追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です

sika3

第42話 聖女様が店員デビュー。ただし、触れるもの全てを『聖別』してしまうので困ります

「ルーク様! おはようございます! 今日から住み込みで働かせていただく、ノアです! よろしくお願いします!」

グリーンホロウの朝。
いつものように開店準備をしていた俺、ルーク・ヴァルドマンの前に、眩しいほどの純白のエプロンに身を包んだ美少女が現れた。
教会本部が誇る『光の巫女』、聖女ノアだ。
先日、呪いのロザリオから解放され、心を『修理』された彼女は、リハビリと称してこの街に滞在することになったのだが……。

「……ノア様。その格好は?」
「店員見習いの制服です! アリアさんに貸していただきました!」

ノアはくるりと回って見せた。
清楚な神官服の上に、フリルのついたエプロン。銀髪を揺らしながら微笑む姿は、まさに『看板娘』という言葉が具現化したような破壊力がある。
すでに店の外では、彼女を一目見ようと集まった冒険者や観光客が「おぉぉ……」「女神だ……」と拝み始めている。

「やる気があるのは嬉しいんですが、無理はしないでくださいね。まだ病み上がりなんですから」
「いいえ! ルーク様に助けていただいたこの命、少しでもお役に立てなければバチが当たります。……それに、お側にいたいですし」

最後の方は小声でモゴモゴと言いながら、彼女は頬を染めて上目遣いをしてくる。
可愛い。
可愛いが、その背後で、同じく店員として働く聖女アリアと、朝食を食べに来ていた賢者ソフィア、そしてたまたま(毎日のように)視察に来ている王女シルヴィア様の視線が痛い。

「あらあら、ノア様ったら。張り切るのは結構ですが、お店の仕事は甘くありませんわよ?」
「そうですわ。ルーク様のアシスタントを務めるには、繊細な魔力操作と深い知識が必要ですのよ?」

女性陣の間にバチバチと火花が散っている気がする。
ガラハドさんが「くわばらくわばら」と言いながら避難していくのが見えた。俺も逃げたい。

「ま、まあ、とりあえず簡単なことからお願いしましょうか。ノア様、まずは拭き掃除をお願いできますか?」
「はい! お任せください!」

ノアは嬉々としてバケツと雑巾を手に取り、カウンターを拭き始めた。
その動きは一生懸命で、見ていて微笑ましい。
これなら大丈夫だろうと、俺は自分の作業(壊れた時計の修理)に戻ろうとした。

その時だった。

カァァァァァッ……!

背後から、神々しい光が溢れ出した。
驚いて振り返ると、そこには発光するカウンターと、呆然とするノアの姿があった。

「えっ……? あ、あれ?」
「ノア様、何を……?」

俺はカウンターに駆け寄った。
木製だったはずのカウンターが、まるで白亜の大理石のように真っ白に変質し、表面からは微弱な聖なる波動が放たれている。
さらに、彼女が持っていた薄汚れた雑巾は、黄金の糸で織られたような『聖布』に変化していた。

「あ、あの、ただ拭いただけなのですが……汚れが落ちないどころか、カウンターが光りだして……」
「これは……『聖別(コンセクレーション)』か?」

俺は【修理】スキルで解析した。
聖別。
高位の聖職者が、道具や場所に神聖な力を宿らせ、魔を払う聖域とする儀式だ。
通常なら数人がかりで数日かけて行うような大儀式なのだが……。

「拭いただけで聖別しちゃったんですか?」
「は、はい。心を込めて綺麗になあれ、と祈りながら拭いたら……」

ノアが涙目になる。
どうやら、彼女の潜在的な聖女パワーが、呪いから解放された反動で暴走気味になっているらしい。
しかも、俺が精神世界で彼女の回路を『修理(最適化)』した際、ちょっと通りを良くしすぎたかもしれない。

