恵美ちゃんはBLOGアイドル

七度柚希

東大のミスコン

 義信さんの後から、もう一人小柄な男の子がセーラー服姿で奥から出てきた。義信さんより少し背が低くて、髪をポニーテールに結んでリボンまでつけているけど、顔立ちは明らかに男の子だ。でも、その子はすぐに私たちを見て、江実矢君に視線を集中させた。「えっ、まさか……『アイドルデビュー』今週号の美少女グラビアの女の子じゃん!」江実矢君はびっくりして、言葉を失ったように固まってしまった。「ブログ見たよ! 今日五月祭に来るって書いてあったけど、本当に来てるんだ! すげー!」その東大生は大げさに驚いた顔で言った。彩香ちゃんは一瞬、ぽかんとした表情になった。江実矢君のブログを東大生が見ているなんて、予想外だったのだろう。でも、あのブログを実際に書いているのが彩香ちゃんなんて、絶対に言えない。その小柄な東大生は、にこにこしながら江実矢君に近づいてきた。「いやあ、これは運がいい! 今日、うちの五月祭でミスコンやってるんだけどさ、君に出てくれない? 恵美ちゃんだったら、絶対優勝だよ!」馴れ馴れしくて、少し嫌な感じがしたけど、彩香ちゃんはすぐに興味を示した。「それで、優勝したら何か商品あるんですか?」「もちろん! お菓子とか文房具とかいっぱいあるし、メインはグアムの旅行券だよ!」グアムの旅行券、という言葉に彩香ちゃんの目が輝いた。もう完全に乗り気だ。「恵美ちゃん、すぐに着替えて! お化粧は私がしてあげるから」彩香ちゃんは持ってきたゴスロリの服の中から、一番派手で可愛いピンクのミニワンピースを江実矢君に渡した。義信さんが「こっちの部屋でどうぞ」と奥に案内してくれた。暗幕で仕切られた小さな部屋には、男の子たちの鞄が机に並んでいて、脱いだ私服がその横に置いてある。少し男の人の匂いがして、私は居心地が悪かったけど、彩香ちゃんは全く気にせず、江実矢君にお化粧を始めた。コスプレ喫茶用の化粧ポーチからファンデーション、チーク、アイシャドウ、リップを丁寧に塗っていく。ピンクのミニワンピースに着替えて、ヘッドドレスまでつけると、江実矢君はもう完璧な美少女だった。誰が見ても、本物の女の子にしか見えない。着替えが終わると、小柄な東大生に案内されて、私たちは安田講堂前の広場へ向かった。そこには鉄パイプで組まれた仮設ステージが設けられていて、今はお笑いタレントらしい二人がコントをしていた。でも、見たことのないコンビで、客の反応も薄い。最初はステージ前にはほとんど人がいなかったけど、お昼近くになると五月祭を楽しむ人で広場がにぎわってきた。いよいよミスコンが始まる、ということになり、江実矢君は他の出場者と一緒にステージに上がった。出場者は江実矢君を入れて5人。全員、本物の女の子だった。東大の女子学生は勉強熱心な子が多くて、学園祭のミスコンに積極的に出る人は少ないらしい。それでも、今日出てくれたのは可愛らしい子たちばかりで、みんな少し緊張した様子でステージに並んでいる。誰も江実矢君が男の子だとは思っていない。むしろ、「あのピンクのドレスの子、めっちゃ可愛いね」と周りで囁かれていた。会場の正面には、大きなテレビカメラを担いだスタッフが何人かいて、腕章を巻いている。どこの局かはわからないけど、ちゃんと取材に来ている。彩香ちゃんは「恵美ちゃん、テレビに映るよ! 全国放送かも!」と興奮していた。簡単な自己紹介のあと、司会のお笑いコンビが一人ずつに軽いインタビューをした。最後に「何か得意なことを披露してください」というコーナーになり、江実矢君は彩香ちゃんの小声の指示で、恥ずかしそうに少しだけバレエ風のポーズを取って、くるっと回ってみせた。すると、会場の中央にいた男の子たちのグループが「きゃー!」「恵美ちゃーん!」「可愛すぎ!」と大騒ぎで応援し始めた。手作りうちわを振っている子までいる。どうやら、『アイドルデビュー』のグラビアを見て、ブログをチェックしていた東大生のファンたちらしい。彩香ちゃんは呆れた顔で「東大生って、意外とこういうの好きなんだ……」と呟いていた。そしていよいよ結果発表。5人が緊張した表情でステージに一列に並ぶ。司会が封筒を開けて、紙を読み上げた。「ミス五月祭……恵美ちゃんです!」会場から大きな拍手と歓声が上がった。江実矢君が優勝した。他の女子たちは少し悔しそうな顔をしたけど、笑顔で「おめでとう」と握手をしてステージを降りていった。江実矢君は戸惑いながらも、拍手に応えて何度もお辞儀をしている。でも、次のロボットコンテストの時間が押しているからと、すぐにステージを片付けろと言われてしまった。ミスコン自体は、意外とあっさり終わってしまった。テレビ局の人たちもロボットコンテストの取材に移動し始めた。彩香ちゃんは「もう帰ろうよ」と江実矢君を呼びに行った。ところが、実行委員会の人が慌てて「待ってください! ミス五月祭は、次のロボットコンテストの優勝者表彰をお願いします!」と引き留めた。彩香ちゃんが「表彰くらい誰でもできるでしょ!」と抗議すると、実行委員会の人は「テレビ局が取材に来てるんです。どうしてもミス五月祭が表彰しないと、絵にならないって……」と頭を下げてきた。仕方なく、私たちはロボットコンテストが終わるのを待つことにした。表彰が終わると、今度はテレビ局の人に「もう少しだけ校内の取材に付き合ってもらえませんか?」と頼まれ、江実矢君と一緒に模擬店や展示を見て回ることになった。五月祭の賑わいの中で、江実矢君はすっかり「本物のミス東大」として扱われていた。

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