「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第22話 ざまぁみろ、なんて言うつもりもありません

「グオオオオオオッ!!」

地下の封印の間を揺るがす咆哮と共に、魔神と化した国王オスカー三世が膨れ上がった。
精霊王たちの力を取り込み、漆黒の泥と極彩色の光が混じり合った異形の巨人が、天井を突き破らんばかりに聳え立っている。
その姿は、もはや人間の原型を留めていない。ただ、胸元に埋め込まれた赤黒い「深淵の魔石」だけが、心臓のように不気味に脈打っていた。

「力が……無限の力が湧いてくるぞ! これだ、これこそが王たる余に相応しい姿だ!」

オスカーの声は、複数の声が重なったような不協和音となって響いた。
彼が腕を振るうだけで、空間そのものが削り取られ、黒い亀裂が走る。
その亀裂からは、触れたもの全てを虚無へと変える瘴気が噴き出していた。

「あんなものを地上に出すわけにはいかないな」
ヴァルド様が剣を構え、私の前に立つ。
その背中は微動だにしないが、握りしめた剣の柄からは、きしむような音が聞こえた。
彼ほどの魔法使いでも、神に近い力を得た今のオスカーを相手にするのは、命懸けどころか、勝算の見えない賭けだ。

「ヴァルド様。……私に、考えがあります」
私はヴァルド様の背中に手を当て、精霊たちの声に耳を澄ませながら言った。
「あの怪物は、精霊王の力を無理やり吸収して肥大化しています。でも、それは『混ざり合っている』のではなく、ただ『飲み込んでいる』だけ。……中から精霊王たちが抵抗しているのが分かります」

『熱い……』
『狭い……』
『出してくれ……!』

魔神の体内から、四大精霊王たちの苦悶の声が聞こえる。
彼らは必死に内側から結界を張り、完全に消化されるのを防いでいるのだ。

「なるほど。内側と外側、同時に攻撃を仕掛ければ、奴の体を引き裂けるかもしれん」
ヴァルド様が私の意図を読み取り、頷く。
「だが、どうやって? 奴の周りには『深淵の闇』が渦巻いている。並大抵の魔法では、触れる前に無効化されてしまうぞ」

「ええ。普通の魔法なら、です」
私は一歩前に進み出た。
「でも、私たちには『愛』があります」

「……アリア?」
ヴァルド様が目を丸くした。
こんな絶体絶命の状況で、何を言い出すのかと思ったのだろう。

「ふざけているわけではありません。……精霊魔法の根源は『心』です。そして、最も強い心は、誰かを想う気持ち。……ヴァルド様、私を信じて、貴方の全魔力を私に預けてください」

私が手を差し出すと、ヴァルド様は一瞬の迷いもなく、その大きな手で私の手を握りしめた。
「愚問だな。私の命も、魂も、全て君のものだと言ったはずだ」

「はい。……では、行きますよ!」

私は目を閉じ、集中した。
私の体の中にある魔力回路を全開にし、さらにヴァルド様から流れ込んでくる膨大な氷の魔力を受け入れる。
熱さと冷たさが混じり合い、黄金色の奔流となって全身を駆け巡る。

「精霊たち! 集まって! 私の声に応えて!」

私の呼びかけに、地下空間に残っていた全ての精霊たちが呼応した。
光、風、水、土、そして氷。
無数の光の粒が私たちを取り囲み、巨大な魔力陣を描き出す。

「ナマイキなぁぁぁ! 虫ケラごときが、神に抗うか!」
オスカーがそれに気づき、激昂した。
巨大な闇の腕が、私たちを押し潰そうと振り下ろされる。

「遅い!」
ヴァルド様が叫ぶ。
彼は私と繋いだ手とは逆の手で、虚空を薙いだ。
「氷絶界・白銀の城壁(シルバー・ランパート)!」

ドォォォォン!!
私たちの頭上に、何重もの氷の障壁が出現した。
それはただの氷ではない。精霊の加護を受けた、ダイヤモンドよりも硬い絶対防御の盾だ。
魔神の一撃を受け止め、激しい衝撃音と共にヒビが入るが、砕けはしない。

