「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第13話 夜会への招待状と、公爵様の独占欲

「……ずっと、こうして見ていたいな」

朝、目が覚めると、すぐ目の前にヴァルド様の美しい顔があった。
彼は頬杖をついて、寝ぼけ眼の私を愛おしそうに見つめていた。
窓の外は明るい。どうやら、随分と寝坊をしてしまったらしい。

「お、おはようございます、ヴァルド様! 私、寝過ごして……!」
慌てて起き上がろうとすると、彼が布団の上から私を抱きすくめた。
「謝ることはない。昨夜は……その、私が君を疲れさせてしまったからな」

耳元で囁かれた言葉に、昨晩の甘く熱い記憶が蘇り、私は布団を頭までかぶった。
「思い出させないでください……!」
「ふくく。可愛い反応だ」

ヴァルド様は上機嫌だった。
それもそのはず、私の淹れた「特製ハーブティー」と、その後の「愛の確認」のおかげで、彼の体調は万全を通り越して絶好調。
肌はツヤツヤ、瞳はキラキラ、纏う魔力も安定し、まさに「最強の公爵様」が完成していたのだ。

「さて、アリア。今日は君に伝えたいことがある」
彼が私の指に口づけを落としながら言った。
「近々、屋敷で夜会を開こうと思う」

「夜会、ですか?」
私は布団から顔を出した。
北の辺境であるこの地では、冬の間は道が閉ざされるため、大規模なパーティーは珍しいと聞いていたのだが。

「ああ。名目は『豊穣祭の祝賀会』だ。君の力で甦った農地の収穫を祝うと共に、領内の貴族や有力者たちに、私の『婚約者』を正式にお披露目したい」

お披露目。その言葉に、私は少し身を硬くした。
王都での夜会といえば、私はいつも壁の花。
誰にも話しかけられず、陰口を叩かれ、最後には婚約者に置いてけぼりにされる――そんな惨めな記憶しかなかったからだ。

私の不安を感じ取ったのか、ヴァルド様は優しく私の頬を撫でた。
「心配はいらない。君を値踏みするような真似はさせないし、壁のシミになんて絶対にならない。……私が片時も離さず、君の手を握っているから」

「ヴァルド様……」
「それに、君に見せつけたいんだ。君がどれほど愛され、素晴らしい存在であるか、皆が称賛する光景を」

彼の力強い言葉に、私の胸のつかえが取れていく。
そうだった。今の私は、一人じゃない。
「……はい。謹んでお受けいたします。……公爵夫人の名に恥じないよう、精一杯務めさせていただきます」

「恥じることなど何もない。君はそこにいて、笑っていてくれればそれでいい」

こうして、アイスバーグ公爵家主催の夜会が開かれることになった。
それは、地味で可愛げがないと捨てられた私が、真の幸福を掴んだことを証明する、晴れ舞台となるはずだった。



夜会の準備は、屋敷を挙げての大騒ぎとなった。
何しろ、数年ぶりの慶事だ。
メイドたちは「アリア様を世界一美しくするわよ!」と張り切り、料理長のガストンさんは「俺の料理で客の度肝を抜いてやる!」と腕まくりをしている。

そして、一番張り切っているのが、他ならぬヴァルド様だった。

「この布はどうだ? 東方の国から取り寄せた最高級の絹だ」
「宝石商を呼べ。アリアの髪色に合う飾りを全部持ってこさせるんだ」
「会場の花が足りない? 温室のものを全て運び込め!」

彼は執務の合間を縫って、私の衣装選びに余念がない。
ドレスルームに次々と運び込まれるドレスや宝石の山。
正直、一生かかっても着きれない量だ。

「あの、ヴァルド様。私は身体が一つしかないのですが……」
私が困惑して言うと、彼は真剣な顔で顎に手を当てた。

「分かっている。だが、どれも君に似合いそうで選べないんだ。……いっそ、夜会の途中で十回くらいお色直しをするか?」
「ファッションショーになっちゃいます! お客様が疲れてしまいますから!」

結局、私たちは一着のドレスを選んだ。
それは、深い夜空のようなミッドナイトブルーのドレス。
生地にはダイヤモンドの粉末が織り込まれ、動くたびに星空のように瞬く。
シンプルだが、洗練されたデザインは、私の白肌を際立たせ、大人の女性らしさを引き出してくれるものだった。

「……美しい」
試着した私を見て、ヴァルド様は溜息をついた。
「本当に、君は……どうしてこんなに美しいんだ」
彼は私の腰に手を回し、鏡越しに見つめ合った。

「正直に言うと、誰にも見せたくない」
彼の瞳が、不穏な独占欲に揺らめく。
「このまま君を部屋に閉じ込めて、私だけのものにしておきたい衝動に駆られる。……他の男の目に君が触れると思うだけで、嫉妬で氷漬けにしてしまいそうだ」