「こ、困ります! お店が神殿みたいになっちゃう!」
「あはは……。まあ、抗菌作用はあるから衛生的ではあるけど」

俺が苦笑していると、今度はアリアが悲鳴を上げた。

「きゃあぁぁっ!? ノア様、その水!」

見ると、ノアがバケツの水を替えようとしていたのだが、バケツの中の水が七色に輝く『最上級聖水(エリクサーの原液)』に変わっていた。

「ええっ!? 水道水が!?」
「あわわ、こぼれちゃいます!」

ノアが慌ててこぼした水滴が、床に落ちる。
すると、床板の節目から急速に芽が出て、あっという間に美しい白い花が咲き乱れた。

「床がお花畑にぃぃぃ!?」
「すごい生命力だ……。これ、枯れ木にかければ一瞬で巨木になるぞ」

ソフィアが興味深そうに観察しているが、感心している場合じゃない。
このままでは、店がジャングル化するか、神殿化してしまう。

「ノア様、ストップ! 作業中止!」
「ご、ごめんなさいぃぃ……! 私、役立たずです……」

ノアはその場にへたり込んで泣き出してしまった。
その涙が床に落ちると、そこからまたポコポコと小さな聖霊(スピリット)が生まれ始める。

「泣かないで! 被害が拡大するから!」

俺は慌てて彼女を抱き起こし、椅子に座らせた。
店内は、発光するカウンター、お花畑になった床、飛び交う聖霊たちで、完全にファンタジー空間と化していた。
開店前からこれでは、客を入れるどころではない。

「……ふむ。これは調整が必要だな」

俺はハンマーを取り出した。
散らかった店内の『修理』も必要だが、まずは原因であるノアの出力を制御しなければならない。

「ノア様。あなたの力が強すぎて、触れるもの全てに過剰な祝福を与えてしまっています。蛇口全開で水を撒いているような状態ですね」
「そ、そんな……。どうすれば……」
「制御用のアイテムを作ります。少しじっとしていてください」

俺は工房から、魔力伝導率の低い『封魔の黒銀』と、調整用の『安定化の魔石』を持ってきた。
これを使って、彼女の過剰な魔力を抑制し、必要な時だけ解放できるようなリミッターを作る。

「デザインはどうしようか。……ネックレスだと邪魔になるし、指輪だと意味深すぎるし……」

少し考え、俺はチョーカー型にすることにした。
首元にある魔力のツボを押さえるのが一番効率的だからだ。

カン、カン、カン。

俺はその場で金属を加工した。
繊細なレースのような装飾を施し、見た目は可愛らしいアクセサリーに見えるように仕上げる。
中央には、魔力を吸い取って蓄積する青い魔石を埋め込む。

「よし、完成。『聖女のチョーカー・抑制版』です」

俺は出来上がったチョーカーをノアに差し出した。

「これを着けていれば、無意識に魔力が漏れるのを防げます。祈りを捧げたい時だけ、宝石の部分に触れればリミッターが解除される仕組みです」
「わぁ……綺麗」

ノアはチョーカーを手に取り、頬を染めた。

「ルーク様からの……贈り物……」
「贈り物というか、安全装置ですね。着けてみますか?」
「は、はい! お願いします! ……着けて、いただけますか?」

彼女は髪を持ち上げ、白く細い首筋をさらした。
俺は少しドキリとしながら、彼女の首にチョーカーを巻いた。
カチリ、と留め金がはまる。

その瞬間、彼女の身体から立ち昇っていた過剰なオーラがスッと収まり、店内の異常現象も沈静化した(花は咲いたままだが)。

「……どうですか? 苦しくないですか?」
「はい。とっても楽になりました。身体の奥で暴れていた力が、静かに眠っているような……」

ノアは首元のチョーカーを愛おしそうに撫でた。
そして、潤んだ瞳で俺を見上げた。

「まるで、ルーク様に守られているみたいです。……ふふ、これでもう、私はルーク様の『所有物(もの)』ですね?」
「ぶふっ!?」

俺は変な声を出してむせた。
周りの女性陣の視線が、一気に氷点下まで下がるのを感じる。

「あら、ノア様。随分と大胆な解釈ですこと」
シルヴィア様が笑顔で扇子をバキッと折った。

「所有物だなんて……。ルーク、どういう教育をしているの?」
ソフィアがジト目で睨んでくる。

「ち、違いますよ! ただの安全装置だってば!」
「ふふふ。冗談ですわ。……でも、一生外しませんからね」

ノアは悪戯っぽく笑い、俺の腕に抱きついた。
どうやらこの聖女様、天然なのか計算なのか、俺を翻弄する才能においてはSランク級らしい。

「さて、気を取り直して! お仕事再開です!」

チョーカーのおかげで制御が可能になったノアは、今度こそ完璧な仕事ぶりを見せた。
触れた食器はピカピカになり(発光はしない)、淹れたお茶は絶妙な温度と味になり(聖水にはならない)、客への対応も慈愛に満ちて完璧だ。

