ウロボロスの開拓者【深淵の書編】現代世界と異世界を比べてみた。

ヒィッツカラルド

4【深淵の書】

 ウロボロスの書物、深淵の書。この本を手に入れられたのは、人生に置いて超絶に幸運だったのかも知れない。

 しみったれた格闘技家人生は破綻気味。構えていた忍術道場も傾き、未来が真っ暗に成りかけていたのを、この魔導書が救ってくれるかも知れない。

 結婚もせず、世継ぎも無く、身内も少なければ、友達も少ない。冷めきった未来だけが見えていた。地元の親しい知人は従姉妹の遥香ぐらいである。

 この本は、そこに花咲いた救世主かも知れない。これは人生大逆転のチャンスかも知れないのだ。

 そして、ゴールド商会。深淵の書と契約を結んだ段階で俺は、世界的に有名な大企業の社員になったらしい。しかも、幹部候補生に昇格しているらしいのだ。これは経済的に安泰だろう。

 だが、まだ、なんの確証もない。これがただの壮大なドッキリかも知れないのだ。

 しかし、これほどまでに手の混んだドッキリを仕掛けてくるような知り合いは俺には居ない。そもそもしがない忍術道場の館長にドッキリなんかを仕掛けて誰が得をするのだろうか?

 もしかしたら、何もかもが幻想なのではないだろうか?

 夢――?

 そうだ、俺は腰を痛めてコタツで寝ていたはずだ。まだ目が覚めていないだけかも知れない。

 俺は自分の頬肉を摘んでみた。捻りながら引っ張ってみる。

「うむ、痛い!」

 痛みはある。これは、夢でないだろう。現実だ。

 茶の間の壁には異世界から飛んで来た矢も刺さっている。異世界に繋がっている扉もコタツの横に聳えていた。間違い無く、それすなわち、すべてが現実だろう。

 ならば、すべてを現実だと受け入れて行動を取らなくては成るまい。判断ミスは避けたかった。

「まずは、順をそって確認だな」

 俺はコタツの上の魔導書を開く。最初に見た時は白紙だったが、契約後の今ではスキル一覧が記入されていた。

 痛覚軽減スキル、超再生スキル、身体能力向上スキル、飢え無効スキル、毒無効スキル、睡眠無効スキル、異次元扉スキル、深淵操作シャドーポケット、疑似不老不死スキル。

 最初はマニアルを読むべきだろう。しかし、スキルの説明欄はページに無い。なんとも不親切なマニアルだ。不思議なくせに不便である。

「なあ、ナビー」

【何で御座いましょう?】

 魔導書のナビゲーターがテレパシーで受け応える。

「最後に書かれている疑似不老不死スキルに関しては、先程の説明でだいたい理解できた。だが、他のスキルの説明が無いんだが?」

【スマホやパソコンのアイコン機能と同じで、知りたいスキルの文字をクリックしてください。説明文が現れます】

「もう、本じゃないな。タブレットじゃん……」

 俺はボヤきながら痛覚軽減スキルをクリックしてみた。すると文字がズレて説明文がナビーの音声付きで表示される。

【痛覚軽減スキル】
契約者が受けるダメージから極度の痛みを軽減する。まったく痛みを感じなくなる訳ではない。苦痛による気絶だけは免れる。

「なるほどね。それで額を矢で撃たれても気絶しなかったのか」

 続いて俺は超再生スキルをクリックしてみた。

【超再生スキル】
契約者が受けた傷を速く回復させる。手足などの切断された欠損部位も繋ぎ合わせることが可能。多少の血肉の喪失も補ってくれる。ただし傷跡が残ってしまう。