「ヴァルド様……」
「だが、そうもいかない。君は公爵夫人として、皆に祝福されるべきだ。……だから、約束してくれ」

彼は私の首筋に、所有印をつけるように熱いキスを落とした。
「夜会の間、私の半径一メートル以内から離れないこと。他の男と目を合わせないこと。ダンスは私としか踊らないこと」

「ふふ、条件が多いですね」
「これでも妥協した方だ。……守ってくれるか?」
「はい、もちろんです。私の瞳には、ヴァルド様しか映りませんから」

私が答えると、彼は満足そうに喉を鳴らし、さらに深く私を抱きしめた。
そばで見ていたメイドたちが「キャーッ!」と顔を覆いながらも、指の隙間からバッチリ見ているのが分かった。



そして迎えた、夜会当日。
アイスバーグ公爵邸の大広間は、見違えるように華やかに飾り付けられていた。
かつては冷え冷えとしていた空間が、今は暖炉の火と、無数の魔法の明かりで満たされている。
壁際には、季節外れの鮮やかな花々――私が再生させた温室の花たちが咲き誇り、甘い香りを漂わせていた。

招待された領内の貴族や有力者たちが、続々と会場入りする。
彼らの表情には、期待と、そして少しの緊張が混じっていた。
「噂は本当だろうか? あの『氷の公爵』が婚約者を?」
「しかも、王都を追放された令嬢だとか……」
「いや、豊穣の女神と呼ばれているらしいぞ」

ざわめきの中、ファンファーレが鳴り響く。
「アイスバーグ公爵閣下、ならびにアリア・フォン・ローゼン様のご入場です!」

重厚な扉が開かれた。
私はヴァルド様の腕に手を添え、一歩を踏み出した。

その瞬間、会場中の視線が私たちに突き刺さる。
(……怖い)
一瞬、昔のトラウマが蘇り、足がすくみそうになった。
「あいつ、地味な女だな」
「壁の花がお似合いよ」
かつて浴びせられた嘲笑が、幻聴として聞こえてくる。

その時、ヴァルド様の手が、私の手をぎゅっと強く握った。
見上げると、彼は優しく微笑んでいた。
「前を見て、アリア。……今の君は、誰よりも輝いている」

その言葉と、彼から伝わる体温が、私に勇気をくれた。
私は深く息を吸い、背筋を伸ばした。
そして、顔を上げて会場を見渡した。

「おお……っ!」
会場から、感嘆の波が広がった。
それは嘲笑ではない。純粋な称賛の声だった。

星空のドレスを纏った私と、漆黒の正装に身を包んだヴァルド様。
並んで歩く私たちの周りには、目には見えないけれど、色とりどりの精霊たちが祝福の花びらを撒くように舞っている。
その幻想的な光景に、誰もが言葉を失い、魅入っていた。

「なんて美しい……」
「あれが、噂のアリア様か……」
「公爵様があんなに穏やかな顔をなさるなんて……」

私たちは階段を下り、ホールの中央へと進んだ。
ヴァルド様が、皆に向かって口を開く。

「今宵は集まってくれて感謝する。……紹介しよう。私の愛する婚約者であり、この領地に春をもたらした奇跡の女性、アリアだ」

彼の紹介を受け、私はカーテシーをした。
「アリアでございます。未熟者ではございますが、この地と、皆様のために力を尽くしてまいります」

静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「万歳! アリア様万歳!」
「よくぞいらしてくださいました!」

人々が笑顔で駆け寄ってくる。
そこには、蔑みの色など微塵もない。
あるのは、温かい歓迎と、尊敬の眼差しだけだ。

「アリア様! 私の村の野菜が、あんなに立派に育ちました!」
「温泉のおかげで、持病のリウマチが治ったのです!」
「貴女様は、私たちの希望の光です!」

次々にかけられる感謝の言葉に、私の目頭が熱くなる。
ああ、私はここで生きていていいんだ。
必要とされているんだ。
「地味で可愛げがない」という呪いが、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。



宴が始まり、音楽が奏でられる。
「……踊っていただけますか、マイ・レディ」
ヴァルド様が恭しく手を差し出した。

「はい、喜んで」
私が手を取ると、彼は私を優しくエスコートし、ダンスフロアの中央へ。
王都の学園では、ダンスの授業でもパートナーが見つからず、いつも先生と踊っていた私。
でも今は、世界で一番素敵な男性がパートナーだ。

