絶対レンアイ領域! 先生とドキドキ新婚生活

麻生ミカリ

ヒミツの始まる音がする (1)


Lesson.01 ヒミツの始まる音がする



 私はそのとき、とても困惑していた。

 いつもと同じ土曜の夜、寝る前の柔軟体操をしていた二十二時過ぎのこと。自室のドアが勢いよく開けられた。

理沙、お願い! もう今度こそホントに一生のお願い!」

「ゆ、由真ちゃん、どうしたの?」

 六歳上の姉がドアを開けるや否や、両手をパンと打ちつけて、むように懇願する。内容を言わずにお願いされても、私だって困るんだけどなぁ。あと、由真ちゃんは一生のお願いを今までに十回以上使っていて、それが毎回とても厄介な頼みごとだというのも困惑の理由のひとつ。

「由真ちゃんの一生、ありすぎだよ……。もう来世のぶんまで使い果たしてる~」

 ぷうっと頰を膨らませて見せると、由真ちゃんがえへへとごまかすように笑った。

 私たちはよく似た姉妹だと言われる。ただし、似ているのは顔立ちや背格好だけ。普段から見慣れているせいで、自分ではあんまり感じない。それでもときどき、昔の由真ちゃんの写真を見ると、今の私に似てるなーと思うことはあった。

 明るくて要領が良くて誰からも好かれる、私の自慢のお姉ちゃん。この春、大学を卒業して社会人になった由真ちゃんは、ゆるふわパーマにヘーゼルナッツみたいな優しい茶色の髪をしてる。

 私の通う遠山館学園は、校則でパーマもカラーリングも禁止。卒業生の由真ちゃんも高校時代は今の私と同じ、黒髪ロングのストレートだった。

「それで、何があったの?」

 由真ちゃんのお願いを断れないのは、自分でもなんとなーく知ってる。なんだかんだ面倒なお願いをしてくる由真ちゃんだけど、私の大事なお姉ちゃん。ただ困ったことに由真ちゃんもそれを知っているから、毎度厄介な頼みごとをしようとする。たまにはきちんと断らないとダメだなーって思ってるんだけど……。

『顔は似ていても、性格は正反対な九条さんちの由真ちゃんと理沙ちゃん』

 近所のおばさんからも、よくそう言われる。中学、高校も由真ちゃんと同じエスカレーター式の学校だから、昔からいる先生にも言われることがある。世渡り上手の由真ちゃんと違って、妹の私は断り下手。顔だけじゃなく、性格も似てたら良かったのにと思うことはあるけど、こればかりはどうしようもないし。頼まれると断れない。困っている人を見捨てられない──。情に厚いと言えば長所になるけど、NOと言えない流されタイプだと自覚してる。さらに困っちゃうのが、困ってる人を引き寄せる才能を持ってると、親友の詩織に言われるトコロ。

 ──ま、今そんなコト考えてもどうしようもないし……。

 私は由真ちゃんを見上げて、ベッドにちょこんと座っていた。

 六月最初の土曜日。お気に入りのピンクのルームウェアから、ちょっぴりだけ出した指先をベッドについて、私は由真ちゃんの言葉を待つ。

「んーっと、実は、翔太と仲直りしちゃったんだよね~」

「えっ!?

 大学時代から付き合ってた恋人の翔太くんと由真ちゃんが別れたのは、先月半ばのことだった。もう知らない、絶対許さない、死んでも口きかない──そう言った由真ちゃんは、決意を固めるためか、お母さんのお友達から紹介されたお見合いをすることにした。

 ──たしか、そのお見合いが明日だったような……。って、もしかして!?

