レンタル彼氏 初恋はあこがれ上司と

七福さゆり

プロローグ レンタル彼氏 (2)

「あっ……! す、すみませ……っ」

 思わず手を引っ込めると、支えを無くした書類がバサバサと音を立てて床に散らばってしまう。

「何をしているんだ。キミは……」

「す、すみません! すみません……っ!」

「いいから拾うぞ」

 先に総一がしゃがみ込み、書類を拾い上げた。

 やだ、西園寺課長に拾わせちゃうなんて……!

 美冬もすぐさましゃがみ、彼よりも一枚でも多く拾おうと手を伸ばす。けれど指先が小刻みに震えて上手く拾えず、結局はほとんど拾ってもらうことになった。

「すみませ……」

「キミは謝ってばかりだな」

 れたようにため息をこぼした総一は、今度は落とさないようにと念を押してから美冬に手渡す。

──またやってしまった……。

 彼は仕事への姿勢は厳しいがとても誠実で、上司や部下の信頼も厚い。優れた容姿を持つ上に出世コースを歩む彼はとても人気があり、女性社員が集まると必ず話題に上がる人物だ。

 情報通の女性社員の話によると、総一の年齢は三十二歳で、潔癖なイメージ通りA型。誕生日は意外にも可愛くひな祭りの日らしい。

 ──どうしてこうなっちゃうんだろう……。

 総一に話しかけられると他の男性以上に意識して、普段やらないようなドジや失敗をして迷惑をかけてしまう。そのことが現在美冬の最大の悩みだった。

「……そんなに俺のことが怖いか?」

「え!?

 突然の質問に、美冬は目を丸くした。

「俺が話しかけると、いつも萎縮しているだろう? 怖がらせているのなら、すまないな。そんなつもりはないんだが、俺はただ立っているだけで、人に威圧感を与えてしまうらしい……人相が悪いのかもしれないな」

 総一は苦笑しながら小さくため息をつき、下がった眼鏡を人差し指で上げる。

「何も考えていない時でも、怒っているように見えるらしい。できればもう少し気さくな雰囲気になりたいと思っているんだが、どうしようもできなくてな」

 怖くない、意識しすぎているだけだ。

 訂正したいのに、総一からの視線を感じると緊張がピークにして、喉に言葉が詰まって上手く話せない。

「あ、あの……私……っ」

「ん?」

 心臓がものすごい勢いで脈打ち、苦しくて思ったように言葉がげないのがもどかしい。

 ちゃんと否定しなきゃ……! 悪いのは私で、西園寺課長が謝ることなんて少しもないのだから!

「キミはとても話しかけやすい……なんというか柔らかい雰囲気を持っているが、どうすればそんな風になれるんだ?」

「え!?

 わ、私が……話しかけやすい? 柔らかい雰囲気?

 予想外のことまで言われ、頭の中がパニックになる。何を言ったらいいかわからない。だってそんなことを言われたのは初めてだし、むしろ自分はおどおどしているから話しかけ辛い人間だと思っていた。

「あ、あの、わ、私……」

 ジッと見つめられると、頭の中が真っ白になってしまう。

「……いや、変なことを質問してすまなかった。では、よろしく頼む」

 美冬が何か言う前に、彼はサッと立ち上がり、自分のデスクの方へ足を向けた。美冬はそんな背中を呆然と見つめ、唇をみながら立ち上がる。

 きっと、いにくい部下だと感じていることだろう。総一の心境を想像すると、泣いてしまいそうだった。

 ちゃんと否定したいのに、否定するどころか日常会話すらもろくにできない。

 どうすれば普通にできるの? どうすれば私、変われるの……?

