「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第18話 妹が「聖女」じゃなかったことがバレたようです

王都での決戦から数日が過ぎ、アイスバーグ公爵領には、ようやく本当の意味での平和な日常が戻ってきていた。
王都から避難してきた難民たちの受け入れも、ヴァルド様の迅速な指揮と、領民たちの協力のおかげで順調に進んでいる。
彼らは最初こそ、北の寒さと「氷の公爵」への恐怖に怯えていたが、私の作った温室や、精霊たちが温めた温泉、そして何よりガストンさんが振る舞う温かい食事に触れ、次第に笑顔を取り戻しつつあった。

そんなある日の朝。
私はいつものように、ヴァルド様の腕の中で目を覚ました。

「……ん。おはようございます、ヴァルド様」
「おはよう、アリア。……まだ起きなくていい」

ヴァルド様は私の腰に腕を回したまま、布団の中に引きずり込もうとする。
窓の外からは朝日が差し込んでいるのに、この最強の旦那様は、私と離れるのが何よりも嫌らしい。

「ダメですよ。今日は難民キャンプの視察と、農場の様子を見に行く約束でしょう?」
「……農場か。あの『二人』の様子を見に行くのが憂鬱だ」
ヴァルド様が露骨に嫌そうな顔をする。

あの二人とは、もちろんギルバート元殿下と、ミラのことだ。
彼らは現在、王族としての地位も名前も剥奪され、ただの「ギル」と「ミミ」として、領内最北端にある開拓農場で強制労働……もとい、更生プログラムを受けている。

「憂鬱がらないでください。彼らがちゃんと働いているか確認するのも、領主の務めですよ」
「私の務めは君を愛でることだけだと言いたいが……仕方ない」

ヴァルド様は渋々起き上がり、私の頬に「充電」のキスを落としてから、着替えを始めた。
その背中は相変わらず広くて頼もしいけれど、私に向ける視線だけは、砂糖菓子のように甘い。



私たちは馬車に乗り、開拓農場へと向かった。
そこは、まだ精霊の加護が行き渡りきっていない、荒涼とした大地だ。
土は硬く、石ころだらけで、風も冷たい。
ここを豊かな農地に変えるのが、彼らに課せられた使命だった。

農場に到着すると、現場監督を務める初老の男性、トマスさんが迎えてくれた。
彼は元軍人で、ヴァルド様も一目置くほど厳格な人物だ。

「閣下、アリア様。お待ちしておりました」
「うむ。……例の二人はどうだ?」
ヴァルド様が尋ねると、トマスさんは苦笑いを浮かべて顎で指し示した。

「あそこです。……まあ、見てやってください」

視線の先、泥だらけの畑の中に、二つの人影があった。
かつての煌びやかな衣装ではなく、粗末な麻の服を着て、泥にまみれている。

「ひいぃぃ……重い、重すぎる……!」
「嫌ぁ……爪が割れたわ……泥が入った……!」

ギルとミミ――元殿下と元聖女は、石拾いと肥料運びをさせられていた。
ギルは肥料の入った桶を担ごうとしてよろけ、中身を少し被って悲鳴を上げている。
ミミは小さな石を拾っては、汚いものをつまむように放り投げ、一向に作業が進んでいない。

「……酷い有様だな」
ヴァルド様が冷ややかに呟く。
「あれでも、最初の頃よりはマシになったんですよ。初日は『俺は王子だ!』と叫んで鍬を投げ捨てようとしましたからな。……まあ、すぐに私が説教(物理)しましたが」
トマスさんが拳をポキポキと鳴らす。

私たちは彼らの近くまで歩いていった。
私たちが来たことに気づくと、二人は作業の手を止め、縋るような目でこちらを見た。

「ア、アリア……! 公爵!」
ギルが駆け寄ろうとして、自分の足に絡まって転んだ。肥料まみれの姿は、もはや滑稽を通り越して哀れだった。
「頼む、もう許してくれ! こんな生活、無理だ! 僕は王族なんだぞ、もっとこう、デスクワークとかあるだろう!?」

「嫌よ、私も嫌! なんで『聖女』の私が、こんな家畜みたいな真似しなきゃいけないの!」
ミミもヒステリックに叫ぶ。
「私の手は、人を癒すためにあるのよ! こんな石ころを拾うためじゃないわ!」

