猶予村異聞録
Aレポート・『トレジャーハンターへの取材』より抜粋
音声記録抜粋 No.11
記録者:赤澤日香里
記録日:2024年9月14日
場所:十六夜町・喫茶店『かえで』
【録音開始】
【環境音:食器の触れ合う音 ラジオのノイズ 椅子が軋む音】
男性:
「これは正直、普通の人からしてみると眉唾だと思うんだけどね。ただ、俺は疑ってる」
【短い間】
男性:
「あの区画に、埋蔵金でも眠ってるんじゃないかって」
赤澤:
「埋蔵金、ですか?」
男性:
「俺の曾祖父さんさ、昔、国鉄職員だったんだよ。葬式の時まで知らなかったが、経理局の主計第一課って所で働いてたらしい」
赤澤:
「それは結構なエリートだったのでは?」
【小さく笑う声】
男性:
「さぁな。──ただ、組織にとって金の流れってのは血流と一緒だ」
男性:
「そこを見るのが仕事なんだから、どうしたって気づくもんがあったんだろうな」
【紙を擦る音】
男性:
「遺された日記には色々書かれててさ、俺にとっちゃ現象風景というかなんというかな……言い方がアレだけど、性癖に刺さりまくったんだ」
赤澤:
「性癖、ですか?」
男性:
「隠されたものを暴くだけじゃなくて、何故秘されたとか、どういう理由で作られたとか、そういう想像の余地が好きな人間だったのさ。だから今、こんな仕事をしてる」
【短い間】
男性:
「日本に何人もいないだろ? トレジャーハンター名乗ってる人間なんてさ」
赤澤:
「その日記に、埋蔵金を示唆するような記述が?」
男性:
「直接書いてあった訳じゃないんだけどな」
【ライター着火音】
男性:
「血筋かねぇ……。曾祖父さんも、多分、好奇心で知っちゃいけないことまで知っちゃったんだろう。──けれど、ある日を境に、ぱったりと日記が途切れた」
赤澤:
「まさか……」
男性:
「ああ、いやいや」
【苦笑】
男性:
「衰弱死だよ。普通に寿命。畳の上で、俺等孫ひ孫に囲まれての大往生だった。そういう所はミステリーやオカルトじゃなくて、ホッとするやら面白くないやら」
【煙を吐く音】
男性:
「そん時の遺品整理で日記が出てきだんだよ。曾祖父さんの日記さ、最初の方はごく普通の日常を書いた日記だったんだ。職務規定もあったからだろうな、仕事のことなんか特に書いてなかった。──俺の血筋のクセに、真面目だったんだよ」
【短い沈黙】
男性:
「──けれど、ある日を境に、仕事上の悩みを書くようになっていった」
赤澤:
「悩み、ですか」
男性:
「調べりゃ分かるが、当時の国鉄はとんでもない赤字を抱えてた。金の流れは組織の血流……なら、それの専門家である主計が、その異常に気付けないと思うか?」
赤澤:
「それは……確かに」
男性:
「民間がよくやる節税用の調整赤字じゃないぞ。仮にも公共企業体が、あんだけ馬鹿みたいな巨額赤字垂れ流しておいて、意図して臆面もなくそれをやってるなら、だ」
赤澤:
「まさか…………横領?」
男性:
「曾祖父さんもそれを疑ってた。内部の横領なんじゃないかって。けど、最終的には売上に換算されてる。──まぁ、架空計上……いわゆる粉飾決算だな」
【紙をめくる音】
男性:
「後年、国鉄は経営破綻で潰れることになる。その時に色々と不正会計は明るみに出たが、それが全部じゃない。一九六四年の東京五輪以降、赤字転落して方々から借り入れしてる上に、公共企業体って性質上、どうしたって政治に忖度しなきゃならない案件が出てくる」
赤澤:
「忖度とは、どういうことでしょうか?」
男性:
「運賃決めてるのが実質的に政府だからさ。国交大臣の承認がなきゃ、値上げが出来ないんだよ」
赤澤:
「あぁ、確かに」
男性:
「鉄道は庶民の足だ。好き勝手値上げなんか出来ない。とは言え、値上げ出来なきゃ赤字の償却も出来やしない。だからこそ、そこに付け込んだ連中がいるってことさ」
【短い沈黙】
男性:
「──陰謀論だと笑ってくれてもいいぜ」
赤澤:
「いえ、そんなことは……」
男性:
「そう思われるのは仕方ないから別にいいけどさ。でも考えてもみてくれ」
