恵美ちゃんはBLOGアイドル
芸能プロダクションのスカウト
原宿駅に向かって竹下通りを歩いていると、突然、駅前のロッテリアの前でスーツ姿の男の人が彩香ちゃんの目の前に立ちふさがった。三十代くらいで、髪をオールバックにしていて、ちょっと派手めのネクタイを締めている。「すみません、よかったら君たち、モデルにならない? すごく可愛いし、雰囲気あるよ」男の人はにこにこしながら、すぐに名刺を差し出した。彩香ちゃんがそれを受け取って見ると、「緑川 拓也」と書いてあって、どこかの芸能プロダクションの肩書が印刷されている。事務所の名前は聞いたことないけど、ちゃんと住所と電話番号も入っていた。でも、中学生に突然「モデルになりませんか」なんて声をかけてくるなんて、普通はない。彩香ちゃんのママが前に言っていたことを思い出した。原宿とか渋谷でこういう話しかたをしてくる人の大半はインチキで、本当の目的はナンパなんだって。モデルやアイドルになりたい女の子を狙って、甘い言葉で誘うんだって。「ひとまず、近くのカラオケボックスに行かない? ゆっくり話ができるし、君たちのこともっと聞きたいんだよね」緑川さんがそう言った瞬間、私の中で「やっぱり!」と思った。これが噂に聞く「ナンパ」だ。クラスの女の子がこそこそ話していたことが頭に浮かんだ。「ナンパされたら、そのままついて行っちゃって、ラブホテルまで……なんて子もいるんだって」。そんな話、本当にあるんだ……。彩香ちゃんは目をキラキラさせて、飛び上がりそうなくらい興奮していた。「ナンパされた……!」って小声で私に囁いて、頬が赤くなってる。私も心臓がドキドキして、破裂しそうだった。こんなドキドキ体験、人生で初めてだ。でも、ふと我に返った。今、私たちはゴスロリの衣装のままだ。フリルたっぷりのワンピースにリボンやヘッドドレスまでつけて、竹下通りでもめちゃくちゃ目立ってる。このままカラオケとか行ったら、ただの変な子たちだ。彩香ちゃんも同じことを考えたらしく、急に緑川さんに向かって言った。「ねえ、ちょっと待って。有紀ちゃん、着替えた方がいいわよね?」私たちは緑川さんに「ちょっとトイレに行ってくるね」と言って、ロッテリアの中に入った。緑川さんが「じゃあ、飲み物頼んどくよ」とカウンターに並んでいる間に、私たち三人はトイレに駆け込んで、急いで着替え始めた。更衣室代わりの個室で、ゴスロリのワンピースを脱いで、朝来るときに着ていた普通の服に戻す。メイクもティッシュと水で必死に落とした。江実矢君は特に、ピンクのフリルドレスからいつものズボンとシャツに戻ると、すっかり普通の男の子に戻ったけど、まだ少し頬が赤い。「これなら目立たないし、安心してカラオケにも行けるわね」彩香ちゃんが満足そうに言って、私たちは席に戻った。テーブルには緑川さんが頼んだコーラとコーヒーが置いてある。でも、緑川さんは私たちを見て、明らかにがっかりした顔をした。特に江実矢君を見て、目を見開いて「あれ……?」って感じ。数秒沈黙した後、急に立ち上がって、「あ、悪いけど、急に用事ができちゃってさ。また何かあったら、この名刺の電話にかけてくれないかな?」と言って、飲みかけのコーヒーを置いたまま、そそくさと店を出て行ってしまった。……やっぱり。中学生相手にカラオケなんて行きたい男の人なんていない。ゴスロリの可愛い衣装を着てる「女の子たち」だと思って声をかけただけなんだ。私たちが普通の服に戻ったら、興味なくなっちゃったんだ。彩香ちゃんは唇を尖らせて、がっかりした顔でコーラをストローでぐいぐい飲んでいた。でも、私は内心ほっとしていた。これでよかったんだ。危ないところだった。その後、私たちは地下鉄に乗って帰路についた。途中で江実矢君の家の近くに着いたので、そこで降りて、江実矢君にゴスロリの服を預かってもらうことにした。「これ、文化祭の劇の衣装ってことにして、お母さんに言っておいてね」彩香ちゃんが服をまとめて渡しながら言うと、江実矢君は小さく頷いて、「うん……わかった」と受け取った。少し疲れた顔をしていたけど、なんだか少し嬉しそうにも見えた。江実矢君と別れた後、彩香ちゃんが「有紀ちゃん、ちょっと私の家寄ってってよ」と言ってきたので、二人で彩香ちゃんの部屋に上がった。部屋に入るなり、彩香ちゃんはパソコンを起動して、今日撮った写真をどんどんアップロードし始めた。特に、スタジオで撮影した江実矢君のゴスロリ姿の写真を大きく載せて、ブログのタイトルに「私、もしかしたら芸能界デビューしちゃうかも!?」って書いた。「えっ、そんなこと書いちゃって大丈夫なの……?」私が心配そうに言うと、彩香ちゃんは平気な顔で笑った。「どうせこのブログ、誰も見てないし。嘘書いてたって、ぜーんぜん大丈夫だよ。それに、ちょっとドキドキした話があった方が面白いじゃん!」彩香ちゃんはそう言って、満足そうにキーボードを叩き続けた。私は少し不安だったけど、彩香ちゃんの笑顔を見ていると、今日の不思議な一日が夢みたいに感じられて、なんだか私も少し笑ってしまった。結局、私たちは誰にもデビューなんてしなかったけど、原宿での秘密の冒険は、きっと一生忘れない思い出になった。

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