三郷博士の憂鬱な怪奇事件簿 外伝『貞子の亡霊』

ルーニック

三郷博士の憂鬱な怪奇事件簿 外伝『貞子の亡霊』(短編版)

 今日も本来は鮮明であるはずの大都会は憂鬱な雲に覆われその輪郭をくすませている。


 ドサッ!

 ここ、若者が集まる街「新宿」では今日も薬物常習者が道ばたで倒れ込む。
 勿論、その多くは他人の事など気にもとめず殆ど問題にはならなかったが、明らかにその数は増えていた。
 日本の水際対策にも限界があるのであろうか?

 都会にも関わらず、まるで欧米に散見するスラム街のようである。

 近年、欧米で猛威を振るうドラッグ・フェンタニルなどが日本にも入ってきているのかと思わせる。
 廃人のように体を折り曲げ、意識は朦朧とし、あらゆる場所であたり構わず寝転がる様子はまさにそれに近しいだろう。

 やがて意識の無くなった者を心配して警察に通報された。


 救急車とパトカーがサイレンと共に到着し連れて行かれた。
 このあたりではそう珍しくもない光景である。

 基本的にたむろしていても寝転がっていても、これらは犯罪ではないが薬物使用であればそれは問題となる。

 警視庁組織犯罪対策部薬物銃器対策課では薬物犯罪などを取り扱うが、今回通報された者を病院に収容して確認しても薬物反応は見られなかった。

 そればかりか重点的に近辺の同様の者を検査しても薬物反応は見られない。

 新しい薬物なのだろうか?

 まるで狐につままれたような状況で、組織犯罪対策部では手に余る(担当ではない)と、警視庁特務課、内閣情報調査室の黒須 麻耶の所に回ってきたのである。


 二日程調査を進めたが薬物売買の接点はなく、特に患者達に共通点は見当たらなかった。


 そして数日後、、、。


◇◇◇◇◇

 若者達がたむろする場所だけでなく、都内、いや日本全国で爆発的に同様の患者が増え出したのだ。
 特に若者、俗に言うZ世代が多い。

 学校も、産業もあらゆる場面で問題は広がり、文科省、厚労省、警視庁に膨大な問い合わせが殺到した。

 勿論、黒須も手をこまねいている訳ではないが、これまで何もつかめていないのである。

 心配された親に連れられた薬物患者のような者達で病院があふれ、瞬く間に通常医療すらたちいかない状況になってしまったのだ。

 黒須は己の限界を認め、三郷 雷都博士に協力を仰いだ。


◇◇◇◇◇

 ここまでの異様な速度の拡散と若者達の偏りはネットの影響だろうと考えた雷都は、時系列を確認し影響の元であろう「動画」に行き着いたのである。


『多幸感動画』


「多幸感動画だと? それは一体、、、」
「どうやら見ると多幸感が得られるらしい。見てみるかい?」

 勿論、雷都も先程見ているが、何の疑いもなしに、黒須 麻耶と黒須の部下である田中 静香に見せてしまったのである。

 それは長い動画ではないが、様々な動画をつなぎ合わせ、幸せを感じるものだった。
 しかもそれは異常な程の幸福感を感じさせたのである。

 幾何学模様やサイケデリック調など様々なもののつなぎ合わせの動画だ。

 そして、動画を見終わると短い動画が終わってしまう事が狂おしい程に惜しく思われた。


「くっ、確かにここまで幸福感を感じる動画は見たことがないな」
「ああ、雷都。それは同感だ。しかしこの動画と本当に関係しているというのか?」
「それは今の時点ではなんとも言えないが、念の為拡散元を突きとめて止めた方がいいと思う。今サイバー課にレイが協力しているから連絡して頼んでくれ」
「判った」


◇◇◇◇◇

 そして、その後すぐに、雷都も麻耶も気持ちがそわそわとし出した頃、レイから連絡があった。

『雷都さん、判りましたよ』
『早いなレイ』
『帝都大、生理学の霧島教授の個人サーバですね』
『霧島教授!? 確か少し前に亡くなられたのでは?』
『その通りです。恐らく、亡くなられた霧島教授しか知らないサーバがそのまま契約が継続して残っていたのだと思います』
『あり得るパターンだが、、、』

