「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第23話 真実の愛? いいえ、それはただのワガママです

風の精霊王が作り出した巨大な空気のクッションに乗って、私たちはアイスバーグ公爵領へと帰還した。
眼下に広がるのは、白銀の雪原と、その中に点在する温かな灯り。
泥と瘴気にまみれた王都の惨状を見た後では、この平和な景色が何よりも尊く、美しく感じられた。

「着いたぞ、アリア」

ヴァルド様が私を抱きかかえ、屋敷の前庭へと降り立つ。
続いて、ボロボロになったギルバートとミラが、フラフラと足元がおぼつかない様子で降りてきた。
風の精霊王は『じゃあな、愛し子。結婚式には呼んでくれよ!』と陽気なテレパシーを残し、つむじ風と共に空の彼方へ去っていった。

「アリア様! 旦那様!」
「ご無事で……! ああ、よかった!」

屋敷の扉が勢いよく開き、マーサさんやガストンさん、そして多くの使用人たちが駆け寄ってきた。
彼らは私たちの無事な姿を見るなり、涙を流して喜んだ。
「王都の方角が光り輝いた時は、生きた心地がしませんでした」
「精霊たちが騒ぐし、空は赤くなるし……本当によくぞご無事で!」

彼らの温かい出迎えに、私の張り詰めていた緊張の糸が、ふつりと切れた。
「ただいま戻りました、皆さん。……心配をかけてごめんなさい」
私が微笑むと、マーサさんが駆け寄ってきて、まるで孫を扱うように私の背中をさすってくれた。
「お帰りなさいませ。……さあ、すぐに温かいお風呂と、お食事を用意してありますよ」

その言葉に、後ろにいたギルバートとミラが「お、お風呂……食事……」と亡者のように呟いたが、すぐに騎士たちに囲まれた。
「お前たちはこっちだ。まずは体の汚れを落とせ。……その後、今後の処遇について沙汰がある」
騎士団長ゲイルさんの厳しい声に、二人はビクッとして頷き、大人しく連行されていった。



数時間後。
身を清め、久しぶりにまともな食事(と言っても、胃に優しいスープとパンだ)を摂った私たちは、応接室に集まっていた。
私とヴァルド様はソファに並んで座り、その向かいには、騎士に見張られたギルバートとミラが、小さくなって座っている。

二人は農場の作業着ではなく、屋敷で貸し出されたシンプルな服を着ていた。
以前のような煌びやかさはなく、清潔ではあるが質素な格好だ。
しかし、その表情は王都に向かう前よりも少しだけ落ち着いて見えた。

「さて……」
ヴァルド様が口火を切った。
「まずは、ご苦労だったと言っておこう。……お前たちが土壇場でオスカーの動きを止めたおかげで、アリアが術を完成させる隙が生まれた。その点だけは評価してやる」

「……ありがとう、ございます」
ギルバートが消え入りそうな声で答えた。
「でも、僕は……父上を救えなかった。結局、最後に見殺しにしたようなものです」

「あれは自滅だ。気にするな」
ヴァルド様は淡々と切り捨てたが、その目には僅かながら慈悲の色があった。
「それより、問題はお前たちのこれからだ。王家は崩壊した。お前たちは王族ではなく、ただの罪人であり、同時に身寄りのない難民だ」

「……はい」
「農場へ戻るか? それとも、どこか別の土地へ流れるか。……追放刑として国外へ出る道もあるが」

ヴァルド様の問いに、ギルバートとミラは顔を見合わせた。
そして、意を決したように二人同時に頭を下げた。

「農場へ、戻らせてください」
ギルバートが言った。
「あそこには……僕が植えたジャガイモがあるんです。まだ収穫していないものがたくさんある。……それを放り出して、どこかへ行くなんてできません」

「私もです」
ミラも続いた。
「私の花の種……やっと芽が出たんです。あれが花を咲かせるまで、ちゃんと見届けたい。……それに、あの土の匂いが、今の私には一番落ち着くんです」

かつて贅沢の限りを尽くしていた二人が、土と共に生きる道を選ぶ。
それは、彼らがようやく「自分の足で立つ」ことの意味を知った証拠だった。

「分かった。許可する」
ヴァルド様が頷いた。
「ただし、特別扱いは一切ない。一人の農夫として、自分の食い扶持は自分で稼げ。……それができるようなら、いつか赦される日も来るだろう」

「はい……! ありがとうございます!」

話がまとまりかけた時、私はふと思い出して口を開いた。
「ギルバートさん。……一つだけ、聞いておきたいことがあります」

「えっ? な、なんだいアリア……いや、アリア様」
彼は緊張した面持ちで私を見た。

「あの婚約破棄の夜のことです。……あなたは言いましたよね。『真実の愛に生きる』と」
私がその言葉を口にすると、ギルバートは顔を真っ赤にして俯いた。ミラも気まずそうに視線を逸らす。

