追放された『修理職人』、辺境の店が国宝級の聖地になる~万物を新品以上に直せるので、今さら戻ってこいと言われても予約で一杯です
第33話 ルークの村に、冒険者たちが集まり始める
「おい、押すなよ! 俺が先だぞ!」
「何言ってんだ、俺は昨日の夜から並んでたんだ!」
「どけ! Sランクパーティ『白銀の爪』のお通りだ!」
いつものように爽やかな朝を迎えるはずだったグリーンホロウの街は、今朝に限っては戦場のような喧騒に包まれていた。
俺、ルーク・ヴァルドマンは、領主館のテラスから眼下のメインストリートを見下ろし、持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。
「……なんだ、あの数は」
そこには、見渡す限りの人、人、人。
しかも、これまでのような観光客や商人ではない。
全身を鎧で固めた戦士、杖を持った魔法使い、軽装の斥候など、明らかに「同業者」――つまり、冒険者たちの姿が圧倒的多数を占めていた。
彼らは俺の店『なんでも修理屋』を目指して長蛇の列を作り、殺気立った雰囲気で順番待ちをしている。
「主よ、おはよう。……少し寝坊したようじゃな」
背後から、治安維持総隊長のガラハドさんが現れた。
いつもの涼しい顔ではなく、少し疲れが見える。
「おはようございます、ガラハドさん。あれ、一体どういう状況ですか?」
「見ての通りじゃ。冒険者たちが大挙して押し寄せてきた。昨晩から徹夜で交通整理をしておるが、次から次へと来るものでな。入場制限をかけようにも、連中は血の気が多くて困る」
ガラハドさんがため息をつく。
どうやら、ここ数日の出来事――特に帝国の暴走兵器『鉄竜(クロ)』を手懐けた件が、決定打になったらしい。
「噂が噂を呼んだんじゃよ。『グリーンホロウに行けば、伝説の武具が手に入る』『どんなに壊れた装備も新品になる』『ドラゴンすら従える最強の領主がいる』……とな」
「話が盛られすぎてませんかね」
「火のない所に煙は立たんよ。それに、今の主の実績を見れば、あながち間違いでもない」
確かに、今のこの街には、元剣聖、元勇者パーティ、元四天王、そして鉄竜がいる。
力に飢えた冒険者たちにとって、ここはまさに「聖地」になりつつあるのだろう。
「ふむ……。嬉しい悲鳴ではありますが、このままじゃ街の機能がパンクしますね」
俺は腕組みをして考えた。
観光客向けの店や宿は整備したが、荒くれ者の冒険者が数千人規模で滞在するとなると、話は別だ。
彼らは金払いはいいが、酒が入れば喧嘩をするし、宿がなければ野宿をしてゴミを散らかす。
早急な対策が必要だ。
「ルーク! 手伝ってくれ!」
店の方から、勇者ブレイドの悲鳴が聞こえた。
見ると、彼は警備隊の制服を着て、列の整理に奔走しているが、屈強なオークの戦士たちに囲まれて揉みくちゃにされている。
「あぁん? なんだこの細っこい兄ちゃんは。俺たちを通せって言ってんだよ!」
「だ、だから順番を守れと……!」
「うるせぇ! 力ずくで通るぞ!」
オークがブレイドを突き飛ばそうとした、その瞬間。
ズドンッ!
巨大な鉄の塊が、空から降ってきた。
全長三十メートルの鉄竜、クロだ。
クロは俺の気配を察知して駆けつけ(飛びつけ)、オークたちの目の前に着地すると、真っ赤なカメラアイを光らせて威嚇した。
『警告。順守セヨ。サモナクバ、排除スル』
「ひぃぃっ!? で、出たぁぁぁ! 鉄竜だぁぁ!」
「本物だ! すげぇ迫力だ!」
冒険者たちが一斉に退く。
クロは「フンッ」と鼻から蒸気を吹き出すと、ブレイドの後ろに立って睨みを利かせた。
ブレイドが「た、助かった……」とへたり込む。
「……とりあえず、開店しますか」
俺は苦笑しながら、エプロンをつけた。
冒険者が集まるということは、それだけ「壊れたもの」が集まるということだ。
修理屋として、逃げるわけにはいかない。
* * *
その日の営業は、予想通りハードだった。
持ち込まれるのは、激戦で折れた剣、魔物の酸で溶けた鎧、呪われた指輪など、厄介な代物ばかり。
「おやっさん! この剣、オーガの頭蓋骨を叩いたら曲がっちまってよ!」
「使い方が悪いな。芯材をカーボン結晶化して強度を上げておく。次は岩でも叩けるぞ」
カァン!
