絶対レンアイ領域! 先生とドキドキ新婚生活

麻生ミカリ

ヒミツの始まる音がする (3)

 そんな覚悟をしていた俺に、理事長から無情な宣告がくだされた。

「三十になっても結婚してないような人間に、学園の未来は預けられないわ」

 独身で何がいけないんだ? 結婚してないと、人間は一人前ではないとでも言うつもりか!? そんな前時代的な考え方、俺は納得できない。

「伯母さん、その考えはどうかと思います。それに俺以外に遠山家の血を引く後継者候補はいませんよね」

 今年六十二歳になる伯母は、若かりし日に情熱的な恋に落ちて駆け落ちまでした挙げ句、ほんの数年で離婚した。その後、俺の父が亡くなり祖父がこの世を去って以来、伯母が遠山館学園の理事長を務めている。伯母には子どももおらず、曽祖父の創立した私立遠山館学園は俺以外に後継者などいないと思っていた。それなのに──。

「なによ。現代的じゃないって言いたいの? だったら、そもそも世襲制なんて古臭い方法じゃなく、外部から能力のある人間を呼んでくればいいわ」

 二十一世紀になっても、結婚しないだけで半人前扱いされるとは、まったく世も末だ。この国はいつになれば、結婚しない自由を認めるのだろう。

「リュウ、アンタはプライドが高すぎる。そのプライドのせいで、誰かを心から愛することもできないし、愛されることを嫌悪してる。学園経営は愛よ。愛がなきゃ、学園はすぐにつぶれる」

 良家の子女を預かる私立遠山館学園理事長は、かく語りき。

 学園内において、理事長の発言は絶対である。彼女は専制君主であり、完璧な支配者だった。だけど、俺にだって愛情はある。生徒たちをかわいいと思うし、誠心誠意教育者として励んでいる。だが、理事長はそれだけでは足りないと言っているのだろう。

 ──つまり、男として妻を迎えることが一人前の条件というわけで。

「……わかりました。だったら俺は三十になる前に結婚します。それで問題ないですね?」

「あーら、大口叩くじゃない? できるもんならやってみなさい」

 フフンと鼻で笑われたことが、ささやかな反骨精神に火をつける。こうなったら、何が何でも結婚してやる!

 そこで、折よく知人に孫が生まれて息子を結婚させたがっていた母親と、俺の目的が合致した。

 俺としては少しでも早く、結婚したい。

 母親としては少しでも早く、結婚させたい。

 利害の一致した俺たちは、かたっぱしから母の知り合いのお嬢さんと見合いを繰り返した。それが過去に四回だ。

 過去の見合いでは、有名女子大を卒業して家事手伝いをしている女や、国立大学を卒業して一流企業に勤めている女が俺の前に座っていた。しかし、ネイルサロンに行ってキラキラのスカルプチュアをつけ、流行の服を身にまとい、香水をプンプンと香らせる、ナチュラルメイクという名の厚塗りをした彼女たちに、俺はまったく興味を持てなかった。

 十年前なら、単純にかわいいと思ったことだろう。だが、男も三十近くなれば結婚相手として選別する際に、そんな相手を選ぼうとは思わない。それでも二ヶ月後の三十の誕生日までに結婚をしなければいけなかった。いっそ諦めてしまおうか。そう思ったことも一度や二度では済まない。しかし、諦めるのは嫌いだ。

 五回目の見合い相手は、母の中学からの友人の娘だと聞いていた。釣書に添えられた写真を見る限りでは、髪型はちょっと今風にしているけれど、化粧も薄そうだったし、何より感じが良さそうだった。今度こそ、結婚できるかもしれない。そう思って臨んだ見合いの席──。

「ごめんなさいねぇ。お姉ちゃんが急に来られなくなって、代わりに妹の理沙が来たいって言うものだから」

 母の友人である九条夫人はそう言った。彼女の隣には、ぎこちなく振袖をまとった少女が、はにかみながら立っている。サイドアップにした黒髪は、前髪や毛先を見る限りではパーマすらかけていなそうだ。それに顔はほぼすっぴんで、眉を多少整えてリップクリームかグロスを塗っただけ。

