一過星(キセキのホシ)

360回転

運命

救急車に乗った俺は携帯で蛇について調べていた。
蛇に噛まれて死ぬ確率はどうやら、そこまで高くはないらしい。
だが安心する事は出来ない…元美は占いで死ぬと言われているのだ。
万が一と言うのはあるのかもしれない…心配する俺に看護師は言った。

「そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよ…蛇に噛まれるのはこの辺りだとよくある事ですし…アナフィラキシーでも起こさない限り、ほとんどは無事で済みます」

「アナフィラキシーってどのぐらいの確率なんですか?」

俺の質問に看護師は困ったような表情をしながら言った。

「確率までは分かりませんが、滅多にないとは聞いてます…」

滅多にないと言う事は確率はゼロじゃないと言う事だ…。
元美は苦しそうな表情をしながらストレッチャーの上で横になっている。
しばらくすると救急車は病院に到着した。
どうやら俺は一緒に中に入る事はできないらしい。

しばらくの間、待合室で待ってるようにと言われ、硬いソファーに腰を下ろして1時間―――元美が出てくる気配はない――

1分1秒がとても長く感じられる…元美は無事なんだろうか?…このまま死んでしまうと言う事もありえるのだろうか?…そんな嫌な考えばかりが頭の中を回っている…。
なぜこんなにネガティブな事ばかりを考えてしまうのか…それは例の占い師のせいだろう…。
占い師にあんな事を言われたと聞かされなければ、俺だって蛇に噛まれたぐらいでここまで心配などしなかったかもしれない…。

腕時計を見ると、時間は夕方の19時10分――

この病院のすぐ近くには、例の占い師が出没する商店街がある。
あのチビっ子占い師に聞けば元美がどうなるのか分かるんじゃないか?…。
いや、違うな…元美が蛇に噛まれたのは、あの占い師にあんな事を言われたからだ。
死相が出てるなんて言われなければ、元美は今日お墓参りに行く事も無かったし、蛇に噛まれることもなかったはずで―――
つまり、元美は受けなくて良い被害を占い師のせいで受けたと言うことだ……。
ソファーから立ち上がった俺は、商店街へと向かった。

昭光商店街あきみつしょうてんがい――地元の人々に愛されて数十年、大型商業施設に負ける事なく、今日もこの場所には沢山の人が溢れていた――

人混みに溶け込みながら、俺は商店街の中を歩いて行く。
独特な雰囲気を放っているここは、観光スポットとして有名で、テレビで紹介される事も多い。
美樹元康――彼女が占いをしているのはこの辺りのはずだ。
俺は辺りを見回しながら占い師の姿を探した。

しばらく歩いていると、紫色のローブを身に纏った美樹元康の姿を見つけた。
彼女の周りに人はおらず、退屈そうな顔をしながら何やらラムネのようなものを飲んでいる。
俺は開口一番かいこういちばんに怒声を飛ばした。

「おい、インチキ占い師!」

俺の言葉を聞いた彼女は、持っていた瓶を前に突き出しながら言う。
「なんだお前は!私はインチキなどしていない!」
「いや、絶対にインチキだ!占い師なんてほとんどがハッタリ!!それっぽい事を言ってればお金がもらえるんだから、そんな楽な商売はないよな?」
俺が悪態をつくと美樹元康は鋭い目つきをしながら問いかけてきた。
「なんだと…お前…名前はなんだ?…」
「俺の名前は啓太郎!啓蒙のケイに桃太郎のタロウだ!」
俺の台詞に、美樹元康は吹き出すようなジェスチャーをしながら言った。
「桃太郎のタロウだって?…言ってて恥ずかしくないのか?…」
売り言葉に買い言葉、俺は感情をむき出しにしながら宣言する。
「俺の家系は必ず太郎と言う文字を名前に使ってるんだよ!昔から受け継がれてきたこの名前を恥ずかしいと思った事はないね!!」
「まぁ名前を大切にする事は確かに大事だな…ただ、私がインチキと言う言いがかりは撤回した方がいいぞ?」
「撤回なんてしない!お前はインチキだからだ!もしインチキじゃないって言うなら、それを証明してみせろよ!」
彼女は考え込むような仕草を見せると、ローブの中から白い紙とペンを取り出し、俺に差し出してくる。
「これに名前を書いてみろ!お前の事を占ってやる!」
「別に名前を書いても良いが、俺はお前に金はやらんぞ!インチキ野郎に払うお金はないからな!」
「占ってやると言ってるのに、なんだその態度は!」
「インチキ野郎に占われたくなんてないんだよ!」
「いいから書いてみろ!」
俺は美樹元康から紙とペンを受け取ると、白紙の中に小さく”啓太郎”と書いた。
紙とペンを俺の手元から取り上げ、美樹元康は飽きれたように呟く。
「なんだこの小さい字は…全く…常識も知らんのか…」
「お前の常識なんて知らん!早く占ってみせろよ!」

