「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第25話 全てが終わったあと、公爵様が抱きしめてくれました

王都での激闘、そして「アイスバーグ公国」の樹立宣言から数日。
私たちの周りは、まるで嵐のような忙しさに包まれていた。

「アリア大公陛下! 隣国ヴェルヌからの親書です! 『精霊王の加護を持つ貴国との永世友好を希望する』とのこと!」
「陛下! 南方の商業ギルド連合が、交易ルートの再編を申し入れてきました!」
「陛下! 新しい国旗のデザイン案が届いております! 雪の結晶と、アリア様の好きなシロツメクサをあしらったものが人気です!」

「へ、陛下……」
私は執務室の椅子に座り、山積みになった書類と、次々に飛び込んでくる報告に目を回していた。
ほんの数週間前まで、実家の屋根裏部屋で膝を抱えていた私が、一国の主として「陛下」と呼ばれている。
この急激な変化に、正直なところ心が追いついていなかった。

「……休憩だ」

不意に、書類の山が横から伸びてきた手によって遮られた。
見上げると、そこには不機嫌そうな顔をしたヴァルド様が立っていた。
彼は私の手から羽ペンを取り上げると、有無を言わせぬ様子で私を抱き上げた。

「ヴァ、ヴァルド様!? まだ決裁が……」
「知らん。宰相たちにやらせておけ。……君をこれ以上酷使するなら、国ごと凍らせると脅しておいた」

物騒なことをサラリと言う最強の旦那様(兼、大公配)は、そのまま私を連れて執務室を出てしまった。
廊下ですれ違う文官やメイドたちが、驚きつつも温かい微笑みを向けて見送ってくれる。
「あらあら、旦那様ったら」
「アリア様もお疲れですものね」
「ラブラブで羨ましいですわ」

そんな囁き声を聞きながら、私はヴァルド様の胸に顔を埋めた。
恥ずかしいけれど、彼の鼓動を聞いていると、張り詰めていた神経がふわりと緩んでいくのが分かった。



連れてこられたのは、屋敷の最上階にあるテラスだった。
ここは私室に直結しており、他の誰の目にも触れないプライベートな空間だ。
外はまだ雪景色が残っているが、結界と精霊の力で、春の日向のような暖かさに保たれている。

ヴァルド様は私をソファに下ろすと、自分も隣に座り、すぐにまた私を抱き寄せた。
そして、私の肩に額を押し付け、深いため息をついた。

「……やっと二人になれた」

その声には、深い疲労と、それ以上の安堵が滲んでいた。
「ヴァルド様もお疲れですよね。建国の手続きに、軍の再編……私よりもずっと大変なお仕事を抱えていらっしゃるのに」

「仕事などどうでもいい。……問題なのは、君との時間が足りないことだ」
彼は顔を上げ、拗ねた子供のような瞳で私を見つめた。
「朝起きてから夜寝るまで、常に誰かが君の周りにいる。宰相だの、侍女だの、仕立て屋だの……。私は君の夫だぞ? 一番優先されるべきは私のはずだ」

「ふふ、そうですね。ごめんなさい」
私は彼の頬を両手で包み、優しく撫でた。
冷たくて、滑らかな肌。
この人が、あの魔神と化した国王を前にしても一歩も引かず、私を守り抜いてくれたのだ。

「……怖かったか?」
唐突に、ヴァルド様が尋ねてきた。
「え?」
「あの地下空間で。……オスカーが魔神になり、世界が闇に飲まれそうになった時。君は、怖くなかったのか」

私は少し考えて、首を振った。
「いいえ。……不思議と、恐怖はありませんでした。だって、隣にヴァルド様がいてくださいましたから」

私が答えると、ヴァルド様は苦しげに顔を歪めた。
そして、私を抱きしめる腕に力を込めた。
痛いほど強く。でも、その震えが伝わってきて、私はハッとした。

「……私は、怖かった」

ヴァルド様が、絞り出すような声で言った。
「君が……光となって、あの闇の中へ飛び込んでいった時。心臓が止まるかと思った」

彼の声が震えている。
大陸最強の魔法使い。氷の公爵。冷酷無比と恐れられた彼が、今、私の腕の中で震えている。

「もし、君が戻ってこなかったら。……もし、あの光が消えてしまったら。そう考えただけで、目の前が真っ暗になった。自分の魔力が暴走して、世界ごと凍らせてしまうのではないかと思うほどに」

