「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第12話 私の淹れたお茶が、聖女の薬より効くなんて知りません

地下宝物庫での騒動は、私の(とヴァルド様の)圧倒的な勝利で幕を閉じた。
禁忌の黒い石を砕かれたミラは、魂が抜けたようにへたり込み、ギルバート殿下は恐怖のあまり気絶したまま、ヴァルド様の氷魔法で生み出された鎖にぐるぐる巻きに拘束された。

「……連れて行け。地下牢は寒すぎるだろうから、北の塔の最上階にある『反省房』にぶち込んでおけ」

ヴァルド様が騎士たちに命じる。
北の塔の最上階。そこは窓ガラスがなく、吹きっさらしの風が直撃する、文字通りの「冷却期間」を置くための部屋だ。
まあ、命があるだけ慈悲深いと思ってほしい。彼らは公爵家の財産を盗み、あまつさえ当主に攻撃を仕掛けたのだから、その場で氷像にされても文句は言えない立場なのだ。

「い、嫌ぁ……! 私の石が……私の力が……!」
ミラはブツブツと譫言(うわごと)を言いながら、騎士に両脇を抱えられて引きずられていく。
殿下は「う、うーん……ママぁ……」と寝言を言いながら運ばれていった。

「やれやれ。……屋敷の中が煤だらけだな」
ヴァルド様がため息をつき、煤で汚れた私の頬を親指で拭ってくれた。
「怪我はないか、アリア」
「はい、平気です。ヴァルド様こそ、魔力は……」
「君のおかげで安定している。……あんな大胆な口移しをされたら、暴走する元気もなくなるさ」

ヴァルド様がニヤリと笑うので、私はカッと顔を赤くした。
「あ、あれは緊急措置です!」
「分かっている。だが、次はもっと静かな場所で、ゆっくり頼む」

そんな甘い会話をしていると、瓦礫の陰から苦しげな呻き声が聞こえた。
「ぐっ……うぅ……」
「団長!?」

見ると、騎士団長のゲイルさんが、腕を押さえて蹲っていた。
彼は先ほどの爆発の際、逃げ遅れた若い騎士を庇って、瓦礫の下敷きになったのだ。
腕からは血が流れ、肩のあたりには火傷も負っているようだ。

「ゲイル! 無事か!」
ヴァルド様が駆け寄る。
「申し訳ありません、閣下……。不覚を取りました。爆風で少し、腕をやられたようで」
ゲイルさんは痛みに顔を歪めながらも、気丈に振る舞おうとしている。だが、傷は深く、顔色は土気色だ。

「すぐに手当を! 誰か、医師を呼べ!」
ヴァルド様が叫ぶが、ここは地下深く。医師が到着するまでには時間がかかる。
しかも、傷口には先ほどの黒い石の瘴気がわずかに混じっているのか、治癒が遅く、黒ずんでいるように見えた。

「ま、待ってください! 私が治しますわ!」

引きずられていく途中だったミラが、突然叫んだ。
彼女は騎士の手を振りほどき(火事場の馬鹿力だ)、懐から小瓶を取り出した。

「私は聖女ですもの! 怪我の治療なんてお手の物よ! これを塗ればすぐに治るわ!」
ミラは必死だった。
黒い石を失った今、ここで有用性を示さなければ、本当にただの罪人として処罰されると悟ったのだろう。
「これは王都の教会で作られた聖水と、特製ポーションを混ぜたものです! どんな傷も一瞬で塞がりますわ!」

彼女はゲイルさんに駆け寄り、強引に傷口に小瓶の中身を振りかけた。
ドロッとした紫色の液体が、傷口にかかる。

「ぐあああああっ!!」
ゲイルさんが絶叫した。
「痛い! 熱い! 焼けるようだ!!」

「えっ? あれ? おかしいわね……」
ミラは首を傾げた。
「いつもならこれで『ありがとう聖女様』って言われるはずなのに……」

「馬鹿者! 何をした!」
ヴァルド様がミラを突き飛ばす。
傷口を見ると、紫色の液体が泡を吹き、かえって炎症を悪化させていた。
「これは……保存状態が悪くて腐敗しているじゃないか! こんなものを傷口に塗るなど正気か!」

