「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第14話 王都からの悪い噂「最近、天候がおかしいらしい」

「魔女狩りだと……? よくもまあ、そこまで恥知らずな戯言を」

アイスバーグ公爵邸の軍議室。
つい先ほどまで華やかな夜会の余韻に包まれていた屋敷は、一転して張り詰めた空気に支配されていた。
中央に広げられた大きな地図を囲み、ヴァルド様、騎士団長のゲイルさん、そして領内の主要な貴族たちが険しい顔を突き合わせている。
私もヴァルド様の隣、上座に席を用意され、ことの成り行きを見守っていた。

伝令からの報告を詳細に聞き終えたヴァルド様が、侮蔑を含んだ低い声で吐き捨てた。
「自分たちの無能さ故に精霊に見放され、国を傾けておきながら、全ての責任を一人の少女になすりつけるとは。……腐りきっているな」

「全くだ。王家の威信も地に落ちたものよ」
古参の領主の一人が、髭を震わせて憤る。
「我らはアリア様のおかげで、こうして豊かな食卓を囲めているというのに。その恩人を『魔女』呼ばわりとは、アイスバーグ領への宣戦布告と受け取ってよろしいな?」

「もちろんだ。……彼らが望むなら、相手になってやる」
ヴァルド様の瞳が、冷たく、鋭く光る。
その背後では、戦闘態勢に入った氷の精霊たちが、キーンという高い音を立てて空気を振動させていた。

地図の上に置かれた駒が動かされる。
「報告によれば、国王軍は総勢五千。近衛騎士団を主力とし、徴収された一般兵も含んでいるとのことです」
ゲイル団長が説明する。
「五千……。数の上では我が軍の倍以上ですね」
私が不安げに呟くと、ヴァルド様は鼻で笑った。

「数など問題ではない。……アリア、見てみろ。彼らの進軍ルートを」
ヴァルド様が指差したのは、王都から北へと続く主要街道だ。
「今の季節、このルートは『氷獄の回廊』と呼ばれるほどの難所だ。普段なら商隊も避ける道を、装備も貧弱な寄せ集めの兵が通ろうとしている。……しかも、精霊の加護を失った状態でな」

「あっ……」
私は気づいた。
今の王家には、精霊の加護がない。つまり、自然の猛威から身を守る術がないのだ。
風は彼らに逆風となって吹き付け、雨は泥沼を作って足を奪い、寒さは体力を削ぐだろう。

「精霊たちは怒っています。……王軍の行軍は、地獄のようなものになるはずです」
私が静かに告げると、会議室の空気が一層重くなった。
精霊に愛されたこの地で戦うということは、大自然そのものを敵に回すということなのだ。

「それに、我が領の騎士たちは一騎当千だ。さらに、アリアのお茶(エリクサー効果付き)で強化されている」
ゲイル団長がニヤリと笑い、力こぶを作ってみせた。
「今の俺たちなら、ドラゴン相手でも素手で勝てそうな気がしますよ。軟弱な王都の騎士など、準備運動にもなりません」

頼もしい言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
しかし、私の心には鉛のような重りが残っていた。
「魔女狩り」という言葉。そして、王都の惨状。
私が去ったことで、多くの無関係な人々まで苦しんでいるという事実が、どうしても胸を痛める。

「……アリア」
会議が一段落し、皆が準備のために退室した後。
ヴァルド様が私の手を取り、覗き込むように見つめてきた。
「浮かない顔だな。……王都のことが心配か?」

「……はい。私が原因ではないと分かってはいますが、それでも、人々が飢えや病に苦しんでいると聞くと……」
「君は優しすぎる」
ヴァルド様は私の手を引き寄せ、自分の頬に当てた。
「だが、勘違いするな。彼らを苦しめているのは君ではない。精霊の声を聞こうともせず、大地を搾取し続けた王家の傲慢さが招いた結果だ。君が心を痛める必要はない」

「ヴァルド様……」
「それに、君を『魔女』と呼ぶなど笑止千万だ。……君は私の女神であり、この地に春を呼んだ聖女だ。私が、そして領民全員がそれを知っている」

彼は私の腰を抱き寄せ、強く抱きしめた。
「誰にも君を傷つけさせない。……王だろうが何だろうが、君を害する者は、私がこの手で凍らせて砕く」

その言葉は、過激だけれど、どこまでも私を守ろうとする深い愛に満ちていた。
私は彼の胸に顔を埋めた。
冷たくて、でも温かい、私の大好きな場所。
「……はい。信じています」