まだ言っているのか。
私は呆れて溜息をついた。
黒い石を失い、魔力回路も焼き切れた彼らに、もはや魔法を使う力はない。
それでもなお、過去の栄光にしがみついているようだ。

「……まだ分かりませんか?」
私は静かに告げた。
「あなたたちはもう、王子でも聖女でもありません。ただの罪人です。ここで汗を流し、大地の恵みの尊さを知る以外に、生きる道はないのですよ」

「うるさい、うるさい!」
ミミが地団駄を踏む。
「あんたなんかに言われたくない! 私が本気を出せば、精霊だってまた戻ってくるわよ! 今はちょっと調子が悪いだけなんだから!」

その時だった。
農場の入り口の方が、何やら騒がしくなってきた。
「アリア様がいらしてるって本当か!?」
「聖女様だ! 本物の聖女様だぞ!」

王都から避難してきた難民の一団が、噂を聞きつけて集まってきたのだ。
彼らは私を見つけると、歓声を上げて手を振った。
「アリア様ー! ありがとうございます!」
「いただいたスープ、温かかったです!」

その光景を見て、ミミの目が怪しく光った。
彼女はボサボサの髪を整え、泥だらけの服をはたき、難民たちの方へと走り出したのだ。

「待ちなさい! 聖女は私よ! ミラよ!」

彼女の突飛な行動に、難民たちが足を止める。
「え? 誰だあの汚い女は」
「聖女様? いや、アリア様はあっちに……」

「違うの! 私が本物の聖女ミラよ! 王都で祈りを捧げていたのは私なの!」
ミミは必死に訴えた。
彼女は考えたのだ。ここで難民たちを味方につければ、この過酷な労働から解放され、また崇められる生活に戻れるかもしれない、と。

「王都が滅んだのは、お父様が狂ったからよ! 私の祈りが足りなかったわけじゃないわ!」
ミミは難民の一人、足を引きずっている老婆に目をつけた。
「ほら、見ていなさい! 私がその足を治してあげるわ! そうすれば、私が本物だって分かるでしょう!」

ミミは老婆の前に跪き、大げさなポーズで手をかざした。
「おお、精霊よ! 聖女ミラの声を聞き届け、この哀れな者に癒しを与えたまえ!」

シーン……。
何も起きない。
風一吹かず、光も差さない。
ただ、冷たい北風がヒュオと吹き抜け、カラスが「アホウ」と鳴いただけだった。

「……あれ?」
ミミは焦った。
「お、おかしいわね。もう一度。……精霊よ! 癒せ! 癒しなさいよ!」

彼女は必死に叫び、念じるが、老婆の足はピクリとも治らない。
それどころか、老婆は不審そうに眉をひそめた。
「あんた、何してんだい? 唾飛ばさないでおくれよ」

「な、なんで!? なんで言うことを聞かないのよ!」
ミミは顔を真っ赤にして、老婆の足を揺さぶり始めた。
「治りなさいよ! 治れってば! 私が命令してるのよ!」

「痛い! 何するんだい!」
老婆が悲鳴を上げる。
「やめろ! ばあちゃんに乱暴するな!」
周りの難民たちが怒り出し、ミミを取り押さえようとする。

「離して! 私は聖女なのよ! 無礼者!」
ミミが喚き散らす中、私は静かに歩み寄った。

「……もうやめなさい、ミラ」

私の声が響くと、騒然としていた場が一瞬で静まり返った。
ヴァルド様が私の隣に立ち、鋭い眼光で周囲を制圧しているせいもあるが、それ以上に、私の周りに集まってきた精霊たちの存在感が圧倒的だったからだ。

『アリアだ、アリアだ』
『あいつ、また嘘ついてる』
『精霊の声なんて聞こえないくせに』

色とりどりの光の精霊たちが、私のドレスの裾で遊び、髪を飾り立てる。
私が何もしなくても、ただそこにいるだけで、周囲の空気が清浄になり、枯れかけていた草花が色を取り戻していく。

