追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です

sika3

第36話 Sランク冒険者パーティが来店。伝説の防具がボロボロだ

「……おい、ザイン。本当にここなのか? 伝説の修理屋がいるっていうのは」

グリーンホロウのメインストリート。
活気に満ちた人通りの中を、周囲とは明らかに異質な、重苦しい空気を纏った三人組が歩いていた。

先頭を行くのは、金髪の長髪をなびかせた長身の剣士、ザイン。
その背後には、心配そうに周囲を見回すエルフの魔法使い、エリス。
そして、殿(しんがり)を務めるのは、身長二メートルを超える岩のような巨漢戦士、ドルグだ。

彼らは、冒険者ギルドにおいてSランク認定を受けているトップパーティ、『雷鳴の旋風(サンダー・ストーム)』のメンバーだった。
数々の難関ダンジョンを攻略し、ドラゴンすら単独で狩ると言われる彼らだが、今のその姿にかつての覇気はない。
鎧は泥と煤(すす)にまみれ、マントはボロボロに裂け、何より彼らの表情が、深い絶望に沈んでいたからだ。

「場所は間違いないはずだ。王都のギルドマスターが直々に教えてくれたんだからな」

リーダーのザインが、掠れた声で答える。
彼の歩調は重い。
その理由は、彼が背負っている巨大な布包みにあった。
ズシリと重いその荷物こそが、彼らがここへ来た理由であり、彼らの絶望の源でもあった。

「しかし、驚いたな。辺境の村だと聞いていたが……」

巨漢のドルグが、周囲を見回して唸る。
彼らの視界に広がるのは、美しく舗装された石畳の道と、整然と並ぶ耐震構造の家々。
街灯は魔石の光で輝き、空には運搬用の小型ゴーレムが飛び交っている。
さらに、街の奥には巨大な高層ホテルが聳え立ち、湯煙が立ち上る温泉街の風情まで醸し出している。

「まるで、古代魔法文明の都市にタイムスリップしたみたいね」

エリスがため息をつく。
道行く人々の装備も、やけに質が良い。
すれ違った警備隊らしき男(元勇者ブレイドだが、彼らは気づいていない)が腰に差している剣など、一目で業物だとわかる代物だった。

「……期待しても、いいのかもしれん」

ザインがポツリと呟いた。
王都の鍛冶師たちには「手遅れだ」「直せるわけがない」と門前払いを食らい続けてきた。
だが、この街の異常な発展ぶりを見れば、あるいは奇跡が起きるかもしれないという希望が湧いてくる。

「行くぞ。あそこが、目的の店だ」

彼らは、街の中心にある一際大きな建物――領主館兼店舗、『なんでも修理屋ルーク』の前で足を止めた。

*   *   *

「いらっしゃいませー! 修理の受付はこちらですよー!」

店内は、戦場のような忙しさだった。
カウンターの中では、エプロン姿の少年――俺、ルーク・ヴァルドマンが、次々と持ち込まれる依頼品を捌いている。

「はい、次の鍋! 底が抜けてるな。ついでに焦げ付き防止加工もしとくよ!」
カァン!
「次は農具か。柄が腐ってる。鉄より硬い合成木材に交換だ!」
カァン!

流れ作業のようにハンマーを振るい、一瞬で新品同様に直していく。
その手際に、並んでいる客たちからは感嘆の声が上がっていた。

「……すげぇ。噂以上だ」

入り口で立ち尽くしていたザインたちは、その光景に圧倒されていた。
Sランク冒険者である彼らの目から見ても、俺の技術は常軌を逸していたらしい。

「あの方たちが、Sランクの……?」

受付を手伝っていたリリスが、彼らの異様な気配に気づいて小首を傾げる。
俺も手を止め、彼らの方を見た。
ただならぬオーラ。そして、それ以上に濃密な「悲壮感」。
ただの客じゃない。