俺の言葉を無視して美樹元康は紙を見つめる――

数秒間紙を見つめていた彼女は、俺の目を見ながら言った。
「お前…小さい時に大きな手術をした経験があるな?」
彼女の言葉に、一瞬だけ心臓を掴まれたような感覚が込み上げる。
俺は小学生の時、とある病気で手術をした経験があった。
しかし、それを言い当てたからと言って、この占い師が本物だとは断言できない。
小さい頃に手術をするのは、そこまで珍しい事例ではない。
今の俺の血色や体形を見て、適当な事を言っている可能性だって十分にありえる。
そもそも小さい時などと言う、曖昧な言葉を使っている時点で、疑うなと言うほうが難しい…俺は彼女を挑発するように言った。

「小さい頃に何かしらの手術をしていたなんて、よくある話だろ!それにもう完治してるから、その話をする意味もない!」

ありきたりな事ばかりを言う占い師は多い。
ほとんどの人に当てはまる事を言っておけば、成立するとでも思っているのだろう。
そんな事を考えている俺の目を、美樹元康は不機嫌そうな表情で覗き込んでくる。

「それもそうだな…それならこれはどうだ?――」

彼女はなにかを提示するような言葉を発して、数秒の間黙り込んだ――

美樹元康の小さな顔を見ながら、俺は彼女がなんと言うのかを待ち構えていた。

数秒の沈黙の後…彼女はゆっくりと口を開く。
「お前は…もしかして、この前来た娘の知り合いか?」
再び心臓を掴まれたような感覚に襲われる。
なぜそれを知っている?…俺はここに来てからその事について一切触れていない。
「占いが出来るならそれも分かるんじゃないか?」
試すように言うと、美樹元康は溜息をつきながら呟いた。
「質問に質問で返すな…お前の知り合いは最近私に占ってもらった…合ってるだろ?」
「あってる…なんで分かったんだよ?」
「私の占いの精度は高い、特に過去を見通す事においては99%ぐらい当てられる自信がある」
99%…つまりこいつの言った事は、ほぼほぼ当たると言う事じゃないか…。
俺は元美の死を受け入れたくなくて、思いついた言葉を無理やり口にする。
「残りの1%はなんなんだよ」
「まぁ私も人間だしな…読み違えると言う事はあるだろう」
「ならなんで、人に死ぬなんて断言できる?」
「私は別に断言なんてしていない!死相が出ていると言っただけだ、それだって別に確定事項ではない、このままの運気で過ごしていたら近いうち死が訪れると、そう言っただけだ」
「それを断言って言うんじゃないか?…お前の軽率な発言のせいで元美は蛇に噛まれて死ぬかもしれないんだぞ!」
「言っている意味が分からん、詳しく説明しろ!」
美樹元康に促され、俺は順を追って話始めた。
「元美は両親を早くに亡くしていて、それからは父方の兄弟…おじさんの家で暮らしてるんだ…だから、お墓参りには毎月のように通ってる…」
「ほう…それで?…」
「だから先祖への敬意が足りないとか、そんな事はないはずなんだ…それなのにあんたに『死相が出てるから、墓参りに行け』って言われて…そのせいで元美は日程を変えてお墓参りに向かったんだ…そして蛇に噛まれた…」
「なるほど、私が墓参りに行くよう勧めなければ、元美とやらは日程を変えなかったし、蛇に噛まれる事もなかったと、そう言いたいのか?」
「その通りだ…先祖への敬意ならしっかりあるはずなのに…あんたがデタラメを言ったせいで、元美は本当に死にそうになってる…」
俺の責めるような言葉に彼女は首を横に振りながら言った。
「全く…お前は何も分かってないな…」
「分かってない?」
「人間の運気と言うのは、ある程度決まっているのだ…運気には波があり、上がったり下がったりを繰り返す、そして人は簡単に死ぬ、ある日、突然に、前触れなどなく、あっさりと…そこに最初から何も無かったかのように…」
淡々と語る美樹元康の言葉に、俺は口を挟む事ができない。
相槌すら打たない俺の事など気にする様子もなく、彼女はゆっくりと喋り続ける。