「ミラを選んだのは、彼女こそが運命の相手であり、私のような地味な女との政略結婚など耐えられない、と。……あれは、本心だったのですか?」

ギルバートは長い沈黙の後、ポツリと語り出した。
「……本心だと、思い込んでいたんだ」
彼は拳を握りしめた。
「僕は、王太子である兄上と比べられて育った。何をやっても敵わない、期待もされない『スペア』の第二王子。……そんな僕にとって、完璧で、何でもできて、父上たちからも評価されていた君の存在は……正直、息苦しかった」

彼は苦笑した。
「君が悪いわけじゃない。君はいつだって僕を支えてくれた。でも、君が優秀であればあるほど、僕の惨めさが際立ったんだ。……そんな時、ミラが現れた」

ミラがビクッと肩を揺らす。
「ミラは、甘え上手で、僕を頼ってくれた。『殿下、すごい』『殿下、教えて』って。……彼女と一緒にいると、僕は自分が強く、価値のある男になれたような気がしたんだ」

「だから、それを『真実の愛』だと呼んだのですね」
私が静かに告げると、ギルバートは力なく首を振った。

「違う。……今なら分かる。あれは愛じゃなかった。ただの『逃げ』だ」
彼はミラを見た。
「僕はミラを愛していたんじゃない。ミラに映る『かっこいい自分』が好きだっただけだ。そしてミラも……」

「……私も、殿下を愛していたわけじゃなかったわ」
ミラが小さな声で認めた。
「私はただ、お姉様から奪いたかっただけ。お姉様が持っている『王子様の婚約者』という座が欲しかった。……殿下というアクセサリーを身につけて、優越感に浸りたかっただけ」

二人の告白は、あまりにも身勝手で、そして痛々しいほど正直だった。

「真実の愛、なんて綺麗な言葉で飾っていたけれど……」
私はため息をついた。
「いいえ、それはただのワガママです。自分を良く見せたい、楽をしたい、特別でありたいという、子供じみた自己愛に過ぎません」

私の言葉に、二人は返す言葉もなく項垂れた。

「でも」
私は続けた。
「それに気づけたなら、やり直せます。……本当の愛は、相手を利用することじゃありません。相手のために自分が何をできるか、泥にまみれてでも考え抜くことです」

私は隣にいるヴァルド様の手を握った。
ヴァルド様の手は大きく、少し冷たくて、でもとても温かい。
「私は今、その意味を学んでいる最中です。……あなたたちも、農場で土と向き合いながら、いつか本当の『愛』を見つけてください」

「……はい」
二人は深く、深く頭を下げた。
「一生かけて、償います。……アリア、本当にごめん。そして……ありがとう」

涙を流す二人を見て、私の中のわだかまりが、完全に溶けて消えていくのを感じた。
復讐でも、断罪でもない。
ただ、それぞれの道へ進むための、静かな決別。
これで本当の意味で、私は過去から解放されたのだ。

二人が退室した後、部屋には私とヴァルド様だけが残った。
「……優しすぎるな、君は」
ヴァルド様が呆れたように、でも愛おしそうに私を引き寄せた。
「もっと罵倒してやればよかったのに。『このクズ!』とかな」

「ふふ、そんな言葉遣いは公爵夫人に相応しくありませんわ」
「違いない。……だが、君の言う通りだ。真実の愛とは、相手のために泥を被れることだ」
ヴァルド様は私の手を唇に押し当てた。
「私は君のためなら、泥どころか、世界中の呪いを被っても構わないと思っている」

「ヴァルド様……」
「だが、君は『それはワガママです』と怒るだろうな」
「もちろんです。一人で背負い込まないでください。……貴方の呪いは、私が半分背負いますから」

私たちは見つめ合い、静かにキスをした。
王都での戦いの後遺症か、まだ少しだけ体に疲れは残っているけれど、心はどこまでも軽かった。



しかし、平穏な時間はそう長くは続かなかった。
翌日、アイスバーグ公爵邸に、予想外の客たちが押し寄せてきたのだ。

「開門! 開門願いたい!」
「我々は王国の貴族代表である!」

門番からの報告を受け、ヴァルド様は露骨に嫌な顔をした。
「またか。……懲りない連中だ。今度はどこの誰だ?」
「それが……旧王都から避難してきた、有力貴族の方々です。宰相閣下をはじめ、ほぼ全ての高官が揃っております」

「チッ。……通せ。玄関ホールで相手をしてやる」

ヴァルド様と私がホールへ向かうと、そこには数十名の貴族たちがひしめき合っていた。
彼らは皆、疲労の色を滲ませてはいたが、その目は異様な熱気を帯びていた。
そして、私たちが姿を現すなり、一斉にその場に跪いたのだ。

「アイスバーグ公爵閣下! アリア様! お待ちしておりました!」
先頭にいた老齢の宰相が声を張り上げた。

「何の用だ。食料の配給なら難民キャンプへ並べ」
ヴァルド様が冷たく言い放つ。
しかし、宰相は顔を上げ、切実な表情で訴えた。

「お願いでございます、閣下! どうか……どうか、空位となった王座にお就きください!」

「……は?」
ヴァルド様が眉をひそめた。私も目を丸くした。

「国は今、指導者を失い、路頭に迷っております! オスカー王は自滅し、王族は絶えました。……今、この国を統べることができるのは、圧倒的な武力と、精霊の加護を持つ貴方様しかおりません!」

