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6-1.肝試し
昭和84年9月3日0時22分 ――配信停止から約2時間半経過――
そのビルの周囲に街灯はほとんどなかった。
ビルの全景は闇の中にうっすらとしか見えない。
周囲に見えるのは畑と工場跡。
視界の端に辛うじて人家も見えたが、人が住んでいないのか真っ暗だ。
人気というものがまるで感じられず、蝉の鳴き声だけが闇夜に虚しく響き渡っている。
晩夏の夜の空気は生ぬるく淀み、俺の肌にべったりと張り付いていた。
ビルの壁面に刻まれた無数のスプレー落書きが廃ビルの外観を暗鬱に彩っていた。
だから、
「この中に入る……?」
そう思うと途方もない気持ちになった。
いや、ムリ。……ムリでしょ、普通に。
ていうか、仮に庵藤が中にいるとしてアイツは中で何をやってるんだ?
懐中電灯なりなんなりを使っていれば外から窓越しに光が見えそうなものだが、中からは何の光も漏れていない。
本当にアイツいるのか!?
俺が問題の物件を前に大いに躊躇っていると、
「テッテレーッ♪」
急にポケットのスマホが鳴って、こんなものにもひどく驚いた俺は、情けない悲鳴を上げてしまった。
取り出して着信を確認すると、やっぱり古賀さんだ。
「もしもし、若色さん。着きましたか? 現地どうですか?」
「あの、これ、本当に住所あってんの? 完全に廃墟なんだけど……」
「はい。私も地図アプリのストリートビューで確認しました。外観は廃墟ですよね」
あっ、そうか。
事前に確認する手があったか……。
ノートパソコンの中身を調べるのに必死過ぎたな。
しかし、古賀さんも確認したということは、場所自体はやっぱりここで間違いない……のか……。
「あのさ、庵藤がこんなとこにいる気がしないんだけど。病院の方はどうだったの?」
「ダメですね。近隣の夜間対応病院をいくつか回りましたが、それらしき患者は確認できませんでした」
病院にいてくれれば話が簡単だったのだが……。
だが、俺は一縷の望みをかけて、
「庵藤の顔を見逃した可能性は?」
と念を押して尋ねた。
古賀さんは実際に庵藤に会ったことがない。
俺が送った写真だけが頼りのはず。
それなら、すれ違っていても気付かないかもしれない。
しかし、古賀さんからは冷静に否定された。
「顔は見逃すかもしれませんが、あの変なシャツは見逃しませんよ……」
それはそうか。
庵藤の変なシャツ、目立つもんな……。
「若色さん、やっぱり、そこの建物を確認する必要がありますよね?」
「い、いや待ってよ! 俺、嫌だよ、怖いよ、ムリ! てか、庵藤、絶対いないよ。人気がないもん!」
「そうですね……。けど、庵藤さんの物と思しき書き置きがあった以上、庵藤さんが中にいるかどうかは別として、その住所には必ず何らかの意味があるはずです。……若色さん」
古賀さんは一呼吸置いてから、まるで尋問するかのように言った。
「その場所、若色さんは何か知ってるんじゃないですか? 思い当たることがあるんじゃないですか?」
「い、いや知らない! 全然知らない! 何一つ知らない!!」
ダメだ!
古賀さん、まだ俺の正気を疑ってる!
これ、古賀さんは、住所の書き置きも俺が自分で残したと思ってるんじゃないか!?
俺は必死に強い口調で否定したが、古賀さんが大いに訝しんでいる様子が電話越しにも伝わってくる……。
古賀さん、俺を信じてくれーっ!!
「ともかく、中を確認してもらえませんか? 庵藤さんがいないならいないで可能性が一つ潰せます」
「そ、それはそうだけど、ムリだよ! だって怖いもん! 事務所のスタッフ、もうすぐ来るんでしょ!? 来たらその人達に行ってもらうから!」
我ながらヘタレにも程があるが、なりふり構っていられなかった。
本当に怖いんだ!