「……主よ。厄介な客が来たようじゃな」

店の奥から、治安維持総隊長のガラハドさんが現れた。
彼はザインたちを見ると、懐かしそうに目を細めた。

「おや、その顔……。『雷鳴』の若造どもではないか」
「えっ……? その声、まさか……」

ザインが目を見開く。
彼らはガラハドさんの顔を凝視し、そして息を呑んだ。

「け、剣聖ガラハド様!? なぜこんな所に!?」
「数年前に引退して行方不明になったと聞いていましたが……!」

Sランク冒険者にとって、剣聖は生ける伝説であり、憧れの存在だ。
そんな彼が、エプロンをつけてハタキを持っている姿に、彼らは思考停止に陥ったようだった。

「わしは今、この店の用心棒兼雑用係じゃよ。……して、お主ら。随分と酷い顔をしておるな。一体何があった?」

ガラハドさんに問われ、ザインはハッとして我に返った。
そして、背負っていた布包みを下ろし、床に置いた。

「……ガラハド様。俺たちの無様を笑ってください。深層のダンジョンで、『腐食の帝王(アシッド・ロード)』と遭遇しました」
「ほう、アシッド・ロードか。Sランク相当の厄介な魔物じゃな」
「はい。なんとか討伐はしましたが……その代償に、俺たちの命とも言える装備が……」

ザインは震える手で、布を解いた。
そこから現れたものを見て、店内の空気が凍りついた。

それは、かつて『雷神の鎧』と呼ばれた、国宝級の魔法鎧だったはずのものだ。
青白い雷の魔力を宿したミスリルと、雷竜の鱗で作られた至高の一品。
だが今は、見るも無惨な姿になっていた。

表面はドロドロに溶け、酸の強烈な異臭を放っている。
美しい装飾は原形をとどめず、魔力回路は寸断され、ところどころ穴が開いて中の詰め物が見えている。
鎧としての機能は完全に失われ、ただの汚染された金属ゴミと化していた。

「うわぁ……。これは酷いな」

居合わせた客たちが鼻をつまんで後ずさる。
それほどまでに、鎧から漂う「死臭」――道具としての死の匂いは強烈だった。

「王都の鍛冶師ギルドには断られました。『呪いと酸が深くまで浸透している。触ればこちらのハンマーまで腐る』と」

エリスが悔しそうに唇を噛む。
ドルグも拳を握りしめている。
彼らにとって、この鎧はパーティの象徴であり、数々の死線を共にくぐり抜けてきた相棒だったのだ。

「……俺の不徳の致すところだ。俺が不用意に突っ込んだせいで、鎧に負担をかけてしまった」

ザインは床に膝をつき、溶けた鎧に手を触れようとした。
だが、残留している酸が指を焼きそうで、触れることすらできない。

「新しいのを買えばいい、と人は言うかもしれない。だが……こいつは、俺の親父の形見なんだ。こいつが無ければ、俺は俺でいられない」

Sランク冒険者の男が、人目も憚らず涙を流していた。
その姿に、店内の誰もが言葉を失った。
道具への愛着。
それは、職人である俺が一番理解できる感情だ。

「……見せてもらってもいいですか?」

俺はカウンターを出て、ザインの前に歩み寄った。
彼は涙に濡れた顔を上げ、縋るような目で俺を見た。

「あ、あんたが……ルーク殿か?」
「ええ。店主のルークです」

俺は躊躇なく、ドロドロに溶けた鎧に手を伸ばした。

「おい、よせ! 素手で触ったら火傷するぞ! まだ酸が生きているんだ!」

ザインが止めようとするが、俺は構わずに鎧に触れた。
ジュッ、と嫌な音がして白煙が上がる。
だが、俺の手は焼けただれなかった。
あらかじめ指先に【修理・コーティング】を展開していたからだ。

「……なるほど。確かに酷いな」

俺は【修理】スキルの解析眼を発動させた。
鎧の深層、分子レベルの世界へと意識を潜らせる。

表面の損傷率は80%。
魔力回路の断線率は90%。
素材の劣化、酸による侵食、そして長年の疲労の蓄積。
普通の鍛冶師が見たら、即座に「廃棄処分」のハンコを押すレベルだ。

