「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第24話 国王陛下直々の謝罪と、王子の廃嫡

アイスバーグ公爵領が「アイスバーグ公国」となり、私がその初代大公、そしてヴァルド様が大公配(実質的な統治者)となることが決まってから、数日が慌ただしく過ぎ去った。
国号の変更、新体制の樹立、そして旧王都の復興計画。やるべきことは山積みだ。
しかし、新しい国を正式にスタートさせるためには、一つだけ避けては通れない儀式があった。

それは、旧王家の「終焉」を確定させることだ。

「……行くか、アリア」
「はい、ヴァルド様」

私たちは再び、廃墟となった王都の城跡へと足を運んでいた。
今回は氷の船ではなく、転移魔法陣を使った。領内の魔法使いたちが総出で設置してくれたもので、一瞬で移動できる。
目の前に広がるのは、先日の戦いで崩壊した王城の残骸だ。
地下空洞が崩落した影響で、城の中心部は巨大なクレーターとなっており、瓦礫の山が築かれている。

「ここに、王家の宝物庫の生き残りと……歴代国王の霊廟があるはずだ」
ヴァルド様が瓦礫の山を見上げて言った。
「新しい国を作るにあたり、旧王家の象徴である『王冠』と『王笏』を回収し、精霊の前でその権能を返還しなければならない。……そうしないと、この土地に刻まれた『王権の契約』が残ったままになり、精霊たちが落ち着かないそうだ」

「土地の記憶、ですね」
私は頷いた。
精霊たちは、契約や約束を重んじる。
たとえ国王オスカーが死んでも、彼が結んだ(あるいは破った)契約の残滓が、この土地を縛っている可能性がある。それを綺麗に解くのが、私の役目だ。

「手伝って、みんな」
私が呼びかけると、瓦礫の隙間から土の精霊たちが現れた。
『いいよー』
『道を開けてあげる』
土の精霊たちが瓦礫を動かし、地下の霊廟へと続く道を作り出す。
私たちは慎重に、薄暗い地下へと降りていった。



霊廟は、奇跡的に崩落を免れていた。
静寂に包まれた石造りの広間。そこには、歴代国王の石棺が並び、最奥には初代国王の像が祀られている。
そして、その足元に、埃を被った王冠と王笏が転がっていた。
オスカーが持ち出し、魔神化の際に落としたものだろう。

「……随分と、穢れているな」
ヴァルド様が眉をひそめた。
王冠は黒ずみ、かつて嵌め込まれていた宝石は光を失っている。王笏もまた、枯れ木のように干からびて見えた。
これが、精霊に見放された国の末路だ。

「私が浄化します」
私は王冠の前に跪き、手をかざした。
「精霊たち、力を貸して。この王冠に染み付いた欲と怨念を洗い流し、ただの金属に戻して」

光の精霊たちが集まり、王冠を包み込む。
黒い霧のようなものが王冠から立ち上り、消えていく。

その時だった。

『……申し訳ない』

どこからともなく、重厚で、しかし悲しげな声が響いた。
ヴァルド様が即座に剣の柄に手をかけ、私を庇う。
「誰だ! オスカーの亡霊か!?」

『いや……あの愚か者の先祖だ』

祭壇の奥、初代国王の石像が淡く発光し始めた。
光の粒子が集まり、一人の老人の姿を形作る。
白い髭を蓄え、古風な王衣を纏った、威厳ある姿。
しかし、その体は半透明で、幽霊――いや、残留思念のようだった。

「あなたは……初代国王、アルス様?」
私が問いかけると、老人は深く頷いた。

『いかにも。……我が名はアルス。かつて精霊と契約し、この国を興した者だ』
初代国王の霊は、私とヴァルド様を穏やかな目で見つめ、そして深々と頭を下げた。

『アリア・フォン・ローゼンよ。そして、ヴァルド・フォン・アイスバーグよ。……我が子孫が、とんでもないことをしでかした。心より、詫びる』

「えっ……?」
私は驚いて言葉を失った。
伝説の建国王が、私たちに謝罪している。
「と、頭を上げてください! あなたが謝ることではありません!」

『いいや、これは私の責任だ』
アルス王は悲痛な面持ちで言った。
『私が作った国が、私が残した血脈が、精霊を蔑ろにし、私利私欲のために世界を滅ぼしかけた。……霊廟の奥底から見ていたが、止めることもできず、歯痒い思いをしていたのだ』