【紙をめくる音】
男性:
「国鉄の経営破綻は、一九六〇年には既に予想されてたんだぜ? なのに、関わってる中の人全員が、そっから二十余年、『なんとかなるさ』の精神だったと思うか?」
赤澤:
「……」
男性:
「当然、色んな思惑が出てくるさ。見て見ぬふりをするやつ、泥舟から逃げ出すやつ、ギリギリまで甘い汁を吸おうとするやつ──」
【小さく笑う声】
男性:
「そして、それを隠れ蓑にするやつ」
赤澤:
「隠れ蓑、ですか」
男性:
「国鉄の最終赤字、知ってるか? 三十七兆円だぞ。笑える数字だろ?」
赤澤:
「仮に一%だったとしても、三千七百億円ですしね……」
男性:
「そういうこと」
【短い沈黙】
男性:
「当時、十六夜村にも鉄道が通る予定だった。用地も買収して、区画整理も終えて、さぁこれからだって所で突然ストップ」
【紙をめくる音】
男性:
「表向きの理由こそ国鉄の経営難ってなってたが、曾祖父さんの日記には、帳簿上では経営破綻する直前まで結構な金の流れがあったと書いてあった」
赤澤:
「開発してないのに、ですか?」
男性:
「ああ。開発してない。使ってもいない。──なのに、金だけ流れてる」
【煙を吐く音】
男性:
「だったら、数字上だけ流して、実態は凍結したまま誰かが掠め取ってた──そう考えるのが普通だよな」
赤澤:
「曾お祖父さんは、それを知っていた」
男性:
「ああ。でも、墓まで持っていった」
【ライター着火音】
男性:
「主計第一課って言っても、本人は大した立場じゃないし、まして国まで介入してる。下手に楯突いて、家族まで巻き込めないからな」
【長めの沈黙】
男性:
「……今でも、十六夜村に用意された駅予定地は、国有地のまま閉鎖されてる。立入禁止。手入れされない雑木林。更地にもならない」
赤澤:
「更地にもせず、有効活用もされない、と」
男性:
「ああ」
【小さく笑う声】
男性:
「まるで──現代の禁足地だよ」
【録音終了】
記録者:赤澤日香里
記録日:2024年9月14日
場所:十六夜町・喫茶店『かえで』
【録音開始】
【環境音:食器の触れ合う音 ラジオのノイズ 椅子が軋む音】
男性:
「これは正直、普通の人からしてみると眉唾だと思うんだけどね。ただ、俺は疑ってる」
【短い間】
男性:
「あの区画に、埋蔵金でも眠ってるんじゃないかって」
赤澤:
「埋蔵金、ですか?」
男性:
「俺の曾祖父さんさ、昔、国鉄職員だったんだよ。葬式の時まで知らなかったが、経理局の主計第一課って所で働いてたらしい」
赤澤:
「それは結構なエリートだったのでは?」
【小さく笑う声】
男性:
「さぁな。──ただ、組織にとって金の流れってのは血流と一緒だ」
男性:
「そこを見るのが仕事なんだから、どうしたって気づくもんがあったんだろうな」
【紙を擦る音】
男性:
「遺された日記には色々書かれててさ、俺にとっちゃ現象風景というかなんというかな……言い方がアレだけど、性癖に刺さりまくったんだ」
赤澤:
「性癖、ですか?」
男性:
「隠されたものを暴くだけじゃなくて、何故秘されたとか、どういう理由で作られたとか、そういう想像の余地が好きな人間だったのさ。だから今、こんな仕事をしてる」
【短い間】
男性:
「日本に何人もいないだろ? トレジャーハンター名乗ってる人間なんてさ」
赤澤:
「その日記に、埋蔵金を示唆するような記述が?」
男性:
「直接書いてあった訳じゃないんだけどな」
【ライター着火音】
男性:
「血筋かねぇ……。曾祖父さんも、多分、好奇心で知っちゃいけないことまで知っちゃったんだろう。──けれど、ある日を境に、ぱったりと日記が途切れた」
赤澤:
「まさか……」
男性:
「ああ、いやいや」
【苦笑】
男性:
「衰弱死だよ。普通に寿命。畳の上で、俺等孫ひ孫に囲まれての大往生だった。そういう所はミステリーやオカルトじゃなくて、ホッとするやら面白くないやら」
【煙を吐く音】
男性:
