「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~

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第7話 どうやら私は、公爵領の救世主だったみたいです

「アリア、寒くはないか? 少しでも冷えたらすぐに言うんだぞ」
「ヴァルド様、さっきも聞かれましたよ。大丈夫です、精霊たちが守ってくれていますから」

私たちは今、領内の小さな農村にある試験農場に来ていた。
目の前に広がるのは、雪原の中に突如として現れた巨大な透明のドーム。
ヴァルド様の氷魔法で作られた「氷の温室」だ。

外は吹き荒れる吹雪で視界もままならないが、ドームの中は別世界のように穏やかだった。
太陽の光を氷の壁が集め、内部は春のような暖かさに満ちている。
そして、黒々とした土の上には、青々とした葉が茂り始めていた。

「すごい……。たった三日で、ここまで育つなんて」
村長のおじいさんが、震える手で小さな芽に触れようとして、恐れ多くて引っ込めるのを繰り返している。
無理もない。この極寒の地で、冬の間に作物が育つなど、歴史上あり得ないことだったのだから。

「土の精霊さんたちが頑張ってくれたおかげです。それに、ヴァルド様の氷壁が完璧に外気を遮断してくれていますから」
私がそう言うと、隣に立っていたヴァルド様が、嬉しさを隠しきれない様子で口元を緩めた。

「私の氷が役に立っているなら何よりだ。……しかし、魔力の調整というのは繊細なものだな。君がいなければ、またドームごと中身を凍らせていただろう」
「ふふ、ヴァルド様は飲み込みが早いですから。もう精霊たちとも仲良しですね」

ヴァルド様の周りには、今日も氷の精霊たちが漂っている。
以前のような「主を凍らせてやろう」という無邪気な殺意(?)はなく、今は「主の役に立ちたい」という健気な働きぶりを見せていた。
彼らはドームの温度が高くなりすぎないよう、適度に冷気を送って空調管理をしてくれているのだ。

『ヴァルド、ここちょっと暑いよー』
『右側の壁、補強しといた!』
『アリア、水やり終わったよ!』

精霊たちの声を通訳して伝えると、ヴァルド様は虚空に向かって小さく頷いた。
「……ありがとう。助かる」

その一言で、精霊たちは『キャー! ヴァルドにお礼言われた!』『もっと働くー!』と大興奮だ。
最強の公爵様と、お節介な精霊たち。
最強のタッグが結成されつつあった。

農作業といっても、私が鍬を振るうわけではない。
私の仕事は、畑の中心に立って、精霊たちに魔力を供給し、指揮を執ることだ。
本来、植物の成長には数ヶ月かかる。
けれど、ここでは精霊の力を借りた「急速成長」を行っている。

「木の精霊ドリアード、根を深くまで伸ばして。水の精霊ウンディーネ、地下水を吸い上げて葉の隅々まで届けて。光の精霊ウィスプ、太陽の代わりになって光合成を促して」

私が歌うように唱えると、畑全体が淡い緑色の光に包まれた。
ザワザワ……と葉が擦れる音が響く。
目に見える速度で茎が伸び、葉が広がり、蕾が膨らんでいく。
まるで早回しの映像を見ているようだ。

「お、おおお……!」
「女神様だ……豊穣の女神様が舞い降りたんだ……!」

周りで見守っていた村人たちが、次々と地面にひれ伏して祈り始めた。
中には涙を流して拝んでいるお婆さんもいる。

「あ、あの、顔を上げてください! 私は女神なんかじゃありませんから!」
慌てて否定するが、興奮した村人たちの耳には届かないらしい。
「アリア様万歳! アイスバーグ公爵家万歳!」
「これで今年の冬は越せるぞ!」
「子供たちに腹一杯食わせてやれる!」

その歓喜の渦を見て、ヴァルド様が私の肩を抱き寄せた。
「……君は謙遜するが、彼らにとっては紛れもない奇跡なんだ。もちろん、私にとってもな」
彼は愛おしそうに私の髪を撫でた。
「誇らしいよ、アリア。私の婚約者が、こんなにも素晴らしい力を持っていることが」

「ヴァルド様……」
見つめ合う私たちの間で、また精霊たちが『ヒューヒュー!』とはやし立てる。
もう、公衆の面前だってことを忘れないでほしい。

◇

作業が一段落し、私たちは村の集会所で休憩をとることになった。
村の女性たちが、ありったけの感謝を込めてお茶とお菓子を用意してくれた。
お菓子といっても、保存用の干し木の実と、貴重な砂糖を少しだけ使った焼き菓子だ。
それでも、今のこの村にとっては精一杯のおもてなしだろう。

「アリア様、どうぞ。お口に合うかわかりませんが……」
恥ずかしそうに差し出された皿を、私は笑顔で受け取った。
「ありがとうございます。とても美味しそうです」

一口食べると、素朴な甘みが口いっぱいに広がった。
「美味しいです。木の実の香ばしさが素敵ですね」
「よかった……! 村一番の料理自慢が焼いたのです!」

私が喜ぶと、村人たちもパッと顔を輝かせる。
そんな和やかな光景を、ヴァルド様は少し離れた場所から、腕を組んで見守っていた。
その表情は相変わらず鉄仮面のように無表情だが、背後の氷の精霊王(仮)が親指を立てて「グッ!」のポーズをしているので、彼も満足しているに違いない。