その頃、王都から北へ向かう街道。
そこはまさに、ヴァルド様の予言通り、地獄絵図と化していた。

「進め! 進まんか! 歩みを止めるな!」
馬上の国王、オスカー三世が怒号を飛ばす。
しかし、その声は激しい風雨にかき消され、兵士たちの耳には届かない。

「へ、陛下……もう無理です……」
「泥で馬車が動きません……」
「寒さで指の感覚が……」

兵士たちは泥まみれになり、疲労困憊していた。
王都を出発して数日。空は常に鉛色で、冷たい雨が降り続いている。
夜になれば気温は氷点下まで下がり、濡れた衣服が凍りついて体温を奪う。
食料も湿気でカビが生え、腹を壊す者が続出していた。

「ええい、軟弱者どもめ! これは聖戦だぞ! 国を呪った魔女を討ち、再び太陽を取り戻すための戦いだ!」
国王は焦っていた。
王都では暴動が起き、城門の前には「パンをよこせ」「雨を止めろ」と叫ぶ民衆が押し寄せている。
このままでは革命が起き、王座を追われるのは時間の問題だった。

起死回生の一手として彼が思いついたのが、「全ての元凶をアリアにする」ことだった。
アリアが黒魔術を使って国を呪ったのだと流布し、彼女を討伐することで民衆の不満を逸らそうとしたのだ。
そして、アリアを捕らえて無理やりにでも精霊を従わせれば、また以前のような豊かな国に戻ると信じていた。

「ギルバートは何をしているのだ! 先遣隊として向かったはずだろう!」
国王は苛立ちを隠せない。
息子からの連絡は途絶えて久しい。
「まさか、あいつも魔女の毒牙にかかったのでは……」

「陛下! 前方に……あれは!」
側近の声に、国王は顔を上げた。
雨と霧の向こうに、巨大な壁が見えてきた。
それは石の壁ではない。
天を突くほど高く、ダイヤモンドのように輝く、氷の城壁だった。

アイスバーグ公爵領との国境。
そこには、ヴァルド・フォン・アイスバーグが展開した、絶対防御の氷壁が聳え立っていたのだ。

「な、なんだあれは……」
「あんなもの、どうやって突破すれば……」
兵士たちの間に絶望が広がる。

その時、氷壁の上から声が響いた。
拡声の魔道具を使っているのだろう、雷鳴のように轟く声だ。

『ここより先は、アイスバーグ公爵領である。……武装した軍隊の侵入は、直ちに宣戦布告とみなす』

壁の上に立つ人影。
漆黒の鎧を纏ったヴァルドと、その隣で星空のようなドレスを翻すアリアの姿があった。
そして彼らの背後には、無数の精霊たちが光の粒子となって渦巻いている。

「あ、あれが魔女か……!」
「いや、待て……あれは女神ではないか?」
「なんて神々しいんだ……」

兵士たちがざわめく。
彼らに植え付けられていた「醜い老婆のような魔女」のイメージとはかけ離れた、圧倒的に美しく、威厳のある姿。
そして何より、彼女の周りには精霊たちが楽しげに舞っている。
呪われた魔女に、精霊が懐くはずがない。
兵士たちの心に、疑念が生まれた。

「黙れ! 惑わされるな!」
国王が剣を抜いて叫んだ。
「あれは幻術だ! 魔女の惑わしだ! 全軍、突撃せよ! あの壁を砕き、魔女の首を獲れ!」

しかし、兵士たちの足は重い。
泥濘(ぬかるみ)と恐怖、そして目の前の光景への畏敬の念が、彼らを縛り付けていた。



一方、公爵邸の北の塔。
『反省房』にて震えていたギルバート殿下とミラは、遠くから響く進軍ラッパの音を聞きつけた。

「! 聞いたか、ミラ!」
殿下がガバッと起き上がる(その拍子に薄い毛布がずり落ちて、また震え出す)。
「ラッパの音だ! 王家のラッパだ! 父上が……父上が助けに来てくれたんだ!」