「そん時の遺品整理で日記が出てきだんだよ。曾祖父さんの日記さ、最初の方はごく普通の日常を書いた日記だったんだ。職務規定もあったからだろうな、仕事のことなんか特に書いてなかった。──俺の血筋のクセに、真面目だったんだよ」
【短い沈黙】
男性:
「──けれど、ある日を境に、仕事上の悩みを書くようになっていった」
赤澤:
「悩み、ですか」
男性:
「調べりゃ分かるが、当時の国鉄はとんでもない赤字を抱えてた。金の流れは組織の血流……なら、それの専門家である主計が、その異常に気付けないと思うか?」
赤澤:
「それは……確かに」
男性:
「民間がよくやる節税用の調整赤字じゃないぞ。仮にも公共企業体が、あんだけ馬鹿みたいな巨額赤字垂れ流しておいて、意図して臆面もなくそれをやってるなら、だ」
赤澤:
「まさか…………横領?」
男性:
「曾祖父さんもそれを疑ってた。内部の横領なんじゃないかって。けど、最終的には売上に換算されてる。──まぁ、架空計上……いわゆる粉飾決算だな」
【紙をめくる音】
男性:
「後年、国鉄は経営破綻で潰れることになる。その時に色々と不正会計は明るみに出たが、それが全部じゃない。一九六四年の東京五輪以降、赤字転落して方々から借り入れしてる上に、公共企業体って性質上、どうしたって政治に忖度しなきゃならない案件が出てくる」
赤澤:
「忖度とは、どういうことでしょうか?」
男性:
「運賃決めてるのが実質的に政府だからさ。国交大臣の承認がなきゃ、値上げが出来ないんだよ」
赤澤:
「あぁ、確かに」
男性:
「鉄道は庶民の足だ。好き勝手値上げなんか出来ない。とは言え、値上げ出来なきゃ赤字の償却も出来やしない。だからこそ、そこに付け込んだ連中がいるってことさ」
【短い沈黙】
男性:
「──陰謀論だと笑ってくれてもいいぜ」
赤澤:
「いえ、そんなことは……」
男性:
「そう思われるのは仕方ないから別にいいけどさ。でも考えてもみてくれ」
【紙をめくる音】
男性:
「国鉄の経営破綻は、一九六〇年には既に予想されてたんだぜ? なのに、関わってる中の人全員が、そっから二十余年、『なんとかなるさ』の精神だったと思うか?」
赤澤:
「……」
男性:
「当然、色んな思惑が出てくるさ。見て見ぬふりをするやつ、泥舟から逃げ出すやつ、ギリギリまで甘い汁を吸おうとするやつ──」
【小さく笑う声】
男性:
「そして、それを隠れ蓑にするやつ」
赤澤:
「隠れ蓑、ですか」
男性:
「国鉄の最終赤字、知ってるか? 三十七兆円だぞ。笑える数字だろ?」
赤澤:
「仮に一%だったとしても、三千七百億円ですしね……」
男性:
「そういうこと」
【短い沈黙】
男性:
「当時、十六夜村にも鉄道が通る予定だった。用地も買収して、区画整理も終えて、さぁこれからだって所で突然ストップ」
【紙をめくる音】
男性:
「表向きの理由こそ国鉄の経営難ってなってたが、曾祖父さんの日記には、帳簿上では経営破綻する直前まで結構な金の流れがあったと書いてあった」
赤澤:
「開発してないのに、ですか?」
男性:
「ああ。開発してない。使ってもいない。──なのに、金だけ流れてる」
【煙を吐く音】
男性:
「だったら、数字上だけ流して、実態は凍結したまま誰かが掠め取ってた──そう考えるのが普通だよな」
赤澤:
「曾お祖父さんは、それを知っていた」
男性:
「ああ。でも、墓まで持っていった」
【ライター着火音】
男性:
「主計第一課って言っても、本人は大した立場じゃないし、まして国まで介入してる。下手に楯突いて、家族まで巻き込めないからな」
【長めの沈黙】
男性:
「……今でも、十六夜村に用意された駅予定地は、国有地のまま閉鎖されてる。立入禁止。手入れされない雑木林。更地にもならない」
赤澤:
「更地にもせず、有効活用もされない、と」
男性:
「ああ」
【小さく笑う声】
男性:
「まるで──現代の禁足地だよ」
【録音終了】
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