「このスキルは便利だな。命綱みたいなものだぜ」

 続いて身体能力向上スキルをクリックする。

【身体能力向上スキル】
身体能力が1.2倍ほど向上。訓練次第で、更に身体能力が向上可能である。

「これは、トレーニング次第で、もっと鍛えられるってことかな?」

 ナビーが口を挟んでくる。

【身体能力向上スキルは、人間の限界である身体能力のリミッターを外すスキルで御座います。尚且つ、生物では到達できないレベルまで身体能力を向上させます】

「マジかよ……」

【他の幹部には、握力だけで、石炭をダイヤモンドまで収縮できる方が存在します】

「化け物じゃあねえか……。スーパーマンかよ……」

 俺は呆れながらも次のスキルをクリックした。

【飢え無効スキル】
飢えで餓死することがなくなります。栄養不足に陥ることもない。ただし空腹感は存在します。

「無人島でも飢え死にだけは免れるスキルなのかな?」

【ある一定まで食福が進むと、疑似不老不死スキルとの兼ね合いで餓死基準限度が止まるとされています。なので餓死が止まるらしいのです】

「止まるらしい? なんか安直なナビゲーションだな?」

【わたくしも、細かいところまでは説明されていないので……】

「ナビーって、案外と雑なんだね」

【申し訳ありません……】

 ナビゲーターが説明を受けていないって、普通あるんかい?

 そのような疑問を抱きながらも次のスキルをクリックする。

【毒無効スキル】
毒などの体調変化を無効化するスキル。病気の類にも掛からなくなる。

「これは有り難いな」

 若い頃に海外を旅していた時期を思い出す。病気の心配はもちろん、食べ物や水の警戒を考えて暮らしたものだ。その心配をしないだけで助かる。

 たぶん、異世界では、心強い能力だろう。向こうの水や食べ物を口にできるだけでも有難い話である。

 次のスキルをクリックする。

【睡眠無効スキル】
睡眠を取らなくても休憩だけで体力の回復が可能。眠らなくても生きていける。眠たくもならない。もちろん寝ることも可能である。

「これは有り難い話だ。眠らない動物は存在しない。だから24時間すべてを有効に使えるってことだろう。夜を有効に使えるのは有り難いぜ」

 続いて異次元扉スキルをクリックしてみた。

【異次元扉スキル】
現実世界と異世界を繋ぎ合わせる扉を出現させるスキル。扉を閉めて消すことにより出現ポイントの変更も可能。ただし、戦闘中に扉を消すことは可能だが、戦闘中に新しく出現させることは出来ない。扉を通過出来るのは契約者と無生物だけである。そもそも他の者たちには、扉が目視できない。扉内も窺えない。透明に映る。スキルの熟練度が上がると、扉の大きさや数を増やすことが可能になる。

「この扉のことだな」

 どうやらこの扉は、他者には見えないらしい。

 俺はコタツの中から横に立つ扉を見上げながら言った。

「ナビー、どうやって扉を消せるんだ?」

【扉に向かって消えろと念じるだけです。逆に出現させる場合は、扉の出現を念じるだけで現れます】

「なるほど」

 俺は無言で扉を見上げながら消えろと念じる。すると茶の間に無断で立っていた扉が霧のように消えてしまった。

「おお、本当だ。簡単に消えたぞ」

 さらに俺は、コタツの反対側に扉が出現するように念じてみる。するとコタツの反対側にグラデーションのように扉が現れた。

「なるほどね〜。出し入れは簡単なんだな」

 続いて俺は、視線を魔導書に戻すと深淵操作シャドーポケットをクリックしてみた。

「なんだろう、このシャドーポケットって?」

【深淵操作シャドーポケット】
影や闇を操り収納ボックスを有する能力。シャドーポケットの収納スペースは100 × 100 × 100 センチ。

「あれ、説明が中途半端だな。――ナビー、シャドーポケットをもっと詳しく教えてくれ?」

【ラノベやアニメで言うところの異空間倉庫であります】

「要するに、猫型ロボットの異次元ポケットってやつかい?」

【それに近い能力です。ただし、収納スペースは猫型ロボットよりもかなり狭いです】

 ナビーも猫型ロボットを知ってるんだ……。

 それよりも――。

「収納スペースって、どのぐらいの大きさなんだ?」

【初期段階は約 100 × 100 × 100 センチですが、スキルが上達したのならば、寸法は無限に広がります】

「大太刀ならば入る程度の大きさじゃあねえか。1メートル程度か。ちょっと狭くね」

【それと、シャドーポケットの出入り口は壁や床などの平面にしか作れません。更にシャドーポケット内は酸素が薄いので、生物を入れておくと酸欠で死亡する可能性が高いので気を付けてくださいませ】