「ダンジョンの罠で盾がバラバラに……」
「破片はあるか? あれば復元できる。ついでに『自動防御』の術式も刻んでおこう」
カァン!
俺のハンマーが光るたびに、冒険者たちから「おおっ!」「神業だ!」と歓声が上がる。
中には、俺の腕を見るためにわざと壊れた装備を持ってくる奴もいたが、そういう手合いには「特別料金(割増)」を請求して黙らせた。
昼過ぎ、ようやく客足が落ち着いた頃。
一人の身なりの良い男が、汗を拭きながら店に入ってきた。
商人ギルドのゴルドさんだ。
「やあ、ルーク様。大繁盛ですな」
「ゴルドさん。……その顔、何かトラブルですか?」
「いやはや、嬉しい悲鳴なのですがね。冒険者ギルドの本部から、至急の連絡がありまして」
ゴルドさんは一枚の羊皮紙を差し出した。
「単刀直入に言いますと、『グリーンホロウに冒険者ギルドの支部を設立させてほしい』との要請です」
「支部?」
「ええ。これだけ冒険者が集まっているのに、クエストの受注や素材の買取を行う窓口がないのは不便だと。それに、彼らを管理する組織がなければ、治安も悪化しますからな」
なるほど、理にかなっている。
今までこの街に来る冒険者は、個人的な依頼か、噂を聞いてやってくるフリーランスが多かった。
だが、正式なギルド支部ができれば、組織的な管理が可能になり、街の治安維持にも繋がる。
「いい話ですね。場所は提供しますよ。駅前の空き地でどうですか?」
「ありがとうございます。……ですが、問題が一つありまして」
ゴルドさんは声を潜めた。
「冒険者たちが集まっている理由の一つに、この近くにある『グリーンホロウ地下迷宮』の存在があるのです」
「ああ、あの古びたダンジョンですか」
以前、ブレイドたちが閉じ込められ、俺が助けに行ったあの場所だ。
推奨ランクはC程度だが、古代の罠が多く、構造もいやらしい。
「実は、最近あのダンジョンの生態系が変わったという噂がありまして。低ランクの冒険者が腕試しに入っては、大怪我をして帰ってくるケースが増えているのです」
「生態系が変わった?」
「ええ。魔王討伐の影響か、あるいはルーク様の強大な魔力に引き寄せられたのか……より強力な魔物が住み着いている可能性があります。ギルドとしては、調査が完了するまで封鎖したいようなのですが、冒険者たちが言うことを聞かず……」
ゴルドさんの懸念はもっともだ。
自分の街の近くに、管理されていない危険地帯があるのはよろしくない。
それに、怪我人が増えれば医療センターのアリアの負担も増える。
「わかりました。俺が一度見てきます。もし危険なら、俺の手で『修理(調整)』しますよ」
「し、修理ですか? ダンジョンを?」
「ええ。使いにくいなら、使いやすくすればいいだけですから」
俺はニカッと笑った。
ちょうど、ブレイドたちの修行場としても手頃な場所が欲しかったところだ。
* * *
午後。
俺は店をガラハドさんたちに任せ、ブレイドとソフィアを連れてダンジョンの入り口へと向かった。
入り口周辺には、既に入場待ちの冒険者たちがたむろしており、殺伐とした空気が漂っている。
「おい、また怪我人が出たぞ!」
「くそっ、浅層にミノタウロスがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「罠が多すぎる! 解除しても復活しやがる!」
担架で運ばれてくる負傷者たち。
それを見て、ブレイドが顔を青くした。
「……嫌な思い出が蘇るな」
「お前がナメてかかって返り討ちにあった場所だからな」
「うっさい! 今なら楽勝だ!」
ブレイドは背中の『星砕』を揺らしながら強がるが、手汗をかいているのがわかる。
トラウマというのは、そう簡単に消えるものではないらしい。
「行くぞ。……ソフィア、解析を頼む」
「了解よ。……確かに、中の魔力濃度が異常に高いわ。自然発生したものじゃないわね」
ソフィアが『賢者の杖・改』を構え、周囲のデータを収集する。
俺たちは冒険者たちをかき分け、洞窟の中へと足を踏み入れた。