「今です、アリア!」
「はい!」

私は琥珀のネックレスを握りしめ、最大級の魔法を紡ぐ。
それは攻撃魔法ではない。
精霊王たちとの「共鳴」を強制的に確立し、彼らを救い出すための浄化の光だ。

「聖霊魔法・『魂の解放(ソウル・リベレーション)』!!」

カッッッ!!!
私の体から、太陽のような眩い光が放たれた。
それは直線的なレーザーとなって、魔神の胸――「深淵の魔石」へと突き刺さる。

「グオオオッ!? 熱い、熱いぞぉぉ!」
オスカーが悲鳴を上げる。
光は闇を切り裂き、その内部へと浸透していく。
私は意識を飛ばし、魔神の内部へとダイブした。

そこは、ドロドロとした黒い泥の海だった。
絶望、憎悪、嫉妬、貪欲。
オスカーの負の感情が渦巻き、全てを腐らせようとしている。
その中心に、四色の光の球体が見えた。囚われた精霊王たちだ。

『アリア!』
『助けに来てくれたのか!』
『愛し子よ!』

「皆さん、お待たせしました! 今、鎖を切ります!」
私は心の中で叫び、ヴァルド様から預かった氷の魔力を解き放った。
「ヴァルド様、お願いします! 泥を凍らせて!」

現実世界で、ヴァルド様が剣を突き立てる。
「凍てつけぇぇぇッ!!」

魔神の内部に、絶対零度の冷気が走った。
ドロドロの泥が一瞬にして凍結し、動きを止める。
その隙を逃さず、私は光の刃で精霊王たちを縛る触手を切断した。

パリーン! パリーン!
拘束が解かれ、精霊王たちが解放される。
『うおおおおっ! 反撃じゃあ!』
『よくもやってくれたな!』

怒れる精霊王たちが、内側から魔神の体を食い破るようにして飛び出した。
炎が、水が、風が、岩が、魔神の巨体を内側から爆散させる。

「ギャアアアアアッ!!」
オスカーの断末魔が響き渡る。
取り込んだはずの力が逆流し、彼の肉体を崩壊させていく。
巨大な異形は形を保てなくなり、黒い霧となって霧散していく。

そして、最後に残ったのは。
祭壇の上に転がる、ひび割れた「深淵の魔石」と、元の老いた姿に戻った国王オスカーだけだった。

「はぁ……はぁ……」
私はその場に膝をついた。
魔力を使い果たし、立っているのがやっとだ。
ヴァルド様がすぐに私を支え、抱き起こしてくれた。
「よくやった、アリア。……君は最高のパートナーだ」
「ヴァルド様のおかげです……」

私たちは、祭壇の方へと歩み寄った。
そこには、見る影もなく衰弱し、干からびた老人のようになったオスカーが横たわっていた。
胸の魔石は光を失い、砕け散って灰になろうとしている。

「う……うぅ……」
オスカーは力なく目を開けた。
その瞳からは、かつての狂気も、野心も消え失せていた。
あるのは、ただの死への恐怖と、敗北の絶望だけ。

「なぜだ……なぜ余が負ける……」
彼は掠れた声で呟いた。
「余は王だぞ……。選ばれし者だぞ……。なぜ、世界は余に従わない……」

まだ言っているのか。
私は呆れを通り越して、哀れみを感じた。
この人は、最後まで何も理解できなかったのだ。
王とは、支配する者ではなく、民と大地に奉仕する者であるということを。

「……来ていたのか、ギルバート、ミラ」
私は後ろを振り返った。
瓦礫の陰から、おずおずと二人が出てきた。
爆風で吹き飛ばされ、傷だらけになりながらも、彼らは事の顛末を見届けていたのだ。

「父上……」
ギルバートが震える足で祭壇に近づく。
「もう、終わりだよ。……全部、終わったんだ」

「ギル……バート……?」
オスカーが虚ろな目で息子を見る。
「おお、ギルバート! 無事だったか! さあ、余を助けろ! ポーションを持ってこい! 余はまだやり直せる……!」

