ウロボロスの開拓者【深淵の書編】現代世界と異世界を比べてみた。

ヒィッツカラルド

2【奇襲からの脱出】

 謎の狙撃手たちが森の中から出て来る。その手には、まだ弓矢が構えられていた。矢を六本も受けて倒れている俺に、足音もなく近付いて来る。

 一人が言う。声色は青年っぽい。

「仕留めたか?」

 答えたのも青年っぽい声色であった。最初の青年よりも声が若く聞こえた。

「六本すべて命中だ。頭にも矢が刺さっているから死んだだろう」

「確認しろ、リーン」

 次に返答したのは少女である。

「わかったは、兄さま」

 夜の森の中で倒れ込む俺の身体には六本の矢が刺さっていた。額と胸に刺さっている矢は致命傷の位置だろう。

 だが、俺は死んでもいない。意識は残っていた。痛みにも我慢できていた。

 仰向けで倒れ込む俺は、死んだふりをしていた。意識は残っていたが、気絶しているふりをしている。

 声の数からして、弓矢を撃ってきたのは男女複数人。五人か六人だろう。

 会話からして相手は俺を殺す気だ。いま起き上がったら、間違いなく追い打ちを撃ってくるはずだ。

 それよりも俺は、何故死ななかったのか?

 矢は絶妙な箇所に命中している。

 当たりどころが良かったから、急所を免れたとか?

 否――。

 矢の一本は額を貫いている。当たりどころが良かったで済むような場所じゃない。即死級の部位に命中している。

 しかし、生きている。

 何故?

 否。それよりも考えるべきことがある。生きているならば、やることは一つだ。

 このピンチを必ず乗り越えて生き残る。それが最優先だろう。こんなところで訳も分からないまま死んではいられない。

 こんな経験は、メキシコでマフィアのおっちゃんたちに囲まれて、拳銃を突き付けられた時以来である。

 あの時は、M-16で脚を射貫かれて捕まったが、手八丁口八丁でなんとか生き延びた。

 この状況は、あの時よりもヤバいだろう。

 少し離れた位置で若い女が言った。

「シーン兄様、これを見てちょうだい」

「なんだ、マーリア?」

 受け答えたのは若い青年だった。二人は少し離れたところで話している。

「この明かりは、火ではないぞ……」

「魔法ではないのかしら?」

「いや、魔力も感じられない。不思議なアイテムだ……」

「レアアイテムかしら?」

「おそらく……」

 俺が落とした懐中電灯のことかな。どうやらそっちに意識が向いているようだ。ここでは、懐中電灯ですら珍しいのか。どんな田舎だよ。

「んん〜?」

 幼い娘が、まだ死んだふりに励んでいる俺の顔を覗き込みながら何かに気付く。

 しかし、死んだふり自体はバレていない。

「マーリア姉様……。こいつ、人間じゃないわよ。顔に穴が開いてるわ」

 俺の額に刺さった矢を引っこ抜きながら幼い娘が言った。額に弓矢で穴を開けたのはお前らだろう。穴が開いているとか、何を驚いていやがるんだ。

 しかも、娘が力任せに矢を抜くからかなり痛い。俺は思わず悲鳴を上げそうになるが我慢した。

 だが――。

「こ、こいつ、生きてるわ!」

 まずい、気付かれた。

 瞬時に動く俺――。

『ふんっ!!』

「きゃ!?」

 死んだふりがバレたと知れた刹那、俺は素早く跳ね起きていた。瞬時に立ち上がると、矢を抜くために接近していた娘の襟首を掴んで引き寄せる。

 少女は大きく体勢を崩した。前のめりに片手を着く。

 そして、片膝立ちになった俺は手にある鉈を青年に向けて投擲した。

「うわっ!」

『畜生、外れた』

 投げた鉈は避けられたが、青年が持っていた弓矢に掠めて弦を切る。まあ、上出来だろう。

 さらに――。

「きゃぁああっ!!」

『すまん、人質に取らせてもらう!』

 俺は娘の襟首を引き寄せながら彼女の脇の下から背後に回り込むと、ハーフネルソンで右肩を羽交い締めにする。それと同時に、自分の胸元から取り出した飛び出しナイフの切っ先を彼女の首筋に当てた。

 人質確保、成功――。

 俺は小柄な娘を人質に取ると、彼女を引き摺りながら移動して、背中を太い木に預けて背後をカバーした。

 それにしてもツインテールの髪型が邪魔で前が見にくい。小柄な体型も、俺の全身を隠すには小さ過ぎた。

『んん?』

 なんだ、この尖った耳は?

