追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です

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第43話 魔導帝国の皇帝、来襲。手土産は「起動しない古代兵器」でした

「……来たな」

グリーンホロウの街を取り囲む黒鉄の城壁の上。
俺、ルーク・ヴァルドマンは、北の空を埋め尽くす黒い影を見上げていた。
それは雲ではない。
無数の飛空艇と、それを護衛するワイバーン騎兵の編隊だ。
ガガン帝国が誇る『黒の親衛隊』。その威容は、先日撃退した魔王軍の残党など比較にならないほど統率され、洗練された殺気を放っていた。

「主よ。あれはただの視察団ではないな。戦争でも始める気か?」

隣に立つガラハドさんが、愛刀の柄に手をかけて目を細める。
地上には、地平線を埋め尽くすほどの戦車部隊が整然と行軍してきている。
「親善訪問」という名目にしては、あまりにも過剰な戦力だ。

「威圧でしょうね。『俺たちに逆らえばどうなるか分かっているな?』というデモンストレーションです」

俺は冷静に分析した。
ガガン帝国は、力による支配を信条とする国だ。
彼らにとって、独自の技術と軍事力(ゴーレムや鉄竜)を持つグリーンホロウは、目の上のたんこぶであり、同時に喉から手が出るほど欲しい果実でもあるのだろう。

「全艦、停止!」

上空の旗艦から、魔法拡声器を通した号令が響き渡った。
ピタリと空中で静止する大艦隊。
その一糸乱れぬ動きだけで、彼らの練度の高さが知れる。

やがて、旗艦から一隻の小型艇が降下してきた。
漆黒に塗装され、金色の鷲の紋章が描かれた豪華な船だ。
それが、俺たちが待つ城壁の前の広場へと、音もなく着陸する。

プシューッ。

タラップが降り、赤い絨毯が敷かれる。
そして、その上をゆっくりと歩いてくる一人の男がいた。

背が高い。
年齢は三十代半ばだろうか。
鍛え上げられた肉体を、魔力を帯びた黒い軍服に包み、腰には儀礼用のサーベルを下げている。
だが、何よりも目を引くのは、その瞳だ。
氷河のように冷たく、全てを見透かすような蒼い瞳。
ガガン帝国皇帝、アウレリウス・フォン・ガガン。
大陸の東半分を武力で統一した、若き覇王だ。

「……貴様が、ルーク・ヴァルドマンか」

皇帝は俺の前で立ち止まり、値踏みするように見下ろした。
その背後には、完全武装した親衛隊が殺気を放ちながら控えている。
対する俺の後ろには、ブレイド、ガラハド、ガレオス、そしてソフィアたちが並んでいる。
一触即発の空気。

「いらっしゃいませ、皇帝陛下。遠いところをわざわざご苦労様です」

俺はエプロン姿のまま、愛想よく会釈した。
皇帝の眉がピクリと動く。

「……フン。一国の主を迎えるにしては、随分とラフな格好だな。礼儀を知らぬのか、それとも余を侮っているのか」
「いえいえ。俺は領主である前に『修理屋』ですから。いつ仕事が入ってもいいように、これが正装なんです」

俺が答えると、皇帝の背後にいた将軍らしき男が怒鳴った。

「無礼者! 陛下の御前であるぞ! その薄汚れたエプロンを外して土下座せよ!」
「よい」

皇帝が片手で将軍を制した。
その目は、俺から片時も離れていない。

「面白い。噂通りの男のようだな。……余計な問答は省こう。余がここへ来た目的は一つだ」

皇帝は俺に手を差し伸べた。

「ルークよ。余の部下になれ」

単刀直入な勧誘。
いや、それは勧誘というより、決定事項の通達に近い響きを持っていた。

「貴様の技術は素晴らしい。この城壁、魔導列車、そしてあの鉄竜(クロ)……。どれもが既存の魔導技術を数段飛び越えている。だが、この小さな箱庭で遊ばせておくには惜しい」
「箱庭、ですか」
「そうだ。余と共に来れば、帝国の全資源、全人材を貴様に与えよう。大陸全土を実験場とし、思う存分その腕を振るうがよい。……その代わり、貴様の作る全ての兵器を帝国軍に提供せよ」

皇帝の提案は、技術者としては魅力的かもしれない。
無限の予算と資源。
だが、その先にあるのは「戦争」と「支配」だ。
俺の作った道具が、誰かを傷つけるために使われる。
それは、俺の職人としてのプライドが許さない。

「謹んでお断りします」

俺は即答した。

「俺は、俺の作ったもので誰かが笑顔になるのが好きなんです。誰かを泣かせるための道具は作りません」
「……笑顔、か」

皇帝は鼻で笑った。

「甘いな。力なき平和など、砂上の楼閣に過ぎん。貴様がここで平和ごっこをしている間にも、世界では弱者が強者に踏みにじられているのだ。余は、圧倒的な力による秩序(平和)を作ろうとしている」
「考え方の違いですね。俺は、壊れたら直せばいいと思ってますから」
「……交渉決裂か」