「そ、そんな……! 王都から持ってきた時は新鮮でしたのに!」
ミラは青ざめた。
王都からここまでの過酷な旅路、そして彼女自身の杜撰な管理のせいで、ポーションは変質して毒物と化していたのだ。
それに加え、彼女には精霊の加護がない。精霊の力で劣化を防ぐこともできなかったのだ。

「団長が……! このままではショック死してしまいます!」
部下の騎士が悲鳴を上げる。
ゲイルさんの意識が遠のきかけている。

「どいてください!」
私はミラの前に割り込み、ゲイルさんのそばに膝をついた。
「アリア、治せるか?」
ヴァルド様が縋るように私を見る。
「やってみます。……いえ、治します」

私は目を閉じ、周囲の精霊たちに意識を向けた。
宝物庫は地下にあるため、水の精霊と土の精霊の密度が高い。
そして何より、ここには先ほど解放されたばかりの「氷の精霊王」の残り香がある。

「ウンディーネ、清らかな水を。ドリアード、生命の息吹を。……そして、氷の精霊たち、傷口の熱を奪い、痛みを麻痺させて」

私の呼びかけに応じ、空中にキラキラとした光の粒子が集まる。
私は腰に下げていた水筒の水をコップに注ぎ、そこに魔力を込めた。
ただの水が、精霊たちの力で淡い青色に発光し始める。

「ゲイルさん、これを飲んでください。少し冷たいですが」
私は彼の口元にコップを運んだ。
ゲイルさんは朦朧としながらも、一口、二口と飲み下す。

すると、奇跡が起きた。
「……ん?」
ゲイルさんの呼吸が穏やかになり、苦悶の表情が消えていく。
そして、腕の火傷と切り傷が、見る見るうちに塞がっていったのだ。
黒ずんでいた皮膚が剥がれ落ち、下から綺麗なピンク色の肌が再生していく。

「お、おお……! 痛みが、引いていく……」
数秒後には、傷跡一つ残さず完治していた。
ゲイルさんは信じられないという顔で自分の腕をさすり、そして立ち上がった。
「体が軽い……。いや、怪我をする前より力が湧いてくるようだ!」

「な、なんですって!?」
ミラが目を見開いて叫んだ。
「ただの水でしょう!? 私の特製ポーションより効くわけがないわ! インチキよ!」

「インチキではありません」
私は空になったコップを置いた。
「これは精霊たちの力を借りて作った『聖水』そのものです。……ミラ、あなたが持っていたのは、ただの薬草の煮汁が腐ったもの。精霊の祝福がない薬なんて、ただの泥水と変わりません」

「そ、そんな……」
ミラはガクリと膝をついた。
自分の「聖女」としてのアイデンティティが、完全に否定された瞬間だった。
彼女は騎士たちに再び拘束され、今度こそ抵抗する力もなく連行されていった。

◇

騒動が落ち着き、私たちは応接室へと移動した。
ゲイルさんをはじめ、騎士たちの興奮は冷めやらない様子だ。

「アリア様! あの水は一体何なんですか!?」
「俺の古傷の腰痛まで治ってる!」
「俺なんて虫歯が治ったぞ!」
「最近薄くなっていた頭髪が……生えてきた!?」

騎士たちが私の周りに群がり、キラキラした目で詰め寄ってくる。
どうやら、さっきの波動が部屋全体に広がり、周囲にいた人たち全員に回復効果をもたらしたらしい。

「あ、あの、ただの水に、少しお願いをしただけですから……」
私が困惑して後ずさると、スッと目の前に黒い壁が立ちはだかった。
ヴァルド様だ。

「……貴様ら、アリアに近づきすぎだ」
不機嫌オーラ全開である。
背後の氷の精霊たちが『シャーッ!』と威嚇している。

「あ、いえ、閣下! 決してやましい気持ちでは!」
「ただ、感動しまして!」
「俺たちもアリア様のお茶を飲めば、もっと強くなれるんじゃないかと!」

騎士の一人が口走った言葉に、ヴァルド様の眉がピクリと動いた。
「……お茶、だと?」
「はっ! 先ほどの水であれだけ効くなら、アリア様が淹れたお茶なら、エリクサー並みの効果があるのではと!」

