猶予村異聞録
Aレポート・『郷土史取材』より抜粋
音声記録抜粋 No.07
記録者:赤澤日香里
記録日:2024年8月19日
場所:十六夜町郷土資料館
【録音開始】
【環境音:扇風機の駆動音 紙をめくる音】
赤澤:
「本日はお時間いただいてありがとうございます」
男性:
「いえいえ。こういう取材なんて滅多にありませんからねぇ。不調法があってもご容赦ください」
赤澤:
「いえ、こちらこそ押しかけてるようなものなので」
【紙擦れ】
赤澤:
「早速なんですけど、十六夜村の歴史について教えていただけますか?」
男性:
「ええ、十六夜村ですね」
【湯呑みを置く音】
男性:
「まぁ、曰く付きではあるんですよ。昔から」
赤澤:
「曰く付き、ですか」
男性:
「何故あの名前なのか、謂れはご存知で?」
赤澤:
「確か、猶予の村と書いて『いざよいむら』……そこから来ていると」
男性:
「そうそう。猶予村から来てるんです。明治になって十六夜村に変わりましたが」
【数秒沈黙】
男性:
「じゃあ、なんでまた『猶予』なのかって話になるでしょう?」
赤澤:
「……はい」
男性:
「少し話変わりますけど、この近くに四方津峠って山道があるのは?」
赤澤:
「知ってます。酷道とか険道とか、そういうので有名だとか」
男性:
「ああ、好きな人いますよねぇ、ああいう荒れた道。たまにジムニーとかで走っている人いますね」
【小さく笑う声】
男性:
「実はですね、あそこも元は名前が違うんですよ」
赤澤:
「と言いますと?」
男性:
「元は黄泉峠。転じて、黄泉比良坂へ通じる場所だとされていました」
【遠くで蝉の声】
赤澤:
「黄泉……?」
男性:
「まぁ、流石に本物は島根とかでしょうけどね。こちらはそれに肖ったんでしょう」
赤澤:
「肖った、とは?」
男性:
「ええ、言霊というものですね。昔の人は特に信心深いですから」
【ページをめくる音】
男性:
「言葉や文字には力が宿る。だから、名を変えれば意味を弱められる。昔の人はそう考えたんでしょうね」
赤澤:
「それで四方津峠に?」
男性:
「はい。そちらは江戸時代頃に変わっています」
赤澤:
「なるほど?」
男性:
「まぁ、江戸時代って戦は減りましたけど、それで人の業が減るわけじゃありませんから」
【短い沈黙】
男性:
「犯罪、飢饉、姥捨て、口減らし……当時は今より、ずっと命が軽い時代です」
赤澤:
「……」
男性:
「でもね、人は死を嫌がるんですよ。死体も、幽霊も、祟りも、死が起点ですから」
【扇風機の駆動音】
男性:
「だから必要になる。捨て場所が」
【数秒無音】
赤澤:
「……黄泉峠が?」
男性:
「ええ。処刑場だったんです」
【遠くで椅子が軋む音】
男性:
「ただ、『黄泉』では意味が強すぎる。言葉の重複は、霊場として機能してしまう」
赤澤:
「だから名前を散らした、と?」
男性:
「そういうことです」
【紙をめくる音】
男性:
「で、その麓に処刑待ちの囚人だとか、捨てられた老人だとか、売られた子供だとか。そういうのが寄せ集まって出来たのが、猶予い村です。それが変形、省略して、猶予村」
赤澤:
「……死までの、猶予?」
男性:
「ええ」
【長めの沈黙】
男性:
「嫌でしょう? そういう土地って」
赤澤:
「少なくとも、住みたくは無いですね…………」
男性:
「でも、そういう場所は必要だったんですよ。表の人間には」
【録音位置移動音】
男性:
「当時、その土地の管理者である大名がいたんですが、どうも何らかの失政を行って改易されているんですよね。タイミングが良いのか悪いのか後継者もいなかったので、そういう場合、通常なら親戚から養子を貰ったりしてお家を存続させるものですが、徳川がそこに介入した」
赤澤:
「徳川が?」
男性:
「私はそう見ています」
【湯呑みを持つ音】
男性:
「少し調べれば分かりますけど、当時の江戸って、明らかに人口過密なんですよ。あの時代のインフラじゃ支えきれないくらいに。あまりに人口が多すぎて大火の原因にもなっていますし。だから、減らす場所が必要だった」
赤澤:
「棄民政策ですか……」
男性:
「まぁ、記録には残りませんけどね。そういう後ろ暗いのは。特に、時の政権が強い場合は」
【数秒無音】
男性:
「歴史ってのは、突然始まるものじゃないんですよ。戦争でも、政策でも、必ずそこへ至る流れがある。資料を遡ると、案外見えてくるもんです。細かいところはともかく、大きな流れは」
赤澤:
「……成程」
男性:
「まぁ、想像だろって言われたら、そうなんですけどね」
【小さく笑う声】
赤澤:
「十六夜村への改名も、そういう流れを?」
男性:
「ええ。近代化で部落差別も薄れましたからね。明治頃に猶予村から十六夜村へ変わって、昭和末期に統廃合で十六夜町になった」
【紙を閉じる音】
男性:
「……まぁ、これがあの土地の大まかな歴史ですよ」
【録音終了】
記録者:赤澤日香里