「本当ですの!?」
ミラも鉄格子にしがみついた。
「やったわ! ついに軍が動いたのね! あの生意気なお姉様も、冷酷な公爵も、これでおしまいよ!」

二人は手を取り合って喜んだ。
「あはは! 見ていろアリア! 僕をこんな目に遭わせたことを後悔させてやる!」
「私が聖女として返り咲く日が来たわ! まずは温かいスープとお風呂よ!」

そこへ、見張りの騎士がやってきた。
彼は哀れむような目で二人を見た。

「……喜んでいるところ悪いが、あんたらの父上、正気じゃないぞ」
「な、なんだと? 不敬だぞ!」
「陛下は『魔女アリアを殺せ』と叫んで突撃命令を出しているが……この天気を見てみろよ」

騎士は空を指差した。
公爵領側は晴れているが、国境の向こう側、王軍がいる空域だけ、どす黒い積乱雲が渦を巻き、雷が落ちまくっている。
精霊たちが全力で「お断り」している証拠だ。

「精霊たちがブチ切れてるんだよ。アリア様を害そうとする奴らには、自然界の全てが牙を剥く。……あんたらの父上、たぶん辿り着く前に全滅するか、良くて撤退だ」
「そ、そんな……」
「それに、もし万が一ここへ来れたとしても、ヴァルド閣下が本気だ。……氷漬けにされる未来しか見えねえな」

騎士は肩をすくめて去っていった。
残された二人は、再び絶望の底に突き落とされた。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……」
「嫌よ……もう凍ったパンは嫌ぁ……」



国境の氷壁の上。
私は眼下に広がる王軍を見下ろしていた。
泥にまみれ、寒さに震えながら、それでも王の命令で動こうとする兵士たち。
彼らには罪はない。罪があるのは、彼らを駒として扱う王だけだ。

「……ヴァルド様」
私は隣に立つ夫(仮)を見上げた。
「無益な殺生はしたくありません。彼らを退かせましょう」

「ああ、同感だ」
ヴァルド様は頷き、片手を上げた。
「だが、言葉で言っても分からぬ馬鹿には、少し『力』を見せてやる必要がある」

彼の手のひらに、青白い魔力が収束する。
同時に、私の周りの精霊たちも呼応した。

「精霊たち、力を貸して。……彼らの行く手を、優しく、でも絶対に越えられない壁で閉ざして」
「氷よ。我が意に従い、城塞となれ」

私たちの魔力が合わさり、放たれた。
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
地響きと共に、王軍の目の前の大地が隆起した。
それは巨大な氷の山脈となり、物理的に道を完全に封鎖した。
攻撃ではない。ただの「壁」だ。しかし、それは人間の力では到底破壊不可能な、神の御業のような壁だった。

「ひ、ひいいっ!」
「無理だ! あんなの勝てっこない!」
「逃げろ! 凍らされるぞ!」

兵士たちの戦意は、完全に崩壊した。
武器を捨て、我先にと逃げ出す者たちが続出する。
「待て! 逃げるな! 戻れ!」
国王が叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。むしろ、国王の馬車すらも、恐怖に駆られた御者によってUターンを始めていた。

「へ、陛下! 撤退です! これ以上は全滅します!」
「おのれ……おのれぇぇ! アリアァァァ!!」

国王の絶叫は、吹雪の中に虚しく消えていった。
戦いは、始まる前に終わったのだ。
圧倒的な自然の力と、愛の力(?)の前に。

「……終わったな」
ヴァルド様が私の肩を抱く。
「はい。……でも、これで彼らも思い知ったでしょう。もう手出しはできないはずです」

私たちは背を向け、屋敷へと戻ることにした。
しかし、これはまだ序章に過ぎなかった。
王軍の敗退という事実は、瞬く間に国中へ広がり、民衆の怒りを王家へと向かわせることになる。
そして、追い詰められた王家が最後にすがるのは、皮肉にも「アリアに戻ってきてほしい」という懇願以外になくなるのだ。

「今さら戻れと言われても、もう遅いですけどね」
私は小さく呟いた。
私の帰る場所は、もうここしかないのだから。

「さあ、帰ろうアリア。今日は特別に、ガストンが祝いのケーキを焼いているそうだ」
「本当ですか? 楽しみです!」

私たちは手を取り合い、温かい我が家へと歩き出した。
その背後では、巨大な氷壁が、夕日を受けて美しく、そして冷酷に輝いていた。

続く

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