ウロボロスの開拓者【深淵の書編】現代世界と異世界を比べてみた。

ヒィッツカラルド

3【疑似不老不死】

 実家の茶の間――。

「い、いてて……」

 俺は身体に刺さっていた矢を力任せに引っこ抜いていた。矢を抜く度に激痛が走り、傷口からは血が流れ出ていたが、その傷もすぐに塞がった。

 幸い鏃には返しが付いていない。血がすぐに止まり、傷口が塞がっていく。人間では有り得ない再生速度である。

「き、傷が塞がっていく。これは……?」

 古びた魔導書が話しかけて来る。

【それは、リジェネレーションスキルで御座います】

 ウロボロスの書物。深淵の書であるナビーが語り出した。

「リジェネレーションスキル?」

【日本語で述べれば、超再生能力で御座います】

「それは分かる。英語は堪能だからな」

 ナビーの言葉は音ではない。テレパシーの類で語り掛けていた。

【それは、わたくしこと深淵の書と契約を結んだ方に与えられる特殊能力の一つで御座います】

「特殊能力だって……」

 俺はナビーの言葉を聞きながら壁に掛けられた鏡を覗き込んだ。すると俺の額に弾痕が刻まれていた。矢で貫かれた傷が、古傷として残ってしまったようだ。

【リジェネレーションスキルは、再生能力の上昇。異常なまでの回復が主で御座います。故に大きな怪我などは古傷が残るのが当然。まったく痕跡が残らないほどの完璧な再生では御座いません】

 俺は額の傷を指でなぞった。少しカッコいいかも。プシャー・アズナブルっぽい。

「なるほどね――」

 確かに、他の矢傷も弾痕が古傷として残っていた。胸や脇腹にいくつか刻まれている。

【わたくしこと深淵の書が最初に契約者に与えられる能力は、痛覚軽減スキル、超再生スキル、身体能力向上スキル、飢え無効スキル、毒無効スキル、睡眠無効スキル、異次元扉スキル、深淵操作シャドーポケット。それと疑似不老不死スキルで御座います】

 疑似――。

「疑似不老不死スキルってことは、完全な不老不死ではないのだな?」

【はい】

「どう違うのだ?」

【頭と心臓を同時に破壊されると死んでしまいます】

「脳と心臓の同時破壊。それで死んでしまうのか……」

 それでも十分な不老不死だと思う。かなり死にづらいはずだ。

 だが、先程、矢で頭を射抜かれ、心臓も射抜かれていた。なのに死ななかった。

 俺はコタツに入り込んで寛いだ。刺さっていた六本の矢をコタツの上に並べて考え込む。

「さっき、頭と胸を矢で撃たれたけれど?」

【頭部は完全破壊が必須。矢が刺さっただけでは破壊とは扱われません。心臓も脈が停止して初めて破壊とみなされます】

「なるほど……」

 心臓が止まってなかったんだ。頭も思考が残っていたから停止扱いでないのね。これだと、だいぶ死なないだろう。

【それと、疑似不老不死スキルで寿命も伸びています。歳も取りません】

「えっ、そうなの。もう俺は老いないのか!?」

 ビックリである。まあ、不老不死なのだから歳を取らないのも当たり前の特典だろう。

【しかし、不老に関しても条件が御座います】

「ええ〜……」

 やっぱり疑似である。何か条件が存在するらしい。とにかく胡散臭い。

【わたくし深淵の書に、金塊の献上が条件で御座います】

「金塊の献上だって……。お金取るのかよ。現金なやっちゃな〜」

 不老不死も無料ではないようだ。

【我々ウロボロスの書物は、金塊を燃料に稼働しております。金塊から得られるエネルギー源を絶たれますと、機能が停止してしまいます。それ即ち、不老不死も停止してしまいます】

「なるほど、金塊がエネルギーなのね。じゃあ、俺は不老不死を満喫するのに、必死で働かなければならないのか……。それで、金塊を買って、お前に差し出さないとアカンのか?」

 それはお得ではない。生きていくのにお金が必要な現代社会と何も変わらないではないか。なんともガメつい話である。

「なんか、世知辛いな――」

【そのための異世界で御座います】

「異世界……何故に?」

 俺は茶の間に建つ扉をコタツの中から凝視した。その扉の向こう側は異世界らしい。矢をバンバン撃ってくるような野蛮な民族が住まう世界である。

【こちらの世界を現実世界と例えるならば、扉の向こう側は異世界で御座います。そして、異世界は現実世界よりも文化が遅れた中世初期の世界。法律も異なり、モラルも異なり、凶暴なモンスターまで巣食っております。魔法が存在して、まったくのパラレルワールドで御座います。そもそも地球ですら御座いません】

 確かに扉の向こうは野蛮だった。どうやらあの世界には恐ろしいモンスターまでいるらしい。

「確かに、月が七つもあったっけな……」

 それが地球でないことを知らしめていた。

【しかし、その分だけ資源は潤沢。手付かずの鉱山などが無数に眠っています】

「それを採掘して、お前に差し出せと言うのか?」

 無理である。そもそも俺は金塊なんて掘ったこともない。

【金塊を集める手段は問いません。ですが、月々に最低ラインの金塊を献上してもらわなければ、契約者の老いは急速に進み、通常よりも早く老化が進みます】

「月々って、ナンボよ?」

【三十日以内に、三十グラムが、最低限の献上量で御座います】

 三十日間に、三十グラム――。

「何それ、マジかよ。詐欺じゃないか……?」

 少し騙された気分である。

【ですが、月々の献上が続く限り老化は停止します。故に、不老不死に飽きたのならば献上を停止さえすれば、自動的に老化が再開して老衰で死ねます。祖父、服部泰一様のように――】

