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5-1.スーサイドソフト
昭和84年9月2日22時19分 ――配信停止から20分経過――
「もしもし、若色さん、今どこですか?」
「古賀さん! キミこそ今どこだ!?」
俺は走りながら、何度も後ろを振り返りつつ、電話の向こうの古賀さんに尋ねた。
部屋を飛び出してから十数分が経過していた。
「どこって、若色さんの配信スタジオの前ですけど……」
「危険だ、今すぐ離れるんだ!」
「えっ!?」
「来た! 何かが! 俺の部屋に!」
俺はしどろもどろになりながら、さっきまでの経緯を伝えた。
部屋に黒いモヤのようなものが現れたこと、何者かが家の扉を何度も叩いたこと、以前に配信者が同じような訪問を受けた後に自殺したことなど……。
古賀さんは「えっ、えっ?」と困惑しっぱなしだった。
理解できないのも無理はない。
だが、これは彼女の命に関わることだ。
なんとかして伝えなければ!
「とにかく、そこには何かヤバいのがいる。一刻も早く離れた方がいい!」
「え、でも、死体の隠蔽を」
「古賀さん、もうムリだよ。それはもうムリだ。俺はダメダメ殺人犯だ……もう自首する……」
「ええっ! ちょ、ちょっと、早まらないで下さい!」
「ムリだぁあぁあ! 自首するうぅうぅう!」
「早まるなつッてんだろーがッ、若色涼太!!」
うわ、びっくりした!
古賀さんが突然キレた……。
「とにかく、落ち着いて下さい。まず、ここには誰もいません。現状、私は大丈夫です」
「う、うん」
「で、若色さん。窓から出たんですよね?」
「うん」
「じゃあ、私、そちらに回って中の様子を確認します」
「えええっ、ダ、ダメだよ!」
さっき俺の部屋を襲ってきたヤツが、もしかすると中にいるかもしれない。
俺は必死に止めたが、古賀さんは「大丈夫です、何かいたらすぐ逃げるので」とか言って聞きやしない。
肝が太すぎるよ、古賀さん……。
「今、塀の上から部屋を見てますが……。特に変わったものは見えないですね」
「な、なにか見えたら、すぐに逃げてよ……!」
「若色さん、死体はどこですか?」
「ま、窓から入って……すぐ左側の、デスクの前……」
「ここからは見えないですね。ちょっと中にお邪魔しますよ」
「えっ……!」
相変わらず、俺の制止なんて聞きやしない。
ガサゴソと音が聞こえた後、「よっと」なんて言いながら地面へと着地し、そのまま窓から部屋の中へと上がり込んでいった。
そして――、
「若色さん、もう一度確認します。死体はデスクの前ですか?」
「あ、ああ……」
「間違いなく?」
「うん。間違い……ないよ」
「じゃあ、ありません」
「は?」
一拍置いた後、古賀さんはハッキリと言った。
「死体なんてありません」
「ええっ!?」
ど、どういうことだ?
頭の中が真っ白になる。
意味が……分からない!
だって、庵藤は、俺が確かに……。
「若色さん、私ずっと疑ってたんです」
慌てふためく俺とは対照的に、古賀さんの口ぶりは冷静そのものだ。
「いきなり人を殺したとか、信じられないですよ。ごめんなさい、死体を隠蔽って話、私の出まかせなんです。警察沙汰にする前に、とにかくまずは確認しないといけないな、って思って」
「えっ、えっ、えっ……? 確認??」
「結論から言います。若色さんはノイローゼになっています。おそらく原因は過労です」
え、待ってくれ。何を言ってるんだ。
俺が、ノイローゼ……?
「若色さん、部屋に友達がいると言ってましたが、そもそもそんな友達が本当にいるんですか?」
「い、いる。いるよ……!」
「友達を殺した。部屋に黒いモヤが出てきた。誰かが扉をしつこく叩いた……。私にはどこまでが現実に起こったことなのか、全然分からないです」
しまった……。
呪いについて話しすぎたせいで古賀さんが俺の正気を疑っている。
だから俺の制止も聞かなかったのか。
し、しかし、死体が消えたのはどういうことなんだ?
現に古賀さんがデスク前の状況を写真で送ってくれたが……。
ない。
確かにない。
死体が消えている。
そんな……これはどういうことだ?
俺の頭がおかしくなったのか?
「若色さん、大丈夫です。落ち着いて一度整理しましょう」
どこまでも冷静な古賀さんの声音が頼もしくなってきた。
「まず、死体はありません。これは客観的な事実です」
「う、うん……」
「仮に、お友達は実際にいた、若色さんが友達を殴った、そこまでは事実だとします。その上で死体がなくなったとすれば、それがどういうことか分かりますか?」
「え、えっと……?」
「そのお友達は死んでいなかったということです」
「!」
庵藤が……生きてる!?
俺が逃げ出した後、意識を取り戻した?
そして、自分の足で部屋から出て行った、ということか?
あの時の俺は慌てていた。
呼吸や脈も確認したが、所詮は医者でもない素人の判断だ。
実は生きていた、という可能性も全然あるだろう。
もしそうなら……!
俺はどれだけ救われることか!