「いらっしゃいませ。あら、お怪我をされているのですか? 痛いの痛いの、飛んでいけー(小規模ヒール)」
「おお……! 傷が消えた! 天使だ!」

「この剣、錆びちゃって……」
「大丈夫です。ルーク様にお任せすれば、すぐに元気になりますよ(浄化)」
「剣が……輝いてる!?」

ノアの接客を受けた客たちは、皆一様に骨抜きにされ、幸せそうな顔で帰っていく。
リピーター率は驚異の100%。
店の評判はさらにうなぎ登りだ。

「……強力すぎる看板娘だな」

俺はカウンターの奥で、忙しくハンマーを振るいながら苦笑した。
平和だ。
色々と騒がしいけれど、これこそが俺の求めていた日常なのかもしれない。

昼下がり。
客足が途切れたタイミングで、店の扉が勢いよく開いた。

「ルーク! いるか!」

飛び込んできたのは、警備隊長のブレイドだ。
彼の顔色は悪い。
ただ事ではない雰囲気に、俺は手を止めた。

「どうした、ブレイド。またドラゴンでも出たか?」
「いや、違う。……もっと厄介な客だ」

ブレイドは息を整え、一枚の手紙を俺に渡した。
それは、王家の紋章が入った最高級の羊皮紙だったが、インクの色が禍々しい紫で書かれていた。

「『魔導帝国ガガン』の皇帝からだ。……親善訪問という名目で、今、この街に向かっているらしい」

「皇帝が……直接?」

店内の空気が凍りつく。
ガガン帝国。
軍事力で近隣諸国を威圧し、先日も暴走兵器を送り込んできた(回収したが)あの国だ。
そのトップが、わざわざこんな辺境の自治領に来る。
ただの観光旅行でないことは明白だ。

「目的は何だ?」
「手紙には、『稀代の工匠ルーク殿と、友好の盃を交わしたい』とあるが……」

ブレイドは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「裏の情報じゃ、皇帝直属の『黒の親衛隊』を引き連れているそうだ。友好どころか、威圧、あるいは……『強奪』が目的かもしれない」

強奪。
つまり、俺の技術か、あるいはこの街そのものを。

「……なるほど。相変わらず強引な国だな」

俺は手紙を折りたたみ、ポケットに入れた。
怯える様子はない。
むしろ、職人としての闘志が湧いてくるのを感じた。

「来るなら来ればいいさ。うちは『なんでも修理屋』だ。皇帝陛下の歪んだ野望も、壊れた外交関係も、全部まとめて『修理』してやる」

俺が言うと、ノアが心配そうに俺の袖を引いた。

「ルーク様……。ガガン皇帝は、冷酷無比な暴君として有名です。どうかご無理は……」
「大丈夫だ、ノア。俺には最強の仲間たちがいる」

俺は店内にいる全員を見渡した。
元勇者ブレイド、聖女アリア、賢者ソフィア。
元剣聖ガラハド、元四天王ガレオス。
王女シルヴィア、そして聖女ノア。
さらに、街には俺を慕ってくれる職人たちや冒険者たちがいる。

「それに、俺が作ったこの街は、そう簡単に壊れたりしないよ」

俺はニカッと笑った。
その笑顔を見て、みんなの表情から不安が消え、頼もしい笑みが戻ってくる。

「そうじゃな。皇帝ごとき、返り討ちにしてくれるわ」
「俺たちの街に手出しはさせねぇ!」

士気は十分だ。
帝国の皇帝がどのような手を使ってこようとも、俺たちの結束を壊すことはできない。

「さあ、おもてなしの準備だ! ……ただし、グリーンホロウ流のな」

俺はハンマーを高く掲げた。
新たな嵐の予感。
だが、それは俺たちにとって、また一つ新しい伝説を作るためのステージに過ぎない。

修理屋ルークの物語は、国家間の駆け引きすらも飲み込んで、さらに大きく動き出そうとしていた。

(第42話 終わり)

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