彼は息子に手を伸ばした。
しかし、ギルバートはその手を取らなかった。
彼は悲しげに首を振り、一歩下がった。

「無理だよ、父上。……父上の体は、もうボロボロだ。それに、国も……もう父上を求めていない」
「な、なにを言う! 余は王だぞ! 貴様、親を見捨てる気か!」

「見捨てたんじゃない!」
ギルバートが叫んだ。涙が頬を伝う。
「父上が……僕たちを捨てたんじゃないか! 『電池』と呼んで、使い捨てにしようとしたじゃないか!」

オスカーは言葉を詰まらせた。
自分の犯した罪が、因果となって自分に返ってきたことを、ようやく理解したのかもしれない。
あるいは、理解したくなくて目を背けたか。

「ミラ……ミラはどうだ! お前なら分かるだろう! 聖女だろう!」
今度は娘に縋り付く。
ミラは静かに首を振った。
その手には、泥だらけの鉢植えが握りしめられている。

「私は聖女じゃありません。……ただの、ミラです」
彼女は静かに告げた。
「お父様。……私たち、農場でね、お花を育てたの。小さな芽が出て、とても嬉しかったの。……お父様にも、見せたかったな」

「花……? そんなくだらんもの……」
「くだらなくないわ!」
ミラが強い口調で遮った。
「命よ! お父様が踏みにじろうとした、尊い命なのよ!」

子供たちからの拒絶。
それが、オスカーにとっての本当の致命傷となったようだ。
彼はガクリと項垂れ、急速に生気を失っていった。
「深淵の魔石」を使った代償――魂の崩壊が始まったのだ。
彼の体は、端から灰のように崩れ始めていた。

「アリア……」
最後に、彼は私を見た。
その目は濁り、焦点が合っていない。
「お前が……お前さえいなければ……余は……」

最期まで、恨み言か。
ヴァルド様が前に出ようとするが、私はそれを手で制した。
これは、私と、かつて私を捨てた国との決着だ。

私はオスカーの前に立ち、彼を見下ろした。
怒りも、憎しみも、もう湧いてこない。
ただ、一人の哀れな老人が、自分の欲望に食い尽くされて消えていくだけ。

「ざまぁみろ、と言ってほしいですか?」
私は静かに問いかけた。
「私が勝ち、あなたが負けた。惨めに死んでいくあなたを見て、私が高笑いすると思いましたか?」

オスカーは何も答えられない。口を開く力も残っていないようだ。

「言いませんよ。そんな言葉」
私は淡々と告げた。
「あなたにそんな言葉をかける価値すら、私の中にはありません。……あなたは、私の人生における『通過点』ですらなくなりました」

復讐とは、相手に執着することだ。
相手の不幸を願い、相手のために感情を使うことだ。
でも、今の私には、そんな時間も感情も惜しい。
私には、愛する人がいて、守るべき領民がいて、輝かしい未来があるのだから。

「さようなら、哀れな王様」
私は背を向けた。
「あなたが壊したこの国は、私たちが……そして、ここにいるあなたの子供たちが、一から作り直します。……どうか、歴史の闇の中で、ご自分の罪と永遠に向き合ってください」

「あ……ぁ……」
オスカーが何かを言おうとして、手を伸ばした。
しかし、その手は私に届く前に崩れ落ち、灰となった。
王冠がカランと音を立てて転がり、誰も座ることのない玉座の前で止まった。