ヴァルド様のリードは完璧だった。
私が躓きそうになっても、すぐに支えてくれる。
回るたびにドレスの裾が星空のように広がり、精霊たちがそれに合わせて光の粒子を振り撒く。
私たちはまるで、光の渦の中で踊っているようだった。

「……君しか見えない」
踊りながら、ヴァルド様が囁く。
「周りの男たちが、君に見とれているのが不愉快だ。……今すぐ君をさらってしまいたい」
「ふふ、我慢してくださいね、旦那様」
「ああ、我慢している。……だが、今夜は覚悟しておけ」

その熱っぽい瞳に射抜かれ、私は顔を赤らめるしかなかった。
幸せすぎて、時間が止まればいいと思った。

しかし、そんな夢のような時間は、唐突な闖入者によって破られることになった。

「ご歓談中、失礼いたします!!」

ホールの入口から、泥だらけの伝令兵が転がり込んできたのだ。
音楽が止まり、ざわめきが広がる。
伝令兵は息も絶え絶えに、ヴァルド様の御前へと進み出た。

「ほ、報告します! 王都より、緊急の使者が……いえ、王都からの避難民が、国境に押し寄せています!」

「避難民だと?」
ヴァルド様の表情が一瞬で引き締まる。
「どういうことだ。王都で何が起きた」

伝令兵は震える声で告げた。
「ほ、崩壊です……! 王都は今、終わりのない豪雨と洪水、そして謎の疫病によって、機能不全に陥っています! 食料も尽き、暴動が発生……貴族も平民も関係なく、生きるために北へ、この公爵領へと逃げ出してきているのです!」

会場が悲鳴に包まれる。
王都の崩壊。
それは予想していたこととはいえ、あまりにも早い。

「さらに……悪い噂が流れています」
伝令兵は私をチラリと見て、言いにくそうに続けた。
「王家は、この天変地異のすべてを……『北に逃げた魔女アリアの呪いである』と公式に発表しました。国王陛下自らが軍を率いて、アリア様を討伐しに……いえ、『魔女狩り』に向かっているとの情報が!」

「魔女狩り……!?」
私が息を呑む。
自分たちの失政を棚に上げて、私を悪者に仕立て上げ、武力で制圧しようというのか。

「ふざけるな!」
ドォォン! と床が凍りつく音がした。
ヴァルド様が激昂し、周囲の空気が一気に氷点下まで下がる。
楽しい夜会の空気は霧散し、戦場のような殺気が満ちる。

「私の愛するアリアを、魔女だと? 呪いをかけたのは、精霊を蔑ろにした彼ら自身だろうに……!」
ヴァルド様の背後に、怒り狂った氷の精霊王(仮)が顕現する。
『許さん! アリアを傷つける者は、この私が氷塊に変えてやる!』

「うろたえるな!」
ヴァルド様の一喝で、パニックになりかけた会場が静まり返る。
彼は私の肩を抱き寄せ、皆に向かって宣言した。

「王都がどうなろうと知ったことではないが、アリアに牙を剥くというなら話は別だ。……迎え撃つぞ。アイスバーグ公爵軍の力、そして精霊の怒りがどれほどのものか、愚かな王に教えてやる」

「お、おおーっ!」
領主たちも拳を突き上げた。
「アリア様を守れ!」
「俺たちの女神様を渡すな!」
「王軍なんて蹴散らしてやる!」

先ほどまで優雅にグラスを傾けていた貴族たちが、一瞬にして武闘派集団へと変貌した。
北の民は、仲間意識が強く、敵には容赦がないのだ。

「……アリア」
ヴァルド様が私を見つめる。
「怖いか?」
「……いいえ」
私は首を振った。
「怖くありません。だって、私には最強の味方がいますから」

私は琥珀のネックレスを握りしめた。
「それに、もう逃げ隠れするのは終わりにします。……国王陛下と、真っ向からお話ししましょう。どちらが正しいのかを」

「ああ。その意気だ」
ヴァルド様は私の手を取り、甲に口づけをした。

「夜会は中止だ。……これより、対王都防衛戦の準備に入る!」

華やかなドレスから、戦う覚悟を決めた瞳へ。
夜会の終わりは、新たな戦いの始まりだった。
そして、この戦いこそが、私が「悪役令嬢」の汚名をそそぎ、真の「聖女」として歴史に名を刻むための最終決戦となるのだった。

ちなみに、塔の牢獄にいるギルバート殿下とミラは、この騒ぎを知る由もなく、
「さ、寒い……誰か毛布を……」
と、震えながら互いの体温を奪い合う醜い争いを続けていたという。

続く

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