「あ……」
ミミは呆然と私を見上げた。
精霊に愛された本物の輝きと、泥にまみれて喚くだけの自分。
その差は、誰の目にも明らかだった。

「どうして……どうしてあんたには集まるのよ! 私には……私には何も聞こえないのに!」

ミミの口から、決定的な言葉が漏れた。
「何も聞こえない」。
それを聞いた難民たちが、ざわめき出した。

「おい、聞いたか? 聞こえないって」
「じゃあ、王都で『精霊のお告げ』だとか言ってたのは……」
「全部嘘だったのか!?」

疑惑の目は、やがて確信へ、そして怒りへと変わっていく。
「ふざけるな! お前のせいで、俺たちはどれだけ期待させられたと思ってるんだ!」
「雨が止むって言ったじゃないか!」
「詐欺師め! 偽聖女!」

難民たちが詰め寄る。
石を投げようとする者さえいた。
ミミは顔面蒼白になり、後ずさる。
「ち、違う……私は……お姉様が……」
まだ私のせいにしようとするが、もう誰も信じない。

「ひいぃっ! 助けてギルバート様!」
ミミは助けを求めて振り返ったが、ギルはとっくに肥料桶の陰に隠れて震えていた。
「知らん! 僕は関係ない! こいつが勝手に聖女だと名乗ったんだ!」

「最低……!」
ミミは絶望した。
恋人だったはずの男にも見捨てられ、民衆からは憎悪を向けられ、頼みの綱だった虚飾のメッキは完全に剥がれ落ちた。

「……もう十分でしょう」
私は難民たちの前に立った。
「皆さん、どうか石を下ろしてください。彼女を傷つけても、失われたものは戻りません」

「でも、アリア様! こいつは!」
「彼女はもう、罰を受けています。……見てください、あの姿を」

私が指差すと、ミミはその場にへたり込み、子供のように泣きじゃくっていた。
プライドも、嘘も、全て粉々になった姿。
そこにあるのは、「聖女」でも何でもない、ただの無力な少女だった。

「……私、聞こえなかったの……」
ミミはしゃくり上げながら告白した。
「最初から、一度も……精霊の声なんて聞こえなかった。でも、聞こえるフリをしたら、お父様も殿下も褒めてくれたから……。お姉様の真似をしたら、みんながチヤホヤしてくれたから……」

彼女は私を見た。
その目には、初めて見る「嫉妬」以外の感情――羨望と、諦めが混じっていた。
「お姉様が羨ましかった。地味で暗いくせに、いつも何かと楽しそうに話してて……。私には見えないキラキラしたものが、お姉様には見えてて……。だから、奪ってやりたかったの。お姉様の居場所も、役目も、全部」

「……そう」
私は彼女の前にしゃがみ込んだ。
「でも、精霊は奪えるものじゃないわ。彼らは『心』に集まるものだから」

私はミミの泥だらけの手を取った。
「ミラ。あなたは聖女じゃなかった。……でも、だからこそ、これからは何にでもなれるのよ」

「え……?」

「嘘をついて背伸びをする必要はないわ。泥にまみれて、自分の手で何かを育てる喜びを知れば……きっと、精霊たちもいつか、あなたを認めてくれるかもしれない」
私はポケットから、一粒の種を取り出し、彼女の手に握らせた。
「まずは、その種を育ててごらんなさい。私の力を借りずに、あなた自身の力で」

ミミは震える手で種を見つめた。
それは、何の変哲もない花の種だ。
でも、今の彼女にとっては、それが唯一残された「本物」の希望に見えたのかもしれない。

「……うぅ……うわぁぁぁん!」
ミミは大声を上げて泣き出した。
今までの演技の涙ではない。悔しさと、情けなさと、そして少しの安堵が混じった、人間らしい涙だった。

難民たちも、その様子を見て毒気を抜かれたようだ。
「……まあ、あんな子供じゃあな」
「俺たちも、王家の宣伝に踊らされてただけか」
「アリア様が許すなら、仕方ねえ」

彼らは散り散りになり、それぞれの作業へと戻っていった。

「やれやれ。……一件落着か」
ヴァルド様が私の肩を抱き寄せた。
「君は本当に甘いな。私なら、群衆に八つ裂きにさせていたところだ」
「それじゃあ、後味が悪いじゃないですか。それに……」