狂王オスカー三世。
その野望と執着は、王都の地下深くで、誰にも看取られることなく塵となって消え失せた。

「……行こう」
ヴァルド様が私の肩を抱く。
「ここも長くは持たない。崩れるぞ」

地下空間が激しく揺れ始めた。
魔神の消滅により、空間を支えていた魔力が失われ、崩壊が始まったのだ。
天井から岩が落下し、地面に亀裂が走る。

「ギルバート! ミラ! 走って!」
私が叫ぶと、呆然としていた二人がハッと我に返った。
「う、うん!」
「待ってぇ!」

私たちは崩落する地下通路を駆け抜けた。
精霊たちが先導し、安全なルートを示してくれる。
ヴァルド様が氷魔法で落下する瓦礫を防ぎ、私が風魔法で全員の足を速める。

「出口だ!」
地上への光が見えた。
私たちは最後の力を振り絞り、地上へと飛び出した。

ズガガガガガッ!!
背後で、王城の中心部が轟音と共に陥没していく。
地下の封印の間ごと、忌まわしい過去が地底へと埋葬されていくようだった。

「はぁ……はぁ……助かった……」
ギルバートが大の字になって倒れ込む。
ミラもへたり込み、肩で息をしている。
二人とも顔は煤だらけで、服はボロボロだが、その表情はどこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。

「見て、アリア」
ヴァルド様が空を指差した。

見上げると、王都を覆っていた分厚い紫色の雲が、嘘のように消え去ろうとしていた。
雲の切れ間から、久しぶりの太陽の光が差し込む。
それは、荒廃した王都を優しく照らし、生き残った人々の上に降り注いだ。

「雨が……止んだ……」
「太陽だ! お日様だ!」

街の方から、歓声が聞こえてくる。
何ヶ月ぶりかの青空。
精霊たちの怒りが鎮まり、世界に浄化の時が訪れたのだ。

「綺麗ですね……」
私が呟くと、ヴァルド様は私の方を向き、愛おしそうに微笑んだ。
「ああ。だが、私にとっては君の笑顔の方が眩しい」

「もう、こんな時に……」
私は照れて顔を赤くしたが、彼は構わず私の頬にキスをした。
「よく頑張ったな、アリア。……誇りに思う」

その時、空から四つの光が降りてきた。
解放された精霊王たちだ。
彼らは人間の姿――ではなく、小さな光の精霊サイズに縮小して(魔力を使い果たしたらしい)、私たちの周りを飛び回った。

『ありがとな、愛し子!』
『助かったぞ! お礼にこの国に百年分の豊作を約束してやろう!』
『でも、あの王都の汚れを落とすには、ちょっと大掃除が必要だな』
『うむ。雨の次は、風で吹き飛ばすか?』

「お手柔らかにお願いしますね」
私が苦笑すると、精霊王たちはケラケラと笑いながら空へと帰っていった。
彼らが去った後には、虹がかかっていた。

「……終わったんだな」
ギルバートが起き上がり、崩れ落ちた王城跡を見つめた。
「父上も、王家も……全部」

「そうね。でも、終わりは始まりよ」
ミラが立ち上がり、服の泥を払った。
彼女の手には、あの鉢植えがしっかりと握られている。
奇跡的に、小さな芽は折れずに残っていた。

「これからは、私たちの手で育てなきゃいけないの。……花も、自分たちの人生も」
ミラの言葉に、ギルバートも頷いた。
「そうだな。……もう『王子』なんて肩書きはないけど、不思議と怖くないや」

彼らは顔を見合わせて、小さく笑った。
その笑顔は、かつての傲慢なものではなく、弱さを知った人間特有の、優しさと強さを秘めたものだった。

「さて、帰ろうか」
ヴァルド様が私の腰に手を回す。
「私たちの領地へ。……そこには、まだ結婚式という大仕事が待っているからな」

「そうでした! 招待状の発送がまだ途中です!」
私は現実に引き戻され、慌てた。
世界を救った翌日に、結婚式の準備に追われるなんて、なんとも私たちらしい。

氷の船は役目を終えて溶け去ってしまったので、私たちは風の精霊王(まだ近くにいたらしい)に頼んで、公爵領まで送ってもらうことにした。
空飛ぶ絨毯ならぬ、空飛ぶ風のクッションだ。

「うわぁぁ! 速い! 落ちるぅ!」
「きゃああっ! 髪が乱れるぅ!」
ギルバートとミラの悲鳴をBGMに、私たちは凱旋の帰路についた。

眼下に広がる大地には、まだ爪痕が残っている。
けれど、そこには確かな希望の光が芽吹き始めていた。
ざまぁみろ、なんて言う必要はない。
私たちが幸せになること、それが最高の結果なのだから。

続く

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