彼は私の首筋に顔を埋め、深呼吸をした。
私の体温を、匂いを、存在を確かめるように。

「アリア。……君は強い。私よりもずっと、芯が強くて、勇気がある。だが、お願いだ。……もう二度と、私を置いていかないでくれ」

それは、彼の偽らざる本音だった。
いつも私を守ってくれている彼が、実は誰よりも私を失うことを恐れている。
その弱さが、愛おしくてたまらなかった。

「……はい。約束します」
私は彼の背中に腕を回し、あやすように優しく叩いた。
「私はもう、どこへも行きません。貴方が離せと言っても、しがみついて離れませんから」

「離すものか。……君は私の魂の半分だ。君がいなければ、私はただの氷の塊に戻ってしまう」

私たちはしばらくの間、言葉もなく抱き合っていた。
テラスに吹き込む風が、優しく頬を撫でる。
空には、どこまでも青い空が広がっていた。

『あ、いたいた!』
『ここでイチャイチャしてたのかー!』

空気を読まない(あるいは読みすぎた)精霊たちが、花びらを抱えて飛んできた。
『ねえアリア、見て見て!』
『結婚式用の花冠、編んでみたの!』
『シロツメクサと、氷の花だよ!』

精霊たちが私の頭に、キラキラと輝く花冠を乗せてくれた。
「まあ、素敵! ありがとう、みんな」
私が微笑むと、精霊たちは嬉しそうにキャッキャと笑い、ヴァルド様の周りにも飛び回る。

『ヴァルドも笑って!』
『怖い顔しないの!』
『アリアが可愛いからって独り占めはダメだよー』

「……うるさい奴らだ」
ヴァルド様は憎まれ口を叩きながらも、その表情は穏やかだった。
以前のように冷気で威嚇することもない。彼もまた、精霊たちを受け入れ、家族のように思い始めているのだ。

「ヴァルド様。……私、今すごく幸せです」
私は彼を見上げて言った。
「地味で、可愛げがなくて、誰にも必要とされていないと思っていた私が……こんな風に、誰かに大切にされて、世界の中心みたいに愛されて」

「君は地味でもなければ、可愛げがないわけでもない」
ヴァルド様は真剣な顔で否定した。
「君を見る目のない愚か者たちが、勝手にそうレッテルを貼っていただけだ。……私には最初から、君が宝石のように輝いて見えていた」

彼は私の眼鏡(今はもうかけていないけれど)を外す仕草をして、私の瞳を覗き込んだ。
「その瞳も、声も、心も。……全てが私にとっての救いだ」

ドキン、と胸が高鳴る。
この人は、どうしてこうも恥ずかしい台詞を真顔で言えるのだろう。
でも、それが彼の真実の言葉だと分かるから、胸が熱くなる。

「……ありがとうございます。ヴァルド様」
私は背伸びをして、彼の唇にキスをした。
「私も……貴方を愛しています。世界で一番」

ヴァルド様は目を見開き、そしてとろけるような笑顔を見せた。
その笑顔は、かつて「氷の公爵」と呼ばれた男のものとは思えないほど、温かく、幸せに満ちていた。

「……もう一度」
「え?」
「もう一度、言ってくれ。録音しておきたいくらいだ」
「録音なんてできませんよ!」

そんなバカなやり取りをして笑い合っていると、扉がノックされた。
「陛下! 閣下! ここにいらしたのですね!」

入ってきたのは、メイド長のマーサさんだった。彼女の後ろには、数人の針子たちが控えている。
「申し訳ありません、お二人の世界に入っているところを。……ですが、最終フィッティングの時間です! 明日はもう式当日なのですよ!」

「チッ……また邪魔が入ったか」
ヴァルド様が露骨に舌打ちをする。
「マーサ、あと一時間……いや、三十分待てないか?」
「ダメでございます。スケジュールは分刻みです。さあ、アリア様、こちらへ!」

