「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第10話 新しいドレスと、初めてのデ-ト

「……いい加減にしてくれ。なぜ私が妻と過ごす貴重な休日に、お前たちがついてくるんだ」

アイスバーグ公爵領の城下町へ向かう馬車の中。
ヴァルド様は、向かいの席に図々しく座り込んだギルバート殿下とミラを、氷点下の視線で睨みつけていた。

昨日の猛吹雪は嘘のように止み、今日は絶好の外出日和となっていた。
ただし、それは私とヴァルド様にとっては、の話だ。
精霊たちは相変わらず殿下たちを歓迎していないため、彼らの頭上にだけ局地的な雪雲が漂っているような状態だったが、彼らは「王族を置いてけぼりにするとは何事か!」と無理やり馬車に乗り込んできたのだ。

「勘違いするなよ、公爵。僕は視察だ。アリアがいなくなったせいで、この辺境がどれほど寂れているかを確認してやるためについてきてやったんだ」
ギルバート殿下は腕を組み、ふんぞり返って言った。
その顔色は悪い。昨晩、精霊たちの夜通しの嫌がらせ(枕元で雪玉を投げられる等)で一睡もできなかったらしい。

「そうよ。お姉様ばかり贅沢して……私だって買い物がしたいわ。王都のドレスは湿気でカビてしまったんですもの」
ミラも不満げに口を尖らせている。

ヴァルド様は溜息をつき、私の方を見て表情を緩めた。
「すまない、アリア。せっかくのデートなのに、邪魔が入ってしまった」
「いいえ、ヴァルド様。賑やかでよろしいではありませんか。それに……」

私はにっこりと微笑んだ。
「今日の私は、ヴァルド様が選んでくださったこのドレスを着ていますから、気分は最高ですもの」

今日、私が身に纏っているのは、昨日の「戦闘用」の正装とはまた違う、街歩き用の可愛らしいドレスだった。
淡い桜色(ピンク)の生地に、白いレースがふんだんにあしらわれている。
今まで「地味な色が似合う」と洗脳され、モスグリーンや茶色の服ばかり着せられてきた私にとって、こんなに明るい色は初めての挑戦だった。

朝、ドレスルームでこれを見た時、私は尻込みした。
「私には派手すぎませんか? 似合わないんじゃ……」
そう言った私に、ヴァルド様は真剣な顔で告げたのだ。
「似合う。……君が着れば、どんな花よりも可憐だ。俺のために着てくれないか」

そんな殺し文句を言われて断れるはずがない。
結果、鏡に映った自分は、頬を染めた普通の恋する乙女のように見えた。
精霊たちも『可愛いー!』『桃の花の妖精みたい!』と大絶賛してくれた。

「ふん、似合わないな」
ギルバート殿下が鼻で笑った。
「お前のような地味女にピンク? 豚に真珠とはこのことだ。ミラの方がよほど似合うぞ」

「あら、ありがとうございます殿下。お姉様、そのドレス、私が着てあげましょうか? お姉様にはいつものよもぎ色が……」
ミラが手を伸ばそうとした瞬間。

『豚はお前だー!』
『アリアの服に触るな!』
『静電気攻撃!』

バチッ!!
「きゃあっ!?」
ミラが指先を押さえて飛び上がった。
精霊たちのガードは今日も鉄壁だ。

「……アリアは何を着ても美しい。目が腐っているのか?」
ヴァルド様が冷ややかに言い放つと、殿下たちは悔しそうに口を噤んだ。



馬車が城下町に到着した。
扉が開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。

「アリア様だ!」
「領主様とアリア様がいらしたぞー!」
「万歳! アリア様万歳!」

広場を埋め尽くさんばかりの人だかり。
町中の人々が、私たちを一目見ようと集まっていたのだ。
彼らの手には花や手作りの旗が握られ、皆が満面の笑みを浮かべている。

「な、なんだこの騒ぎは……!?」
殿下が後ずさりする。

ヴァルド様が私の手を取り、エスコートして馬車から降りた。
その瞬間、割れんばかりの歓声が上がった。
「きゃーっ! アリア様、今日のドレスも素敵!」
「公爵様も男前だー!」
「お似合いのカップルだぞー!」