皇帝の瞳から、温度が消えた。
周囲の空気が凍りつく。
親衛隊が一斉に武器を構え、上空の飛空艇が砲門を開く音が聞こえた。

「残念だ。貴様が得られぬのなら、この街ごと消し去るしかない。貴様の技術が他国に渡ることは、帝国の脅威となるからな」

「やる気かよ。……この街には、俺の仲間たちがいるんだぞ」

俺もハンマーを握りしめた。
ブレイドが『星砕』を抜き、ガラハドさんが腰を落とす。
ソフィアが杖を構え、ガレオスが筋肉を膨張させる。
全面対決。
そうなれば、この街は火の海になるだろう。俺たちが勝ったとしても、被害は避けられない。

その時。
皇帝がふと、口元を歪めて笑った。

「……だが、ただ力で潰すのも芸がない。貴様には、職人としての敬意を払ってやろう」

皇帝はパチンと指を鳴らした。
すると、後方の輸送車から、巨大な物体が運び出されてきた。
重厚な布で覆われているが、そのシルエットは人型に近い。
高さは三メートルほど。
ズシン、と地面を揺らして置かれる。

「これは、帝国の遺跡発掘チームが最深部で見つけた『機神(デウス・マキナ)』の残骸だ」

布が取り払われる。
現れたのは、錆びついた鉄塊……ではない。
白銀に輝く、美しい曲線美を持つ機械人形だった。
だが、その体には無数の亀裂が走り、動力炉のある胸部には大きな風穴が開いている。
首から上はなく、配線がスパークして垂れ下がっていた。

「機神……?」
「そうだ。古代文明が作り出した、最強の自律思考型兵器。文献によれば、単機で国を滅ぼすほどの力を持つという。……だが、見ての通り完全に壊れている。帝国の全技術者を動員しても、起動すらしなかった」

皇帝は挑発的な視線を俺に向けた。

「貴様が『なんでも修理屋』を名乗るなら、これを直してみせよ」
「俺を試す気ですか?」
「そうだ。もしこれを完全に修復し、起動させることができたなら……今回の件は不問とし、貴様の街の自治を認めよう。不可侵条約を結んでもいい」

「もし、直せなかったら?」
「その時は、貴様自身が帝国の所有物となる。……そして、この街は地図から消える」

究極の賭けだ。
失敗すれば、俺は奴隷になり、みんなの居場所がなくなる。
成功すれば、帝国の脅威が去る。

俺は機神に近づき、手を触れた。
冷たい。
だが、その奥底に眠る、途方もない技術の集積を感じる。
これは、ただの兵器じゃない。
古代の職人たちが、魂を削って作り上げた芸術品だ。

「(……面白い)」

俺の職人魂が、恐怖を凌駕して震えた。
こんな難題、めったにお目にかかれない。
首がない? 動力がない?
関係ない。
そこに「直すべきもの」があるなら、直すのが俺の仕事だ。

「いいでしょう。その勝負、乗ります」

俺は皇帝に向かってニカッと笑った。

「ただし、直した後のこいつの所有権は俺がもらいますよ? 手間賃代わりだ」
「フハハ! 好きにせよ! 動けばの話だがな!」

皇帝は高笑いし、広場に特設された観覧席へと移動した。
制限時間は日没まで。
俺と、壊れた神との対話が始まった。

*   *   *

俺は機神の前に作業台を設置し、工具を並べた。
周囲には、固唾を飲んで見守る仲間たちと、冷ややかな視線を送る帝国兵たちが取り囲んでいる。

「ルーク、大丈夫なのか? あんなボロボロの機械……」
ブレイドが心配そうに声をかけてくる。
「ボロボロだからこそ、やりがいがあるんだよ」

俺は機神の胸部ハッチをこじ開けた。
中は空っぽだ。
動力炉となるメインクリスタルが抜き取られているか、あるいは破壊されて消失している。
さらに、全身の魔力伝達ケーブルは炭化し、関節の駆動系も焼き付いている。

「(ひどいな。……これは、外敵と戦って壊れたんじゃない。内側からの過負荷(オーバーロード)で自壊した跡だ)」

俺は【修理】スキルの解析眼をフル稼働させた。
数千年前の設計思想。
現代とは異なる魔力理論。
それらを読み解き、現代の技術で補完していくパズルだ。

「まずは心臓部だ。動力がないと始まらない」

俺は懐から、先日ダンジョンの最深部で手に入れた『ダンジョン・コアの欠片』を取り出した。
さらに、ソフィアから借りた高純度の魔石と、鉄竜(クロ)から抽出した予備エネルギーを組み合わせる。

「即席のハイブリッド炉心を作るぞ。ソフィア、魔力供給のサポートを!」
「了解! 回路の設計図、解析班に回すわ!」

ソフィアたち魔導研究所のメンバーが、俺の指示に従って補助魔方陣を展開する。
俺はその中心で、ハンマーを振るった。

カァン! カァン!