「……ヴァルド様も、こちらにいらっしゃればいいのに」
私が手招きすると、彼は躊躇いながら近づいてきた。
すると、村の子供たちが、おそるおそるヴァルド様の足元に寄ってきた。

「ねえねえ、領主様」
「おっきいねー」
「その剣、強そう!」

親たちが「こらっ、失礼だぞ!」と青ざめて止めようとするが、子供たちの好奇心は止まらない。
ヴァルド様は、足元にまとわりつく小さな生き物たちに固まっていた。
どうしていいかわからない、という顔だ。

「……子供は、苦手か?」
彼が困ったように私に尋ねる。
「いいえ、ヴァルド様は優しいですから、きっと好かれますよ。……ほら、頭を撫でてあげてください」

私が促すと、ヴァルド様は恐る恐る、大きな手を少年の頭に乗せた。
力を入れたら壊してしまうのではないかと、心配しているのが伝わってくる。
その手つきは驚くほど優しく、ぎこちなかった。

「……こう、か?」
「わあ、おっきい手!」
「あったかーい!」

子供たちがキャッキャと喜ぶ。
ヴァルド様の目は丸くなり、やがてふわりと表情が和らいだ。
「……温かい、か。私が?」
「ええ。ヴァルド様の手袋は最高級の魔法具ですからね。それに、心も温かいですから」
私が補足すると、彼は耳を赤くしてそっぽを向いた。

「君には敵わないな」

その日、村を出る頃には、ヴァルド様はすっかり子供たちの人気者になっていた。
「また来てねー!」
「バイバーイ!」
手を振る子供たちに、ヴァルド様も小さく手を振り返す。
その背中は、以前見た孤独な「氷の公爵」の姿ではなかった。

帰りの馬車の中。
心地よい疲労感に包まれながら、私はヴァルド様の肩にもたれかかっていた。
「……疲れたか?」
「少しだけ。でも、みんなの笑顔が見られてよかったです」
「ああ。……私もだ」

ヴァルド様が私の手を握り、指を絡めてくる。
「アリア。君が来てから、私の世界は色を変えた。白と灰色しかなかった景色が、今は鮮やかで、騒がしくて……愛おしい」
「ヴァルド様……」
「愛している。……まだ出会って数日だが、この気持ちは変わらない。一生、君を守り抜くと誓う」

彼は私の手の甲に口づけを落とした。
その熱い唇の感触に、心臓が高鳴る。
王都では「地味で可愛げがない」と言われ続けてきた私が、こんな風に熱烈に愛される日が来るなんて。
人生とは分からないものだ。

「……私も、お慕いしております。ヴァルド様」
小さな声で答えると、彼は嬉しそうに私を抱きしめた。
馬車の窓の外では、オーロラが夜空に輝いていた。
精霊たちからの、祝福の光だ。

◇

一方その頃、王都。

「ええい、鬱陶しい雨だ! いつになったら止むんだ!」
王宮のテラスで、ギルバート王子は忌々しげに空を睨みつけていた。
頭上には分厚い雨雲が垂れ込め、もう十日以上も太陽を見ていない。
王都の道はぬかるみ、排水路が溢れ、下町では床上浸水の被害が出ているという報告が上がってきている。

「殿下……また、パンの値が上がったそうです」
側近が青い顔で報告に来た。
「小麦の貯蔵庫が湿気でやられ、半分以上がカビてしまったと……。民衆の不満が高まっています。『聖女様の祈りはまだか』と城門に押し寄せる者も」

「黙れ! ミラは祈っている! 不眠不休でな!」
ギルバートは怒鳴り散らしたが、その声には焦りの色が濃かった。
彼は部屋に戻り、ソファでぐったりとしているミラに詰め寄った。

「ミラ! どうなんだ! 精霊の声は聞こえたのか!?」
ミラは憔悴しきった顔で首を振った。
かつての愛らしい容姿は見る影もなく、目の下にはクマができ、自慢の髪もボサボサだ。
「聞こえませんわ……! 何度やっても、何も……」

彼女はヒステリックに叫んだ。
「そもそも、私には精霊の声なんて聞こえたことないんですもの! あれは全部、お姉様がやっていたことなんです!」

「な……なんだと!?」
ギルバートは愕然とした。
「う、嘘だろう? 君は言ったじゃないか。『お姉様の成果は私のもの』『私が指示したから精霊が動いた』と!」

「そう言えば殿下が喜んでくれるから、話を合わせただけですわ! まさか本当にお姉様がいなくなっただけで、こんなことになるなんて……」
ミラは泣き崩れた。
「お姉様がこっそり裏で調整していたなんて知りませんでしたの! ただの地味な雑用係だと思っていたのに……!」

