いきなり社長秘書!?

水城のあ

1. 最悪の出会い (1)

1.最悪の出会い




 お客様がおかけになった番号は、電源が入っていないか電波の届かないところにあるためかかりません──

「もうっ!」 

 何度目かわからなくなったメッセージに、本城葵は無駄だとわかっているのに、携帯電話を睨みつけた。

 成田空港の到着ロビーの隅で、もう小一時間もそんなことを繰り返している。

 葵はほんの二十四時間前まで、アフリカのルワンダ共和国にいた。大学在学中から憧れていた青年海外協力隊の、二年の任期を終えて帰国したばかりだった。

「葵ちゃん、俺たちバスの時間だからそろそろ行くけど」

 一緒にルワンダから帰国した隊員の一人が近づいてきたので、慌てて携帯電話から顔を上げる。

 もしかしてすごい顔で携帯を睨みつけていたのを見られてしまったかもしれないと、なんとなく恥ずかしくなった。

「あ、はい。牧野さんたち、高速バスでしたよね」

 さりげなく携帯を後ろ手に隠すと、牧野はくすりと笑いを漏らした。

「ああ、落ち着いたら連絡するからみんなで集まろうな」

「はい!」

 今回の帰国メンバーの中で最年長の牧野は、現地にいるとき最年少だった葵を気にしてくれていて、なにくれとなく世話を焼いてくれていた。

 葵とは一回りもが離れていたから、頼れるお兄さんという存在とでもいえばいいのだろうか。

「……ご家族と連絡取れないの?」

「えっと……まあ。でも大丈夫ですから」

「本当に? ルワンダにいるときも、葵ちゃんはあまり家族の話をしないから気になってたんだ。普通あれだけ長期間家族と離れて暮らしていると、自然と思い出して話題にするものなのに、君はほとんどご両親の話をしなかったし」

「……」

 思わず黙り込む葵に、牧野は苦笑を漏らした。

「ま、色々あるとは思うけど、早くご両親に元気な顔を見せてあげて」

 牧野は手を伸ばして葵の頭をポンポンと軽く叩く。

「じゃあ行くけど、何かあったら連絡して」

「……はい。牧野さんもお気をつけて」

 彼はもう一度葵に向かって笑いかけると、ソファーで待っていた他の隊員と一緒に荷物を抱えてロビーを出て行った。

 葵はそのうしろ姿を見つめながら、携帯電話を手に空いているソファーへ腰を下ろした。

 本来ならほとんどの隊員のように懐かしい家族と会うために実家へ帰るところだが、葵はそうしなかった、というよりできなかった。

 保守的な葵の両親は女の子が遠いアフリカの地に行くことに理解を示さず、大学在学中に何度も説得を試みたけれど許してもらえないまま、卒業と同時に半ば家出同然で旅立ったのだ。

 そんな葵を唯一応援してくれたのは、母方の従姉吉澤千夏で、今葵のため息の原因となっている相手だった。

 千夏とはルワンダからもメールのやりとりをしていて、帰国をしたらまず彼女の部屋に身を寄せることになっていた。

 数日前にも空港に着いたらすぐに携帯に電話をするようにと言われていたのに、その彼女と電話が繋がらない。

「どうしよう……」

 とりあえず千夏の部屋に泊めてもらうつもりだったから、両親に連絡は入れていない。葵の実家も都内だから千夏のマンションに行くのと時間的にそう変わりないが、連絡もせずに帰るには敷居が高すぎた。

 母はなんだかんだ小言を言いながらも迎え入れてくれそうだが、大学教授をしている父のしかめっ面を思い浮かべたら、やはり落ち着いてから顔を合わせたい気がする。

「うーん……」

 もしかしたら、打ち合わせか会議中などで携帯の電源を落としているのかもしれない。千夏の会社の場所は聞いているし、今から行けば退社時間に合わせて合流できるだろう。

「よし!」

 葵は勢いよく立ち上がると、ベンチに置いてあったバックパックを取り上げた。大きな荷物は別便で送っているから、手荷物はこれだけだ。

 荷物を背負うと案内表示を確認して、電車に乗るために駅に向かって歩き出した。


*** *** ***


 ほんの二年離れていただけだというのに、その二年前とはなんとなく街の雰囲気が違う。

 たとえば電車の中でほとんどの人がスマートフォンを手にしていて、画面をき込んでいるのだ。もちろん葵もスマフォの存在は知っていたけれど、日本を出た頃は周りで使っている人の方が少なかった。