「かまいませんよ。理沙さんには、僕のようなオジサンが相手で申し訳ないですが」

 彼女はさっきから俺と視線を合わせないよう、うつむきがちだ。そのあたりも気に入った。自己主張の強い女は苦手だ。押しつけがましく料理をしてあげるとか、私と仕事とどっちが大事なのと言い出したり、挙げ句の果てにはパーソナルスペースを土足で侵食する。

 それはさておき、俺は目の前のお見合い相手を確認する。

 ──どう見てもこの子、高校生だろ……。

 結婚相手を求めて見合いをしているというのに、女子高生と知り合ってどうしろと? 俺は自分がそれなりに常識的で一般的な思想の持ち主だと自負している。だが、待てよ。そうか、だからこそ──。結婚相手に女子高生を選ぶだなんてそうある話ではない。まして俺は高校で教員として働いている。だからこそ、彼女と結婚するといえば状況は大きく変わるのではないだろうか。結婚したい相手がいる、と連れていけば、さすがに現役女子高生と教員の結婚など伯母でも躊躇するだろう。そして、結果として三十までに結婚しなくとも彼女を婚約者とすることで納得してもらえるかもしれない。

 それで、俺が『結婚できない男』などではないことを認めさせられる。

 双方の母親が席をはずしたとき、俺はさっさと必要な質問をしてみた。結婚してもらえないか、と。なるべく率直に、そして爽やかさを心がけた結果、彼女はかすかに頷いた。女子高生の承諾を得るには、いろいろと理由をでっちあげる必要があるかと思っていたので、彼女の即答に俺は少々面食らった。

「ふたりともお話は弾んだかしら?」

 ちょうどいいタイミングで、両家の母親が部屋に戻ってくる。俺の母は静加という名に相応しくない騒々しいタイプだ。そして九条理沙の母親は、おっとりして優しそうな女性だった。

「はい。理沙さんとはとても気が合いそうです。ぜひ彼女と結婚させていただきたく思います」

 余計な説明は省き、手短かに九条夫人にそう告げる。彼女は目をまるくして、俺と娘を交互に見やった。

「ご反対ですか?」

 ここで母親に反対されなくとも、彼女の父には反対されるのが目に見えている。それらの障害をクリアするための方法を頭の中で組み立てなくてはいけない。いや、反対されたらそれはそれか。結婚したい相手は見つかったが、彼女の親が納得してくれないとでも伯母に説明するというのもひとつの手段だ。

「反対っていうか……。だって同じ学校の先生と生徒で結婚なんて……ねぇ? まあ、お見合いに連れてきたのにそんなことを言うのも野暮ってものかしら……」

 ──ん? 今、なんて言った?

 同じ学校? 彼女は、もしかして──。

 それまでおとなしく慎ましやかで、ろくに会話も成立しないと思っていた九条理沙が、急に母に頭を下げ、はっきりとした声で話しはじめた。

「お母さん、お願いします! 私、ずっと遠山先生に憧れていたの。先生が私と結婚したいと思ってくれるなら、どうしても先生のお嫁さんになりたい……!」

 なんということだ。この子はうちの学園の生徒だったのか! だが、彼女が遠山館学園の生徒だとすると、ますます理事長である伯母もこの結婚に反対する可能性が上がるということで──。

 気になるのは、彼女が以前から俺に憧れていたという点ただひとつ。もし婚約までこぎつけたとしても、彼女が学内で俺との関係を周囲に明かせば一巻の終わりだ。次期理事長候補が自分の生徒に手をつけただなんて、破滅の道しか残されていない。

 ──これはもしかして……。

 まさか俺は、最強最悪のカードを引き当てたのか!?

 Heaven knows !!



 私はたぶん、あのときも緊張していた。

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