マーサさんは強引に私を引っ張っていく。
「あ、あの、ヴァルド様……!」
「夜には必ず迎えに行く! ……待っていてくれ、アリア!」

引き裂かれる恋人のように手を伸ばし合う私たちを見て、精霊たちが『ロミオとジュリエットごっこだー』と爆笑していた。



連れて行かれた衣装部屋は、戦場のような熱気に包まれていた。
「さあ、アリア様! 背筋を伸ばして!」
「ウエストをもう少し絞りますわよ!」
「髪飾りはこっちの方が……いや、アリア様の瞳の色に合わせるなら……」

針子たちや美容師たちが、寄ってたかって私を磨き上げていく。
目の前の大きな姿見に映っているのは、本当に私なのだろうか。
磨き上げられた肌は発光するように白く、鳶色の髪は艶やかに波打ち、精霊の加護を受けた化粧は、私の地味だと思っていた顔立ちを、清楚で気品あるものへと変えていた。

「……綺麗」
思わず呟いてしまった。
「ふふ、何を今さらおっしゃいますか」
マーサさんが櫛を入れながら微笑んだ。
「アリア様は元々お綺麗だったのですよ。ただ、ご自身でそれに気づこうとなさらなかっただけです」

「……そうでしょうか」
「ええ。自信を持ってください。明日は、貴女様がこの国の、いいえ、世界一の花嫁になる日なのですから」

ドレスが運ばれてきた。
それは、ヴァルド様がこだわり抜いた最高傑作だ。
純白の生地は、氷蜘蛛の糸と光の精霊の織り成した特注品。
動くたびに、まるで雪の結晶が舞うようにキラキラと輝く。
長いトレーンには、シロツメクサの刺繍が銀糸で施され、その一つ一つに小さな守護魔法が込められているという。

袖を通すと、驚くほど軽かった。
「……すごい。着ているのを忘れるくらい」
「精霊たちが重さを消してくれているのです。これなら、一日中着ていても疲れませんわ」

ドレスを纏った私を見て、部屋にいた全員がため息をついた。
「ああ……女神様だわ」
「なんて神々しい……」
中には涙ぐむメイドもいた。

私は鏡の中の自分に向かって、小さく微笑みかけた。
(見てる? 昔の私。……大丈夫よ。あなたはちゃんと、幸せになれるから)

王都の屋根裏部屋で泣いていた少女に、そう伝えてあげたかった。



その夜。
明日の式に備えて、私たちは別々の部屋で休むことになっていた。
「花婿と花嫁は、式まで顔を合わせてはいけない」という古いしきたりを、マーサさんが頑として譲らなかったからだ。
ヴァルド様は「そんな迷信、私が凍らせて無効化する」と暴れそうになっていたが、最後は「アリア様のためです」と説得されて渋々承知したらしい。

広いベッドに一人。
いつもならヴァルド様の体温がある隣が空いているのが、少し寂しい。
でも、窓の外を見れば、城下町の明かりが星のように輝いているのが見えた。
お祭り騒ぎの前夜祭が行われているのだ。
人々が歌い、踊り、新しい国の誕生と、私たちの結婚を祝ってくれている。

『アリア、寝ないの?』
『明日は早いよー』
『目が腫れちゃうよ』

枕元に、小さな光の精霊たちが集まってきた。
「うん。……なんだか、興奮して眠れないの」
私は精霊の頭を指先で撫でた。
「ねえ、みんな。……私、本当にこの国の『大公』なんて務まるかな?」

ふと、不安がよぎる。
愛される幸せは噛み締めているけれど、一国の主としての責任は重い。
私に、みんなを導くことができるだろうか。

『大丈夫だよ!』
『アリアは優しいもん』
『ボクたちがついてるよ!』
『ヴァルドもいるしね!』

精霊たちは口々に励ましてくれる。
『それにね、アリア。……みんな、アリアのことが大好きなんだよ。人間も、精霊も、動物も』
『アリアが笑えば、みんな嬉しいの』
『だから、アリアは笑っていればいいんだよ』

