先輩が髪を切った理由

味噌村 幸太郎

3 先輩が失恋?


 先輩が街中でチャラ男にナンパされて、付き合った……というのは、僕の勘違いだった。
 その相手はただの新人美容師で、先輩の長い髪を切りたかっただけらしい。
 まったく、大好きな姫花先輩に汚い姿を見られたり、触られたり……恥ずかしかったけど。自宅まで来てくれたのが嬉しい。

 僕はまた高校へ通うようになった。
 放課後、いつものように文芸部まで向かうと……そこには誰もいなかった。
 先輩は遅れてくれるのだろうと、僕はいつもと同じ席に腰を下ろして、小説を読み始める。

 ~一時間後~

 おかしい。一向に姫花先輩が部室に訪れる気配がない。
 気になった僕は部室を出て、先輩のクラスを見に行ってみることにした。
 教室の中には誰も生徒がおらず、ひとり年老いた男性教師が生徒の机の中を探っている。
 きっと忘れ物がないか、チェックしているのだろう。

「あ、あの……」
「ん? 君はこのクラスの子じゃないね。下級生かな?」
「はい! 僕、1年の豊島とよしまと言います。同じ文芸部の結城ゆうき先輩が部室に来ないので、寄ってみたのですが……」
「おお、結城か。あの子ならとっくに帰宅したはずだよ」

 その言葉に僕は驚きを隠せない。

「それ、本当ですか!?」
「うむ。なんかすごく急いで帰ってしまったな。それと今日の結城は、どこかおかしかったな。なんか元気が無いと言うか……」
「なんですって!」

 一体どうしたというんだ。
 先週、僕のためにわざわざ自宅まで駆けつけてくれたのに。
 姫花先輩が文芸部の時間を放ったらかしにしてまで、帰宅を優先するとは。

 ~次の日~

 どうしても、先輩の顔をこの目で見ないと落ち着かない。そう思った僕は、朝早くから校門の前で先輩を待つことにした。
 しばらく校門の前で待っていると、姫花先輩ぐらい美しい女子生徒が校門をくぐり抜けていく。
 すれ違うまで僕は気がつかなかった。その人が先輩だってことを……。
 だって、あの長い髪をばっさりと切っていたから。
 腰まで伸ばしていた美しいロングヘアは、ショートボブに変わっていた。

 驚いた僕は、思わず先輩の細い肩を掴んだ。

「姫花先輩!?」

 僕の声に反応して、先輩はこちらへ振り返ったが、その瞳から大きな涙をこぼしていた。

「ごめんなさい……春樹くん。今の私はあなたと話すことなんてできないわ」
「なっ!? 一体、どういう意味なんですか?」
「もう文芸部にも近寄ることはないわ。申し訳ないけど、私にもう話しかけないでくれる?」
「そ、そんな……」
 
 いきなり先輩に拒絶された僕は、ショックからその場で崩れ落ちてしまう。
 嫌われた……あんなに優しかった姫花先輩が僕のことを拒むなんて……。
 いや、待てよ。先輩はむしろ落ち込んでいた僕に気を使って、わざわざ自宅まで来てくれた人だ。
 何か原因があるはずだ。それにあの長くて美しい髪をいきなり短く切るなんて、きっと僕以外のことで先輩は悲しみのあまり、髪を……。

 長い髪をいきなり短く切る……もしかして失恋したのでは?
 古くから言われていることじゃないか。
 女性は失恋すると、ショックから長い髪を切ることが多いと……。
 でもだからと言って、文芸部に通うのをやめる必要があるだろうか?

 あ~ どうしても知りたい!
 先輩にあんな悲しい顔をさせて、似合っていたロングヘアを短く切らせた野郎のことを……。
 さっき先輩から「もう話しかけないで」と言われたばかりだが、意地でも知りたい。
 僕は覚悟を決めた。

  ※

 それから、僕は姫花先輩のクラスを常に監視し、先輩が休憩時間にトイレへ行く際に声をかけてみた。

「先輩! 少し話をさせてください!」

 いきなり僕が現れたことに驚いたのか、先輩は顔を赤くさせる。

「春樹くん……も、もう近寄らないでって言ったでしょ!」
「嫌です! 先輩が文芸部をやめたくなったことや長い髪を短く切った理由も知りたいです!」
「わ、私の勝手でしょ! トイレに行きたいからどいて!」
「逃げる気ですか!?」
「ば、バカね! 普通に漏れそうだからよっ!」
「ごめんなさい……」

 だが、こんなことで僕の意思が曲がることはなく、何度も先輩に押しかける毎日が続いた。

 女子更衣室の前で待ち伏せたり、何時間も下駄箱で待っていたり、帰り道先輩の後ろ姿を見て自宅を特定したり……。
 そんなことが一ヶ月も続いたせいか、ついに姫花先輩も限界に達してしまった。
 ある日「体育館の裏に来て」と言われて、先輩を待つことにした。

「あ、姫花先輩! やっと話してくれるんですね!」

 そう言うと、先輩は大きなため息をついて、片手で頭を抱える。

「本当に春樹くんの執念には、恐れ入ったわ……」
「だって僕は文芸部で先輩と一緒に過ごす時間が、大好きなんです!」

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