追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です

sika3

第46話 聖女様、感激のあまりルークに抱きつく(村人目撃)

「……はぁ」

グリーンホロウの領主館兼店舗、『なんでも修理屋ルーク』の朝。
いつもなら開店準備の活気ある音が響く時間帯だが、今日に限っては、店内に重苦しい溜め息が落ちていた。

溜め息の主は、教会の至宝『光の巫女』こと、聖女ノアだ。
彼女はカウンターの隅で膝を抱え、どんよりとしたオーラを背負っていた。
その銀色の髪は艶を失い、美しい瞳も潤んで今にも泣き出しそうだ。

「どうしたんですか、ノア様。朝ごはん、喉を通らないみたいですけど」

俺、ルーク・ヴァルドマンが心配して声をかけると、ノアはビクリと肩を震わせ、消え入りそうな声で答えた。

「……申し訳ありません、ルーク様。私、合わせる顔がなくて……」
「合わせる顔がない?」
「はい。……昨夜の『呪いの壺』の一件です」

ノアは俯いたまま、ギュッとスカートを握りしめた。

「あの壺は、教会の管理下にあった古代遺物です。それが盗まれ、あのような恐ろしい生物兵器として改造され、あまつさえルーク様の街で使われようとしていたなんて……。教会の聖女として、責任を感じずにはいられません」

昨夜、俺が医療センターのボイラー室で阻止したテロ未遂事件。
犯人の男は、教会の過激派組織の一員だったことが判明している。
彼らは、急速に力を持ち始めたグリーンホロウと、そこに入り浸るノアを危険視し、強硬手段に出たらしい。

「私がここにいるせいで、ルーク様や街の皆様に迷惑を……。やはり、私は教会本部に戻って、罪を償うべきなのでしょうか」

ノアの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
彼女は優しい。
優しすぎて、自分に関係のない他人の悪意まで、自分の責任だと思い込んでしまう。
かつて呪いのロザリオに取り込まれたのも、その自己犠牲の精神ゆえだった。

「……バカなこと言わないでください」

俺は淹れたてのハーブティーを彼女の前に置き、向かいの席に座った。

「あれは教会の腐った一部の連中が勝手にやったことです。ノア様が気に病む必要はありません。それに、俺たちは迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんよ」
「でも……!」
「むしろ感謝してるくらいです。あのおかげで、病院に高性能な空気清浄機(改造した壺)が増えましたからね。アリアなんて『院内の空気が森より美味しいですわ!』って大喜びしてますよ」

俺が努めて明るく言うと、ノアはキョトンとした顔をした。

「そ、そうなのでしょうか……?」
「ええ。それに、ノア様が店にいてくれるおかげで、売上も右肩上がりです。ほら、外を見てください」

俺が窓を指差すと、そこには開店前から長蛇の列を作っている冒険者たちの姿があった。
彼らの多くは、修理依頼はもちろんのこと、「看板娘の聖女様」を一目見ることを楽しみにしているファンたちだ。

「みんな、あなたの笑顔を見に来てるんです。あなたが暗い顔をしてたら、それこそ街のみんなが悲しみますよ」
「私の……笑顔……」
「そうです。だから、責任を感じるなら、その分だけ笑っていてください。それが一番の『修理(償い)』になりますから」

俺はノアの頭を、ポンポンと軽く撫でた。
子供扱いするような仕草だが、今の彼女にはこれくらいが丁度いいと思ったのだ。

すると。
ノアの顔が、見る見るうちに赤く染まっていった。
涙で濡れていた瞳に、熱っぽい光が宿る。

「ルーク様……」
「はい?」
「やっぱり、ルーク様は凄いです。私の壊れかけた心を、言葉だけで直してしまうなんて……」

彼女は立ち上がり、おずおずと俺に近づいてきた。

「あの、ルーク様。……修理のお礼を、させていただいてもよろしいですか?」
「お礼? いえ、そんな気を使わなくても」
「いいえ! 言葉だけでは伝えきれないのです! この溢れる想いを、形にしないと……私の胸が張り裂けてしまいそうで!」