記録日:2024年8月19日
場所:十六夜町郷土資料館
【録音開始】
【環境音:扇風機の駆動音 紙をめくる音】
赤澤:
「本日はお時間いただいてありがとうございます」
男性:
「いえいえ。こういう取材なんて滅多にありませんからねぇ。不調法があってもご容赦ください」
赤澤:
「いえ、こちらこそ押しかけてるようなものなので」
【紙擦れ】
赤澤:
「早速なんですけど、十六夜村の歴史について教えていただけますか?」
男性:
「ええ、十六夜村ですね」
【湯呑みを置く音】
男性:
「まぁ、曰く付きではあるんですよ。昔から」
赤澤:
「曰く付き、ですか」
男性:
「何故あの名前なのか、謂れはご存知で?」
赤澤:
「確か、猶予の村と書いて『いざよいむら』……そこから来ていると」
男性:
「そうそう。猶予村から来てるんです。明治になって十六夜村に変わりましたが」
【数秒沈黙】
男性:
「じゃあ、なんでまた『猶予』なのかって話になるでしょう?」
赤澤:
「……はい」
男性:
「少し話変わりますけど、この近くに四方津峠って山道があるのは?」
赤澤:
「知ってます。酷道とか険道とか、そういうので有名だとか」
男性:
「ああ、好きな人いますよねぇ、ああいう荒れた道。たまにジムニーとかで走っている人いますね」
【小さく笑う声】
男性:
「実はですね、あそこも元は名前が違うんですよ」
赤澤:
「と言いますと?」
男性:
「元は黄泉峠。転じて、黄泉比良坂へ通じる場所だとされていました」
【遠くで蝉の声】
赤澤:
「黄泉……?」
男性:
「まぁ、流石に本物は島根とかでしょうけどね。こちらはそれに肖ったんでしょう」
赤澤:
「肖った、とは?」
男性:
「ええ、言霊というものですね。昔の人は特に信心深いですから」
【ページをめくる音】
男性:
「言葉や文字には力が宿る。だから、名を変えれば意味を弱められる。昔の人はそう考えたんでしょうね」
赤澤:
「それで四方津峠に?」
男性:
「はい。そちらは江戸時代頃に変わっています」
赤澤:
「なるほど?」
男性:
「まぁ、江戸時代って戦は減りましたけど、それで人の業が減るわけじゃありませんから」
【短い沈黙】
男性:
「犯罪、飢饉、姥捨て、口減らし……当時は今より、ずっと命が軽い時代です」
赤澤:
「……」
男性:
「でもね、人は死を嫌がるんですよ。死体も、幽霊も、祟りも、死が起点ですから」
【扇風機の駆動音】
男性:
「だから必要になる。捨て場所が」
【数秒無音】
赤澤:
「……黄泉峠が?」
男性:
「ええ。処刑場だったんです」
【遠くで椅子が軋む音】
男性:
「ただ、『黄泉』では意味が強すぎる。言葉の重複は、霊場として機能してしまう」
赤澤:
「だから名前を散らした、と?」
男性:
「そういうことです」
【紙をめくる音】
男性:
「で、その麓に処刑待ちの囚人だとか、捨てられた老人だとか、売られた子供だとか。そういうのが寄せ集まって出来たのが、猶予い村です。それが変形、省略して、猶予村」
赤澤:
「……死までの、猶予?」
男性:
「ええ」
【長めの沈黙】
男性:
「嫌でしょう? そういう土地って」
赤澤:
「少なくとも、住みたくは無いですね…………」
男性:
「でも、そういう場所は必要だったんですよ。表の人間には」
【録音位置移動音】
男性:
「当時、その土地の管理者である大名がいたんですが、どうも何らかの失政を行って改易されているんですよね。タイミングが良いのか悪いのか後継者もいなかったので、そういう場合、通常なら親戚から養子を貰ったりしてお家を存続させるものですが、徳川がそこに介入した」
赤澤:
「徳川が?」
男性:
「私はそう見ています」
【湯呑みを持つ音】
男性:
「少し調べれば分かりますけど、当時の江戸って、明らかに人口過密なんですよ。あの時代のインフラじゃ支えきれないくらいに。あまりに人口が多すぎて大火の原因にもなっていますし。だから、減らす場所が必要だった」
赤澤:
「棄民政策ですか……」
男性:
「まぁ、記録には残りませんけどね。そういう後ろ暗いのは。特に、時の政権が強い場合は」
【数秒無音】
男性:
「歴史ってのは、突然始まるものじゃないんですよ。戦争でも、政策でも、必ずそこへ至る流れがある。資料を遡ると、案外見えてくるもんです。細かいところはともかく、大きな流れは」
赤澤:
「……成程」
男性:
「まぁ、想像だろって言われたら、そうなんですけどね」
【小さく笑う声】
赤澤:
「十六夜村への改名も、そういう流れを?」
男性:
「ええ。近代化で部落差別も薄れましたからね。明治頃に猶予村から十六夜村へ変わって、昭和末期に統廃合で十六夜町になった」
【紙を閉じる音】
男性:
「……まぁ、これがあの土地の大まかな歴史ですよ」
【録音終了】

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