異なる素材を融合させ、新たな心臓を作り出す。
それは、古代の機神に相応しい、力強く脈打つエネルギーの塊だ。

「次は神経系だ。焼き切れたケーブルを、ミスリル銀糸で張り替える!」

俺の指先から魔力の糸が伸び、機神の体内に侵入する。
数千本にも及ぶ配線を、一本一本丁寧に繋ぎ直し、より効率的なルートへとバイパスを通す。

「(……聞こえるか? お前の声)」

作業中、俺は機神に語りかけた。
機械に心はないと言う者もいるが、俺は信じていない。
これほど精巧に作られたものには、必ず作り手の想いと、機械自身の記憶が宿っている。

『……マ……スタ……』

ノイズ交じりの声が、俺の脳内に響いた気がした。
か細い、今にも消えそうな声。

「安心しろ。もう一度、空を見せてやる」

俺は作業を加速させた。
時間は刻一刻と過ぎていく。
日は傾き、夕闇が迫ってくる。

「おい、あと一時間だぞ! 諦めて土下座したらどうだ?」

帝国の将軍が野次を飛ばしてくるが、無視する。
俺の集中力は極限まで高まっていた。

最大の問題は、「頭部」がないことだ。
思考中枢(CPU)がなければ、ただの操り人形に過ぎない。
だが、オリジナルの頭部パーツは失われている。

「なら、作ればいい」

俺は工房にあった予備パーツと、俺自身の魔力を結晶化させた『疑似魂(ダミーソウル)』を使って、新たな頭部ユニットを構築した。
デザインは、俺の趣味で少しスタイリッシュに。
カメラアイは、優しさを感じさせるエメラルドグリーンに。

「装着!」

ガシャンッ!

新しい頭部が、首のジョイントに嵌まる。
全ての回路が繋がり、エネルギーが全身に行き渡る。

「……時間だ」

日没を告げる鐘が鳴った。
皇帝が立ち上がる。

「時間切れだ、ルーク。やはり、神の領域には届かなかったようだな」
「いいえ。ちょうど今、終わりましたよ」

俺はハンマーを下ろし、機神の胸をポンと叩いた。

「おはよう。起きる時間だぞ」

その瞬間。

ヴォンッ……!

機神の全身から、眩い光が溢れ出した。
エメラルドグリーンのカメラアイが点灯し、駆動音が静かに響き渡る。
機神はゆっくりと、しかし力強く立ち上がった。
その動きには、一切の淀みも、軋みもない。

「バ、バカな……!? 動いた!?」
「ありえん! あのスクラップが!」

帝国兵たちがどよめく。
機神は自分の手を見つめ、そして俺を見た。

『システム、オールグリーン。……おはようございます、マスター』

流暢な合成音声。
俺はニカッと笑った。

「おはよう。調子はどうだ?」
『最高です。以前よりも出力が30%向上、演算速度は倍になっています』
「そりゃよかった。俺のスペシャルチューンだからな」

皇帝は絶句していた。
自分が持ち込んだゴミ同然の残骸が、帝国の最新兵器をも凌駕する超高性能機として蘇ったのだから。

「……見事だ」

皇帝は静かに拍手した。

「約束通り、この街には手出ししない。そして、その機神もお前にくれてやろう」
「ありがとうございます。……でも、一つだけ訂正させてください」

俺は機神の肩に手を置いた。

「こいつは兵器じゃありません。……『平和の守護神』です」

俺が言うと、機神は同意するように頷き、背中の翼(フライトユニット)を展開した。
その翼からは、攻撃的な魔力ではなく、周囲を癒やすような清浄な光が降り注いでいた。
俺が密かに組み込んだ、『広域浄化機能』だ。

「……フン。甘い男だ」

皇帝は苦笑し、踵を返した。

「だが、その甘さが、この奇跡を生んだのかもしれんな。……行くぞ、全軍撤退だ!」

皇帝は飛空艇へと戻っていった。
去り際、彼は俺を振り返り、ニヤリと笑った。

「また来るぞ、修理屋。次はもっと『壊れたもの』を持ってな」
「勘弁してくださいよ。……まあ、商売繁盛でいいですけどね」

帝国の軍勢が去っていく。
グリーンホロウに、再び平和が戻った。
村人たちの歓声の中、俺は新しい仲間――機神『アルファ』と握手を交わした。

「よろしくな、アルファ」
『はい、マスター。この身が朽ちるまで、貴方とこの街をお守りします』

こうして、俺の店にはまた一つ、規格外の「修理品」が加わった。
鉄竜クロと機神アルファ。
二体の巨大ロボットが並んで立つ姿は、もはやファンタジーというよりSFの世界だったが、まあ細かいことは気にしない。

「さて、今日の営業は終わりだ! みんな、打ち上げするぞー!」
「おー!」

俺たちの夜は、勝利の祝杯と共に更けていった。
だが、俺は知っていた。
皇帝が残していった言葉の意味を。
「もっと壊れたもの」。
それは、世界そのものの歪みを暗示しているのかもしれないと。

(第43話 終わり)

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