナーに包丁を入れる。

「うん……わかってるよ」

「ウインナーは、タコさんじゃなくてカニさんにして。あ、ほうれん草は入れないで」

「好き嫌いしないで食べてほしいなぁ」

「姉さんがあーんしてくれたら、僕は何でも食べるよ」

「そんな変なこと言ってると彼女できないよ?」

「彼女なんかいらない。僕は姉さんさえいればそれでいいんだ。姉さん大好きだよ……姉さん……姉さん…………僕の大切な姉さん」

 耳元で甘く囁かれドキッと胸が跳ねる。

 包丁を持ったまま硬直していると、耳朶をかぷっと嚙まれた。

 驚いて肩を竦めるが、ねぶるようにしゃぶられて吐息がかかり背中がゾクゾクしてくる。

「姉さんはお弁当作ってて」

「……う、うん……」

 またお弁当作りを再開する澪の耳からうなじにかけてを、優斗は鼻の頭が触れるか触れないかの絶妙な距離を保ってなぞっていく。

 密着した背中から伝わってくる優斗の体温の切なさに耐えきれなくなって、彼を小さく振り返った。

「優斗……包丁持ってて危ないから離れて?」

「やだ。姉さん凄くいい匂いなんだもん。僕ね、姉さんの匂い好き。離れたくないよ。ねぇ。今日は何時に帰ってくる?」

 自分を抱きしめてくる優斗の腕がより一層きつくなったのを感じながらも、澪は弟の腕を振りほどけないでいた。

「私はいつもと同じだよ。優斗は?」

「撮影が終わったらすぐ帰ってくる」

「スタッフの人と飲みに行ったりしないの? 可愛い子がいるかもよ?」

「行かない。興味ない」

 間髪れずに否定されたら、もう何も言えない。

 優斗は出会いがありそうな場に行こうとしない。時々誘いの電話がきているのは知っているが、それらも全て断っているようだった。

 優斗がそんな調子だから、彼の夕食を用意する為に、澪も飲み会などにはほとんど出席していない。

「家で食べる。姉さんの料理が一番おいしい」

「……ありがと」

 嬉しいはずの言葉なのに素直に喜べない。それどころか不安が増す。

 こんなに姉弟で依存し合っていていいわけがないのだ。何か手を打たなくては──

(でも……どうしたらいいの……?)

「姉さん……大好き……僕たちはずっと一緒だよ。晩ご飯も二人っきりで食べようね」

 ちゅっ、と小さなリップ音と共に首筋に唇を当てられ、澪は高鳴ってしまった自分の心臓には気付かないフリをした。


◆  ◇  ◆


「うわ~相変わらず可愛いお弁当! マメだね~椎名は」

 会社の昼休みの食堂で、定食のトレイを運んでくる同僚たちを待っていた澪は、自分の弁当箱を遠慮がちに引き寄せた。

 彩りよく見せてはいるものの、弁当の中に入っているのは昨日の夕食の残りを軽くアレンジしたものだ。家庭の食卓の様子が透けて見えるようで恥ずかしい気持ちもある。それにこの会社では弁当を用意してくる社員はあまり多くない。

「こんなの残り物だよ……」

 そう言って謙遜してみたけれど、同僚たちの視線は澪の弁当から離れない。

「いやいや、そぼろご飯の上に花型のハム載ってるじゃん。何このウインナー、カニ? いちいち可愛いんですけどー」

「うん、カニさん。ハムは型抜いただけだしそんな手間じゃないよ。そぼろは残り物だし、他のおかずだって、纏めて調理して冷凍保存してたのをチンして入れただけだし……」

「えーっ、でも毎朝お弁当作ってくるの大変じゃない?」

「弟のお弁当をずっと作ってたから習慣かな。慣れない時は確かに大変だったけど」

 両親が亡くなった時、澪は大学生だったが優斗はまだ中学三年生だった。その頃からはじまった毎朝の弁当作りは、優斗が大学生になった今でも変わらない。

 本当は皆と同じように食堂の定食を食べようかとも思うのだが、優斗の弁当を作るついでに、自分の分も作ってしまっている。

「椎名、弟がいるの?」

「あ、うん。いるよ。今大学生」

「弟もこんな可愛いお弁当なわけ?」

「量以外は同じだよ」と答えれば、同僚たちが一斉に笑いだす。どうして笑われるのかわからずに首を傾げると、同僚の一人が弁当を指差して教えてくれた。

「大学生男子のお弁当にカニウインナーってどうよ? ちょっと可愛すぎない?」

「そ、そう?」

「何、弟は嫌がらないの?」

「……うーん、今のところそんな感じはないなぁ……」

 むしろ、カニさんウインナーは弟からのリクエストなんだけど──というのは心の中にしまっておいて、澪はカニの形に切ったウインナーを口の中に放り込んだ。

「弟ったって大学生でしょ? 弁当作ってあげるとか椎名優しすぎー。私なら五百円渡して放り出すわ。自分のことくらい自分でやれって。まぁ? 弁当代をくれるってんなら作ってやってもいいけどね」

「あはは……」

 なかなか辛辣な言い草に苦笑いするしかない。よその家庭の弁当事情なんて気にしたことはなかったが、そんなに自分は甘いのだろうか。

「椎名の弟は彼女いないの?」

「うーん。いなそう……かなぁ……わかんない」

(……私に言わないだけで、いるのかな……彼女……)

 女性には興味がないと言う優斗だけれども、澪は彼の全てを把握しているわけではない。

 優斗は少々こだわりが強いところもあるが、基本的には人当たりのいい性格をしているし、容姿も申し分ない。親しい付き合いをしている異性がいてもおかしくない。

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