「避難先のシェルターには使えないのか」

【短時間ならば可能かも知れませんが、内部に入った者が、命を落とす危険性は高いかと思います】

「なあ、ナビー」

【何で有りましょうか?】

「深淵操作って、シャドーポケット以外にも何か能力を覚えるのか?」

【攻撃スキルや防御スキル、それに移動用スキルなどを覚えます】

「どんなのがあるんだ?」

【それはまだ秘密です】

「お茶目に勿体振るなよ……」

【済みません】

「あと、お前を仕舞い込んでいても大丈夫か?」

【わたくしめは書物なので呼吸をしておりません。なので可能です。むしろ一番安全な収納箇所なので、それをお勧めします】

「なるほどね」

 最後に俺は、念のために疑似不老不死スキルをクリックしてみた。

【疑似不老不死スキル】
外傷によるダメージで死にづらくなる。同時に脳と心臓が破壊されない限り死なない。老化は停止しているが、月々に一定量の金塊を献上しないと老化が三倍の速度で進行し始める。未納分の金塊を献上したのならば老化は止まる。月々の献上量は、研修期間なので三十日以内に三十グラムである。

「月に金塊を三十グラムも献上しないとならないのか……」

 俺はスマホを手に取ると金塊三十グラムが日本円でいくらぐらいかを検索してみた。

 検索結果は――。

「え〜っと、三十グラムで六十八万円から七十万円ぐらいかよ。結構と高額じゃん」

【異世界で採取した金塊ならば、献上した分だけの金額が月々の給料として支払われますので安心してくださいませ】

「っと、なると、初任給は六十万円ぐらいなのか。それは高額だな。でも、今の俺じゃあ、そんなに金塊を集められないだろうよ……」

 ナビーがアドバイスをくれる。

【異世界の時代背景は中世。それだけ現代と物価が異なります。なので、現代世界から何かを異世界に持ち込んで売るだけで多額の利益が上げられます】

「ああ、なるほどね。そう言うズルっ子も可能なのね」

【試しに食塩や胡椒などを現実世界で購入して、異世界で売り捌いてみてはどうでしょう。簡単に利益が上げられると思います。他の契約者たちも最初は同じことをしておりました】