 何度考えてもため息がでるばかりで、結局答えは出ないままだ。


◆◇◆


 ある日の仕事終わり、美冬は中学からの親友である上野つばさと会うため、学生時代からよく利用しているダイニングレストランに足を運んだ。

「つばさ、遅れてごめんね」

 リーズナブルなのにった美味しい料理を出す店で、彼女と会う時はいつもこのレストランを利用している。

「仕事なんだから仕方ないよ。久しぶりだね! あれ? 暗い顔してるけど、何かあった?」

 つばさは艶やかで真っ直ぐに伸びた黒髪を耳にかけ、形のいいピンク色の唇をばせながら首をげる。

 何も言っていないのに、つばさは昔から美冬の変化を見逃さない。それが親友の証みたいに思えて、なんだかくすぐったくて嬉しい。

「うん、実はね……」

 ずっと悩んでいた総一のことを相談すると、なぜかニヤリと笑われた。

「な、なんで笑うの? 私、真剣なんだからねっ!?

「ふふ、だってぇ……ねぇ、美冬さ、その人のこと好きなんじゃないの?」

「えっ……ええ!? わ、私が、ささっ……西園寺課長を?」

 思ってもいなかった質問に、思わず大きな声が出てしまう。周りの客がこちらに注目するのがわかり、慌てて口を押さえる。

「もう押さえても遅いって。……で、どうなの?」

「ううーん……」

 よく考えてみたものの今まで人を好きになったことがないから、いつも感じているこの気持ちが恋愛感情なのか、別のものなのか、よくわからない。でも、なぜか胸のどこかがくすぐったくて、顔がくなってしまう。

「……わ、わかんないよ……そんなの……」

「ふぅ~ん、絶対好きだと思うけどねっ! とにかく仕事を円滑に進めるためにも、美冬は男慣れしないといけないね! ってことで、誰か紹介してあげよっか?」

 美冬と違い、つばさは男性経験が豊富だ。兄がいるため、色々紹介してもらえるらしく、絶えず付き合っている彼がいる。けばすぐにでも紹介してもらえるだろうけれど、美冬は怖気づいて即座に首を左右に振っていた。

「ごめん。せっかくだけど、紹介されても上手く話せる自信がないよ……」

 変わるためには、男性と話して慣れるのが一番だ。そうわかっていても、なかなか一歩が踏み出せない。

「えー? でも、勇気出さなきゃ、ずーっとこのままだよ?」

 美冬は総一の前でしてきた数々の失敗を思い出し、ハッとする。

 ……そうだよね。いつまでも逃げてちゃ駄目だ!

「ご、ごめん! やっぱり会ってみようかな。悪いけど、しょ、紹介……してくれる?」

「そうこなくちゃ!」

 つばさはスマートホンを取り出すとすぐにアドレスを起動させ、紹介する男性を探し始めた。

「あっ……で、でも、この調子じゃ相手の人を怒らせちゃうかも……途中で帰っちゃう可能性もあるよね。どうしよう」

 美冬にとっては男性との接し方を勉強する時間であっても、相手は楽しい時間を過ごすために会いに来てくれているのだから、呼び出した方のこちらが終始ビクビクしていては面白くないだろう。

「あーそっか、それはあるかもね。うーん……あ、そうだ! じゃあ、プロに頼んでみたら?」

「プロ?」

「うん、美冬さ、〝レンタル彼氏〟って知ってる?」

 初めて聞く単語だ。

 知らないと首を振る美冬に、つばさは料理をつまみながら説明を始める。

 彼女の話によると〝レンタル彼氏〟とは、出張版ホストのことらしい。

 店内に飾られている写真、またはサイト上に載せられている写真から好みの男性を選ぶと、決められた時間内で彼氏になってくれるシステムだ。サービス内容は様々で、デートをしたり、自宅へ呼んだり、ただ電話で話をするというのもありらしい。

「そ、それってなんか危なくない? 二人きりなんでしょ? 変なことになっちゃうんじゃ……」

 真っ青になって怖気づく美冬に対し、つばさは平然と答える。

「良心的なお店を選べば大丈夫! ちゃんと性的サービス禁止のお店もあるから、心配しなくていいよ」

「レンタル彼氏 初恋はあこがれ上司と」を読んでいる人はこの作品も読んでいます