地下へ続く階段を降りると、以前とは比べ物にならないほど濃密な魔素が肌にまとわりついてきた。
壁の苔が怪しく発光し、遠くから獣の咆哮が聞こえる。
「……構造自体が変化してるな」
俺は【修理】スキルを発動し、ダンジョン全体をスキャンした。
壁の材質、通路の配置、魔力回路の流れ。
それらが、まるで生き物のように蠢き、拡張を続けているのがわかった。
「これは『ダンジョン・コア』が暴走してる状態だ。誰かが変な刺激を与えたか、あるいは……」
「グルルルゥ……」
俺の言葉を遮るように、通路の奥から巨大な影が現れた。
牛の頭を持つ巨人、ミノタウロスだ。
しかも、ただのミノタウロスではない。全身が赤く発光し、筋肉が異常に膨れ上がっている『変異種』だ。
通常ならAランク相当の強敵である。
「出たな! 俺がやる!」
ブレイドが飛び出した。
以前なら逃げ出していた相手だが、今の彼は違う。
『星砕』を一閃。
黒い斬撃が走り、ミノタウロスの持つ巨大な斧ごと、その胴体を両断した。
「ふぅ……。まあ、こんなもんだ」
ブレイドが剣を納める。
鮮やかな手並みだ。
だが、俺は倒れたミノタウロスの死体が、光の粒子となって地面に吸い込まれていく様子を見て、眉をひそめた。
「……再生サイクルが早すぎる。これじゃあ、倒しても倒してもキリがないぞ」
「どういうことだ?」
「このダンジョン自体が、過剰なエネルギーを抱え込んで消化不良を起こしてるんだ。だから、手当たり次第に魔物を生み出して発散しようとしてる」
俺は壁に手を触れた。
冷たい岩肌の奥に、高熱を持った脈動を感じる。
「放置すれば、いずれ溢れ出した魔物が地上へ雪崩れ込む『スタンピード』が起きる。……その前に、直すぞ」
「直すって、どうやって?」
「エネルギーの循環を良くして、管理された状態に戻すんだ。ついでに、冒険者たちが安全に稼げるように『リフォーム』してやる」
俺はハンマーを取り出した。
ここからが、修理屋の腕の見せ所だ。
「ブレイド、ソフィア。俺がコアまでの道をこじ開ける。ついて来い!」
俺は通路の壁をハンマーで叩いた。
【修理・道作り】。
壁が粘土のように変形し、最短ルートへの直通トンネルが開通する。
「うわっ!? 壁に穴が!」
「ショートカットだ。行くぞ!」
俺たちはダンジョンの最深部、地下十階層へと一気に駆け下りた。
道中、襲ってくる魔物はブレイドとソフィアが蹴散らし、俺はひたすら壁を叩いて通路を整備していく。
最深部。
そこには、紫色の光を放つ巨大な結晶体『ダンジョン・コア』が浮遊していた。
コアの周囲には、暴走した魔力が嵐のように吹き荒れている。
「見つけた。あれが原因だな」
俺はコアの前に立った。
魔力の奔流が俺を拒絶しようとするが、そんなものはハンマーの一振りで散らす。
「お前、頑張りすぎだ。もっと楽に呼吸しろ」
俺はコアに手を触れた。
【修理】スキル、発動。
(……回路が詰まってる。排熱ができてない。これじゃ熱暴走するわけだ)
俺はコアの内部構造に干渉し、絡まった魔力の糸を解きほぐしていった。
詰まりを取り除き、余剰エネルギーを地下深くの地脈へと逃がすバイパスを作る。
さらに、ただ正常に戻すだけでは面白くない。
せっかくの豊富な魔力源だ。有効活用させてもらおう。
「よし、システム書き換え。コンセプトは『安全で効率的なトレーニングジム』だ」
俺は以下の設定をコアに叩き込んだ。
1.致死ダメージの無効化:ダンジョン内でHPがゼロになっても、死なずに気絶状態で入り口に転送される(セーフティ機能)。
2.ドロップ率の調整:魔物を倒した際の素材ドロップ率を適正化し、レアアイテムの出現率を少し上げる(射幸心の刺激)。
3.階層別難易度設定:浅い階層は初心者向け、深い階層は上級者向けに明確に区分けする(住み分け)。
4.環境整備:各階層に『セーフティエリア(休憩所)』と『自動販売機(回復薬販売)』を設置。
「仕上げだ!」
カァァァンッ!!