「なるほど、そう言うのも有りなのか」

【しかも、異世界の高額通貨などは金塊が使われています。それをそのままわたくしに献上してくだされば両替の手間も省けます】

「なるほどね、ある程度の道筋は出来上がっているってわけかい」

【先人の契約者様たちに感謝してくださいませ。すべては先人の功績です】

「これも、死んだ祖父ちゃんのお陰なのね」

 俺は茶の間の隅に飾られている祖父の写真を見上げた。感謝の念を込めて拝む。

【ただし、わたくしが受け付ける金塊は異世界産だけで御座います。現代世界で買った金塊をいくら献上しても月三十グラムの目標には加算されません】

「なるほど……。現代世界で貰った給金を使って、現実社会で金塊を買って、それを収めても目標にカウントされないのね」

【そのとおりで御座います】

 ズルっ子は駄目らしい。

【それと、これだけはご注意くださいませ】

「何をだ?」

【わたくしこと深淵の書を失うことだけは絶対に避けてくださいませ】

「何故だよ?」

【わたくし深淵の書が燃やされたりして破壊された場合は、自動的に契約が解除されまして、契約者は普通の人間に戻ってしまいます】

「そうなのか――」

 ならば、不老不死に飽きたのならば深淵の書を燃やしてしまえば縁も切れるのではないだろうか。普通の生活に容易く戻れるぞ。

 だが、その考え方は、すぐに改められる。

【我々ウロボロスの書物が破壊された場合、契約の反動から膨大なエネルギーが契約者に流れ込み、その肉体は瞬時に崩壊してしまいます。身体が砂のように崩れさります】

「えっ、死ぬってことか……?」

【即死して、遺体も残りません】

「それはヤバいじゃんか……」

【契約解除も同様で、瞬時に亡くなります。わたくしも泰一様が亡くなる瞬間を見ていましたので間違いありません】

「祖父ちゃんは、契約解除で死んだのか……?」

【瞬時に灰になるところを目撃しました】

「そ、そうなのか……」

 ならば、生き残るためには不老不死の道筋を進むしかないのか。もう、逃れることはできないようだ。そういう大事なことは、血判を押す前に言ってもらいたかった。

【ですので、わたくしをシャドーポケット内にしまい込み、厳重に管理してください。シャドーポケットのほうが一般の金庫よりも厳重に保管できるでしょう】

「分かったよ」

【わたくしはシャドーポケット内にいても外の様子を窺えますし、泰三様との会話もテレパシーで可能なので安心してくださいませ】

「そうなのか。それは便利だな」

【そして、これが最後のアドバイスでございます】

「何だ?」

【異世界での金塊採取は、気長に取り組みましょう】

「何故だよ?」

【わたくしが受け付ける金塊は、異世界産の金塊に限ります。即ち、異世界で金塊が採取できなくなった場合は、疑似不老不死が停止するのです】

「異世界で燃料が取れなくなったら、俺は死ぬってことか……」

【そうなります。ですので、金塊の取りすぎには気を付けてください。それと、異世界の文明を発展させるのも気を付けてくださいませ】

「なんでだ?」

【文明とは、あっという間に発展してしまうものです。それは、教科書があればなおのことです。気付けば、核弾頭を作れるぐらいまで瞬く間に文明が発展してしまいます。いくら疑似不老不死であっても、核弾頭を撃ち込まれれば一巻の終わりであります】

「なるほどね。異世界の文明開化を妨害したほうが、俺には利益があるってことか」

【そうなります】

「要するに、こちらの現実世界から文明を手助けできる物は、できるだけ持ち込まないようにするんだな。拳銃などの近代兵器は禁止なのね」

【使うのは構いません。ですが、残して帰るのは避けてください。それを現地人に研究されて模倣されたら不味いことに成り得ます】

「了解した」

 俺は深淵の書をシャドーポケットに仕舞い込むと、コタツから立ち上がり家の外に出る。そして、実家の隣に建っている道場へ足を運んだ。

「さぶぃ、さぶぃ……」

 まだ外は雪が残る季節である。俺は道場の冷たい床板を鳴らしながら神棚の前に立つと、両手を合わせて拝む。

 道場の床には鉄アレイやダンベルが転がっている。天井からはサンドバッグがぶら下がっていた。

 それらの筋力トレーニング用具よりも目立つのは、壁一面に飾られた武具の数々だ。

 大刀、小刀、槍、斧、弓矢、鎖鎌、鉤爪、手裏剣、吹き矢。どれもこれも忍具の類である。祖父が集めた物から自分で集めた物まで様々だ。

 そして、すべてを俺は使いこなせる。

 しかし、この世界では、ほとんどの武具を実戦で使用したことはない。それは、海外でも同様だった。

 治安の悪い地域。紛争中の地域。殺人が正当化される地域であっても、拳銃のほうが優秀だ。だから忍具などのローテク兵器は使いどころが少なすぎる。

 よって、使いどころを見付けることが俺には出来なかった。世界中を飛び回ったが、見付けられなかったのだ。

「中世の文化レベルならば、これらを使って、暴れても良いんだな。異世界で――」

 服部泰三の顔は笑っていた。

 自分が習得した技術は忍術の類。それを存分に発揮して良い世界が現れたのだ。

「楽しみだぜ。覚え学んだものを、すべて使っても良い異世界。海外でも使えなかった術が存分に使えるぞ!」

 俺は手裏剣を取ると胸元にしまい込んだ。それと同時に期待も膨らんで行った。

 こうして、俺の新たなるステージが開幕する。





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by、ヒィッツカラルド。



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