その場の全員の視線が、私に集中した。
期待に満ちた眼差し。
「お茶……飲んでみたいです……」
「一生のお願いです、アリア様!」

こうなっては断れない。
それに、みんな爆発騒ぎで疲弊しているし、ヴァルド様も魔力暴走の後遺症で少しダルそうだ。
温かいお茶でリラックスしてもらうのは良いことだろう。

「分かりました。では、皆様に特製ハーブティーをお淹れしますね」

◇

私はマーサさんに手伝ってもらい、茶器と茶葉を用意した。
茶葉は、以前私が再生させた温室で育ったカモミールとミントだ。
精霊の愛をたっぷり受けて育った茶葉は、乾燥させてもなお、生命力に溢れて輝いている。

「美味しくなぁれ、元気になぁれ」
お湯を注ぎながら、小さくおまじないをかける。
湯気と共に立ち上る香りは、それだけで精神を浄化するような清々しさを持っていた。

「どうぞ、召し上がれ」
全員にカップが行き渡る。
まずはヴァルド様が一口。

「…………」
彼は目を閉じ、深く息を吐いた。
その瞬間、彼の周囲に漂っていた殺気や疲労感が、雪解けのように消え去った。
いつも険しい眉間の皺が伸び、蕩けるような表情になる。

「……すごいな」
彼は呟いた。
「体の中の澱みが、全て洗い流されるようだ。魔力の回路が整い、活力が満ちてくる。……これなら、徹夜で執務をしても平気かもしれない」
「徹夜はダメですよ」

次に騎士たちが飲んだ。
「うおぉぉぉっ!!」
野太い叫び声が上がった。
「なんだこれ! うめぇ! うますぎる!」
「疲れが! 筋肉痛が消えた!」
「視界がクリアになった! 暗視能力が上がった気がする!」
「お肌がツルツルに!?」

騎士たちがカップを持ったままマッスルポーズをとったり、自分の頬を触ったりして大騒ぎだ。
どうやら、私の淹れたお茶は、予想以上に高効果な「万能薬(エリクサー)」になってしまったらしい。
普通の回復薬(ポーション)が体力回復だけなのに対し、こっちは状態異常回復、魔力回復、バフ効果(身体能力向上)までついているようだ。

「……恐ろしい子だ」
ゲイル団長がしみじみと言った。
「アリア様は、国宝……いや、世界の至宝ですよ。王都の連中は、とんでもない損失をしましたね」
「全くだ。だが、もう遅い」
ヴァルド様が私の腰を引き寄せ、独占欲を露わにした。
「アリアは私が見つけた。私だけのものだ。……このお茶も、本来なら私だけの特権にしたいところだがな」

彼は騎士たちを睨みつけた。
「貴様ら、今日飲んだことは他言無用だぞ。アリアのお茶目当てに、王都の貴族どもが押し寄せてきたら面倒だ」
「はっ! 心得ております!」
「この味は墓場まで持っていきます!」

騎士たちは敬礼し、最後の一滴まで大切そうに飲み干した。
中にはカップを舐めようとする者までいたが、それはさすがにヴァルド様に氷漬けにされかけていた。

◇

その夜。
騒ぎも収まり、私はヴァルド様の私室に招かれていた。
暖炉の前で、二人きりでくつろぐ時間。
ヴァルド様の手には、昼間に買ったペアグラス。中には琥珀色のワインが注がれている。

「……今日は疲れただろう」
ヴァルド様が隣に座り、私の肩を抱く。
「いろいろありすぎて、少し疲れました。でも、皆様が元気になってよかったです」
「ああ。君のおかげで騎士団の士気は最高潮だ。……だが」