俺がコアを叩くと、紫色だった光が、穏やかな緑色へと変化した。
ダンジョン全体を包んでいた澱んだ空気が晴れ、清浄な魔力が循環し始める。
「……終わったぞ」
俺が振り返ると、ブレイドとソフィアが口をあんぐりと開けていた。
「ルーク……お前、ダンジョンのルールそのものを書き換えたのか?」
「ああ。これでここは、世界で一番安全で、稼げるダンジョンになった。冒険者たちも喜ぶだろ」
俺は満足げに頷いた。
死なないダンジョン。
それは、冒険者にとって夢のような場所だ。
実戦経験を積みたい若手も、レア素材を狙うベテランも、安心して潜ることができる。
結果として、この街にはさらに多くの人が集まり、経済が回る。
完璧なプランだ。
「……お前、本当に商売上手だな」
「修理屋だからな。客が何を求めているかを見抜くのが仕事だ」
俺たちは転送魔法陣(これも俺が設置した)を使って、一瞬で地上へと戻った。
* * *
翌日。
『新生・グリーンホロウ大迷宮』のオープンが発表されると、街はお祭り騒ぎになった。
「死なないダンジョンだって!?」
「すげぇ! これなら思いっきり魔法をぶっ放せるぞ!」
「回復薬の自販機があるぞ! 便利すぎる!」
冒険者たちが我先にとダンジョンへ向かっていく。
ギルド支部の設立も正式に決まり、ゴルドさんが忙しそうに走り回っている。
「いやはや、ルーク様には敵いませんな。これで当分、この街の景気は安泰です」
「人手不足が加速しそうですけどね。……あ、そうだ」
俺はふと思いつき、近くにいたブレイドを呼んだ。
「ブレイド。お前、警備隊の仕事の合間に、ダンジョンの『教官』をやらないか?」
「教官?」
「ああ。死なないとはいえ、痛い目は見る。初心者に戦い方を教えてやる奴が必要だ。……お前なら適任だろ?」
ブレイドは少し考え、そしてニヤリと笑った。
「悪くないな。俺みたいに、慢心して痛い目を見る奴を減らせるなら……やってやるよ」
こうして、グリーンホロウには新たな名物が誕生した。
安全安心のダンジョンと、そこで鬼のようなしごきを見せる元勇者の教官。
その噂は瞬く間に広がり、さらに多くの冒険者を呼び寄せることになる。
だが、人が増えれば問題も増える。
特に、寝床の問題だ。
宿屋は満室、キャンプ場も溢れかえっている。
「……次は『宿』だな」
俺は溢れかえる街を見下ろし、次なる計画を練り始めた。
ただの宿じゃない。
世界中のVIPも、貧乏冒険者も、みんなが満足できるような、とびっきりのホテルを作る。
資材はある。土地もある。労働力(ゴーレム)もある。
「よし、やるか! 『グリーンホロウ・グランドホテル』建設計画、始動だ!」
俺の号令と共に、ガレオスが「ウオオオッ!」と雄叫びを上げてショベルカー(魔改造済み)を走らせる。
修理屋ルークの忙しい日々は、まだまだ続きそうだ。
(第33話 終わり)
「何言ってんだ、俺は昨日の夜から並んでたんだ!」
「どけ! Sランクパーティ『白銀の爪』のお通りだ!」
いつものように爽やかな朝を迎えるはずだったグリーンホロウの街は、今朝に限っては戦場のような喧騒に包まれていた。
俺、ルーク・ヴァルドマンは、領主館のテラスから眼下のメインストリートを見下ろし、持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。
「……なんだ、あの数は」
そこには、見渡す限りの人、人、人。