ギルバートは膝から崩れ落ちた。
アリア・フォン・ローゼン。
地味で、無口で、可愛げのない女。
彼女こそが、この国の繁栄を支える真の「精霊の愛し子」だったのか。
そして自分は、その宝を自らドブに捨て、代わりに無能なメッキの聖女を拾い上げたというのか。

「……連れ戻すんだ」
ギルバートはうわごとのように呟いた。
「アリアを連れ戻せ! どんな手を使ってもだ! 彼女がいなければ、この国は沈むぞ!」

「で、ですが殿下、アイスバーグ公爵領へ送った使者は、門前払いを食らったと……」
「なら、僕が直接行く! 王命だと言えば、たかが辺境の公爵ごときに逆らえるはずがない! アリアだって、僕に愛想を尽かしたわけじゃないはずだ。ちょっと拗ねているだけだ。僕が迎えに行けば、泣いて喜ぶに決まっている!」

彼の歪んだ自信は、まだ砕けていなかった。
自分は選ばれた王子であり、アリアは自分を愛していたはずだという、都合の良い妄想にしがみついていたのだ。
泥沼の王都から、愚かな王子が北へ向かおうとしていた。

◇

数日後。
公爵領の試験農場では、記念すべき第一回目の収穫が行われていた。
「とれたぞー!」
「見てくれ、この立派なカブを!」
「ほうれん草も青々としてる!」

村人たちの歓声が響き渡る。
氷の温室の中で育った野菜たちは、精霊の魔力をたっぷりと吸い込み、通常よりも大きく、そして栄養満点に育っていた。
それを収穫し、籠いっぱいに詰め込む作業は、まさに祝祭だった。

「アリア様、これ、一番最初に採れたトマトです! 食べてみてください!」
子供が真っ赤に熟したトマトを差し出してくれる。
北国でトマト。それは宝石よりも価値のある奇跡の果実だ。

「ありがとう。……んっ、甘い!」
齧り付くと、濃厚な甘みと酸味が口いっぱいに弾けた。
「本当だ、果物みたいに甘いよ!」

その様子を見ていたヴァルド様が、少し拗ねたような顔をした。
「……アリア。私にはないのか?」
「あら、ヴァルド様も食べたいですか?」
「……君が齧った、それがいい」

ボソリと言われた言葉に、私は顔を真っ赤にした。
周りの村人たちもニヤニヤしている。
精霊たちに至っては『間接キスだー!』と大合唱だ。

「ど、どうぞ」
私がトマトを差し出すと、ヴァルド様は私の手ごと包み込むようにして、トマトに口を寄せた。
シャク、という音と共に、彼がトマトを齧る。
その時、彼の舌先が私の指に少しだけ触れた気がして、私は悲鳴を上げそうになった。

「……甘いな」
彼は妖艶に微笑み、私の指についた果汁をペロリと舐め取った。
「トマトもだが……君が」

ボンッ!
私の頭から湯気が出た。
完全にキャパオーバーだ。この公爵様、溺愛モードに入ると加減というものを知らない。
村人たちからは「ヒューヒュー!」と指笛が鳴り響く。
もう、ここが私の安住の地であることは間違いないけれど、心臓が持つかどうかだけが心配だ。

その夜、村では盛大な収穫祭が開かれた。
焚き火を囲み、久しぶりの新鮮な野菜たっぷりのシチューと、酒が振る舞われる。
音楽が奏でられ、人々が手を取り合って踊る。
長い冬に閉ざされていた北の地に、確かな「春」が訪れた瞬間だった。

私はヴァルド様の隣で、その光景を眺めていた。
「……幸せだな」
彼がポツリと言った。
「ああ、これが幸せというものか。君が来るまで、知らなかった」

「私もです、ヴァルド様。こんなに必要とされて、笑い合える場所があるなんて」
私たちは焚き火の明かりに照らされながら、静かに寄り添った。

しかし、平穏な時間はそう長くは続かないことを、風の精霊が告げに来た。
『アリア、大変!』
『南から、変な人間たちが来るよ!』
『すっごく偉そうで、嫌な匂いのする人間!』

風に乗って運ばれてきた知らせ。
それは、かつての婚約者、ギルバート殿下がこちらに向かっているという警告だった。
さらに、王都の近衛騎士団を引き連れているらしい。

「……来たか」
ヴァルド様の瞳から、ふっと温度が消え、氷の公爵の鋭さが戻る。
「私の幸せを邪魔する者は、誰であろうと許さん」

彼の周囲に、冷たい魔力が渦巻く。
でも、それは暴走ではない。愛するものを守るための、研ぎ澄まされた刃だ。

「アリア。心配はいらない。君は私が守る」
「はい。……私も、もう逃げません」

私はヴァルド様の手を強く握り返した。
地味で弱かったアリアはもういない。
ここには、最強の公爵様に愛され、精霊たちと共に生きる、新しい私がいるのだから。

「さあ、返り討ちにしてやりましょう、ヴァルド様」
「ああ。氷漬けにして王都へ送り返してやろう」

私たちは顔を見合わせて、不敵に笑った。
ざまぁ展開の幕開けである。

続く

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