私は種を握りしめて泣いているミラと、それをおそるおそる慰めようとしているギルを見た。
「あの子たちが本当に変われるのか、少しだけ見てみたい気もするんです」

「フン。……まあ、君がそう望むなら」
ヴァルド様は優しく微笑んだ。
「だが、サボったら飯抜きだぞ。それは変わらん」

「はい。トマスさん、ビシビシ鍛えてあげてくださいね」
「お任せを。泣こうが喚こうが、一人前の農夫にしてみせますよ」

こうして、妹の「聖女」の化けの皮は、完全に剥がれ落ちた。
しかし、それは彼女にとっての「終わり」ではなく、人間としての「始まり」になったのかもしれない。
まあ、これから待っているのは地獄の農作業ライフだけれど。



数日後。
難民キャンプの一角で、不思議な噂が広まり始めていた。
「おい、あのアリア様……すごくないか?」
「ああ。通っただけで枯れ木に花が咲いたぞ」
「俺の腰痛も、アリア様と目が合っただけで治ったんだ」

私の意図しないところで、私の神格化が止まらない。
特に、私の淹れたお茶(エリクサー効果付き)を飲んだ騎士団の面々が、難民たちに自慢げに語っているのが原因らしい。

「いいか、アリア様のお茶はな、一口飲めば寿命が十年延びるんだ!」
「嘘つけ! でも、ハゲは治るぞ!」
「女神だ! 北の女神アリア様だ!」

「……困りました」
私は屋敷の執務室で頭を抱えていた。
「ただでさえ目立つのに、これ以上噂が広まったら、静かに暮らすなんて夢のまた夢です」

「諦めろ」
ヴァルド様が書類から顔を上げずに言った。
「君が素晴らしいのは事実だ。隠し通せるものではない」
彼はペンを置き、立ち上がって私の元へ歩み寄ってきた。

「それに、もう一つ報告がある」
「何ですか? また王都から変な使者が?」
「いや。……王都の復興支援会議で、主要な貴族たちから要望書が届いた」

ヴァルド様は一枚の羊皮紙を私に見せた。
そこには、ずらりと並んだ署名と共に、こう書かれていた。

『新生王国の象徴として、アリア・フォン・ローゼン様を「聖女」として正式に認定し、その加護の下で国を再建したい』

「……聖女認定?」
「ああ。そして、これに合わせて、私との結婚式を国を挙げた『聖婚式』として執り行いたいそうだ」

「せ、聖婚式!? 国を挙げて!?」
私は絶句した。
地味婚でいいと思っていたのに。身内だけでひっそりとやるつもりだったのに。

「断ることもできるが……国民の不安を払拭するためには、これ以上のイベントはない」
ヴァルド様は少し意地悪く笑った。
「それに、私も世界中に見せつけたいんだ。私の妻が、どれほど美しく、気高く、そして愛されているかをね」

「ヴァルド様……! それはただの惚気(のろけ)大会じゃないですか!」
「悪いか?」
「悪くはないですけど……恥ずかしいです!」

私の顔から火が出そうになるのを見て、ヴァルド様は満足げに私を抱きしめた。
「覚悟を決めろ、アリア。君はもう、ただの令嬢ではない。この国を救った英雄であり、私の最愛の妻だ。……その名に相応しい、最高の式にしよう」

妹の嘘がバレて、偽物が消えたあと。
本物の「聖女」が、望むと望まざるとにかかわらず、表舞台へと引きずり出されようとしていた。
でも、この人の隣なら、それも悪くないかもしれない。

私はヴァルド様の胸に顔を埋め、小さく頷いた。
「……はい。あなたが望むなら、どんな派手な式でもお供します。……でも、お色直しは三回までですからね!」

「十回と言いたいところだが……まあ、君が疲れて夜に差し支えると困るからな。五回で手を打とう」
「五回!? 多いです!」

幸せな悲鳴を上げながら、私たちは未来への準備を始めた。
王都の復興、領地の発展、そして私たちの結婚式。
やることは山積みだが、不思議と不安はなかった。
だって、私には最強の旦那様と、たくさんの精霊たちがついているのだから。

続く

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