しかも、これまでのような観光客や商人ではない。
全身を鎧で固めた戦士、杖を持った魔法使い、軽装の斥候など、明らかに「同業者」――つまり、冒険者たちの姿が圧倒的多数を占めていた。
彼らは俺の店『なんでも修理屋』を目指して長蛇の列を作り、殺気立った雰囲気で順番待ちをしている。
「主よ、おはよう。……少し寝坊したようじゃな」
背後から、治安維持総隊長のガラハドさんが現れた。
いつもの涼しい顔ではなく、少し疲れが見える。
「おはようございます、ガラハドさん。あれ、一体どういう状況ですか?」
「見ての通りじゃ。冒険者たちが大挙して押し寄せてきた。昨晩から徹夜で交通整理をしておるが、次から次へと来るものでな。入場制限をかけようにも、連中は血の気が多くて困る」
ガラハドさんがため息をつく。
どうやら、ここ数日の出来事――特に帝国の暴走兵器『鉄竜(クロ)』を手懐けた件が、決定打になったらしい。
「噂が噂を呼んだんじゃよ。『グリーンホロウに行けば、伝説の武具が手に入る』『どんなに壊れた装備も新品になる』『ドラゴンすら従える最強の領主がいる』……とな」
「話が盛られすぎてませんかね」
「火のない所に煙は立たんよ。それに、今の主の実績を見れば、あながち間違いでもない」
確かに、今のこの街には、元剣聖、元勇者パーティ、元四天王、そして鉄竜がいる。
力に飢えた冒険者たちにとって、ここはまさに「聖地」になりつつあるのだろう。
「ふむ……。嬉しい悲鳴ではありますが、このままじゃ街の機能がパンクしますね」
俺は腕組みをして考えた。
観光客向けの店や宿は整備したが、荒くれ者の冒険者が数千人規模で滞在するとなると、話は別だ。
彼らは金払いはいいが、酒が入れば喧嘩をするし、宿がなければ野宿をしてゴミを散らかす。
早急な対策が必要だ。
「ルーク! 手伝ってくれ!」
店の方から、勇者ブレイドの悲鳴が聞こえた。
見ると、彼は警備隊の制服を着て、列の整理に奔走しているが、屈強なオークの戦士たちに囲まれて揉みくちゃにされている。
「あぁん? なんだこの細っこい兄ちゃんは。俺たちを通せって言ってんだよ!」
「だ、だから順番を守れと……!」
「うるせぇ! 力ずくで通るぞ!」
オークがブレイドを突き飛ばそうとした、その瞬間。
ズドンッ!
巨大な鉄の塊が、空から降ってきた。
全長三十メートルの鉄竜、クロだ。
クロは俺の気配を察知して駆けつけ(飛びつけ)、オークたちの目の前に着地すると、真っ赤なカメラアイを光らせて威嚇した。
『警告。順守セヨ。サモナクバ、排除スル』
「ひぃぃっ!? で、出たぁぁぁ! 鉄竜だぁぁ!」
「本物だ! すげぇ迫力だ!」
冒険者たちが一斉に退く。
クロは「フンッ」と鼻から蒸気を吹き出すと、ブレイドの後ろに立って睨みを利かせた。
ブレイドが「た、助かった……」とへたり込む。
「……とりあえず、開店しますか」
俺は苦笑しながら、エプロンをつけた。
冒険者が集まるということは、それだけ「壊れたもの」が集まるということだ。
修理屋として、逃げるわけにはいかない。
* * *
その日の営業は、予想通りハードだった。
持ち込まれるのは、激戦で折れた剣、魔物の酸で溶けた鎧、呪われた指輪など、厄介な代物ばかり。
「おやっさん! この剣、オーガの頭蓋骨を叩いたら曲がっちまってよ!」
「使い方が悪いな。芯材をカーボン結晶化して強度を上げておく。次は岩でも叩けるぞ」
カァン!