彼はグラスを置き、私の顔を覗き込んだ。
「私はまだ、完全に回復していないらしい」
「えっ? どこかお加減が?」
あのお茶を飲んでも治らないなんて、相当な重症だろうか。
私が心配して彼の体を触診しようとすると、彼は私の手を取って、自分の胸元に導いた。

「ここが、熱いんだ」
心臓の鼓動が、トクトクと早く打っている。
「君を見ると、どうしようもなく喉が渇く。君に触れたくて、気が狂いそうだ。……この『病』は、アリア、君にしか治せない」

それは病気ではなく、ただの発情……いや、情熱だ。
彼の熱っぽい瞳に見つめられ、私は自分が茹でダコのように赤くなるのを感じた。

「……特効薬は、何でしょうか」
私が蚊の鳴くような声で尋ねると、彼は妖艶に微笑んだ。
「キスだ。……それも、とびきり甘いやつを」

彼は私をソファに押し倒し、覆いかぶさった。
「昼間の続きをしよう、アリア。……今度は邪魔は入らない」

重なる唇。
昼間の緊急措置とは違う、優しくて、でも貪欲なキス。
ワインの香りと、彼特有の冷涼な、でも心地よい香りが私を包み込む。
彼の指が私の髪を梳き、背中を撫でるたびに、体中が痺れるような感覚に襲われる。

「……んっ……ヴァルド様……」
「アリア……愛している」

部屋の温度が上がっていく。
窓の外では、雪が降っていたけれど、この部屋の中だけは真夏のように熱かった。
精霊たちも気を利かせてくれたのか(あるいは見せつけられて恥ずかしくなったのか)、いつの間にか姿を消していた。

その夜、私は「聖女の薬」よりも効く、公爵様の極上の愛に溺れることになった。
そして翌朝、肌がツヤツヤになりすぎて、マーサさんに「あらあら、ご馳走様でした」とからかわれることになるのは、また別の話である。

◇

一方、北の塔の最上階。
『反省房』と呼ばれるその場所は、屋根はあるものの壁は鉄格子のみで、吹きっさらしの風が容赦なく吹き込む極寒の牢獄だった。

「さ、寒い……! 死ぬ……!」
ギルバート殿下はガタガタと震えながら、薄い毛布一枚にくるまっていた。
「なんで僕がこんな目に……! 王宮のふかふかのベッドが恋しい……温かいスープが飲みたい……」

「……寒いわ」
隣の房で、ミラが体育座りをして虚空を見つめていた。
彼女の目は死んでいた。
「黒い石もなくなった……。精霊王も行ってしまった……。もうおしまいよ……」

「ミラ! なんか魔法を使えよ! 火を出せ!」
「無理よ……。私には何の力もないもの。……お姉様がいなきゃ、私はただの無能な小娘だったのよ……」

ミラは初めて、自分の無力さと向き合っていた。
姉の成果を横取りし、姉を踏み台にして生きてきたツケが、今まさに回ってきたのだ。
寒さと空腹、そして絶望。
それが、彼女たちに与えられた罰だった。

「おーい、生きてるかー?」
見回りの騎士がやってきた。
手には、湯気の立つマグカップを持っている。

「そ、それは!」
殿下が身を乗り出す。
「温かい飲み物か! くれ! 命令だ、よこせ!」

騎士はニヤリと笑い、自分の口にカップを運んだ。
「ああ、うめぇ。アリア様特製のお茶は最高だなあ。体が芯から温まる」
「なっ……!?」
「お前らには、こっちだ」

騎士が鉄格子の隙間から差し入れたのは、氷の入った冷水と、カチカチに凍った黒パンだった。
「アリア様を害そうとした罪人には、これで十分だそうだ。……感謝して食えよ」

「ふ、ふざけるなー!」
殿下の絶叫が、夜の闇に吸い込まれていく。
彼らがアリアの淹れた温かいお茶を飲める日は、永遠に来ないだろう。

そして、運命の歯車はさらに回る。
王都での限界を迎えた国王陛下が、ついに自ら騎士団を率いて、北への行幸を決意したという知らせが届くのは、その翌日のことだった。

続く

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