彼は、オスカーが狂気に堕ちていく様も、ギルバートたちが驕り高ぶる様も、全て見ていたのだという。
しかし、死者である彼には干渉する力がなかった。

『アリアよ。お前こそが、私が夢見た「真の精霊の愛し子」だ』
アルス王は私を眩しそうに見つめた。
『お前がこの国を継いでくれると聞き、安堵している。……どうか、汚されたこの土地を、再び精霊と共に生きる豊かな場所にしてくれ』

「……はい。約束します」
私が力強く答えると、アルス王は満足そうに微笑んだ。
そして、彼は厳しい顔つきになり、虚空を見据えた。

『だが、ケジメはつけねばならん』

アルス王が手を振ると、目の前に二つの光の玉が浮かび上がった。
それは、遠く離れた場所にいる誰かの魂と繋がっているようだった。
光の中には、北の農場で泥まみれになって働いている、ギルバートとミラの姿が映し出されていた。

『ギルバート、そしてミラ。……我が血を引く、最後の愚か者たちよ』
王の声は、時空を超えて彼らの魂に直接語りかけているようだった。
映像の中の二人が、ビクリと動きを止め、空を見上げたのが見えた。

『お前たちは心を入れ替え、土に生きる道を選んだと聞く。その殊勝な心がけに免じて、命までは取らぬ。……だが、「王族」としての資格は、今ここで完全に剥奪する』

アルス王が宣言する。
『我が名において命じる。ギルバート、ミラ。お前たちから「王家の加護」と「継承権」、そして「貴族としての魔力回路の残り火」を全て没収する。……これより先、お前たちはただの「人」として生きよ』

ヒュンッ!
光の玉が弾け飛んだ。
それは「廃嫡」なんて生温かいものではない。
魂レベルで刻まれていた「王家の血筋」という特別なリミッターや加護を、完全に消去する儀式だった。

農場の映像の中で、ギルバートとミラの体から、薄い金色の光が抜け出て、空へと消えていくのが見えた。
二人はその場に崩れ落ちたが、すぐに自分の体を見回し、何か憑き物が落ちたような、清々しい顔をした。

『これで、彼らは自由だ』
アルス王が言った。
『王家という重荷も、血筋という呪縛もない。……ただの青年と娘として、一から人生を歩むがいい』

それは、厳罰でありながら、同時に最大の慈悲でもあった。
彼らがいつか「元王子」「元聖女」という過去に縛られ、再び誰かに担ぎ上げられることがないように、その可能性を根元から断ち切ったのだ。

「……ありがとうございます、アルス様」
私は感謝した。
「彼らもきっと、これで本当に前を向けると思います」

『うむ。……さて、私もようやく肩の荷が下りた』
アルス王の体が、光の粒子となって薄れ始める。
『王冠と王笏は、好きにするがいい。溶かして農具にするもよし、記念に飾るもよし。……新しい国に、精霊の祝福があらんことを』

最後に、彼はヴァルド様に向かってニヤリと笑った。
『氷の公爵よ。……嫁を大事にせんと、私が化けて出るぞ?』

「フン。言われなくとも」
ヴァルド様は不敵に笑い返した。
「アリアを悲しませたら、私自身が私を許さんさ」

『カカカッ! 頼もしいことだ』
高らかな笑い声を残し、初代国王の霊は天へと昇っていった。
霊廟には、浄化されてただの銀塊となった王冠と、木の棒に戻った王笏だけが残された。