ノアは感極まったように叫ぶと、俺の返事も待たずに飛びついてきた。

「えっ、ちょっ……!?」

ドンッ!
柔らかな衝撃と共に、俺はノアに抱きしめられた。
甘い花の香りと、聖女特有の清浄な魔力、そして温かい体温が俺を包み込む。
彼女は俺の胸に顔を埋め、子供のようにすり寄ってきた。

「好きです……! 大好きです、ルーク様! あなたがいてくれて、本当によかった……!」
「の、ノア様!? 落ち着いて!」
「落ち着けません! 今、私の心拍数は限界突破しています! これも故障でしょうか!?」
「それはただの興奮状態です!」

俺は両手を上げて降参のポーズを取るが、ノアの抱擁力(腕力)は意外に強く、振りほどけない。
というか、聖女様に抱きつかれて無理やり引き剥がすのも気が引ける。

その時だった。

ガラララッ!

「ルーク様ー! お待たせしました、開店の時間です……よ……?」

タイミング悪く、店のシャッターが開いた。
外で待っていた数百人の客たちと、開店準備をしていたガラハドさん、そして通りがかりの村人たちの視線が、店内の光景に一点集中する。

そこにあるのは、カウンターの中で熱烈に抱き合う店主と看板娘(聖女)の姿。
朝の光が差し込み、二人の周囲にはキラキラと埃が舞って、まるで恋愛小説の挿絵のようなロマンチックな雰囲気を醸し出していた。

シーン……。
一瞬の静寂。
そして。

「「「うおおおおおおおおっ!?」」」

爆発的な歓声と悲鳴が、グリーンホロウの街に響き渡った。

「み、見たか!? 聖女様がルーク様に抱きついてるぞ!」
「朝からなんて熱烈な!」
「ついに……ついにあのお二人が結ばれたのかーッ!」
「おめでとうございます! 末永く爆発してください!」

冒険者たちが指笛を吹き、おばちゃんたちが拍手喝采し、子供たちが「チューしろ!」と囃し立てる。
完全なる誤解だ。
いや、状況証拠としては真っ黒だが。

「ち、ちがっ……! これは誤解だ! ただの感謝のハグで……!」

俺は必死に弁解しようとするが、ノアは歓声を聞いてさらにヒートアップしてしまったらしい。
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめ、そして群衆に向かってニッコリと微笑みかけた。

「はい! 私、ルーク様に心も体も救っていただきました! 一生、この方についていきます!」

ドッカン!!
決定的な発言投下。
群衆のボルテージが最高潮に達する。

「聞いたか!? 『心も体も』だってよ!」
「いやらしい! さすがルーク様だ!」
「これはもう結婚待ったなしだな!」

「ノア様ぁぁぁ! 余計なことを言わないでくださぁぁい!」

俺の悲鳴は、祝福の嵐にかき消された。
ガラハドさんが「……主よ、責任は取るんじゃぞ?」とニヤニヤしながら親指を立てているのが見えて、俺は頭を抱えた。

さらに悪いことに。
その騒ぎを聞きつけて、店の奥から恐ろしいオーラを纏った女性陣が現れた。

「……あらあら。朝から随分と情熱的ですこと」

扇子で口元を隠しているが、目が笑っていない王女シルヴィア様。

「ルーク。物理的な接触による修理(ヒーリング)なんて、私は聞いていないわよ?」

眼鏡がキラーンと光り、杖に魔力を充填し始める賢者ソフィア。

「ノア様……。抜け駆けは禁止という協定だったはずですわ……!」

救急箱を持ったまま震えている、聖女アリア(今日は非番)。

三者三様の殺気が、俺とノアに向けられる。
まさに修羅場。
だが、当のノアは俺に抱きついたまま、「えへへ、一番乗りです♪」と無邪気にピースサインをしている。
この聖女様、メンタルが強すぎる。

「お、俺は仕事に戻る! 開店だ! 全員配置につけ!」

俺は逃げるようにノアを引き剥がし(すごく残念そうな顔をされた)、ハンマーを構えた。
恋愛沙汰のトラブルなんて、俺の専門外だ。
壊れた道具を直している方が、よほど気が楽だ。