「ダンジョンの罠で盾がバラバラに……」
「破片はあるか? あれば復元できる。ついでに『自動防御』の術式も刻んでおこう」
カァン!
俺のハンマーが光るたびに、冒険者たちから「おおっ!」「神業だ!」と歓声が上がる。
中には、俺の腕を見るためにわざと壊れた装備を持ってくる奴もいたが、そういう手合いには「特別料金(割増)」を請求して黙らせた。
昼過ぎ、ようやく客足が落ち着いた頃。
一人の身なりの良い男が、汗を拭きながら店に入ってきた。
商人ギルドのゴルドさんだ。
「やあ、ルーク様。大繁盛ですな」
「ゴルドさん。……その顔、何かトラブルですか?」
「いやはや、嬉しい悲鳴なのですがね。冒険者ギルドの本部から、至急の連絡がありまして」
ゴルドさんは一枚の羊皮紙を差し出した。
「単刀直入に言いますと、『グリーンホロウに冒険者ギルドの支部を設立させてほしい』との要請です」
「支部?」
「ええ。これだけ冒険者が集まっているのに、クエストの受注や素材の買取を行う窓口がないのは不便だと。それに、彼らを管理する組織がなければ、治安も悪化しますからな」
なるほど、理にかなっている。
今までこの街に来る冒険者は、個人的な依頼か、噂を聞いてやってくるフリーランスが多かった。
だが、正式なギルド支部ができれば、組織的な管理が可能になり、街の治安維持にも繋がる。
「いい話ですね。場所は提供しますよ。駅前の空き地でどうですか?」
「ありがとうございます。……ですが、問題が一つありまして」
ゴルドさんは声を潜めた。
「冒険者たちが集まっている理由の一つに、この近くにある『グリーンホロウ地下迷宮』の存在があるのです」
「ああ、あの古びたダンジョンですか」
以前、ブレイドたちが閉じ込められ、俺が助けに行ったあの場所だ。
推奨ランクはC程度だが、古代の罠が多く、構造もいやらしい。
「実は、最近あのダンジョンの生態系が変わったという噂がありまして。低ランクの冒険者が腕試しに入っては、大怪我をして帰ってくるケースが増えているのです」
「生態系が変わった?」
「ええ。魔王討伐の影響か、あるいはルーク様の強大な魔力に引き寄せられたのか……より強力な魔物が住み着いている可能性があります。ギルドとしては、調査が完了するまで封鎖したいようなのですが、冒険者たちが言うことを聞かず……」
ゴルドさんの懸念はもっともだ。
自分の街の近くに、管理されていない危険地帯があるのはよろしくない。
それに、怪我人が増えれば医療センターのアリアの負担も増える。
「わかりました。俺が一度見てきます。もし危険なら、俺の手で『修理(調整)』しますよ」
「し、修理ですか? ダンジョンを?」
「ええ。使いにくいなら、使いやすくすればいいだけですから」
俺はニカッと笑った。
ちょうど、ブレイドたちの修行場としても手頃な場所が欲しかったところだ。
* * *
午後。
俺は店をガラハドさんたちに任せ、ブレイドとソフィアを連れてダンジョンの入り口へと向かった。
入り口周辺には、既に入場待ちの冒険者たちがたむろしており、殺伐とした空気が漂っている。
「おい、また怪我人が出たぞ!」
「くそっ、浅層にミノタウロスがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「罠が多すぎる! 解除しても復活しやがる!」
担架で運ばれてくる負傷者たち。
それを見て、ブレイドが顔を青くした。
「……嫌な思い出が蘇るな」
「お前がナメてかかって返り討ちにあった場所だからな」
「うっさい! 今なら楽勝だ!」
ブレイドは背中の『星砕』を揺らしながら強がるが、手汗をかいているのがわかる。
トラウマというのは、そう簡単に消えるものではないらしい。
「行くぞ。……ソフィア、解析を頼む」
「了解よ。……確かに、中の魔力濃度が異常に高いわ。自然発生したものじゃないわね」
ソフィアが『賢者の杖・改』を構え、周囲のデータを収集する。
俺たちは冒険者たちをかき分け、洞窟の中へと足を踏み入れた。