「……終わりましたね」
「ああ。これで、旧王国は名実ともに消滅した」

ヴァルド様は王冠を拾い上げ、無造作にポケットに入れた。
「これはガストンに渡して、新しい鍋にでも作り変えてもらおう」
「ふふ、贅沢な鍋ですね」

私たちは手を取り合い、地上への道を戻った。
廃墟の外に出ると、空はどこまでも青く澄み渡っていた。
過去の清算は全て終わった。
あとは、未来へ向かって進むだけだ。



数日後。
アイスバーグ公爵領……改め、アイスバーグ公国の首都にて、重大な布告が出された。

広場に集まった群衆の前で、宰相(旧王国の宰相が再就職した)が高らかに読み上げる。

「初代国王アルス陛下の御意志、ならびに新大公アリア陛下の慈悲により、旧王族ギルバートおよびミラに関する最終処分をここに布告する!」

民衆が固唾を飲んで見守る。
処刑か、追放か。

「両名は、王族としての全ての地位、権利、財産を剥奪され、平民へと降格とする! 今後、彼らが王位継承権を主張することは永久に認められない! ただし……」
宰相は一呼吸置いた。
「北の開拓農場における『一農民』としての居住権と、労働の対価としての食料を得る権利のみ、これを認める!」

わっと歓声が上がった。
「殺さずに生かすのか! アリア様は慈悲深い!」
「一生ジャガイモ掘りか! いい気味だ!」
「まあ、生きて罪を償えるなら、それが一番だ」

民衆の反応はおおむね好意的だった。
血なまぐさい処刑よりも、かつての王子が泥まみれで働く姿の方が、彼らの溜飲を下げるには効果的だったのだ。

そして、その布告は北の農場にも届いていた。

「……だってさ」
ギルバートが、掲示板に張り出された布告書を見て苦笑した。
「『一農民』だって。……平民ギルバートか。悪くない響きだ」

「そうね」
ミラも隣で、泥だらけの手で汗を拭った。
「もう『聖女』のフリをしなくていいのね。……せいせいしたわ」

二人の顔には、もう以前のような悲壮感はなかった。
数日前に感じた、体から何かが抜けていく感覚。
あれ以来、体は重くなったが、心は羽が生えたように軽かった。
見栄も、プライドも、重圧も、全て消え去ったのだ。

「さあ、休憩終わりよ、ギル。今日のノルマ、あと半分残ってるわ」
「分かってるよ。……見てろよ、今日こそアリア様も驚くようなでっかいカブを抜いてやる」

二人は鍬を担ぎ、畑へと戻っていった。
その背中は小さかったが、以前よりもずっとたくましく見えた。



一方、公爵邸……いや、大公宮殿では。
私たちは、次なるビッグイベントに向けて、最後の追い込みに入っていた。

「アリア様! ドレスの最終調整です! 動かないで!」
「アリア様! 式典の招待客リスト、追加で三百名増えました!」
「アリア様! 料理の試食を!」

私は目を回していた。
「うぅ……戦いより大変です……」
「頑張れ、アリア」
ヴァルド様が悠長に紅茶を飲んでいる。
「君が美しくなるためだ。私は楽しみで仕方がない」

「ヴァルド様もですよ! 衣装合わせ、まだ終わってないでしょう!」
「私は何でもいい。君の隣に立てるなら、裸でも構わん」
「ダメです!! 逮捕されます!」

そんなドタバタ劇を繰り広げながら、ついにその日はやってきた。
建国記念日であり、戴冠式であり、そして何より私たちの結婚式。

雲ひとつない晴天。
王都から運ばれてきた鐘の音が、高らかに鳴り響く。

「準備はいいか、アリア」
控室で、純白のタキシードに身を包んだヴァルド様が、私に手を差し出した。
いつもの黒い騎士服も素敵だけれど、白もまた、彼の冷ややかな美貌を引き立てて、直視できないほど眩しい。

私は、精霊たちが織り上げてくれた、光の粒子を纏った純白のドレスに身を包んでいた。
頭には、アルス王の王冠ではなく、シロツメクサと氷の結晶で作られた、可憐なティアラ。
「はい、ヴァルド様」

私は彼の手を取った。
鏡に映る私たちは、物語の王子様とお姫様そのものに見えた。
でも、これは物語の終わりではない。
ここからが、私たちの本当の日常の始まりだ。

「行こう。……世界中に見せつけてやるんだ」
ヴァルド様が私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。
「私が、世界一の果報者であることを」

扉が開く。
溢れんばかりの光と、歓声、そして花吹雪。
新しい時代の幕開けが、私たちを待っていた。

続く

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