「いらっしゃいませー! 修理の依頼はこちらですよー!」

俺のやけくそ気味な声と共に、波乱の一日が幕を開けた。
この日、グリーンホロウの街には「領主様と聖女様の熱愛発覚」という特大ニュースが駆け巡り、新聞の号外が出るほどの大騒ぎとなった。
おかげで、冷やかし半分で店に来る客が倍増し、俺は死ぬほど働く羽目になったのだった。

*   *   *

一方、その頃。
街の北側にある総合医療センターでは、別の意味で限界を迎えている人物がいた。

「ハァ……ハァ……。つ、次の方……どうぞ……」

聖女アリア――元勇者パーティの回復役であり、現在は病院長を務める彼女は、診察室のデスクに突っ伏していた。
目の下には濃い隈ができ、顔色は青白い。
過労だ。

先日、ルークが『呪いの壺』を改造して作った『マイナスイオン発生ポット』。
あれが設置されてからというもの、病院の評判はうなぎ登りとなり、世界中から患者が殺到していた。
「あの病院に行けば、空気を吸うだけで元気になるらしい」
「聖女様の治療を受ければ、どんな病気も治るそうだ」
そんな噂が広まり、外来の待合室は常に満員電車のような状態になっていたのだ。

もちろん、ルークが開発した『全自動治療ポッド』もある。
だが、ポッドに入りきれない患者や、精密な診断が必要な患者、そして何より「聖女様に診てほしい」というファンのような患者たちが、アリアの元へ押し寄せてくる。

「アリア様、休憩に入られますか? もうお昼も過ぎていますが……」

看護師の魔族の女性が、心配そうに声をかける。
だが、アリアは首を横に振った。

「いいえ……まだ待っている患者さんがいますわ。私が休んだら、誰が彼らを救うのですか」

アリアは気力を振り絞って立ち上がった。
彼女を変えたのは、かつての挫折と、ルークの言葉だった。
『道具は使い手がいて初めて輝く』。
その言葉を胸に、彼女は自分の聖女としての力(道具)を、人々のために使い切ろうと決めていたのだ。

だが、肉体には限界がある。
ルークの手によって魔力効率は改善されているとはいえ、数百人の患者を連続で治療し続ければ、精神力も体力も枯渇する。

「次の方、どうぞ……」

ドアが開き、老人が入ってくる。
アリアは笑顔を作ろうとして――

フッ。

視界が暗転した。
足の力が抜け、意識が遠のく。

「アリア様ッ!?」

看護師の悲鳴が聞こえた気がした。
床に倒れ込む直前、アリアの脳裏に浮かんだのは、今朝見た光景――ルークに抱きついて幸せそうに笑うノアの姿だった。

(いいなぁ……ノア様は……。私も……ルーク様に……修理して……ほしい……)

そんな願望を最後に、アリアの意識は途絶えた。

*   *   *

数十分後。
俺の店に、緊急連絡が入った。

「ルーク様! 大変です! 病院から使いが!」

警備中のブレイドが飛び込んでくる。

「アリアが倒れた! 過労で意識不明だってよ!」
「なんだって!?」

俺は作業の手を止めた。
アリアが倒れた?
あのタフな(というかプライドの高い)アリアが?

「原因は患者の診すぎだ。あいつ、責任感が強すぎて、休みなしで働いてたらしい」
「バカ野郎……。無理をするなと言っておいたのに」

俺はハンマーを腰に差し、エプロンを脱ぎ捨てた。

「ブレイド、店を頼む! 俺は病院へ行く!」
「おう! 任せとけ! ……アリアのこと、頼んだぞ」

俺は店を飛び出し、医療センターへと全力疾走した。
ノアとの一件で浮かれていた自分が恥ずかしい。
一番近くにいた仲間が、限界まで追い詰められていることに気づかなかったなんて。

「待ってろ、アリア。……今すぐ直してやるからな!」

俺は風を切って走った。
修理屋ルークの次なる仕事は、過労でダウンした聖女の『緊急メンテナンス(強制休暇)』だ。
もちろん、ただ休ませるだけじゃない。
二度とこんなことにならないように、病院のシステムごと『大改革(リノベーション)』してやるつもりだ。

グリーンホロウの騒がしい一日は、まだまだ終わらない。

(第46話 終わり)

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