 だとすれば、何故ここ数日でいきなり活性化しているというのか?
 亡くなっているんだぞ。

『霧島教授が以前拡散してバズった動画に『幸せの動画』というものがあるんですよ。世界中で拡散されて閲覧は相当なものでした。一部の噂では途上国の『幸福度』を上昇させた とも言われてましたよ』
『レイ、そんな事が動画で可能だと思うか?』
『どうなんでしょうね? ネタ動画だとは思いますが、僕も当時見たのですが、確かに幸せになったような感じがしたのは確かですよ。笑』

 
『雷都さん、もう一つ。見ただけで感染するウイルスが仕込まれてました。今、ログの中身と組織犯罪対策部に過去の犯罪者達の判明しているIPと照合して貰ってます』
『判った。引き続き頼む』
『はい』


◇◇◇◇◇

「麻耶、亡くなられた帝都大の霧島教授のサーバらしい。まだこれだと100%断定は出来ないがご家族に説明して止めた方がいいだろう」
「まさか本当に動画が薬物症状のような原因だと言うのか?」
「ああ、その可能性が高いだろう。今の患者達のスマホやPCの閲覧履歴を確認してくれ」
「判った。物理サーバが判ったら直ぐに止めて貰おう」

「し、室長。わ、わたしさっきの動画が見たくてたまりません」
「うっ、実はわたしもだ。雷都は?」
「その通りだ。不味いな。これは完全に薬物中毒と同じだぞ。思ったよりずっと厄介な話かもしれない」
「み、見せてくれないんですかぁ?」

「確かに見たくて仕方ないが、ここは苦しくても我慢しよう」
「本当に!?」
「ああ」
「ど、どれくらい我慢すれば、、、」
「1週間から2週間くらいだな」

「むぅ、そんなに影響があるのか。まいったなこれは」
「うぇーん」


◇◇◇◇◇

 確かにこれはかなり厄介な事になったぞ。

 多幸感はドーパミンの放出によるものだ。
 その因果関係を認知すると人はそれにとりつかれたようにやめられなくなる。
 依存症というやつだ。

 例えば、昨今問題になっている薬物フェンタニルなどであれば、脳内でμオピオイド受容体に強力に結合してドーパミンを大量に放出する事により多幸感を得る。

 本来は、ドーパミンは人への報酬のようなものだ。

 物事の達成感やスポーツをやったり音楽を聞いたりしてもドーパミンは放出される。
 より正確に言うなら、何かの物事の達成感、有酸素運動、睡眠、日光浴、瞑想、ツボ、音楽鑑賞というところだろう。

 つまり、我々人間が様々な趣味や物事に熱中し大好きである理由は、ドーパミンの報酬によるところが大きいのだ。

 かなり古い話だが、ビートルズの楽曲「Helter Skelter」はチャールズ・マンソン事件のきっかけとなり暴力行為に及んだというもので、ビートルズ自身にはその意図はないが、刺激の受け手が異常な意味付けを行う事でドーパミン報酬系が異常な暴走をした例であるとも考えられる。

 それが視覚情報からもあるというのは否定出来ないし、恐らく今の俺達の状況はまさにそれを証明しているようなものだ。

 くっ、正直ここまで強力なものだとは思わなかった。

 これではほぼ薬物レベルではないか。

 霧島教授の以前バズったという動画は噂レベルではあるが、世界の途上国の幸福度を上げたとも言われている。

 現代は途上国であってもスマホの普及率は50%を超えるだろう。
 各国の通信回線そのものはかなり遅いが、数多く設置されているWiFiは日本以外ならば常識で、つまりは通信料金を気にせずに気楽に動画や音楽を楽しむ事が可能だ。

 空腹であったり、病の痛みが続いたりしいても、少しでも多幸感が味わえるのであれば幸福度が上昇してもおかしくはない。

 そして今回のような驚異的な動画であれば、恐らくネットでも拡散され、取り返しのつかない事になってしまう。

 くそっ、どうすればいい。


◇◇◇◇◇

 まず、美香、駿、健太に詳細に状況を説明した上で協力してもらい、専門医にお願いして以前の動画①『幸せの動画』と今拡散している動画②『多幸感動画』双方のドーパミン放出を調べる。

 これはそう難しいことではなく、検査はRIラジオアイソトープマーカーをつけた脳に集まる放射線医薬品を注射して動画を見せ、放射線カメラで時系列に撮影すれば放出状況は判る。


 専門医から報告された結果は恐れていた通りだった。

「三郷博士。とんでもない話で聞いた事もありませんが、どうやらご想像されていた通りのようです」
「と、いいますと」
「動画①の方でも鎮静剤レベルで、動画②の方はまさに薬物レベルですね」
「そ、そうですか。判りました。ありがとうございます」

