レンタル彼氏 初恋はあこがれ上司と

七福さゆり

プロローグ レンタル彼氏 (3)

「……ってことは、あるお店もあるの!?

「まあねー」

 知らない男性と会っていきなり性的な関係になるなんて、美冬には全く理解ができなかった。驚きすぎて目が真ん丸のまま、戻せない。

「まあまあ、世の中には色んな人がいるってこと! ……で、説明続けちゃっていい?」

「う、うん……」

 つばさは彼氏がいない時期、レンタル彼氏を興味本位で利用したことがあるらしい。彼女が利用した店は性的サービスが禁止で、値段、サービス共に良心的だったそうだ。

「私が利用したとこ、紹介してあげるよ。プラチナム・ハートっていうお店なんだけどー……って、サイトURL送った方が早いか。電話番号も送っとく」

 いくらなんでもそんなところを利用する勇気なんてない。止めておくと言う前に、つばさからのメールが届いた。

「お、送るの早いよっ」

「頑張れ美冬! 応援してるよ。に慣れて、仕事でも私生活でも西園寺課長といい感じになっちゃえ!」

 にっこり笑ったつばさの頰は、ほんのり赤い。

 気が付けばつばさのグラスに入ったカクテルが半分以上なくなっている。

 け、結構酔ってる……!?

「だ、だから好きかどうかは、わかんないんだってば」

「はいはい、まっ! そういうことにしといてあげる。とにかく頑張るんだよっ! わかった?」

「う、うん、ありがと……利用するかどうかは、わかんないけど……」

「あ、すみませーん。ピーチサワー一つ下さーい」

「って聞いてないでしょっ! ……もう、つばさったら……」

 出張ホストなんてハードルが高い……そう思いながらも、メールで送られてきた番号とURLが気になって仕方がなかった。

〝レンタル彼氏〟……かぁ……。


◆◇◆


 それから数日──美冬は悩みに悩んで、レンタル彼氏を利用してみようと決めた。

 ……というのも、また仕事でドジを踏んでしまったからだ。

 つばさと飲みに行った翌日に男性社員から急ぎの伝票を頼まれたのだが、でき上がるまで待っていると背後に立たれたせいでパニックになり、間違いだらけで仕上げてしまったのだ。総一にも呆れたと言わんばかりの深いため息をつかれた。

 女性を扱うプロならば美冬が失礼な振る舞いをしても、料金を支払って雇った時間内であれば根気よく付き合ってくれるだろう。何度か利用すれば、今より男性に慣れることができるかもしれない。

「よーし……かける……! かけるよー……」

 今日は仕事が休みなので、初めて利用してみようと思っている。

 ……そう思っているのだけど、昼に決意したのになかなか勇気を出せないまま時間が過ぎて、もう夜になっていた。

「うう……どうして私ってこう臆病者なの……」

 スマートホンを持ったまま固まっていると、扉をノックする音が聞こえた。

「美冬、お母さんだけど、入るわよ?」

「あ、うん、どうしたの?」

「あなた、今日出かけるって言ってたわよね? 止めることにしたの? 止めるなら、あなたの分も夕飯作るけど……」

 ハッと時計を確認すると、もう二十時を過ぎていた。

「嘘! もうそんな時間なの!? も、もう出かける!」

 プラチナム・ハートに予約の電話をしようと決意してから、もう三時間ほど経っていたらしい。

「あまり遅くならないようにね?」

「う、うん! わかってる!」

 母が出て行ったのを見届け、美冬はうるさいぐらい鼓動が速くなった心臓を服の上から押さえる。

「……勇気出さないと……が、頑張れ! 私!」

 何度か深呼吸をした後、つばさから教えてもらった番号に電話をかけた。

『お電話ありがとうございます。プラチナム・ハートです』

 数コールの後、人当たりのいい男性の声が聞こえてくる。

「あっ、あの、あの、あの……」

『はい?』

「~~……っ」

 脳内で電話をかけた際のシミュレーションを何度もしていたはずなのに、緊張のせいで全て吹き飛んでしまった。

『お客様?』

「わわわ、私……あの……っ」

 パニックになった美冬は、話さなくてもいいはずの身の上話を少し早口で打ち明けていた。

 女性しかいない環境で育ったため、社会人になってからやっとまともに男性と話すようになったこと。緊張して男性と上手く話せないのが原因で、仕事に支障が出ていること。……そして直属の上司である総一を特に意識してしまい、かなり迷惑をかけてしまっていること。

「西園寺課長に迷惑をかけないように、男性に少しでも慣れたくて……あれっ?」

 わ、私、なんで身の上話なんてしてるんだろう……。

 全て話し終えたところで、別に話さなくてもよかったのではないかと気付いて赤面した。

『左様でございます……ぶふっ……か……ゴホゴホッ……』

 電話の向こう側で、明らかに笑いをえているのがわかった。い、いやあああっ……!

 ああ、穴があったら入ってしまいたい。いや、それだけじゃ足りない。入ったところに土をかけてめて欲しい。一生そこに潜っていたい。

『かしこまりました。彼氏のご指名とお時間はいかがいたしましょう』

 恥ずかしさのあまりこのまま何も言わずに切ってしまいたかったが、そういうわけにはいかない。事は一刻も争うのだ。早く男性に慣れなければ、いずれは仕事で取り返しのつかない失敗をしてしまうことだろう。

「あっあの、指名はまだ決めてなくて……時間は……二時間ぐらいでお願いします」

『かしこまりました。では、こちらでお選びしてもよろしいでしょうか?』

「は、はい、お願いします」

『お時間は二時間、内容の方はいかがいたしましょう? デートでよろしいですか?』

「は、はい! デート……で!」

 電話だから相手の顔が見えないのに、美冬は何度もコクコク頷き、気が付けば正座をしていたのだった。


◆◇◆


 それから一時間後の二十一時──。

 美冬は店から指定された待ち合わせ場所の駅へ来ていた。

「ここで待っていれば、来るんだよね……?」

 美冬はまだレンタル彼氏らしき人が来ていないことを確認し、駅のガラスに映った自分の姿を眺めた。

 膝丈のシフォンワンピースに、七分袖のショートカーディガン。白い胸元には誕生日につばさからもらったアンティークゴールドのイニシャルネックレスが揺れる。

 このワンピ、少し短すぎたかな? ううん、でもこんなものだよね?

 男性と待ち合わせをするのは初めてなので、この服装で問題ないか気になって仕方がない。店側に自分の容姿の特徴と服装を伝えてあるが、見つけてもらえるだろうか。いや、それよりも上手く話せるだろうか、どんな人が来るのだろうか……と、不安ばかりが胸を占める。

 最初はキョロキョロしていたが、これから男性と会って話をすることを考えると緊張から顔が強張り、気が付けばいていた。

 どうしよう……やっぱり帰りたくなってきちゃった……。

 その時、誰かが美冬の前で足を止める。

 俯いたままでいる美冬の視界に、ダークブラウンのメンズショートブーツが入った。

 美冬の前で止まったということは、彼女に用があるのだろう。用がある人物は一人しかいない。レンタル彼氏だ。

 このまま帰ってしまいたい衝動と戦いながら、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 え……!?

 立ち止まった目の前の人物を確認して、卒倒しそうになる。

「な、な、なんで……!?

 そこに立っていたのは、予想できるはずがない意外過ぎる人物だった。

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