「いやー……。それが急なことだったので、だいぶ時間掛かりそうなんですよね。終電も終わってますし」
「時間が掛かる!? それがなんだ! 俺は断固待つぞ、怖いんだ! こんな廃ビルに一人で乗り込めるか!」
「や、それがですね……。ちょっと急いだ方が良いというか……あの、手持ちのスマホでニュースサイトとか見れます?」
「えっ?」
俺は言われるままにニュースサイトを立ち上げた。
そして、そこに現れていた新着記事を見て、
「おっふ……」
思わず頭を抱えてしまう。
そこにはこんな見出しの記事が幾つも踊っていたのだ。
「呪いか? はたまたドッキリか!? 人気配信者、突然の失踪!」
「"配信すると死ぬゲーム"配信中にトラブル!?? 呪いとの声も」
「人気配信者の画面に現れた黒い影! 所属事務所の見解は……?」
は、話がデカくなってる……。
マジで勘弁してくれよ。
……いや、でも、それはそうだよな。
"配信すると死ぬゲーム"の配信中に配信者が突然逃げ出したのだ。
そんなの面白おかしく大騒ぎするに決まっている。
世の中ってのはこういうもんだよなぁ、クソッタレー!
「SNSでは若色さんの目撃情報がいくつか出回っています。『駅で見かけた』とか『埼玉方面の電車に乗ってた』とか。最悪の場合、その場所を特定される可能性もあります」
仮に庵藤がこの中にいたとして、俺と庵藤のやり取りをスクープでもされたらたまったもんじゃない。
示談で内々に処理……という可能性も潰れる。
既に話がデカくなっているのに、さらに暴行傷害に繋がるとか最悪だ。
だから古賀さんは急いだ方が良いと繰り返し言った。
「私も今からタクシーで向かいますが、私を待たずに確認をお願いします」
俺はたっぷりためらいまくり、返答を濁しつつ電話を切った。
……古賀さんの言うことには一理も二理もある。
「でも、怖いものは怖いんだ!」
俺は半泣きになって虚空に叫んだ。
本当に嫌すぎる。
怖い、入りたくない!
ひとまず世間はどのくらいこの件を認知しているのか……。
まずは確認すべきだと思い立ち、記事をいくつか開いてみた。
そのビルの周囲に街灯はほとんどなかった。
ビルの全景は闇の中にうっすらとしか見えない。
周囲に見えるのは畑と工場跡。
視界の端に辛うじて人家も見えたが、人が住んでいないのか真っ暗だ。
人気というものがまるで感じられず、蝉の鳴き声だけが闇夜に虚しく響き渡っている。
晩夏の夜の空気は生ぬるく淀み、俺の肌にべったりと張り付いていた。
ビルの壁面に刻まれた無数のスプレー落書きが廃ビルの外観を暗鬱に彩っていた。
だから、
「この中に入る……?」
そう思うと途方もない気持ちになった。
いや、ムリ。……ムリでしょ、普通に。
ていうか、仮に庵藤が中にいるとしてアイツは中で何をやってるんだ?
懐中電灯なりなんなりを使っていれば外から窓越しに光が見えそうなものだが、中からは何の光も漏れていない。
本当にアイツいるのか!?