 イヤ~な予感。私は上目遣いで由真ちゃんを見つめる。

「由真ちゃん、まさかとは思うけど……」

「だって~、せっかくやり直すことになったのに、いきなりお見合いするとか言えなくない!? しかも内緒にしててあとでバレたらサイアクだし!」

 だからって、高校二年生の妹にお見合いの代役を頼むのもじゅうぶんサイアクだよ──とは思っていても言えない。そんな切り返しができるくらいなら、断りきれなくて部活を三つもかけもちしたりしてないもん。

「で、でも、お見合い……だよね……?」

 恋愛経験に乏しく、生まれてこのかた十七年、カレシと呼べる相手がいたことがなくたって、お見合いが何を意味しているかくらいはわかる。

「だいじょーぶだって! 相手、かなりイケメンだったもん! それに、気に入られてもすぐ結婚とかなるワケないし~?」

「それなら由真ちゃんが……」

 ──自分で行けばいいのに。

 そう言おうとした矢先、由真ちゃんはフローリングにぺたりと正座した。あろうことか、額を床にすりつける。

「そこをなんとか! 理沙さま、お願い! 明日、翔太と仲直りデートする約束しちゃった~!」

「ええええぇ!?

 ダブルブッキングは由真ちゃんの問題で、私には関係ないのに~! お母さんの古くからの知人の息子サンだというお見合い相手に謝って、この話はなかったコトにしてもらえばいいんじゃ……?

「それにさー、お母さんの顔をつぶすワケにもいかないじゃん? 中学からのトモダチと気まずくなったら、お母さんかわいそうだよ~」

「えっと……だからって、私が行ったら相手も困ると思うの」

 お見合いって、結婚したい人がするものだよね。だとしたら、お見合い相手が十七歳の女子高生なんてマズイと思う。由真ちゃんの釣書をわたしてるんだろうし、一目見たら私が二十三歳じゃないってことはすぐわかっちゃうハズ。

「ん~、理沙って私に似てカワイイし、女子高生とお見合いって、相手もフツー喜ぶんじゃないかなぁ」

 私の考えを見越したように、わざと反対のコトを言って由真ちゃんがにっこりほほえむ。都合の悪い部分は言わないで、うまく丸め込もうとしているのが見て取れるのに──。

 わかっていても断れないんだ、私。由真ちゃんのお願い攻撃を断れたことなんて、今まで十七年生きてきて一度もない気がする。仕方ないなぁ……。

 はぁ、とひとつため息をついた。それだけで、由真ちゃんには私が引き受けると言おうとしているのがわかったみたい。

「もー、理沙、ホントありがと! 一生感謝するから!」

「ずるいー、まだ返事してないのにぃ……」

「でもでも、理沙は私を見捨てたりしないでしょ? 引き受けてくれるつもりだったよね?」

 顔を上げた由真ちゃんが、かわいらしく両手を組んでおねだりのポーズをしてくる。そういうのは翔太くんの前でやってくださいー。妹におねだりしないでくださいー!

「お母さんにはなんて言うの?」

「まっかせなさ~い! お母さんにはもう説明してあるから、あとは理沙が頷いてくれればいいだけだったの。あ、そうだ! 成人式のときの振袖、トクベツに貸してあげるね 理沙、気に入ってたでしょ?」

 由真ちゃんって、ホント要領がいい。私にこの半分でも、由真ちゃんみたいな手回しのよさとかコミュニケーションスキルがあったら──きっと、文芸部、科学部、囲碁将棋部所属なんて不思議な肩書きはなかったハズ……!



 鹿威しがカコーンと間抜けな音を立てる。生まれて初めて着る振袖は、妙に息苦しい。

 由真ちゃんの成人式用に仕立てられた、正絹京友禅。薄い鴇珊瑚の胸元が、呼吸するたびかすかに上下していた。色とりどりの小花が左肩から裾へ流れるように描かれ、振袖の下部と前身ごろの裾は華やかな紅梅色にグラデーションがかかって、全体の印象をきゅっと引き締めてる。前から憧れてた、すっごくカワイイ着物なんだけど。

 ──やっぱり、コレって夢かな……?

 目の前に座るお見合い相手を見つめて、私は膝の上で左手の甲をつねってみる。感触は現実。リアリティを伴った痛みがそこにあった。

「ぁ、あの……」

 さっきまではお母さんが隣にいた。相手のお母さん──遠山静加サンって言ってたけど、ぜんぜん静かじゃない元気な人は、お母さんの中学時代からのお友達らしい。そして、目の前に座る男のヒトがその息子サンなんだけど……。

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