「じいさんは、老衰で死んだのか?」

【はい、不老不死に飽きたそうです。そして、ウロボロスの書物を孫である貴方に託したのです】

 俺は顎に手を当て、しばしの間、考え込んだ。

「ナビー、お前さんがここに来た経緯は理解した。だが、それより疑問なのは、お前は何者だ?」

 喋る書物なんて有り得ない。摩訶不思議にも程がある。怪し過ぎるのだ。

【わたくしは、ウロボロスの書物のナビゲーター、ナビーで御座います。契約者を不老不死に誘い、契約者一人につき、一つの異世界を作り出すための魔導書で御座います】

「だから、それは理解した。俺が聞きたいのは、ウロボロスの書物ってのが何なのかということだよ。何故、何処で、誰が作ったんだよ?」

 存在する以上は、誰かが作り出したのは間違い無いだろう。

 喋る書物を作れるのは、神か悪魔か――。

 ナビーは包み隠さず回答した。

【ウロボロスの書物とは、ゴールド商会が発行している限定品の魔導書で御座います】

「ゴールド商会……?」

 なんか、テレビのCMで聞いたことがある会社名だ。有名だったと思う。

【ゴールド商会とは、世界各国に支部を持つ大企業です。わたくしに献上された一部の金塊は、わたくしを通してゴールド商会に上納される仕組みとなっております。そして、その上納金によって、契約者に給料として報酬が支払われます】

「えっ、どういうこと……?」

 訳が分らん……。

【今や服部泰三様は、ゴールド商会の社員であり、幹部候補生に昇格しております】

「えっ、俺はいつの間にか就職しているのか……?」

 しかも、世界的な大企業の幹部候補生だって?

 それってラッキーなのか?

【報酬は金塊を上納した額による歩合制。多くの金塊を上納したのならば、その分だけ給金は多く支払われます】

 基本的な疑問が浮かぶ。

「なんで大企業が、俺みたいなろくでなしを使って金塊を集めるんだよ。最初から潤沢な資産を使って金塊を世界中からかき集めればいいじゃあないか?」

 それが道理であろう。俺なんかのような半端者を使う理由が判らない。

【世界の金塊には一定量が決まっています。分かりやすく述べれば、この地球の金塊は決まった量しか御座いません】

「ああ、そうだろうな……」

 資源は無限ではない、地球とて有限だ。

【ですが、わたくしたちウロボロスの書物は、契約者一人につき一つの異世界を構築することができます。故に、別の世界から金塊を集めてこられるのです】

「この世界での金塊の絶対量が増えるってわけかい?」

【その通りで御座います】

 世界の金塊量は、これまでに採掘された地上の在庫が約18〜20万トン、現在地中に眠る採掘可能な埋蔵量が約5〜6万トンと推定されている。

 オリンピックの水泳で使われるプールで例えると、3.8杯分と言われている。

 それが世界の全金塊量だ。それ以上は、地球から金塊を採掘するのは不可能だろう。

 だが、扉の向こうの異世界は、地球とは別世界。別の大地だ。そこから金塊を持ち込めば絶対量が増えるって仕組みらしい。

「しかし、それならばこそ、俺よりも別の人間を使って急速に異世界を開拓して、金塊を効率良く集めればよいではないか?」

 そうである。パラレルワールドなんて使い捨てにしてしまえば良い話だ。

 そして、別の人間と契約を結び直して、新しいパラレルワールドで荒稼ぎを企めば良いのだ。そのほうが効率的だと思う。

【ウロボロスの書物と契約するにも条件が御座います。その条件に適う者も僅か。効率だけでは契約はできません。何もかもが効率だけでは進まないのです】

「なるほどね〜……」

 俺の人生と同じだな。何もかもが、考え通りには進まないのが人生らしい。

【何よりも、ゴールド商会の会長であり、わたくしたちウロボロスの書物をお作りになった人物である金徳寺金剛様は、たいへん娯楽を重視する御人柄。会長からしたら、ウロボロスの契約者の成長が娯楽の一つのようなものらしいのです】

「へぇ、何それ?」

【如何なる方法で金塊を集めるのか、如何なる人生を異世界で過ごすのか、そしていつ人生に飽きて命を断つのか。また、誰に殺されるのか。それらを何千年も見てきた人物で御座います】

「悪趣味なジジイだな……。その会長さんも、不老不死なのか?」

【おそらく、世界で一番の長寿だと推測できます】

「ええ……」

【おそらく数臆歳かと――】

「なんか、すげぇ〜化け物が出てきたな……」

 世界の資産家ランキングに上がってきそうな大富豪が、そのような化け物とは思いもしなかった。金持ちって、怖い……。

【前権利者の服部泰一様もおっしゃってました。長生きしすぎて常人の思考を失ったのだろう、と】

「会長って、長生きしたサイコパスなのかよ……」

 それが、自分が就職した会社のボスだとすると先々が心配になってくる。

 だが、不老不死には興味を抱く。不思議アドベンチャーには関心があった。進まずにはいられない。






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by、ヒィッツカラルド。



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