激愛エゴイスト ご主人様はイケメンホスト!?

麻生ミカリ

エピソード.0 運命の出会いって信じますか? (1)

エピソード.0 運命の出会いって信じますか?




聖西学園の制服っていいよな~」

 斜め前、人の壁の向こうから声が聞こえてくる。声の感じからして高校生だろうか。もしくは大学生かもしれない。

「さすがお嬢さまってカンジするし。清楚?」

「あー、マジ、聖西のカノジョ欲しいよなー!」

 この電車に乗る半数以上の乗客が、彼らの言う聖西学園の生徒だ。中学、高校と私も同じ電車に乗って五年目。近隣からお嬢さま学校と呼ばれる、私立聖西学園。でもお嬢さま学校に通っているからといって、もしくは親が裕福だからといって、全員が清楚でおとなしい淑女なワケじゃない。そんな時代遅れ、現実には存在しないんだ。

 ──もぞり、とその感触に気づいたとき、私は朝から貧血を起こしそうなくらいイヤな気分になった。

 冬の満員電車は暑い。外が寒い分、みんなコートやマフラーで完璧な防寒対策をしていて、車内は空調でもわもわ熱気がこもる。今朝も例にもれず、電車の中は空気が悪かった。

 朝の電車はキライ。だけど、キライだからって乗らなかったら学校に行けない。中学から私立大学の付属に通っているんだから、こういう不慮の事態が初めてってワケじゃなかった。それでも、本気で相手を蹴りたくなるくらいに不愉快なんだよ、痴漢って。

 私はそっと体をずらした。もちろんすし詰め状態の車内で、逃げる手立てなんてそうそうない。だから少しだけ、体の向きを変える程度。

 それなのに、見知らぬ『誰か』の手が私を追ってくる。両手でカバンを胸元に抱いて電車に乗るのが私のクセだった。コンプレックスの塊みたいに大きな胸を人目にさらしたくないのがその理由だ。

「……やめて、ください」

 つぶやくような声で、小さくそう言った。スカートの上からお尻をさわる『誰か』に、私の声は聞こえただろうか。電車がぐらりと揺れて手が離れていく。ほっとしたのもつかの間、次の瞬間またイヤな感触が舞い戻ってきた。

 ──いくら聖西の制服がおとなしそうに見えるからって、これはありえないでしょ!

 苛立ちMAX、もう我慢なんてしたくない。毎朝乗る電車だからこそ、もめずに済ませたいって思っていた私の気持ちを無駄にしたのは、そっちのほうだからね。

「やめてって言ってるでしょ!」

 周囲が驚くほどの声をあげたそのとき、またしても電車が大きく揺れた。だけど見逃すもんか。私はお尻の近くにあった手首を、右手でぎゅっとつかみ上げる。

「朝っぱらから痴漢なんてサイテー!」

 私がつかんだ手首は、シルバーアクセをじゃらじゃらつけた大きな手につながっていた。黒いコートから覗く手首には、スイスのブランドの腕時計。その腕の先に視線を這わせていくと──。

「おい、誰が痴漢だって?」

 低く艶のある声が、少し皮肉げな薄い唇から響いてくる。一五〇センチの私が見上げると、首が痛くなるほど背の高い金髪の男性だった。軽やかに盛ったトップは、毛先がやわらかなカールを描いている。ホスト風の派手な髪。朝の電車にそぐわないダークブラウンの大きなサングラスで、顔の半分が隠れているけれどたぶん若い、二十代半ばくらい?

「あなたに決まってるでしょ!」

 バーコード頭のオジサンや、私と同じ制服を着た女子高生、仕事のデキそうな化粧の濃いオバサン──周囲のみんなが息を詰めて私と金髪を交互に見比べる。

『次はー、聖西学園前ー、聖西学園前ー。ドア付近のお客さまはー、一度ホームに降りるかドアから離れて……』

 聞きなれた車内アナウンスが流れて、私は金髪の男をにらみつけた。本来ならば、このまま駅員に引き渡してやりたいところだけど、今日は期末試験の最終日だ。遅刻するワケにはいかない。

「俺はやってない」

「なっ、何よ、言い逃れ!?

「やってないものはやってない。おまえのカン違いだ」

 彼は動揺することもなく、平然と私を見下ろす。サングラスのレンズが濃い色のせいで、その目がどこを見ているのかわからない。細い鼻梁に、薄い唇、派手なファッション。顔の上半分が隠れていても、端整な顔立ちをしてるっぽい。こんな人が、朝から痴漢なんてする……?

「ごめんなさい、は?」

「ぇ……」

「間違えたらごめんなさい、だろ」

「だって、ホントにさわられたし!」

 だけど、ここまで堂々と言われると私が間違っているような気もしてくる。まだつかんだままの彼の手首から、脈のとくんとくんという律動が指先に感じられる。男の人の手に触れるのなんて、パパ以外ほとんどないせいで、なんだか緊張してしまう。

「さわったヤツはいるのかもしれないが、それは俺じゃない。だから……」

 まだ彼が何か言っている途中だったけれど、電車が駅のホームに到着した。私は唇をきゅっと結んで、右手を離す。

「朝っぱらから女子高生のお尻をさわるようなヘンタイに、謝ったりするもんかっ!」

 言い捨てると、人波にまぎれて電車を降りた。周りの視線がチクチク痛い。それにさっきの金髪が追いかけてきたら危険だ。ホントに私のカン違いって可能性もあるし。

「こっえー」

「お嬢さまの中にも、ああいう勇ましいのがいるんだな~」

 降りた電車の車内から、さっき聖西学園の彼女が欲しいと言っていた人たちらしき声が聞こえた。そうよ、アンタたちの願う清楚で奥ゆかしいお嬢さまばっかじゃないわよ。

 同じ制服の女の子たちが階段に向かって歩いていく中、私は全力で駆け出した。試験前に余計なことなんて、考えたくないし!


「おはよー、ハネザキ。見たよさっき~」

 改札を出たところで、大きく息をついているとクラスメイトの佐奈に声をかけられた。

「あ、おはよ」

 まだ息が上がっている。中学のころはバスケ部だったけど、高校入学から二年間、体育以外で運動なんてしてないから体がなまってるんだ。

「アレ、本当に痴漢だったの? サングラスしてたからよくわかんないけど、イケメンぽくなかった?」

「……イケメンだろうとなんだろうと、痴漢は痴漢じゃん!」

 佐奈と並んで歩きながら、私は少しだけ罪悪感を覚えていた。もしかしたら、違ったのかもしれない。手をつかむ直前に電車が揺れたし、違う人だったのかも。

「ま~ね、ハネザキって背低いし胸大きいし、黙ってればおとなしい女子高生ってカンジだからね~。痴漢に狙われるのもわかんなくないっていうかー」

 朝から人のコンプレックスを思いきりるなっつーの!

 ムッとして黙ると、私はやっと安心してカバンを左手にげた。電車に乗るときは、満員でもがら空きでも、絶対にカバンを胸に抱く。佐奈に言われなくたって、私も自分を知ってる。胸が大きいことでからかわれるのなんてゴメンだった。

「あ、そうだ。今日の帰り、アレ行かない?」

「……アレって?」

「こないだ、雑誌見せたじゃない。占い、渋谷の~」

「あぁ……」

 今日で期末試験は終わりだし、別に占いくらい付き合ってもいいかな。どうせ佐奈は、新しいカレシのことを占ってもらいたいんだってミエミエ。

「すっごく当たるらしいよ。ハネザキも、来年の恋愛運とか占ってもらいなよ~」

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