追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です

sika3

第45話 疫病の元凶は『呪いの壺』でした。あまりに空気が悪いので、マイナスイオン発生器に改造しておきました

「……やっぱり、臭うな」

深夜のグリーンホロウ。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った街の中を、俺、ルーク・ヴァルドマンは一人で歩いていた。
行き先は、街の北側に建設された『総合医療センター』だ。

王都にいるブレイドからの警告――『石化病は人為的な生物兵器の可能性がある』。
その言葉が、俺の職人としての勘を刺激していた。
もし誰かが意図的に病をばら撒いているとしたら、必ず「発生源」があるはずだ。
そして、病気が最も蔓延している場所、つまり患者が集まる病院こそが、犯人にとっての次の標的、あるいは実験場になりやすい。

「主よ。夜遊びにしては無粋な場所を選ぶのう」

影の中から、音もなくガラハドさんが現れた。
彼は夜警のシフトに入っていないはずだが、俺の気配を察してついてきたらしい。

「ガラハドさんこそ。お爺ちゃんは早寝早起きが基本でしょう?」
「フン。年寄りは眠りが浅くてな。……それに、嫌な虫の羽音が聞こえた気がしてな」

ガラハドさんが視線を向けた先。
医療センターの裏口付近に、闇に紛れるような黒い影が一つ、動いていた。

「……当たりですね」

俺たちは気配を消し、影の後を追った。

*   *   *

医療センターの地下、ボイラー室。
ここは暖房や給湯のためのお湯を管理する、病院の心臓部だ。
そこに、黒いローブを纏った男が侵入していた。

「ククク……。忌々しい『治療ポッド』め。我らが組織の傑作『灰の病』を、あんなオモチャで完治させられてはたまらん」

男は懐から、ドス黒い瘴気を放つ『壺』を取り出した。
壺の表面には不気味な髑髏の紋様が刻まれ、蓋の隙間からは石化病の原因となるウイルスを含んだ霧が漏れ出している。

「この『源泉の壺』を換気ダクトに繋げば、病院中の患者とスタッフは一晩で石像に変わる。……この街の評判も地に落ちるだろう」

男が壺の蓋を開けようとした、その時だ。

「換気ダクトに繋ぐのはおすすめしないな。フィルターが詰まっちまうぞ」

「なっ!?」

男が振り返ると、そこには作業用エプロンを着た俺と、刀に手をかけたガラハドさんが立っていた。

「き、貴様ら……いつの間に!?」
「あんたがその悪趣味な壺を取り出した時からだよ。……やっぱり、病気の原因はそれだったか」

俺は壺を指差した。
【修理】スキルの解析眼で見ると、その壺の中身は絶望的だった。
高濃度に圧縮された呪いの培養液。
これを気化させて吸い込めば、数分で全身が石化する猛毒だ。

「へえ、それが組織とやらの『傑作』か? 随分と作りが粗いな」
「黙れ! これは古代遺跡から発掘された『災厄の壺』を、我々の技術で培養炉に改造したものだ! 貴様のような田舎職人に理解できる代物ではない!」

男は逆上し、壺の蓋を勢いよく開け放った。

「死ねぇッ!! ここで全員、石になれ!!」

ボシュゥッ!!

壺から、灰色の猛毒ガスが噴き出した。
狭いボイラー室に、死の霧が充満する。

「主よ、下がれ!」

ガラハドさんが俺を庇おうとするが、俺は一歩前に出た。
口元を袖で覆いながら、俺はハンマーを握りしめた。

「毒ガスか。……換気が悪いな、ここは」

俺は霧の中へ突っ込んだ。
普通なら即座に石化が始まるところだが、俺は事前に自分自身へ【修理・耐性付与】を施してある。
俺の身体は今、「石化」という概念を受け付けない状態だ。

「な、なぜだ!? なぜ石にならない!?」
「言っただろ? 俺は修理屋だ。故障(病気)には強いんだよ」

俺は男の手から壺をひったくった。
近くで見ると、その構造の杜撰さがよくわかる。
無理やり魔力を詰め込みすぎて、壺自体が悲鳴を上げている。
中のウイルスも、狭いところに押し込められてストレスで変異を起こし、暴走寸前だ。

「(……可哀想にな。こんな風に使われるために生まれたわけじゃないだろうに)」

俺は壺を作業台(近くにあった木箱)に置いた。

「修理してやる。お前も、中身もな!」

「や、やめろ! それに触るな! 爆発するぞ!」

男の警告を無視し、俺はハンマーを振り下ろした。

「【修理・性質変換(モード・チェンジ)】!!」

カァァァンッ!!

