恵美ちゃんはBLOGアイドル

七度柚希

ゴスロリファッションのモデル

 秀美ちゃんが携帯を耳に当てて誰かと話している間、私は急に不安になった。もしかして、援助交際みたいなことでお金を稼ぐために、大人の男の人を呼んでいるんじゃないだろうか……。そんな恐ろしい想像が頭をよぎって、思わず彩香ちゃんの横腹を肘で軽く突っついた。「ちょっと……」と小声で囁いた。彩香ちゃんも私の顔を見て、同じことを考えたみたいだった。目が合って、二人とも少し青ざめた。彩香ちゃんはすぐに江実矢君の手をぎゅっと握って、自分のそばに引き寄せた。江実矢君はびっくりした顔をしたけど、何も言わずに黙っていた。数分後、店の前に三十代くらいの男の人が手を振って近づいてきた。やっぱり……と思ったけど、どうも様子が変だ。肩には大きなカメラバッグを担ぎ、両手には立派な一眼レフカメラを一つずつぶら下げている。普通の怪しい人っていう感じじゃない。秀美ちゃんがにこにこしながら紹介した。「この人ね、プロの写真家の溝口さんなのよ。ほら、『KERA』とか『Gothic&Lolita Bible』とか、ああいうファッション雑誌に女の子の写真載ってるでしょ?」言われてみれば、確かに聞いたことのある雑誌の名前だった。私も本屋で何度かパラパラめくったことがある気がする。溝口さんは穏やかな笑顔で私たちを見て、「どの子が可愛い娘だって?」と秀美ちゃんに聞いた。秀美ちゃんは迷わず江実矢君を指さした。「この子!」溝口さんは江実矢君をじっと見て、目を細めて何度も頷いた。「うん、いいね。すごくいいよ。可愛い。雰囲気がある。完璧だ」お世辞なのか本気なのかわからないけど、べた褒めされて、江実矢君は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。小さな声で「そんな……」と呟くのがやっとだ。秀美ちゃんは手近な棚からピンクや黒のゴスロリワンピースを何枚か抜き取ると、溝口さんが店のスタッフに「じゃあ、これちょっと借りていきますね」と気軽に声をかけた。スタッフの女性は特に驚いた様子もなく、軽く頷くだけ。それで話が済んだらしい。なんだか、この人はこの店では顔がきくすごい人なんだな、と私にもなんとなくわかった。「近くに私のスタジオがあるから、そこで撮ろうか」溝口さんにそう言われて、私たちは店を出て、竹下通りから少し入った裏道を歩いた。細い路地を曲がると、古めのマンションのような建物が見えてきて、また少し不安がよぎった。こんなところで写真なんて撮るはずない……と思ったけど、エントランスに入ってみると、壁に事務所やデザイン会社の看板がずらっと並んでいて、普通の住居用マンションじゃないことがわかった。エレベーターで二階に上がると、「溝口写真スタジオ」というプレートがかかっていた。ドアを開けると、中は本格的な撮影スタジオで、白い背景紙や大きな照明器具、天幕や小道具がたくさん置いてあった。ほっとして胸を撫で下ろした。彩香ちゃんは興味津々で、スタジオの隅に置いてある黒いレースの天幕を触ったり、「これ何に使うの?」と溝口さんに質問したりしていた。「じゃあ、早速撮るから、奥の更衣室で着替えてくれるかな」溝口さんが借りてきた服を一人ずつ渡してくれた。江実矢君には、さっき秀美ちゃんがおすすめしていたピンクのフリルたっぷりのワンピース。江実矢君はそれを見て明らかに困った顔をしたけど、彩香ちゃんに「恵美ちゃん、早く着替えてね!」と促されて、私たち三人で奥の更衣室に移動した。更衣室には、テニスラケットやコウモリ傘、リボンや帽子など、撮影用の小道具が山のように置いてあった。彩香ちゃんはもう興奮して、「さあ、着替えなさいよ、恵美ちゃん!」と江実矢君を急かす。江実矢君はため息をつきながらも、大人しくワンピースに着替え始めた。私と彩香ちゃんもそれぞれ黒と紫のドレスに着替えた。着替えが終わると、ドアをノックして若い女性が入ってきた。メイクさんらしく、大きな化粧ポーチを抱えていた。最初に江実矢君の椅子に座らせて、ファンデーションを塗り、チークを入れて、アイシャドウを丁寧にのせていく。江実矢君は目を閉じてじっと我慢しているだけ。仕上がると、本当に可愛い人形みたいになった。次に彩香ちゃんと私の順で軽くメイクをしてもらい、一通り準備が整ったところでスタジオに戻った。撮影が始まった。溝口さんは手慣れた様子で照明を調整し、「まずは自然に立ってみて。リラックスして」と指示を出す。最初は江実矢君一人で、コウモリ傘を持たせたり、リボンを頭につけさせたりして、何度もシャッターを切った。江実矢君は最初ぎこちなかったけど、だんだん慣れてきて、カメラの方をまっすぐ見つめる表情がすごく可愛くなった。彩香ちゃんは自分の携帯を取り出して、「私も撮る!」と横から江実矢君の写真をパシャパシャ撮りまくっていた。それから「今度は恵美ちゃんが撮って!」とカメラを渡して、江実矢君に自分のポーズを撮らせたりしていた。私も何枚か撮ってもらった。撮影は一時間ほどで終わり、溝口さんが満足そうに言った。「いやあ、すごくいい写真が撮れたよ。ありがとう。特に君(江実矢君を指して)、モデル向きだね」そして、驚いたことに、「よかったら、その着てる服、持って帰っていいよ。店には僕からちゃんと代金払っておくから」私たちが目を丸くすると、溝口さんは笑って説明した。「店の服が雑誌に載れば、いい宣伝になるんだ。だからその分、安くしてもらえるんだよ。Win-Winってやつさ」それなら安心だ、と思って、私たちはゴスロリの服装のままスタジオを出た。竹下通りを三人で歩いていると、少し離れたところで中学生くらいの女の子たちのグループが、こっちをチラチラ見てひそひそ話しているのが見えた。「かわいい……」「どこで買ったんだろう」「モデルさん?」みたいな声が聞こえてくる。ある子は携帯を出して、こっちに向かって写真を撮り始めた。彩香ちゃんはもう完全に調子に乗って、胸を張って大股で歩き続ける。まるで「私はいつも竹下通りを歩いてるのよ」といわんばかりの、自信たっぷりの足取りだ。私と江実矢君は少し後ろをついて歩きながら、なんだか夢みたいな一日を噛みしめていた。そして、三人は意気揚々と原宿駅に向かった。

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