私は照れくさくて俯きそうになったが、ヴァルド様が腰に手を回し、堂々と顔を上げるよう促してくれた。
「胸を張れ、アリア。これは君が勝ち取った信頼と愛の証だ」

私たちが歩き出すと、人々はモーセの海割りのように道を開け、花吹雪を撒いた。
「ありがとうございます、アリア様! 温泉のおかげで宿屋が大繁盛です!」
「畑の大根がこんなに大きくなりました!」
「娘の熱が下がりました、これもアリア様のお守りのおかげです!」

次々に感謝の言葉が飛んでくる。
私は一人一人に笑顔で会釈を返した。

その背後を、ギルバート殿下とミラがコソコソとついてくる。
しかし、彼らに向けられる視線は冷ややかだった。
「おい、後ろにいるの誰だ?」
「あれじゃないか? アリア様をいじめてたっていう元婚約者」
「うわ、寒そうな顔してる」
「貧相な男だなあ。うちの公爵様と比べ物にならねえよ」

ひそひそ話(というには大きすぎる声)が聞こえてくるたび、殿下の肩が怒りで震える。
「き、聞こえているぞ貴様ら! 僕は王子だぞ! 敬え!」
「王子? 知らねえなあ。何かしてくれたのか?」
「俺たちの野菜を枯らした王都の偉い人だろ? 帰れ帰れ」

石こそ投げられないものの、完全なる四面楚歌。
殿下は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだが、誰も相手にしなかった。



私たちは街の大通りを散策することになった。
「初めてのデートだな」
ヴァルド様が少し緊張した面持ちで言う。
「エスコートなど慣れていない。……退屈させたらすまない」

「ヴァルド様と一緒にいられるだけで楽しいです。あ、見てください、あのお店」
私が指差したのは、ガラス細工の店だった。
キラキラと輝く繊細な工芸品が並んでいる。
私たちは店に入った。

「いらっしゃいませ! おお、公爵様とアリア様!」
店主が目を輝かせて飛んできた。
「どうぞどうぞ、見ていってください! アリア様をイメージした新作のグラスもあるんですよ!」

新作のグラスは、雪の結晶と小さな花が描かれた可愛らしいものだった。
「素敵ですね」
「気に入ったか? なら、店ごと買おう」
「買いません! グラスを二つだけ、ペアでください」

私が慌てて止めると、ヴァルド様は少し残念そうにしながらも、ペアグラスを購入してくれた。
「……これで、夜に二人で酒を飲もう」
耳元で囁かれ、私は顔を赤くして頷いた。

その様子を、店の外からガラスにへばりついて見ていたミラが、たまらず入ってきた。
「私も! 私もそれが欲しいわ! お父様のお金で買うから一番高いのを出して!」

しかし、店主の態度は一変した。
「ああ、すみませんねお嬢さん。当店の商品は、心の綺麗な方にしかお売りできないことになっておりまして」
「はあ!? 何よそれ! 客を選ぼうって言うの!?」
「ええ、選びますとも。アリア様の邪魔をするような方には、ガラスの破片一つ売りませんよ。お引き取りを」

店主は箒を持ってきて、パタパタとミラを追い出した。
「キーッ! 覚えてらっしゃい!」
ミラが喚く声を聞きながら、私たちは裏口からこっそり店を出た。

次に向かったのは、カフェだった。
テラス席に座り、北国特有の温かいベリージュースとパンケーキを注文する。
運ばれてきたパンケーキは、ふわふわで湯気を立てていた。

「あーん、していいか?」
ヴァルド様がフォークにパンケーキを刺し、私の口元に差し出してきた。
周りには他のお客さんもいるし、何より後ろの席には変装(サングラスをかけただけ)した殿下たちが聞き耳を立てている。

「は、恥ずかしいです……」
「誰も見ていない」
(見てますよ、全員ガン見してますよ!)
しかし、ヴァルド様の期待に満ちた子犬のような瞳には勝てない。
私は観念して、小さく口を開けた。

「……んっ」
パクり。甘酸っぱいベリーソースと、生地の甘みが広がる。
「美味しいです」
「そうか。……可愛いな」
ヴァルド様は満足げに微笑み、私の唇についたソースを親指で拭った。
そして、その指を自分の口へ。