地下へ続く階段を降りると、以前とは比べ物にならないほど濃密な魔素が肌にまとわりついてきた。
壁の苔が怪しく発光し、遠くから獣の咆哮が聞こえる。
「……構造自体が変化してるな」
俺は【修理】スキルを発動し、ダンジョン全体をスキャンした。
壁の材質、通路の配置、魔力回路の流れ。
それらが、まるで生き物のように蠢き、拡張を続けているのがわかった。
「これは『ダンジョン・コア』が暴走してる状態だ。誰かが変な刺激を与えたか、あるいは……」
「グルルルゥ……」
俺の言葉を遮るように、通路の奥から巨大な影が現れた。
牛の頭を持つ巨人、ミノタウロスだ。
しかも、ただのミノタウロスではない。全身が赤く発光し、筋肉が異常に膨れ上がっている『変異種』だ。
通常ならAランク相当の強敵である。
「出たな! 俺がやる!」
ブレイドが飛び出した。
以前なら逃げ出していた相手だが、今の彼は違う。
『星砕』を一閃。
黒い斬撃が走り、ミノタウロスの持つ巨大な斧ごと、その胴体を両断した。
「ふぅ……。まあ、こんなもんだ」
ブレイドが剣を納める。
鮮やかな手並みだ。
だが、俺は倒れたミノタウロスの死体が、光の粒子となって地面に吸い込まれていく様子を見て、眉をひそめた。
「……再生サイクルが早すぎる。これじゃあ、倒しても倒してもキリがないぞ」
「どういうことだ?」
「このダンジョン自体が、過剰なエネルギーを抱え込んで消化不良を起こしてるんだ。だから、手当たり次第に魔物を生み出して発散しようとしてる」
俺は壁に手を触れた。
冷たい岩肌の奥に、高熱を持った脈動を感じる。
「放置すれば、いずれ溢れ出した魔物が地上へ雪崩れ込む『スタンピード』が起きる。……その前に、直すぞ」
「直すって、どうやって?」
「エネルギーの循環を良くして、管理された状態に戻すんだ。ついでに、冒険者たちが安全に稼げるように『リフォーム』してやる」
俺はハンマーを取り出した。
ここからが、修理屋の腕の見せ所だ。
「ブレイド、ソフィア。俺がコアまでの道をこじ開ける。ついて来い!」
俺は通路の壁をハンマーで叩いた。
【修理・道作り】。
壁が粘土のように変形し、最短ルートへの直通トンネルが開通する。
「うわっ!? 壁に穴が!」
「ショートカットだ。行くぞ!」
俺たちはダンジョンの最深部、地下十階層へと一気に駆け下りた。
道中、襲ってくる魔物はブレイドとソフィアが蹴散らし、俺はひたすら壁を叩いて通路を整備していく。
最深部。
そこには、紫色の光を放つ巨大な結晶体『ダンジョン・コア』が浮遊していた。
コアの周囲には、暴走した魔力が嵐のように吹き荒れている。
「見つけた。あれが原因だな」
俺はコアの前に立った。
魔力の奔流が俺を拒絶しようとするが、そんなものはハンマーの一振りで散らす。
「お前、頑張りすぎだ。もっと楽に呼吸しろ」
俺はコアに手を触れた。
【修理】スキル、発動。
(……回路が詰まってる。排熱ができてない。これじゃ熱暴走するわけだ)
俺はコアの内部構造に干渉し、絡まった魔力の糸を解きほぐしていった。
詰まりを取り除き、余剰エネルギーを地下深くの地脈へと逃がすバイパスを作る。
さらに、ただ正常に戻すだけでは面白くない。
せっかくの豊富な魔力源だ。有効活用させてもらおう。
「よし、システム書き換え。コンセプトは『安全で効率的なトレーニングジム』だ」
俺は以下の設定をコアに叩き込んだ。
1.致死ダメージの無効化:ダンジョン内でHPがゼロになっても、死なずに気絶状態で入り口に転送される(セーフティ機能)。
2.ドロップ率の調整:魔物を倒した際の素材ドロップ率を適正化し、レアアイテムの出現率を少し上げる(射幸心の刺激)。
3.階層別難易度設定:浅い階層は初心者向け、深い階層は上級者向けに明確に区分けする(住み分け)。
4.環境整備:各階層に『セーフティエリア(休憩所)』と『自動販売機(回復薬販売)』を設置。
「仕上げだ!」
カァァァンッ!!