 まるでエルフの長耳じゃあないか。

「リーン!」

 相手サイドは俺の前方に固まっていた。二人は弓矢を捨てて腰から剣を抜いている。残りの二人は弓矢を構えたままだった。

 剣の刀身はかなり細身の直刀である。ヨーロッパのサーベルよりも細い直刀だ。ファンタジー世界でいうレイピアと呼ばれている極細身の剣だろう。

「貴様、リーンを解放しろ!」

「卑怯者めが!」

 怒鳴る青年たち。彼らも長耳である。

 相手は五人いる。青年が三人、若い娘が一人。さらにもう一人の娘を俺が人質に取っている。

 この一対多の状況ならば、死んだふりからの不意打ちで一人二人を殺すよりも人質を取ったほうが生存率は高いだろう。この選択は最善だったと思う。

「糞ッ……」

 案の定、相手は弓矢を構えているが撃ってこない。かなり弓矢の腕が立つようだが、ピタリと人質に密着しながら彼女の背後に隠れる俺には撃ってこなかった。

 あちらさんは、敵の命を奪うよりも、味方の安全のほうが優先される優しい人種なのだろう。正しいモラルを持っている奴らで助かった。

 それにしても、人質の娘は矮躯で華奢だった。力も弱い。おそらく体格からして子供かもしれない。

 俺ってば、子供を盾にするなんて最低だな。でも、殺されるよりはマシだろう。

 俺は人質の背後に隠れながら男たちに問う。

『貴様ら、強盗の類か?』

 最近のチビッ子ギャングは、初っ端から矢で狙撃してくるなんて怖い時代になったものだ。クワバラ、クワバラ。

 弓矢を構えたまま青年の一人が答える。

「野盗は貴様だろう。ここは我らがダーク一族の縄張りだぞ!」

 どうやら他のギャングが他のチームの縄張りに入り込んだと思われているようだ。この手の縄張り意識の高い連中は厄介だぞ。

 しかし、誤解さえ解ければどうにかなりそうである。

『済まない、誤解だ。俺は道に迷っただけで、君たちの縄張りとは知らなかっただけだ』

「嘘を言うな!!」

 表情から敵意が異常なまでに感じ取れる。やっぱり会話での説得は無理かな?

「貴様は、ライト一族の回し者だろうが!」

『何それ?』

 駄目だ。これは誤解が解けそうにない。無理なパターンだな。話が噛み合っていない。

 俺は人質の娘を力任せに引き摺ると、来た道を引き返し始めた。扉があるのは百メートルほど先である。そこまで逃げるつもりだった。

『追ってくるな。逃がしてくれたのならば、彼女は傷付けない!』

「そんなの信じられるか!」

 俺は風向きを確認する。運良く俺は風上に立っていた。

『ですよね~』

 そう言った直後に俺は人質の背中を蹴って前に飛ばした。そして、ジャージズボンのポケットからビニールの小袋を三袋取り出した。

『それ、煙幕だ!』

 俺は小袋を左右に振って、中の赤い粉を空中にぶち撒けた。周囲の空気が赤く染まる。三袋も放つと一帯が粉で汚染された。

「なんだ、これは!?」

「うわ、目が!?」

「い、痛い!?」

『どうだい、新潟産激辛調味料ハバネロパウダーの味は!』

「か、辛い!!」

 彼らは目を擦りながら咳込んでいた。ハバネロパウダーの目眩ましが効いている。

 俺は踵を返すと全力で走り出していた。振り返ることなく全力で逃亡する。ただ、一直線に扉の光を目指して突っ走った。

『あと、もう少し!』

 扉まで、あと僅か。しかし、何本か追撃の矢が飛んできていたが、俺には一本も命中しない。たぶん、ハバネロパウダーで目をやられて射撃が定まらないのだろう。

『とぉーーう!』

 俺は飛んだ。室内に飛び込む。

 そして、俺が扉をくぐると流れ弾の矢が一本だけ室内に飛び込んで来た。茶の間の壁に突き刺さる。

「あぶねぇ!!」

 俺はすぐさま扉を閉めた。バタンっと音が鳴る。

「か、鍵はどこだ。畜生、鍵は無いのかよ!」

 だが、扉の向こうは静かである。騒ぐ様子すら聞こえて来ない。

「あれ、大人しいな。諦めたのか?」

 俺は扉に耳を当てるが、向こう側からは何も聞こえてこなかった。静かで無音である。

「ど、どうなってやがる?」

 すると何処かから声が響く。

【扉を閉めることで、あちら側の世界との空間連結が遮断されました。再び扉を開かない限り、空間が繋がることはございません】

 また、あの声だ。ナビゲーションのような機械的な女性の声が、どこからともなく聞こえてきていた。

 虚空に向かって俺が問う。

「だ、誰だ……?」

【私の名前はナビー。貴方の祖父である服部泰一様が名付けてくれた名前でございます】

 女性の声は、コタツの上の本から聞こえていた。ウロボロスの書物が喋っているようだった。

「もしかして、ナビゲーションだからナビーなのか?」

【その通りでございます】

「ダサッ!!」

【酷い!!】

 どうやら俺の祖父は、ネーミングセンスが乏しかったようだ。




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