俺が問題の物件を前に大いに躊躇っていると、
「テッテレーッ♪」
急にポケットのスマホが鳴って、こんなものにもひどく驚いた俺は、情けない悲鳴を上げてしまった。
取り出して着信を確認すると、やっぱり古賀さんだ。
「もしもし、若色さん。着きましたか? 現地どうですか?」
「あの、これ、本当に住所あってんの? 完全に廃墟なんだけど……」
「はい。私も地図アプリのストリートビューで確認しました。外観は廃墟ですよね」
あっ、そうか。
事前に確認する手があったか……。
ノートパソコンの中身を調べるのに必死過ぎたな。
しかし、古賀さんも確認したということは、場所自体はやっぱりここで間違いない……のか……。
「あのさ、庵藤がこんなとこにいる気がしないんだけど。病院の方はどうだったの?」
「ダメですね。近隣の夜間対応病院をいくつか回りましたが、それらしき患者は確認できませんでした」
病院にいてくれれば話が簡単だったのだが……。
だが、俺は一縷の望みをかけて、
「庵藤の顔を見逃した可能性は?」
と念を押して尋ねた。
古賀さんは実際に庵藤に会ったことがない。
俺が送った写真だけが頼りのはず。
それなら、すれ違っていても気付かないかもしれない。
しかし、古賀さんからは冷静に否定された。
「顔は見逃すかもしれませんが、あの変なシャツは見逃しませんよ……」
それはそうか。
庵藤の変なシャツ、目立つもんな……。
「若色さん、やっぱり、そこの建物を確認する必要がありますよね?」
「い、いや待ってよ! 俺、嫌だよ、怖いよ、ムリ! てか、庵藤、絶対いないよ。人気がないもん!」
「そうですね……。けど、庵藤さんの物と思しき書き置きがあった以上、庵藤さんが中にいるかどうかは別として、その住所には必ず何らかの意味があるはずです。……若色さん」
古賀さんは一呼吸置いてから、まるで尋問するかのように言った。
「その場所、若色さんは何か知ってるんじゃないですか? 思い当たることがあるんじゃないですか?」
「い、いや知らない! 全然知らない! 何一つ知らない!!」
ダメだ!
古賀さん、まだ俺の正気を疑ってる!
これ、古賀さんは、住所の書き置きも俺が自分で残したと思ってるんじゃないか!?
俺は必死に強い口調で否定したが、古賀さんが大いに訝しんでいる様子が電話越しにも伝わってくる……。
古賀さん、俺を信じてくれーっ!!
「ともかく、中を確認してもらえませんか? 庵藤さんがいないならいないで可能性が一つ潰せます」
「そ、それはそうだけど、ムリだよ! だって怖いもん! 事務所のスタッフ、もうすぐ来るんでしょ!? 来たらその人達に行ってもらうから!」
我ながらヘタレにも程があるが、なりふり構っていられなかった。
本当に怖いんだ!
「いやー……。それが急なことだったので、だいぶ時間掛かりそうなんですよね。終電も終わってますし」
「時間が掛かる!? それがなんだ! 俺は断固待つぞ、怖いんだ! こんな廃ビルに一人で乗り込めるか!」
「や、それがですね……。ちょっと急いだ方が良いというか……あの、手持ちのスマホでニュースサイトとか見れます?」
「えっ?」
俺は言われるままにニュースサイトを立ち上げた。
そして、そこに現れていた新着記事を見て、
「おっふ……」
思わず頭を抱えてしまう。
そこにはこんな見出しの記事が幾つも踊っていたのだ。
「呪いか? はたまたドッキリか!? 人気配信者、突然の失踪!」
「"配信すると死ぬゲーム"配信中にトラブル!?? 呪いとの声も」
「人気配信者の画面に現れた黒い影! 所属事務所の見解は……?」
は、話がデカくなってる……。
マジで勘弁してくれよ。
……いや、でも、それはそうだよな。
"配信すると死ぬゲーム"の配信中に配信者が突然逃げ出したのだ。
そんなの面白おかしく大騒ぎするに決まっている。
世の中ってのはこういうもんだよなぁ、クソッタレー!
「SNSでは若色さんの目撃情報がいくつか出回っています。『駅で見かけた』とか『埼玉方面の電車に乗ってた』とか。最悪の場合、その場所を特定される可能性もあります」
仮に庵藤がこの中にいたとして、俺と庵藤のやり取りをスクープでもされたらたまったもんじゃない。
示談で内々に処理……という可能性も潰れる。
既に話がデカくなっているのに、さらに暴行傷害に繋がるとか最悪だ。
だから古賀さんは急いだ方が良いと繰り返し言った。
「私も今からタクシーで向かいますが、私を待たずに確認をお願いします」
俺はたっぷりためらいまくり、返答を濁しつつ電話を切った。
……古賀さんの言うことには一理も二理もある。
「でも、怖いものは怖いんだ!」
俺は半泣きになって虚空に叫んだ。
本当に嫌すぎる。
怖い、入りたくない!
ひとまず世間はどのくらいこの件を認知しているのか……。
まずは確認すべきだと思い立ち、記事をいくつか開いてみた。
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