俺がコアを叩くと、紫色だった光が、穏やかな緑色へと変化した。
ダンジョン全体を包んでいた澱んだ空気が晴れ、清浄な魔力が循環し始める。
「……終わったぞ」
俺が振り返ると、ブレイドとソフィアが口をあんぐりと開けていた。
「ルーク……お前、ダンジョンのルールそのものを書き換えたのか?」
「ああ。これでここは、世界で一番安全で、稼げるダンジョンになった。冒険者たちも喜ぶだろ」
俺は満足げに頷いた。
死なないダンジョン。
それは、冒険者にとって夢のような場所だ。
実戦経験を積みたい若手も、レア素材を狙うベテランも、安心して潜ることができる。
結果として、この街にはさらに多くの人が集まり、経済が回る。
完璧なプランだ。
「……お前、本当に商売上手だな」
「修理屋だからな。客が何を求めているかを見抜くのが仕事だ」
俺たちは転送魔法陣(これも俺が設置した)を使って、一瞬で地上へと戻った。
* * *
翌日。
『新生・グリーンホロウ大迷宮』のオープンが発表されると、街はお祭り騒ぎになった。
「死なないダンジョンだって!?」
「すげぇ! これなら思いっきり魔法をぶっ放せるぞ!」
「回復薬の自販機があるぞ! 便利すぎる!」
冒険者たちが我先にとダンジョンへ向かっていく。
ギルド支部の設立も正式に決まり、ゴルドさんが忙しそうに走り回っている。
「いやはや、ルーク様には敵いませんな。これで当分、この街の景気は安泰です」
「人手不足が加速しそうですけどね。……あ、そうだ」
俺はふと思いつき、近くにいたブレイドを呼んだ。
「ブレイド。お前、警備隊の仕事の合間に、ダンジョンの『教官』をやらないか?」
「教官?」
「ああ。死なないとはいえ、痛い目は見る。初心者に戦い方を教えてやる奴が必要だ。……お前なら適任だろ?」
ブレイドは少し考え、そしてニヤリと笑った。
「悪くないな。俺みたいに、慢心して痛い目を見る奴を減らせるなら……やってやるよ」
こうして、グリーンホロウには新たな名物が誕生した。
安全安心のダンジョンと、そこで鬼のようなしごきを見せる元勇者の教官。
その噂は瞬く間に広がり、さらに多くの冒険者を呼び寄せることになる。
だが、人が増えれば問題も増える。
特に、寝床の問題だ。
宿屋は満室、キャンプ場も溢れかえっている。
「……次は『宿』だな」
俺は溢れかえる街を見下ろし、次なる計画を練り始めた。
ただの宿じゃない。
世界中のVIPも、貧乏冒険者も、みんなが満足できるような、とびっきりのホテルを作る。
資材はある。土地もある。労働力(ゴーレム)もある。
「よし、やるか! 『グリーンホロウ・グランドホテル』建設計画、始動だ!」
俺の号令と共に、ガレオスが「ウオオオッ!」と雄叫びを上げてショベルカー(魔改造済み)を走らせる。
修理屋ルークの忙しい日々は、まだまだ続きそうだ。
(第33話 終わり)
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