一撃。
壺に刻まれていた『拡散』と『悪意』の術式を粉砕する。
代わりに書き込むのは、『浄化』と『癒やし』のコードだ。

「中身のウイルス……こいつも『修理』対象だ! 毒性を抜いて、活性化エネルギーだけを残す!」

俺の魔力が壺の中身に浸透する。
石化ウイルスは、生命力を強制的に停止・固定化させる性質を持つ。
ならば、そのベクトルを逆転させればいい。
「停止」ではなく「促進」へ。
「固定」ではなく「循環」へ。

「混ざり物を取り除いて……発酵プロセスを変更! 悪い菌は、良い菌に生まれ変われ!」

カァン! カァン!

壺が激しく振動し、ドス黒かった霧の色が、見る見るうちに透き通った翠色へと変わっていく。
腐敗臭が消え、代わりに森の中のような清々しい香りが漂い始めた。

「な、なんだ……? 空気が、美味い……?」

男が呆然と呟く。
彼自身も毒ガス対策のマスクをしていたようだが、それが不要なほどに空気が浄化されている。

「完成だ。『超高性能・マイナスイオン発生ポット』!」

俺は壺を持ち上げた。
もはや呪いのアイテムではない。
壺の口からは、優しく光るミストが噴き出し、ボイラー室の澱んだ空気を一瞬で高原の朝のような爽やかさに変えていた。

「このミストには、疲労回復、美肌効果、そして『精神安定』の効果がある。病院に置くにはピッタリだろ?」
「ば、馬鹿な……。最強の生物兵器が……ただの加湿器になっただと……!?」

男は膝から崩れ落ちた。
自分の組織が長年かけて開発した兵器が、たった数分で健康家電に改造されてしまったショックは計り知れないだろう。

「さて、と。壺の修理は終わったが……次はあんたの番だな」

俺はハンマーを肩に担ぎ、男を見下ろした。
ガラハドさんが、退路を塞ぐように立っている。

「どこの組織か知らないが、俺の街で病気を撒こうなんて、いい度胸だ。……洗いざらい吐いてもらうぞ」
「ひっ……!」

男は震え上がり、懐から短剣を取り出した。
自害するつもりか、あるいは最後の抵抗か。

だが、それより早く、ボイラー室の扉が開いた。

「そこまでですわ!」

凛とした声と共に、光の鎖が男を拘束した。
聖女アリアとノアだ。
彼女たちも異変(というか、急に空気が美味しくなったこと)に気づいて駆けつけてきたらしい。

「ルーク様、ご無事ですか!?」
「ああ。ちょっと空気の入れ替えをしてただけだ」
「空気の……? まあ、なんて清浄な気配でしょう。ここ、ボイラー室ですよね?」

ノアが目を丸くして深呼吸をしている。
改造された壺の効果は覿面のようだ。

拘束された男は、ブレイド率いる警備隊に引き渡された。
彼の尋問から、組織の全貌や目的が明らかになるだろう。

「……ふぅ。一件落着だな」

俺は改造した壺を抱え、病院のロビーへと運んだ。
これを置いておけば、院内感染のリスクも減るし、患者の回復も早まるはずだ。

「ルーク様……。本当に、何でも『良いもの』に変えてしまわれるのですね」

ノアが感心したように、壺から出るミストに手をかざす。

「毒を薬に変えるなんて、神様の御業でも難しいことですわ」
「物は使いようだよ。……それに、あの壺も喜んでる」

俺は壺を撫でた。
かつては怨念と殺意に満ちていた道具が、今は人々の役に立つ喜びを感じて、静かに震えているような気がした。

「さて、帰って寝るか。……明日はまた忙しくなりそうだ」

俺は仲間たちと共に、夜明け前の街を歩いて帰った。
空気が美味い。
それは壺のおかげだけじゃなく、また一つ街を守れたという充実感のせいかもしれない。

翌朝。
医療センターのロビーには、「吸うだけで元気になる不思議な壺」を目当てに、新たな行列ができていた。
俺の作った『なんでも修理屋』の伝説に、また一つ奇妙なページが加わったのだった。

(第45話 終わり)

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品