恵美ちゃんはBLOGアイドル
五月祭のコスプレ喫茶
春休みの原宿冒険が終わってから、あっという間に新学期が始まった。私たちは中学三年生。もう高校受験がすぐ目の前に迫っている。クラスではみんなが「どこの高校受ける?」とか「塾どう?」とか、真剣な話ばかりするようになった。彩香ちゃんは相変わらず家庭教師の義信さんにみっちり勉強を教えてもらっている。義信さんは東大の学生で、彩香ちゃんのママから「高校に合格したら特別ボーナス出すわよ」って言われたらしく、すごく張り切っていた。毎日夕方から夜遅くまで、彩香ちゃんの部屋で数学や英語を叩き込んでいるらしい。でも彩香ちゃん本人は「もううんざり……勉強ばっかりで死にそう」とぼやいていた。原宿で撮ったゴスロリの写真のことなんて、すっかり忘れかけていた初夏の頃。ある日、彩香ちゃんの家に大きな封筒が届いた。出版社からで、中には『アイドルデビュー』という雑誌が入っていた。これからデビューする新人アイドルやモデル志望の女の子を特集した、ちょっと派手な表紙の雑誌だ。彩香ちゃんが興奮して私に見せてくれた。「ほら、有紀ちゃん! 載ったよ!」ページを開くと、確かに溝口さんが撮ってくれた写真が大きく掲載されていた。でも、載っていたのは江実矢君のゴスロリ姿の大写しだけ。ピンクのフリルドレスにコウモリ傘を持って、ちょっと恥ずかしそうにカメラを見つめる写真が、見開きでドーンと載っている。キャプションには「謎の美少女・恵美ちゃん、衝撃デビュー!?」なんて書いてあった。彩香ちゃんと私の写真は一枚も載っていなかった。彩香ちゃんはちょっと唇を尖らせて「なんで恵美ちゃんだけ……」とがっかりしていたけど、すぐにパソコンを開いて、自分のブログに新しい記事を書き始めた。「アイドルデビューという雑誌に私の写真が載りました! みなさん、これから応援してくださいね♪」もちろん、写真の主は江実矢君なのに。私が「ねえ、彩香ちゃん。そのブログ、誰か見てくれる人いるの?」と聞いてみると、彩香ちゃんは肩をすくめて「誰もいないみたい……。でも、いつか誰か見てくれるかもよ!」と平気な顔で言った。そんなことがあってから少し経った五月の連休明け。彩香ちゃんが学校で突然、私に話しかけてきた。「ねえ、有紀ちゃん。義信さんがさ、私たちに預かってるゴスロリの衣装、貸してくれないかって」義信さんは連休のすぐ後に東大の学園祭-五月祭があるらしく、テニスサークルで「コスプレ喫茶」をやるんだそうだ。「コスプレ喫茶って何?」と私が聞くと、彩香ちゃんは「メイド喫茶みたいなやつだけど、もっと色んな衣装でやるんだって。ゴスロリも人気あるから使いたいって言ってるの」よくわからないけど、江実矢君に預けてある服を使うなら、直接届けに行こうということになった。五月祭の当日の朝、私たちはまた三人で待ち合わせをすることに。朝早く家を出る前に、彩香ちゃんは江実矢君のブログを開いて、日記を書き込んだらしい。「今日はこれから東大の五月祭に行きます。義信さんのテニスサークルのお手伝い♪」って。地下鉄を降りて、東大の正門-赤門まで歩いた。まだ朝早い時間だからか、周りに学園祭に来たような雰囲気の人たちはほとんどいなかった。キャンパスの中は静かで、木々が新緑で気持ちいい。赤門を見つけて横断歩道を渡ると、門の前には五月祭のポスターや立て看板がたくさん並んでいた。受付でテニスサークルの場所を聞いて、教えられた道を進む。奥の方にある建物の左側の入り口から中に入った。建物の中は少し暗くて、ひんやりとした空気が漂っていた。廊下を少し進むと、「ゴシックメイド喫茶・Black Rose」という手書きの看板が見えた。そっとドアを開けて中を覗いてみると……壁には黒い暗幕が張り巡らされていて、テーブルには赤いキャンドル風のライトが置かれている。薄暗くて、ちょっと薄気味悪い雰囲気だ。テーブルを拭いたり、メニューを並べたりしているのは、セーラー服やナース服、テニスウェア姿の「女の子」たち。でも、何だか変だ。足が……女の子の足じゃない。女の子の足って、細くてもふっくらして柔らかそうだけど、ここにいる子たちの足は筋肉の線がくっきり浮き出ていて、明らかに男の人の足だ。テニスウェアの子に至っては、がっちりした太ももが目立っている。奥から、背の高いチャイナ服姿の「女の人」が出てきた。真っ白におしろいを塗って、赤い口紅を付けているけど……一目で義信さんだとわかった。東大生らしい長身で、肩幅が広い。彩香ちゃんもすぐに気づいて、ぷっと吹き出して笑い始めた。でも、私は笑い事じゃないと思った。この喫茶店にいる「女の子」たち……全部、男の子だったのだ。テニス部の男子たちが、女装してコスプレ喫茶をやっている。ゴスロリの衣装を借りに来たのは、自分たちが着るためだったんだ。私たちは、知らず知らずのうちに、ちょっととんでもない場所に来てしまったみたいだった。

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