「ぐぬぬぬぬ……!!」
背後から、歯ぎしりの音が聞こえる。
ギルバート殿下だ。
彼はメニュー表を握りしめすぎて、クシャクシャにしていた。

「ご注文は?」
ウェイターが冷淡に殿下に尋ねる。
「こ、これと同じものを! パンケーキだ!」
「申し訳ございません。パンケーキの材料は、アリア様と公爵様の分で最後となってしまいました」
「なっ、さっき山ほど運んでいただろう!」
「気のせいです。お客様には、こちらの『堅焼き黒パンと水』ならご用意できますが」
「馬鹿にするな!」

殿下が暴れそうになった時、ヴァルド様が背中越しに声をかけた。
「騒ぐなら店を出ろ。アリアとの甘い時間が台無しだ」
その声には、有無を言わせぬ圧力があった。
殿下は「くそっ、くそっ!」と小声で毒づきながら、椅子に小さくなった。



楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れ時になった。
街はガス灯の明かりと、雪の反射で幻想的な雰囲気に包まれている。
私たちは中央広場のベンチに座り、ライトアップされた氷の噴水を眺めていた。

「……夢みたいです」
私は呟いた。
「こんなに素敵なドレスを着て、美味しいものを食べて、大切な人と笑い合えるなんて。……少し前までの私には、想像もできませんでした」

「夢ではない」
ヴァルド様が私の手を強く握った。
「これは現実だ。そして、これからもずっと続く日常だ。……私は、君にもっと多くのものを与えたい。君が望むなら、世界中の宝石も、花も、全て君の足元に捧げよう」

「そんなにいりません」
私は彼の肩に頭を乗せた。
「私は、ヴァルド様が隣にいてくだされば、それだけで十分です」

いい雰囲気だった。
まさに、愛を確かめ合う最高のシチュエーション。
しかし、空気を読まない(読めない)男が一人。

「待て待て待てぇい!!」

ギルバート殿下が、ベンチの前に立ちはだかった。
彼はもう我慢の限界だったようだ。
ミラも一緒になって、ヒステリックに叫び出した。

「おかしい! 絶対におかしいわ! なんでお姉様ばかりいい思いをしてるの!? そのドレスも、そのパンケーキも、みんなの歓声も、本来は『聖女』である私のものよ!」

「そうだ! アリア、お前は僕の婚約者だったんだぞ! その権利は僕にあるはずだ! なんでこの氷男とイチャイチャしてるんだ!」
殿下は私を指差した。
「今すぐそのドレスを脱いでミラに渡せ! そして僕の元へ戻ってこい! そうすれば、側室として置いてやって……」

「黙れ」

ヴァルド様が立ち上がった。
その瞬間、広場の噴水が一気に凍りつき、巨大な氷柱となった。
周囲の気温が急激に下がる。
街の人々も、異変を察知して静まり返り、遠巻きにこちらを見守っている。

「一日中、我慢して聞いていれば……。貴様ら、どこまでアリアを侮辱すれば気が済む」
ヴァルド様の瞳が、蒼い炎のように燃え上がっていた。
「側室? ドレスを渡せ? ……寝言は棺桶の中で言え」

「ひぃっ……!」
本気の殺気に、殿下とミラが抱き合って震える。

「アリアはこの地の希望であり、私の心臓だ。それを奪おうとするなら、国ごと凍らせてやる覚悟はできているか?」
ヴァルド様が一歩踏み出すと、地面がバリバリと音を立てて凍結していく。
このままでは殿下たちが氷像になってしまう。

私はそっとヴァルド様の腕に触れた。
「ヴァルド様、お待ちください」
「アリア? 止めるのか」
「いいえ。……私からも、少しお話させてください」

私は殿下たちの前に進み出た。
かつては彼らの顔色を窺い、言いたいことも飲み込んでいた。
でも今は、背中にヴァルド様の温かい手がある。

「ギルバート殿下。ミラ。……あなたたちは、一つ大きな勘違いをしています」
私は静かに告げた。
「私が幸せなのは、このドレスのせいでも、公爵家の権力のせいでもありません」