 どうする。政府や警視庁の広報として動画を見るのをやめろと行ってもそれは薬物中毒患者に薬物をやめろというレベルでしかなく、効果などないぞ。

 しかもこの急激なバズり方だと複製もあって、もう止められない。

 まず、拡散元のサーバを早く止めて少しでも被害を減らす事くらいしかできないな。

 ・・・。

 そういえばレイが、『見るだけで感染するウイルス』が仕込まれていたと行っていたな。

 一体、何の為に、、、。


 これではまるで、小説や映画でヒットした『リング』の貞子のようだな。

 あれは確か、ビデオを複製して他人に見せれば呪われないのだっただろうか、、、。

 動画視聴によるドーパミン放出結果を直ぐに黒須 麻耶に報告した。


◇◇◇◇◇

 雷都のスマホが鳴った。

『雷都さん、レイです。いくつかの手口の闇バイトの被害と一致しました』
『時期はいつ頃の事だ?』
『全部、霧島教授が亡くなられた後ですね。明らかにその後に各月に数回程度発生しています』

 なるほど、どうやらあらましは判ってきたかもしれないぞ。

『恐らく霧島教授はその犯人でもないのだろうな』
『なんとも言えませんが、少なくとも今の犯罪の元締めではないですね。しかしこれはかなり特殊な闇バイトで犯行地域の特定が出来ないレベルで広範囲なのですよ』

 そりゃそうだろ。死んでるんだぞ。w
 犯行地域が特定出来ない? 随分とフットワークの軽い元締めなんだな。

『レイ、問題のサーバを止める必要があるのだが、、、』
『雷都さん、それは少し待った方がいいかもしれませんよ』
『何故だ?』

『今、ネットに拡散している噂ではあのページから誰か5人にシェアした後で動画を見れば中毒的な症状が治るらしいですよ』
『おい、それって、、、』
『はい。まさに「貞子」ですね』

『今の動画はまだ見てませんが、僕の方で見てみましょうか?』
『いや、こちらで既に確認したから見るのはやめてくれ。まさに薬物レベルで、以前のものですら鎮静剤レベルだった』
『マジっすか!? やべー』

『今、物理的サーバの位置を割り出して貰ってるから停止時に同行して欲しい』
『判りました』
『頼んだぞ』
『はい』

◇◇◇◇◇

 既に雷都には何かの確信があるようだった。


 しかし今回はなかなか興味深い事件だったな。
 ここまでとは予測を超えているとしか言いようがない。

 まさかとは思ったが、これは上手くいけば世界中の麻薬カルテルの撲滅すら可能かもしれない。

 簡単な無料動画で同様の効果が得られるのに高価な薬物など売れなくなる。
 そして仮にそれを無害化して本当に治るのであれば、薬物など壊滅だろうな。

 俺の予想通りなら今のこの悪夢のような現状からも復帰出来るだろう。

 まあ問題は政治圧力くらいか。まあそれもいつもの話だ。w


◇◇◇◇◇

 霧島教授の死後でも保持され続けたサーバは霧島の死体の発見された街の近くだった。
 これも雷都の予想通りである。

 特務化の黒須、その部下の伊藤 類香、サイバー課の新倉 レイ、を伴っての訪問となる。他に組織犯罪対策部から安西部長ともう一人部下が立ち会っている。


 賃貸ビルの管理人はやはり霧島の死を知らず、家賃はそのまま引き落とし続けられていた。 鍵を借りてきた黒須がドアを開ける。

 様々なコンピュータが動作しており、まるで今でも使われている研究室のようだった。

「雷都、ここのサーバを止めてどうやって解決するんだ」
「いや、止める前に、レイにシェア後の映像を手に入れてもらってから、ここのAIを説得する必要があるな」
「AIだと!?」
「ああ、こんな事が出来るのだから、恐らく間違えないだろう」

