一過星(キセキのホシ)

360回転

旧姓主

墓の前で手を合わせて祈る、この行為にどれだけの意味があるのか―――

死んだ人は戻ってこない…生きてる時に会ってくれなかった人、生きてる時に大切にしてくれなかった人が、死んだ人にはだけは時間を割いてでも会いに行く…その精神性が不思議でならない。
もちろん死ぬ前から時間を割いていた人は別だ、そこにはしっかりとした関係性がある。

――だから俺は先祖の墓参りには行かない――

じいちゃんばあちゃんにはお世話になっていたが、自ら進んで会いに行く事はしなかった
…それなのに死んだ途端に会いに行くと言うのは矛盾していると感じるのだ…めんどくさいから行かないと言うのではない、確固たる意志を持って行かない事にしている。

それなのに――今日は何故か墓参りに付き合わされていた――

「けいちゃんも手を合わせて…」
自ら手を合わせながら、俺にも拝むようにと諭してくるこの女は俺の恋人”皆月元美みなつきもとみ
元美は普段とても温厚で、怒ってるような態度を表に出す事はない。
そんな彼女が、今日に限っては鋭い目つきをしていた。
「怒ってるのか?」
俺の言葉に元美は鋭い口調で返事をした。
「怒ってない、早く手を合わせて…」
怒ってるじゃんかと思いつつ、手を合わせて目を閉じる。
俺は元美の親族の事を全く知らない、そんな部外者の俺が、手を合わせたからと言って何になるのか…『元美を幸せにします!』とでも心の中で言えばいいのか?。
俺は色々考えた挙句、無心を貫く事を選択した。

しばらくしてから目を開けると、元美が俺に話しかけてくる。
「ちゃんと挨拶はできた?」
「ああ…」
「そう…」
俺の適当な返事に、元美は満足そうな顔を浮かべた…本当は無心だったなんて言えない。
そんな事を言ったら元美はきっと怒るだろう。
俺は腕時計で時間を確認しながら言う。
「そろそろ帰るか…」
「そうね…」
元美は墓に軽く手を振り別れを告げると、草むらが生い茂る道とは呼び難い道を歩き始めた。
誰も草刈しないのやばいだろと思いつつ、俺も元美の後ろを追いかけていく。
「なんで誰も草刈しないんだよ?…って思ってる?…」
心を見透かしたような彼女の台詞に俺は言った。
「それは思ってる…このお墓ってしばらく誰も来てないんじゃないか?」
「来てるわ…先月もおじさんと一緒にここに来たもの…」
「ならなんで草を刈らない?…おじさんは身体が悪いのか?…」
「おじさんは元気よ…ただ、草は刈らない方が良いみたい…」
「刈らない方が良い?」
「ええ…草が生えるって事はそこに生命が溢れるって事よ…お墓の周りが生命で満たされてる状態だと、墓に住んでる人も寂しくならないって…おじさんが言ってたわ…」
「初耳だな…」
「私も初めて聞いた時はおじさんが草刈りをサボりたいだけだと思ったんだけど…」
「そうじゃないのか?」
「私が草刈りをした時、おじさんは物凄く怒ってた…だから本当の事なんだって思って…それからは草刈りをしてないの…」
「へぇ~」
胡散臭せーと思いながらも俺は相槌を打った。