「……そっか」
単純だけど、それが一番の真理なのかもしれない。
私が幸せでいること。それが、周りを幸せにする第一歩なのだ。

コンコン、と窓ガラスが軽く叩かれた。
「え?」
ここは最上階だ。誰かが登ってこられるはずがない。
私が窓を開けると、そこには風に乗って浮かんでいる、一輪の薔薇の花があった。
そして、それに結ばれた小さなカード。

『愛しいアリアへ。
会えなくて寂しいから、せめて私の心を送る。
愛している。夢でも会おう。
ヴァルド』

「……ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
しきたりを守りつつ、魔法を使ってこんなキザなことをしてくるなんて。
薔薇は、あの温室で再生させた、彼のお母様が愛した真紅の薔薇だ。
その花弁は凍ることなく、温かい魔力を帯びていた。

「……おやすみなさい、ヴァルド様」
私は薔薇を胸に抱き、ベッドに入った。
不安は消えていた。
あるのは、明日への期待と、溢れんばかりの愛だけ。



そして、翌朝。
雲ひとつない快晴。
「アイスバーグ公国」の建国記念日、そして初代大公アリアと、大公配ヴァルドの聖婚式の日がやってきた。

「アリア様、お時間です!」

重厚な大聖堂の扉の前。
私は父の代わりに、騎士団長のゲイルさんにエスコートされて立っていた。
「アリア様、準備はよろしいですか?」
「はい、ゲイルさん。……転ばないように頑張ります」
「ははっ、大丈夫ですよ。もし転んでも、閣下が光の速さで支えますから」

扉がゆっくりと開かれる。
溢れ出すパイプオルガンの音色と、聖歌隊の歌声。
そして、参列者たちの熱い視線。
その真っ直ぐ先に、祭壇の前で待つヴァルド様の姿があった。

彼は振り返り、私を見た。
その瞬間、彼の瞳が大きく見開かれ、そしてとろけるような優しい色に変わったのが、遠目にも分かった。

私は一歩、足を踏み出した。
長いバージンロード。
それは、私が歩んできた苦難の道のりであり、そしてこれから歩む幸せへの道でもあった。

精霊たちが、祝福の光の雨を降らせる。
ステンドグラスから差し込む陽光が、私のドレスを虹色に輝かせる。
私は胸を張り、笑顔で歩いた。

地味で、可愛げがないと言われたアリアはもういない。
ここにいるのは、世界で一番幸せな花嫁だ。

ヴァルド様の前まで辿り着くと、彼はゲイルさんから私の手を受け取り、強く、温かく握りしめた。
「……待っていたよ、アリア」
「お待たせしました、ヴァルド様」

「綺麗だ。……言葉にならないほどに」
彼は私のベールを上げ、瞳を覗き込んだ。
「君に出会えてよかった。……私の凍てついた人生を溶かしてくれて、ありがとう」

「私こそ。……私を見つけてくれて、愛してくれて、ありがとうございます」

神官の言葉など、耳に入らなかった。
私たちはただ見つめ合い、誓いの言葉を交わした。
形式的な言葉ではない。魂からの約束を。

「誓います。……死が二人を分かつまで、いいえ、魂が尽きてもなお、貴方を愛し抜くことを」

誓いのキスの瞬間。
世界が祝福に包まれた。
教会の鐘が鳴り響き、外では歓声が上がり、窓からは無数の精霊たちが飛び込んできて舞い踊る。

「……愛している、アリア」
唇を離したヴァルド様が、もう一度私を抱きしめた。
その腕の中は、世界で一番安全で、温かい場所だった。

「私もです、ヴァルド様」

全てが終わったあと。
いいえ、全てが始まったこの日。
公爵様改め大公配様は、衆目も憚らず私を抱きしめ、そして私は、満面の笑みでそれに答えた。

これが、私のハッピーエンド。
そして、私たちの新しい冒険の始まり。

「さあ、行こうか。……国民が待っている」
「はい!」

私たちは繋いだ手を高く掲げ、光溢れる扉の向こうへと歩き出した。

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