猶予村異聞録

黄泉坂登

Aレポート・『元国交官僚への取材』より抜粋

 音声記録抜粋 No.19

 記録者:赤澤日香里
 記録日:2024年10月28日
 場所:東京都品川区・個人事務所

【録音開始】

【環境音:時計の秒針 湯を注ぐ音】

男性:
「まぁ、表にはまず出ない話ですよ。出したところでもみ消されるでしょう。いえ、今更、と言われるかも知れませんね。古い話ですし」

赤澤:
「それでも構いません」

【湯呑みを置く音】

男性:
「……十六夜町、君も行ったんでしょう?」

赤澤:
「ええ。本格調査はまだですけれど」

男性:
「その方がいい。そこで止めておいたほうが賢明ですよ」

【数秒沈黙】

男性:
「昔、国交大臣で一人居たんですよ。あそこへ手を突っ込もうとした人が」

赤澤:
「手を突っ込む、というのは?」

男性:
「国有地整理です」

【紙を擦る音】

男性:
「九十年代後半かな。当時、行政改革の流れが強くてね。『使ってない国有地を整理しろ』って声が、あちこちで上がってた」

赤澤:
「十六夜村の旧駅予定地も?」

男性:
「ええ」

【小さな咳払い】

男性:
「正直、普通に見れば異常なんですよ。数十年放置。利用計画無し。立入制限継続。なのに、維持費だけは今も細々流れてる」

赤澤:
「……」

男性:
「だから、その大臣は言ったんです」

【短い沈黙】

男性:
「『こんな土地、売却すればいいじゃないか』って」

赤澤:
「合理的ではありますね」

男性:
「ええ。普通はね」

【時計の秒針】

男性:
「最初は小さな話だったんですよ。現地視察して、資料出させて、再開発の可能性を探る。まぁ、政治家らしい実績作りです。結果はどうあれ、やっている感というのは選挙対策では大事ですしね」

赤澤:
「その時、反対が?」

男性:
「ありました」

【即答】

男性:
「ただ、変だった」

赤澤:
「変?」

男性:
「誰も、理由を言わないんですよ」

【沈黙】

男性:
「『やめた方がいい』、『触らない方がいい』──それだけ」

赤澤:
「曖昧ですね」

男性:
「だから大臣は怒った」

【椅子が軋む音】

男性:
「『説明できない反対に従えるか』ってね」

赤澤:
「……」

男性:
「で、現地調査を強行した」

【数秒無音】

男性:
「そこからです」

赤澤:
「何が?」

男性:
「崩れ始めたのは」

【時計音】

男性:
「まず、随行予定だった秘書官が失踪した」

赤澤:
「失踪」

男性:
「ええ。出勤途中で消えた・・・。次に、再開発資料が消えた」

赤澤:
「紛失?」

男性:
「コピー含めて全部」

【紙をめくる音】

男性:
「バックアップだけ残ってたが、今度は中身が違う」

赤澤:
「違う?」

男性:
「駅予定地の区画番号が、全部別の土地になってた」

【短い沈黙】

赤澤:
「改竄……?」

男性:
「さてね。──だが、担当者全員が、『最初からそうだった』と言い始めた」

【無音】

赤澤:
「……」

男性:
「大臣は最後まで認めなかった。『誰かが俺を妨害してる』って」

赤澤:
「実際、そうだったのでは?」

【小さく笑う声】

男性:
「今となっては、どうだったのやら。──ただ、最後の方は少し様子がおかしかった」

赤澤:
「と言いますと?」

男性:
「会議中、急に黙るんです。で、時々」

【数秒沈黙】

男性:
「『誰か居る』って言う」

【時計音】

赤澤:
「……」

男性:
「結局、大臣はその年に失脚しました」

赤澤:
「確か、大蔵省の接待汚職事件に巻き込まれる形でしたっけ」

男性:
「表向きはね」

【湯呑みを持つ音】

男性:
「でも、妙なんですよ」

赤澤:
「?」

男性:
「失脚後、あの人の──」

【小声】

男性:
「十六夜町へ行った記録が、全部消えてた」

【長めの沈黙】

男性:
「最初から、関わってなかったことになってた。──何も」

【録音終了】

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