 葵が大学の頃、若い子が携帯ばかり触っているのはコミュニケーション能力が希薄で、ある意味異様な光景であるとワイドショーで言われていたことがあるけれど、みんなが各々画面を覗き込む光景を今客観的に見てみると、確かに不思議な気がする。

 幼稚園ぐらいの男の子は電車に乗って来るなり母親のスマフォを受け取って、慣れた手つきでタッチパネルを操っていた。

 向こうで知り合いになったNPO団体の人が、日本に帰るとカルチャーショックを受けると言っていたのはこういうことかもしれないと葵はその光景を見つめた。

 そして地下鉄の改札を出たあたりから、自分が場違いなのではないかという不安を感じ始めた。その不安が確信に変わったのは、千夏が働いているという会社のビルの前に立ったときだった。

「すご……っ」

 六本木の街がオフィス街だと知っていたけれど、僻地から戻ってきたばかりの葵は、小さな箱にぎゅうぎゅうに詰め込まれたようなビルの圧迫感になんとなく目眩を覚える。

 もちろん大学を卒業するまでは東京で暮らしていたのだから高層ビルぐらい見慣れていたはずなのに、向こうでは首都のキガリでもなければ高い建物などほとんど見かけなかったからかもしれない。

 キガリなら街の中でもせいぜいが低層マンション程度のビルがほとんどだった。

 高層ビルに目眩を覚えるなんて、どうやら自分は相当ルワンダ仕様になってしまったらしい。

 葵は苦笑を漏らしながら、威圧するようにそびえ立つビルに足を向けた。

 千夏が働いているという会社のビルは、オフィスやショッピングモール、住居などが入った複合商業ビルだ。

 案内板で『株式会社デリモバ』の文字を確認してから、エレベーターに乗るためにフロアの列に並んだけれど、葵はなんとなく視線を感じていた。

 お世辞にも綺麗とは言えない履き古したデニムにシンプルなしのTシャツ、そしてやはりくたびれたスニーカーにバックパック。向こうを出発する前にシャワーを浴びたけれど、もう丸一日移動をしているのだから自分でも汗くさい気がする。

 洗練されたビルで働く人やお洒落な服装で買い物を楽しんでいる人たちの中で、葵の姿は異質だった。

 葵自身もさすがにこの服装でオフィスを訪ねるのは失礼かもしれないとロビーでもう一度電話をしてみたが、やはり電話は繋がらなかったのだ。

 視線を気にしながらエレベーターに乗り込むと、なるべく目立たないように壁際に身体を寄せる。

 逃げるようにエレベーターを降りると、すぐに受付が目に飛び込んできた。白いカウンターの中に、髪を綺麗に巻きハーフアップにした女性とショートカットの女性が二人ピンクのスーツに身を包んで座っていて、葵を見ると一瞬驚いたように目を見開く。

 それはほんの一瞬のことで、彼女たちは驚きと嫌悪感を笑顔で上手に押し隠しながら葵に向かって頭を下げた。

「いらっしゃいませ。本日はお約束でしょうか?」

「あ、はい。秘書室の吉澤さんをお願いします。本城が来たと伝えていただければ」

 なるべく感じよく答えたつもりだったが、葵の言葉に受付嬢の顔がさっと曇る。

「あの……吉澤というのは、吉澤千夏のことでしょうか?」

 しげに眉をひそめる受付嬢の視線に、エレベーターの中のような居心地の悪さを感じながら頷くと、ショートカットの女性が慌てて立ち上がった。

「少々……お待ちください」

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