だが。
俺には聞こえた。
瀕死の重傷を負いながらも、微かに、しかし確かに脈打つ「鼓動」が。

『……まだだ。まだ、守れる。主を……ザインを……』

鎧の魂(ごースト)だ。
ボロボロになってもなお、持ち主を守ろうとする強い意志。
それが、この鎧をギリギリのところで繋ぎ止めていた。

「……いい根性してるな、お前」

俺は鎧に向かって優しく声をかけた。
そして、ザインに向き直った。

「直せますよ」

その一言は、静まり返った店内に爆弾のように投下された。

「……は?」

ザインが間の抜けた声を出す。

「な、今、なんと……?」
「直せると言ったんです。新品同様……いや、それ以上に」

俺はニカッと笑った。
ハッタリではない。
素材は生きている。魂も死んでいない。
ならば、修理屋としてやるべきことは一つだ。

「で、でも、王都の宮廷鍛冶師ですら匙を投げたんですよ!? 呪われた酸を中和するだけでも、聖水が樽一杯必要だと……」
「聖水なんていりませんよ。酸も呪いも、ただの『汚れ』ですから。洗えば落ちます」

俺はハンマーを取り出し、軽く手の中で回した。

「それに、この鎧はまだ死にたくないと言ってます。あんたを守るために、もう一度輝きたいとね」

ザインの目から、再び涙が溢れ出した。
今度は絶望の涙ではなく、希望の涙だ。

「た、頼む……! 直してくれ! 金ならいくらでも払う! 全財産を叩いてもいい! この通りだ!」

ザインが土下座しようとするのを、俺は片手で制した。

「頭を上げてください。客が職人に頭を下げる必要はありませんよ」

俺は溶けた鎧を軽々と持ち上げた。
見た目はグロテスクな鉄屑だが、俺にはもう、修理後の輝く姿が見えていた。

「ガラハドさん、工房を開けます。少し大掛かりな作業になるので、人払いを」
「承知した。……おい、若造ども。主の技、瞬きせずに見ておくがよい。これが『神域』の仕事じゃ」

ガラハドさんに促され、ザインたちはフラフラと立ち上がり、工房のガラス越しに俺を見つめた。

俺は鎧を作業台に置いた。
深呼吸。
相手はSランクの伝説級防具。しかも瀕死の状態。
手加減は無用だ。全力で行く。

「まずは洗浄だ。悪いもん全部、吐き出させてやる」

俺はハンマーを構えた。
【修理】スキル、全開。
モード:『浄化・再構築(リビルド)』。

カァンッ!!!

第一撃。
店全体が震えるほどの衝撃波と共に、鎧からドス黒い煙が噴き出した。
それは鎧にこびりついていた酸と呪いの瘴気だ。
煙は断末魔のような音を立てて空中に霧散していく。

「消えろ! この鎧は俺の患者だ!」

カァン! カァン!

二撃、三撃。
叩くたびに、溶けて崩れていた形状が、時間を巻き戻すように復元されていく。
失われていたミスリルの輝きが戻り、雷竜の鱗が再生する。

「ここからがお楽しみだ。ただ戻すだけじゃ芸がない」

俺は懐から、先日ダンジョンで採取した『雷の結晶石』と、鉄竜(クロ)の装甲片を取り出した。
これを混ぜ込めば、強度は倍増し、雷属性の出力も大幅に上がるはずだ。

「素材融合! 回路拡張! ついでに自動メンテナンス機能も追加だ!」

ドゴォォォンッ!!

工房内が、激しい雷光に包まれた。
外で見守っていたザインたちが、「目が、目がぁぁ!」と叫びながらも、必死に食い入るように見つめている。

光の中で、鎧が生まれ変わっていく。
以前の武骨なデザインから、より洗練された流線型のフォルムへ。
表面には微細な魔力文字が刻まれ、青白い稲妻が常時走っている。

「仕上げだ! 魂よ、戻れ!」

俺は最後に、鎧の中心にあるコア(魔石)を、優しく、しかし力強く叩いた。

キィィィィィン……。

澄んだ音が響き渡り、雷光が収束した。
そこには、神々しいまでに輝く、新生『雷神の鎧』が鎮座していた。
もはや以前の面影はない。
Sランクどころか、国宝……いや、神話級(ミソロジー)クラスの威圧感を放っている。

「……ふぅ。一丁上がり」

俺は額の汗を拭い、工房の扉を開けた。
ザインたちは、口をパクパクさせたまま、言葉を失っていた。
エリスに至っては、腰を抜かして座り込んでいる。

「どうぞ。確認してください」

俺が促すと、ザインは夢遊病者のようにふらふらと歩み寄り、震える手で鎧に触れた。

バチッ!