「我々の人生とは小舟に乗って山の上の川を流れていくようなモノだ、何処に着くかも分からない船をひたすらに漕ぎ、波の流れに乗ったり逆らったりしながら進んでいく、分かれ道はたくさんあるが、元来た場所に引き返す事はできない、川を永遠に流れていく事もできない、船はいずれ劣化して寿命を迎える、人の人生と一緒だ、そして寿命が来なくても滝から落ちる事だってある、落ちた船でも助かる事はあるかもしれないが、命が潰えてしまう可能性だってある、運気を変える事は出来る、心の在り方一つで良い方向にも悪い方向にも流れていく、それが人生だ、しかし、滝から落ちるルートに入ってしまったら、気の持ちようではどうしようもない、落ちないと言う選択肢はない、神に祈るか悪魔に祈るか先祖に祈るか祈る事すらやめてしまうか、現状を変える事は困難だ、奇跡よ起これとなににでも縋るしかない、その最終結果を人は運命と呼ぶ」
彼女が語り終えると、商店街の喧騒が耳に届いてくる。
辺りを飛び交う楽しそう声達に不快感を抱きながら、俺はゆっくりと口を動かした。
「つまり…運命は決まってるから、元美が滝から落ちる事は決まってるから…元美が何をしても意味がないって事か?…滝がある方に誘導したのはあんたの占いじゃないってそう言いたいのか?…」
「私が滝に案内したかどうかは問題ではない、私に会う事も含めて、それが彼女の選択した人生のルート、運命の方向はある程度決まっている、ループモノの物語なんかでもよく見るだろう?ループした先でも運命を変えられないみたいな物語を、運命を変えるにはある程度前の段階で事象を変えなければいけない、つまり彼女の運命は決まっていたとも言える」
断言するような台詞を否定するように、俺は言葉を絞り出す。
「運命が決まっていたとして…なんであんたはお墓参りを勧めたんだ…運命が決まっているなら、お墓参りに行く事だって無意味なはずだろう?…」
俺の問いかけに、美樹元康は少しだけ考える仕草をしてから言った。
「お前はこの世の物理現象で証明されていないモノ…つまり霊の存在や、超常現象の類を信じられるか?…」
「証明されてないモノを信じられる訳ないだろ、実際に幽霊を見た事があるならともかく、俺には霊感なんて全くない、それに実際見たって言ってる人達だって証拠がないんだから本当かどうかも怪しい…脳や精神の病気で、そう言う霊的な何かが見えてると言った方がまだ信憑性がある」
「信じないなら、お前と話す事はもうない、警察にでも行って、こう証言しろ『占い師のせいで蛇に噛まれた、あの占い師は嘘ばっかりの詐欺師だ、占い師がヘビに噛ませる未来へと誘導したんだ』ってね」
返す言葉がない俺に、美樹元康は追い打ちをかけるように続ける。
「まぁそんな事言った所で、蛇に噛まれたのは本人の注意不足だし、私が蛇に噛ませるように仕向けたと言う証拠こそ、幽霊の証拠同様出て来ないだろうけど…」
そう言い残して去って行こうとする彼女の肩を掴み、俺は言った。
「待ってくれ、お前の占いは100%当たるのか?それともデタラメを言ってるだけなのか?それだけ教えてくれ!」
「おいおい、インチキ占い師呼ばわりしたのはお前だろ?…私がインチキなら、あの娘は助かるって事じゃないか?蛇に噛まれて死ぬ確率はそこまで高くないんだから」
俺の手を振り払い、彼女はゆっくりと離れていく。

美樹元康は最後に後ろを振り返ることなく言った――

「まぁ、先祖にでも祈れば助かる事もあるかもな…」

俺はその言葉を聞いて、病院の方向へと走り出す――
人混みを縫うようにして、商店街を抜け、病院を通りすぎ、駅の中に入る。
電車に乗り向かった先は、今日元美と一緒に行ったお墓のある場所だ。
俺は暗くなり始めた空を気にする事もなく、全速力でお墓の方へと走って行く。
蛇が出るかもしれない事すら忘れ、生い茂る草をかき分け、息を切らせながら目的のお墓に辿り着いた。辺りに街灯などはなく、月の明かりすらも今日は見えない――

俺は墓の前で膝を折ると、両手を合わせながら祈った。

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