身代わりシンデレラ 京のプリンスに愛されすぎて!

南咲麒麟

第一章 御曹司に拉致されちゃって!?――北山通 (2)

「葛葉! ここからは三人、別行動よ」

 豪奢な巻き毛を振り払いながら、ユリが堂々と宣言した。どちらかについて行くとばかり思っていた葛葉は、思いがけない展開に驚く。

「え? でも私、ひとりでなんて」

 無理だから、と言い終わらないうちに、ユリから目で制されてしまった。

「いい、葛葉? 私と真希の意見は違う。でもってお互い『自分が正しい』と信じているから絶対に譲らない。ということは、あんたがどっちかについて行くことはできないの」

「な、なんで?」

 全然、意味が分からない。イマイチ状況を把握できていない葛葉に対し、ユリがぐっと葛葉を引き寄せ、すごみのある回答をくれた。

「私も真希も、葛葉を連れて行かれたら悔しいからよ、分かった?」

 メチャクチャな理屈である。助けを求めるように真希の方を見ると、無言のまま深くいている。

(うう。さっきまで喧嘩してたのに、こんなとこだけ同意しないで欲しいよ……)

 戸惑う葛葉を残して、ユリは琵琶湖疏水がある東山方面へ。真希は晴明神社方面の堀川今出川へと向かい始めてしまった。

「ちょっと待ってよ、二人とも……!」

 京都の東と西へそれぞれ旅立った二人からは、『途中で合流できないように、葛葉は北か南へ向かうように』と指示されている。

 となると、とりあえず南北に走る地下鉄烏丸線に乗るのが正しい選択かと思われた。

(どうしよう。南の宇治まで行って、有名な宇治茶でも飲んでこようかなぁ)

 方向音痴もだしい葛葉にとって成功するかはかではないが、ユリに「今夜の宿でお互い、誰が一番素敵な観光ができたか報告会よ!」と釘を刺されてしまったので、駅でひとりぶらぶらしているわけにもいかない。

「困ったなぁ。私、ひとりで行動するとロクなことないのに」

 かくして、葛葉の『突然、ひとり旅』は始まってしまったのである。



 フェラーリの爆音を轟かせて、切峰貴哉はホテルから飛び出した。

 国際会館沿いの一直線の道路を、許される限界までスピードを上げて走り抜ける。

「マジむかつくし……あのババア!」

 脳裏に浮かぶのは、妖艶に微笑む自分の師匠かつ叔母の姿である。それを振り払うかのように、貴哉は左ハンドルを華麗に切った。

『京都の人間ゆうのんは、道が狭いくせに立派な車を持ちたがらはる』──そう言って笑っていた祇園の舞妓を思い出し、確かにその通りだと貴哉も納得する。だからみな、妙に運転ばかりが上手くなってしまうのだ。

 緑豊かな宝ヶ池の森林を抜け、市街地へ向かう道へと流れ込む。

「?」

 あっという間に北山通まで来た貴哉の視界に、見るからに鈍くさい女が映り込んだ。

 観光客だろうか、地図を片手にウロウロと歩くのはいいが、歩道をはみ出して車道まで入り込んでいるのに気がついていない。

(ったく危ねぇな、誰かに轢かれる前に俺がちょっとビビらしてやろ)

 ただ自分のむしゃくしゃした気持ちを発散させたいだけで、完全なる偽善であることは貴哉も自覚していたが、仕方がない。大体、【無用な意地悪】は切峰家のお家芸なのである。

 彼女のギリギリ近くまで車を寄せて急ブレーキで停めてやった。

「きゃ!」

 女は無様に転び、フェラーリの前で尻餅をついている。貴哉は道路の脇に車を停めると、ドアを開け颯爽と降り立った。

「あんた迷子? こんなトコで地図持ってふらふらしてたら危ないだろーが」

「す、すみません」

 予想外に素直な返事が返ってきた。自分の周りの女はみんな気が強いから、怒鳴られることぐらい覚悟していたのだが。

(まぁ怒られたところで負けねぇけどな、俺)

 倒れた女の脇には小振りなキャリーバッグ。お洒落よりも機能性を重視したかかとの低い靴に、それでもダサくない程度に着飾っている洋服。は、今年二十六歳になる自分と同じかそれ以下だろうが、少なくとも二十歳は絶対に超えているに違いない。

(東京のお気楽OLが、自分探しとか言って女友達と一緒に京都ってパターンか?)

 こちらを情けなさそうに見上げている彼女の顔は、まぁ良くも悪くも標準的だ。ブサイクではないが、特にめるべき点も見つからない。クセのない柔らかそうな髪が綺麗といえば綺麗だった。そんなことよりも。

「……」

 貴哉の頭の中で何かが閃く。これは、使えるかもしれない。

「お前、どっから来た?」

「え? あ、はい。東京ですけど……」

 当たりだ。貴哉は心の中で拳を突き上げる。

「彼氏と? それとも女友達? あ、家族って場合もあるか。それはちょっと困るな」

「……困る?」

 少しはショックが和らいだのか、彼女はやっと立ち上がる。ちょっとした手助けに左手を差し出すと、素直に手をばしてきた。なんというか、こちらが不安になるほど警戒心がない。大丈夫か、こいつ? とはいえこちらにも、下心ならちゃんとある。

「色々とご親切にありがとうございます。もう大丈夫です。私、友達と三人で今朝、京都にきたばかりなんですけど、ええと色々とわけあってちょっと、夜までは別行動なんです。だから仕方なくひとりで観光してたんですけど、なんだか地図がよく分からなくて」

 今度から車道に出ないように気をつけますので、という彼女の言葉を、貴哉は最後まで聞いていなかった。

「……マジで? どれぐらいこっちにいるの?」

「ええと。三泊四日、かな」

「条件ぴったりじゃんっ」

 最高だ。これは絶対、不幸な自分のために神様が用意してくれた激レアアイテムに違いない──確信した貴哉は、不思議顔の彼女に向かって極上スマイルを見せた。

「迷子なんだろ? 送ってやるよ。俺、車だし」

 そしてさっさと助手席に彼女とキャリーバッグを押し込む。

 本気を出した自分の笑顔と、絶妙なタイミングの強引さ。これで大抵の無理は通せる、と貴哉は自覚していた。相手が若い女性ならば特に──。



 真っ赤なフェラーリから颯爽と降りてきたのは、王子様だった。

 王子様といってももちろん、金髪碧眼ではない。地元、京都の人だろうか。葛葉よりもひとつふたつ年上に見える若い男だった。

 自由業を思わせる長めの髪に綺麗に通った鼻筋。瞳はとても意志的なのに、不思議とどこか涼しげである。いかにも高級感のあるスーツを着ているが──上手く着こなしているからなのだろう──堅物のイメージは受けなかった。それどころか砕けた笑顔のよく似合う、真面目さとは無縁の風貌である。とはいえ遊び人と見るには、彼はあまりにも品が良すぎた。あえて言えば【風雅】という言葉がよく似合う。世の中の酸いも甘いも知っているにもかかわらず世間慣れしていない感じ、と言えばいいのか。

(だから王子様のように見えるのかな? でも王子様っていえば確か、昔は白馬に乗ってたらしいけど。これはいわゆる現代版ってやつ? で、フェラーリ?)

 上手く回らない頭の中では、どうでもいいようなことばかりが駆け巡る。葛葉には今の状況が、全く把握できないでいた。

(ひとりで考えて行動するなんて、やっぱりロクなことがないよ)

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