――カサカサ――

草むらの中から微かな音が聞こえてくる。
なんだろうと思った瞬間――元美が悲鳴をあげて倒れ込んだ。

「おい!元美!」

駆け寄ると元美の脚に蛇が絡みつき、辺りには真っ赤な血が飛び散っていた。
蛇を追い払い、元美を担ぎ上げた俺は、生い茂る草むらの中から這い出る。
近くにあった大きな岩の上に元美を座らせると、噛まれた場所を確認した。
か細い脚の脹脛ふくらはぎから赤い血が流れていて、すぐに対処しないと危険な状態に見える。
震える手で携帯を握りしめ、俺は対処法を検索した。
検索結果には『水で洗い流し、すぐに病院に行ってください』と書かれている。
俺はカバンの中からペットボトルを取り出すと、中に入ってる水を元美の脚にかけた。
「それって飲みかけじゃない?…」
元美の問いかけに俺は声を荒げながら言った。
「飲みかけとか気にしてる場合じゃないだろ!…」
「いや、でも菌が繁殖してるかも…」
彼女の言葉に自身が冷静じゃない事を自覚する。
「た…多分大丈夫だ…そんなに飲んでないし…」
「そういう問題じゃない気が…」
不服そうに言う元美を無視して、俺は救急車を呼び出す。
このお墓は駅から遠い場所にあり、救急車が通れるような道幅もない。
携帯の検索画面には『安静にした方が良い』とも書かれているが、ここで待ちぼうけるより、合流しやすい場所に移動していた方が良いだろう。
早く行かないと間に合わないかもしれない。
俺は彼女を背中に担ぎ上げると、救急車を呼んだ場所に向かって歩き出す。
「私死んじゃうかも…」
背中越しに聞こえた元美の声は弱弱しく、今にも泣きだしそうな感じだ。
俺は元気付けるように明るい声を絞り出す。
「大丈夫だって!この前、俺の友達も噛まれてたけど、全然なんとも無かったみたいだし!」
俺の言葉に元美は黙り込む…しばらく無言の時間が続いたが、彼女は強張った声で喋り始めた――
「私…最近占いをしてもらったんだけど…」
「占い?…」
「そう…占い…美樹元康みきもとやすって占い師…」
「あ~…最近商店街に居るあいつか…」
美樹元康みきもとやす”俺達の住む昭光市あきみつしの商店街に、突然現れた謎のちびっ子占い師――
夏のこの暑い時期にも関わらず、変テコなローブを身に着けている、一度見たら忘れられないそんな占い師だ。
商店街では色々な人を占ってるみたいだが、俺は占いに興味がないから一度も話しかけた事はない。

「そう…あの子に占ってもらったの…それでね――」

言葉を詰まらせた元美に俺は続きを諭すように言った。
「それで?…」
「それで…私、死ぬって言われちゃったんだ…」
元美は俺の服を強く握りながらそんな事を言った。
「え…死ぬって…なんで?…」
俺の問いかけに、元美は震えるように声を絞り出す。
「死相が見えるって…だから私聞いたの…回避する方法はないのかって…」
「…………」
突然の告白に俺は言葉を失ってしまう。
そんな俺に構う事無く、元美はゆっくりとした口調で喋り続ける。
「そしたら彼女…私に言ったの『先祖への敬意が足りない』って…『お墓参りには行ってるのか?』って…私お墓参りには毎月行くようにしてて、だから言ったの『毎月行ってるよ』ってそしたら『敬う気持ちが足りない!もっと真剣にお祈りをしないと先祖様は喜んでくれない!』って言われて…」
先祖への敬意……。
「だから今月は予定を早めてお墓参りに行く事にしたの…敬意を示す為に彼氏のあなたも連れて…昨日は滅多に行かない母の実家の方のお墓にも行ってきたんだよ…」
だからあんなにも真剣な表情で祈っていたのか…。
彼女が今日この場所に俺は連れて来た理由を聞き、罪悪感のようなモノが込み上げてくる。
俺が無心で手を合わせたから彼女は蛇に噛まれてしまったんじゃないか?とそんなありもしない事が頭の中をかすめていく。
そもそも敬意が足りないってなんだ?…元美は毎月お墓参りをするぐらいには先祖を大事にしているはずだ…。
むしろ噛まれるのなら俺であるべきなんじゃないのか?…普段から墓参りすらせずに生きてる…俺の方が噛まれるべきだろう…。
それなのに…なんで元美が…先祖を大事にしているはずの元美が噛まれて、俺が普通にしている…。
そもそも…先祖への敬意が足りないから死ぬと言うのも変な話だ…先祖のおかげで俺達が生きている事は間違い無いのかもしれないが、先祖だと言うのなら子供には生きていて欲しいと願うものじゃないのか?…。
敬ってうやまってくれないなら不幸になれ”と願うのが先祖なら、そんな先祖は敬わうやまわれなくて当然じゃないのか?…。
不幸になれと願ってる訳じゃなく、ただ単純に助けてくれないだけだとしても似たようなモノだ…。
元美は敬意を払おうとしていたじゃないか…その心に”自身が助かりたい”と言う願望があったとしても…。
それでも信じて…祈って…助けを求めたじゃないか…。
それなのに…こんな事になるなんてあんまりだ…。
草を刈らなかったのだって…先祖たちの為じゃないか…。
モヤモヤとした気持ちで歩いていると、救急車のサイレンの音が耳に届いてきた。
俺は元美の身体に負担をかけないように、ゆっくりとした足取りで救急車の元へと向かった。


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