「そうだ! アリア様が王妃となれば、精霊たちも鎮まる!」
「新しい王よ! 我らを導きたまえ!」

貴族たちが口々に叫ぶ。
それは懇願であり、同時に、自分たちが生き残るための必死の策でもあった。
北の地だけが豊かで、安全である以上、ここを中心とした新体制を作るしかないと判断したのだ。

「ふざけるな」
ヴァルド様が低い声で唸った。
室内の温度が急激に下がる。貴族たちが震え上がる。

「誰がそんな面倒な椅子に座るか。私は領地の経営だけで手一杯だ。それに……」
彼は私を抱き寄せ、宣言した。
「王になれば、アリアとの時間が減るだろう。公務だ、式典だと連れ回され、二人きりの時間が削られるなど言語道断だ。断る!」

清々しいほどの拒絶。
理由は「妻とのイチャイチャ時間が減るから」。
貴族たちはポカーンとした。

「し、しかし閣下! ではこの国はどうなるのです! 近隣諸国に攻め込まれますぞ!」
「知らん。お前たちが合議制でなんとかしろ。……軍事面での協力くらいはしてやるが、統治は御免だ」

ヴァルド様は頑として首を縦に振らなかった。
彼は権力に興味がない。
彼の望みは、ただ静かに、私と共に暮らすことだけなのだ。

「アリア様からも、何とか言ってください!」
宰相が私に泣きついてきた。
「貴女様なら、民の痛みがお分かりでしょう! 貴女様が王妃になれば、皆が安心するのです!」

私は困ってしまった。
確かに、国が混乱したままでは、巡り巡って領民たちにも害が及ぶ。
でも、ヴァルド様が嫌がっていることを無理強いはしたくない。
それに、私だって「王妃」なんて堅苦しい立場はごめんだ。

「……皆様のお気持ちは分かりますが」
私は慎重に言葉を選んだ。
「王という立場は、血筋や権力だけで務まるものではありません。民のために全てを捧げる覚悟が必要です。……ヴァルド様は、私一人のために全てを捧げると誓ってくださいました。その誓いを破らせることは、私にはできません」

「そ、そこを何とか……!」

押し問答が続きそうになった時、窓の外から大きな影が差した。
『おーい、もめてるなー!』
陽気な声と共に、風の精霊王(の縮小版)がふわりと舞い降りてきた。

「精霊王様!?」
貴族たちが平伏する。

『王様がいないなら、決めればいいじゃないか』
風の精霊王はニヤニヤと笑った。
『でも、ヴァルドは嫌がってるんだろ? なら、別の方法があるぞ』

「別の方法?」
ヴァルド様が怪訝な顔をする。

『アリアが「大公」になればいいんだよ』
精霊王はあっさと言った。
『この国全体を、一つの大きな「公国」として再編するんだ。ヴァルドはその夫として、実質的な武力を握る。政治はそこの古狸(貴族)たちにやらせて、最終決定権だけアリアが持つ。……これなら、「王様」ほど忙しくないし、精霊たちもアリアの言うことなら聞くから、国も安泰だろ?』

「大公……?」
私は瞬きをした。
王ではなく、公国の大公。
確かに、それなら既存の王政とは違う、新しい形での統治ができるかもしれない。

「……悪くない案だ」
ヴァルド様が顎に手を当てて考え込んだ。
「王位に就くわけではないなら、王宮に住む必要もない。ここを本拠地としたまま、国全体に睨みを利かせることができる。……何より、アリアが国の頂点に立つというのは、気分がいい」

「ヴァルド様!?」
「決定だ」
ヴァルド様は貴族たちを見下ろした。
「聞いたな。……今よりこの国は、アイスバーグ公国となる。初代大公は、我が妻アリアだ。異論のある者は、今すぐこの屋敷から出て行け。……外は吹雪だがな」

「は、ははーっ! 異存ございません!」
「アリア大公陛下万歳!」

貴族たちは、もはやヴァルド様に逆らう気など毛頭なかった。
こうして、なし崩し的に、私は国のトップになることが決まってしまった。

「あ、あの……いいんでしょうか、こんな簡単に……」
私が呆然としていると、ヴァルド様は私の耳元で囁いた。
「構わないさ。名前が変わるだけだ。……それに、『大公妃』よりも『女大公の夫』の方が、君を支えている感じがして悪くない」

彼は私を抱き上げた。
「さあ、そうと決まれば忙しくなるぞ。……結婚式と、戴冠式を同時にやることになるからな」

「ええええっ!? 同時ですか!?」
「ああ。国中に知らしめるんだ。……私たちが、この国で一番偉くて、一番幸せな夫婦であることを」

真実の愛を探していた元婚約者は農夫になり、ワガママだと言い切った私は大公になる。
運命とは本当に皮肉で、そして面白いものだ。
でも、ヴァルド様の腕の中なら、どんな未来も怖くない。

私たちは、新たな国づくりと、盛大な式の準備に向けて、再び走り出すことになった。
ざまぁ展開のその先には、予想もしなかったビッグなハッピーエンドが待っていたのだ。

続く

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