「な、なんだと?」

「私が幸せなのは、私が私自身を愛してくれる人を見つけたからです。そして、私が私らしくいられる場所を見つけたからです」
私は胸元の琥珀のネックレスに触れた。
「あなたたちは、私の『地味な見た目』や『精霊使いとしての能力』しか見ていなかった。だから、私の中身を知ろうともしなかった。……でも、ヴァルド様は違います」

私は振り返り、ヴァルド様を見上げた。
「ヴァルド様は、私の眼鏡を外した素顔を好きだと言ってくれました。私の作る料理を、私の声を、私の心を、全て受け入れてくれました。だから私は、今こんなに笑っていられるのです」

ヴァルド様が嬉しそうに目を細める。

「あなたたちには、それが理解できないでしょうね。見た目や肩書きでしか人を判断できないあなたたちには」
私は憐れむような目で二人を見た。
「新しいドレスを着たから素敵なのではありません。愛されているから、輝けるのです。……今のあなたたちは、どんなに高価な服を着ても、心の中の貧しさが透けて見えていますよ」

「っ……!」
殿下は図星を突かれたように言葉を詰まらせた。
ミラは悔しさに唇を噛み締め、涙目になっている。
「う、うるさいっ! 生意気よ! 精霊の声も聞こえないくせに!」

その時だった。
広場の空に、無数の光が集まり始めた。
風が吹き、雪が舞い、それらが意思を持って形を成していく。
小さな精霊たちではない。
もっと巨大で、神々しい存在。

『……愚かな娘だ』

空から、荘厳な声が響き渡った。
光の中から姿を現したのは、巨大な美しい女性の姿をした精霊――「風の精霊王」の幻影だった。

「え……?」
ミラが空を見上げて呆然とする。
「せ、精霊……? 本当に……?」

『我らは常にアリアの声を聞いていた。アリアの願いに応えていた。……お前たちの声など、一度たりとも届いたことはない』
風の精霊王が冷たく告げる。
『アリアを蔑み、我らの愛し子を傷つけた罪。……その報いは受けてもらうぞ』

ゴオオオオッ!!
突風が吹き荒れ、殿下とミラを直撃した。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
二人は枯れ葉のように吹き飛ばされ、広場の端にある雪山(除雪して積み上げられたもの)に頭から突っ込んだ。

ドスッ! ドスッ!
見事な突き刺さりっぷりだ。
足だけをバタバタさせている二人を見て、広場の人々は爆笑した。

「ざまぁみろ!」
「精霊王様もお怒りだぞ!」
「二度とアリア様に近づくな!」

ヴァルド様はふっと笑い、私を引き寄せた。
「……素晴らしい演説だった、アリア。そして、精霊王まで味方につけるとはな」
「あの方(風の精霊王)まで出てくるとは思いませんでしたけど……ちょっとやりすぎかしら?」
「いや、あれくらいでちょうどいい。さあ、帰ろうか。冷えてきた」

ヴァルド様は私を軽々と横抱きにした。
いわゆる「お姫様抱っこ」だ。
「きゃっ! ヴァルド様、人が見てます!」
「見せつけてやればいい。私がどれほど君を愛しているかを」

彼は私の額に口づけを落とし、堂々と歩き出した。
広場からは冷やかしの口笛と、温かい拍手がいつまでも鳴り止まなかった。

雪山から這い出したギルバート殿下とミラは、その幸せな後ろ姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
「……なんでだ。なんであいつばっかり……」
殿下の目から、初めて悔し涙以外の、何か大切なものを失ったという後悔の涙がこぼれ落ちた気がした。
まあ、気のせいかもしれないけれど。

こうして、初めてのデートは、ある意味で最高の結果に終わった。
私の心は満たされ、殿下たちの心は折れ(かけた)、そして領民たちとの絆はより深まったのだから。

しかし、物語はまだ終わらない。
王都の状況はいよいよ限界を迎え、焦った国王がついに動き出そうとしていたのだ。
そして、ミラの中に眠る「何か」――彼女がなぜ偽聖女として振る舞えていたのか、その歪な理由が明らかになろうとしていた。

続く

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