恵美ちゃんはBLOGアイドル
初めてのオーディションは大失敗
ロボットコンテストの収録は無事に終わった。江実矢君がミス東大としてステージに上がり、表彰状を受け取るシーンもバッチリカメラに収まった。テレビ局のスタッフから「よく頑張ったね!」と声をかけられ、私たちはほっと胸をなで下ろした。放送が終わり、控え室に戻って帰ろうとしていたそのとき、ディレクターの男性が急に私たちを呼び止めた。「ちょっと待って! もう一つ収録があるんだけど、ついでに恵美ちゃんに出演してもらえるとすごく助かるんだけど……」新しく始まる朝の連続ドラマのオーディションが、これからすぐに行われるらしい。でも、予定していた女の子の一人が風邪で急に休んでしまって、人数が足りなくなったという。「しかも、ゴスロリの女の子がメインのドラマなんだよね。恵美ちゃんの衣装、ぴったりじゃん!」ディレクターがそう言うと、彩香ちゃんはすっかりマネージャー気取りで胸を張った。「そうゆう話は早めに言ってくれないと困るんですよ! スケジュール管理、大事なんですから!」口では文句を言っていたけど、彩香ちゃんの目がキラキラ輝いている。断る気なんて、最初からないのは明らかだった。すぐにスタッフに案内されて、私たちは控え室に移動した。そこにはすでに、ゴスロリ衣装を着た女の子たちがたくさん待っていた。でも、雰囲気がなんだか違う。みんな超真面目な顔で、台本を睨むように見つめたり、目を閉じて呼吸を整えたりしている。遊び半分で来ている子は一人もいないようだった。「時間です!」という声がかかり、案内されたドアをくぐると、厚い黒いカーテンが何重にもかかっていた。彩香ちゃんがそっとカーテンをめくって先を覗いた瞬間、目を丸くして声も出せずに私の方を振り返った。「有紀ちゃん……これ……!」私も覗いてみて、びっくりした。どこかの小さな会議室でこぢんまりやると思っていたオーディションは、テレビ局の大ホールでの公開オーディションだった。客席はすでに一般のお客さんで埋まり、舞台にはスポットライトが当たっている。舞台袖から見守っていると、女の子たちが紹介される前の審査員席に、園田二段の姿もあった。アナウンサーがドラマの紹介を始めた瞬間、私たちはさらに驚いた。このドラマのストーリーは、姉がファッションモデルで、妹がロックバンドの追っかけをしながら将棋を目指す姉妹の話。しかも、ドラマのモデルになっていたのは、さっき将棋部で対局した園田二段本人だった。園田二段の紹介が終わると、ステージに並んだ女の子たち一人ひとりが順番にインタビューを受けた。最初の女の子は緊張のあまり声が震えて、まともに答えられなかった。次の子も、質問に「えっと……」と詰まってばかり。いよいよ江実矢君の番になった。彩香ちゃんは舞台袖から心配そうに手を握りしめて見守っていたけど、江実矢君は「たまたまかり出されただけ」なので、全然平気な顔。アナウンサーの質問に、柔らかい声で丁寧に答えていた。その後、一人ひとりが台詞を読み上げて演技をする順番になった。最初の女の子が、途中でちょっと言葉を詰まらせたあと、「……ななじゅうろっぽ」と読み上げた。次の女の子は、同じところで今度はすらすらと「ななじゅうろっぽ」と読んだ。そして最後に江実矢君の番。彩香ちゃんが息を詰めて見守る中、江実矢君は迷わず「ななろくふ」と読んでしまった。彩香ちゃんが一瞬「駄目よ!」と小さく声を上げ、なんとか直させようと袖から身を乗り出したけど、もう遅かった。マイクに拾われてしまった。そのあと、ゲストの歌手のミニライブがあって、発表の時間になった。やっぱり江実矢君は落ちた。でも、もともと人数が足りなくてかり出されただけだから、それほどがっかりするようなことでもないと、私は思った。彩香ちゃんも同じ気持ちだったらしく、腕時計をチラチラ見ながら「もう帰ろっか」と帰り支度を始めた。審査員の講評が最後にあったけど、彩香ちゃんはもう聞く耳を持たず、後ろのドアの方へ歩きかけた。すると、審査員の一人がマイクで言った。「恵美ちゃんは、とっても台詞も上手だし、雰囲気がとても出ていて、園田二段が入門したころにそっくりでしたね」彩香ちゃんがピタッと足を止めて、振り返った。園田二段の横に並んでいたのは、五十代くらいの穏やかな男性だった。マイクを向けられて、彼は静かに微笑みながら続けた。「いやあ、もうこの役にはぴったりだと僕は思いました。将来はとても有望だから、今回はだめだったけど、また次があったら僕は全力で応援したいね」その人は、園田二段の将棋の師匠である早川九段だった。彩香ちゃんは目を丸くして固まった。私もびっくりした。調子のいいお世辞を言っているだけだろうとは思ったけど、それにしては褒め方が本気すぎる。……でも、よく考えればこのオーディションは今回一回限り。二回目なんてあるはずがない。結局、落ちたことには変わりない。私たちは三人でテレビ局を出て、夜の駅に向かって歩き始めた。江実矢君は少し疲れた顔をしていたけど、彩香ちゃんはすでに次のことを考えているみたいに、スマホをいじりながら「次はもっとちゃんと準備しようね、恵美ちゃん!」と元気に言っていた。私はただ、今日も江実矢君がまた少し、予想外の方向に巻き込まれたな……と思いながら、二人の後を歩いた。
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