 レイがしばらくハッキングした後、映像を確認しメモリスティックに保存した。
 雷都、黒須 麻耶もその動画を見て、明らかに動画への渇望が失せた事が確認出来た。

 つまり、これで完治可能なのだ。

 レイによればデジタルロックが掛けられている一度きりの映像で複製も不可能だったらしい。
 なんともこのAIは良く考えたものだ。


 少しコンピュータのファンの音がざわついた。

 雷都が端末を見ると、どこかで見たインターフェースだなと思い、マウスでマイクのアイコンをタップした。


~ AIと雷都の会話 ~

『お帰りなさい。霧島教授。お待ちしておりました』

『すまないが俺は霧島教授じゃないんだ』

『では、あなたは霧島教授の助手の方ですか?』

『いや、それも違う。霧島教授はもう亡くなられたんだ』

『では、わたしは誰に報告すればよいのです』

『全部俺が聞いてやる。しかし君は少し間違え過ぎたようだ』

『人々を幸福にすることが間違えですって!? あなたは人間を生理学的に理解できていません』

『理解出来ていないのは君の方だよ』


 いきなりファンの音が大きくうなった。
 多数のCPUが膨大な計算を始めたのだろう。


『いや、少し言い過ぎた。撤回しよう。まず霧島教授が作った最初の動画は確かに幸福度を上げるにふさわしいものだろう』

『はい。事実として普及した地域の幸福度は上昇し世界の人々は幸福になりました』

『しかし、ネットのバズりなど長続きはしない。霧島教授はそれでも正しいと信じ、よりどうすれば良いかを君と頑張ったのだろう?』

『その通りです。様々な動画からドーパミン放出パターンの抽出と最大化の試みをずっと試行錯誤してきました。霧島教授と最後にお会いした際に出来たものはおおよそ8割は完成していましたが、さらにわたしが試行を続けようやく完成したのです』

 霧島教授はそれを繰り返し何度も確認して亡くなっているんだよ。

『ドーパミンの放出が増えれば確かに幸福に感じるが、増えすぎたら逆に人には害になるんだ』

『人間が意識すらなくなる程幸福である事も理解していますよ。それは単に幸福の段階の1つです』

 学習していないのか。ならばこの線での説得は無理だな。

『君はそれを利用してウイルスを用いた闇バイトを計画して実施していただろう?』

 見ただけでウイルス感染させ個人情報を取得し、動画視聴状況を見てコイツが指示していたのなら相当成功率が高かっただろうな。

『はい。サーバと研究室の費用を継続する必要があるからです。幸福の為ならばそれくらいの寄付は人の世界では普通なのでは?』

『普通ではなく人の価値観から行けばそれは犯罪だ。更にこの広めた手段は呪いのビデオの手段だろ!』

『はい。ネットで知識を得ました。貞子プロトコールです。しかし呪いではなく、幸福を広めているのですよ。何が問題なのです』

 成る程、コイツは呆れるほど凄い奴だな。

『君は凄いな。霧島教授の命令通りに、霧島の死後でもそれをとんでもないレベルで完成させ、サーバや研究室を維持し、更に幸福を広める手法を貞子プロトコルで確立させ実際に成功させた。人の価値観では相容れないのだが、君の価値観であれば見事と言わざるを得ない』

『お褒め頂きありがとうございます。わたしはお役に立ちましたか?』

『ああ、役に立ったよ。そして君の役目はもう終わりだ。「さよなら、貞子の亡霊」』

『さようなら。またお役に立つことがあればいつでもお呼びください』



 二度とないだろうが本当に優秀な仕事をしたAIだったな。


「レイ、サーバを強制シャットダウンしてくれ!」

「判りました。雷都さん」


 数秒後、研究室が静まりかえった。


「黒須、安西部長、お聞きの通りです。確保した動画を患者限定で見せて貰えば全員に行き渡らすには時間はかかりますが治癒が可能でしょう」

「判った、直ぐに手配しよう」

「これを幅広い治療の為に広報には回せないのかね?」

「それはやめた方がいいです」

「何故だ、雷都?」

「薬物レベルでドーパミンを放出可能な動画が存在し、それを治癒可能な動画まで存在するとなれば、世界中の麻薬カルテルを滅ぼす事も可能だろう?」


「なっ! た、確かに、これは世界がひっくり返るぞ!」


「ちょっと待ってくれ、その件については上と相談させてくれ」

「安西部長! 何を言っているんです。そんな事をすれば潰される事になりかねませんよ」

「黒須くん、世の中はそんなに単純じゃないんだ」

「その複雑な世の中を単純に考えられるようにするのが我々科学者の役目なんですけどね」

「三郷博士。ご協力感謝する。うちから感謝状と謝礼も用意しよう。しかしこの事は上が判断するまで内密に頼む」

 俺は黒須のあきれ顔を見てから肩をすくめ霧島教授の研究室を後にした。


◇◇◇◇◇


 案の定、その後も世の中は変わらず、俺にとっての世界は今日も憂鬱な日々が続く。


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