静電気が走る。
だが、それは拒絶ではなく、主人の帰還を喜ぶ歓喜のスパークだった。

「……軽い。温かい。……生きている」

ザインは鎧を抱きしめた。
涙で言葉にならないようだった。
ドルグが「すげぇ……マジですげぇ……」と野太い声で泣いている。

しばらくして、ザインは俺に向き直り、深々と頭を下げた。

「……ありがとう。言葉もない。あんたは、俺たちの命の恩人だ」
「仕事をしただけですよ」
「いや、これはただの修理じゃない。奇跡だ」

ザインは懐から、ずっしりと重い革袋を取り出した。
中には、眩いばかりのプラチナ貨と金貨がぎっしりと詰まっている。

「これは手付金だ。金貨百枚ある。足りなければ、ギルドの預金口座からあと五百枚下ろしてくる。それでも足りないなら、俺たちが一生かけて働いて返す!」

金貨百枚。
それは、小さな城が買えるほどの金額だ。
普通の職人なら、一生遊んで暮らせる大金である。
周囲の客たちも「ひぇぇ……」と息を呑んでいる。

だが。
俺はため息をつき、その革袋を押し返した。

「……いりませんよ、そんな大金」
「は?」

ザインがキョトンとする。

「いらないって……これだけの仕事をして、タダというわけにはいかないだろう!?」
「タダとは言いません。うちは明朗会計がモットーですから」

俺はカウンターの料金表を指差した。

『鎧の修理:銀貨3枚』

「……は?」

ザインが二度見、三度見する。
エリスも眼鏡を拭いて見直す。
だが、数字は変わらない。

「銀貨……3枚? 金貨じゃなくて?」
「銀貨です。適正価格ですよ」

俺は平然と言った。
俺にとって、この修理にかかったコストは、俺の魔力と、余っていた素材と、数分の時間だけだ。
それに、困っている客から法外な値段をふんだくるのは、俺の流儀に反する。

「ば、馬鹿な! 伝説の鎧だぞ!? しかも大幅に強化されている! 国宝級の価値があるんだぞ!?」
「価値を決めるのは持ち主です。俺にとっては、ただの『壊れた道具』を直しただけですから」

俺はニッコリと笑った。

「それに、あんたたちのその涙が、何よりの報酬みたいなもんですしね」

ザインは呆然とし、やがて肩を震わせて笑い出した。

「は、ははは……! 完敗だ。ガラハド様がここにいる理由がわかった気がする」

彼は銀貨3枚をカウンターに置き、そして言った。

「わかった。金は受け取らないというなら、別の形で返させてもらう。俺たち『雷鳴の旋風』は、今日からこの店の、そしてこの街の味方だ。何か困ったことがあれば、いつでも呼んでくれ。雷の速さで駆けつける」

「それは心強いですね。じゃあ、まずはその鎧を着て、ダンジョンの宣伝でもしてきてくださいよ」
「お安い御用だ!」

ザインたちは、新品以上に輝く鎧を身につけ、意気揚々と店を出て行った。
その背中は、来た時とは別人のように自信に満ち溢れていた。

「……また一人、信者を増やしたな、主よ」

ガラハドさんがニヤニヤしながら言った。
俺は肩をすくめた。

「信者なんていりませんよ。常連さんが増えただけです」

俺はハンマーを手に取り、次の客に向き直った。

「さあ、お待たせしました! 次の方どうぞ!」

グリーンホロウの伝説は、こうしてまた一つ、新たなページを刻んだのだった。

(第36話 終わり)

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