「いざこざの経緯は分かりませんが、仮に暴行事実があったとしても示談が成立する可能性があります。内々で処理できれば前科も付きませんし、今後のキャリアにも影響しません。リカバリー可能な範囲です。だから、今、自首するのは愚策です。ここまではいいですね?」
「……わ、分かった」
古賀さんは事実をベースに淡々と仮説を積み上げていき、現実的な方向性を指し示してくれる。
さっきまで殺人だの呪いだのに振り回されていた自分が、急に現実に引き戻された気がする。
古賀さんと丁寧に話し合っていけば、この問題はきっと乗り越えられる……。
そう思った矢先だった――、
「もしもし、若色さん、今どこですか?」
「古賀さん! キミこそ今どこだ!?」
俺は走りながら、何度も後ろを振り返りつつ、電話の向こうの古賀さんに尋ねた。
部屋を飛び出してから十数分が経過していた。
「どこって、若色さんの配信スタジオの前ですけど……」
「危険だ、今すぐ離れるんだ!」
「えっ!?」
「来た! 何かが! 俺の部屋に!」
俺はしどろもどろになりながら、さっきまでの経緯を伝えた。
部屋に黒いモヤのようなものが現れたこと、何者かが家の扉を何度も叩いたこと、以前に配信者が同じような訪問を受けた後に自殺したことなど……。
古賀さんは「えっ、えっ?」と困惑しっぱなしだった。
理解できないのも無理はない。
だが、これは彼女の命に関わることだ。
なんとかして伝えなければ!
「とにかく、そこには何かヤバいのがいる。一刻も早く離れた方がいい!」
「え、でも、死体の隠蔽を」
「古賀さん、もうムリだよ。それはもうムリだ。俺はダメダメ殺人犯だ……もう自首する……」
「ええっ! ちょ、ちょっと、早まらないで下さい!」
「ムリだぁあぁあ! 自首するうぅうぅう!」
「早まるなつッてんだろーがッ、若色涼太!!」
うわ、びっくりした!
古賀さんが突然キレた……。
「とにかく、落ち着いて下さい。まず、ここには誰もいません。現状、私は大丈夫です」
「う、うん」
「で、若色さん。窓から出たんですよね?」
「うん」
「じゃあ、私、そちらに回って中の様子を確認します」
「えええっ、ダ、ダメだよ!」
さっき俺の部屋を襲ってきたヤツが、もしかすると中にいるかもしれない。
俺は必死に止めたが、古賀さんは「大丈夫です、何かいたらすぐ逃げるので」とか言って聞きやしない。
肝が太すぎるよ、古賀さん……。
「今、塀の上から部屋を見てますが……。特に変わったものは見えないですね」
「な、なにか見えたら、すぐに逃げてよ……!」
「若色さん、死体はどこですか?」
「ま、窓から入って……すぐ左側の、デスクの前……」
「ここからは見えないですね。ちょっと中にお邪魔しますよ」
「えっ……!」
相変わらず、俺の制止なんて聞きやしない。
ガサゴソと音が聞こえた後、「よっと」なんて言いながら地面へと着地し、そのまま窓から部屋の中へと上がり込んでいった。
そして――、
「若色さん、もう一度確認します。死体はデスクの前ですか?」
「あ、ああ……」
「間違いなく?」
「うん。間違い……ないよ」
「じゃあ、ありません」
「は?」
一拍置いた後、古賀さんはハッキリと言った。
「死体なんてありません」
「ええっ!?」
ど、どういうことだ?
頭の中が真っ白になる。
意味が……分からない!
だって、庵藤は、俺が確かに……。
「若色さん、私ずっと疑ってたんです」
慌てふためく俺とは対照的に、古賀さんの口ぶりは冷静そのものだ。
「いきなり人を殺したとか、信じられないですよ。ごめんなさい、死体を隠蔽って話、私の出まかせなんです。警察沙汰にする前に、とにかくまずは確認しないといけないな、って思って」
「えっ、えっ、えっ……? 確認??」
「結論から言います。若色さんはノイローゼになっています。おそらく原因は過労です」
え、待ってくれ。何を言ってるんだ。
俺が、ノイローゼ……?
「若色さん、部屋に友達がいると言ってましたが、そもそもそんな友達が本当にいるんですか?」
「い、いる。いるよ……!」
「友達を殺した。部屋に黒いモヤが出てきた。誰かが扉をしつこく叩いた……。私にはどこまでが現実に起こったことなのか、全然分からないです」
しまった……。
呪いについて話しすぎたせいで古賀さんが俺の正気を疑っている。
だから俺の制止も聞かなかったのか。
し、しかし、死体が消えたのはどういうことなんだ?
現に古賀さんがデスク前の状況を写真で送ってくれたが……。
ない。
確かにない。
死体が消えている。
そんな……これはどういうことだ?
俺の頭がおかしくなったのか?
「若色さん、大丈夫です。落ち着いて一度整理しましょう」
どこまでも冷静な古賀さんの声音が頼もしくなってきた。
「まず、死体はありません。これは客観的な事実です」
「う、うん……」
「仮に、お友達は実際にいた、若色さんが友達を殴った、そこまでは事実だとします。その上で死体がなくなったとすれば、それがどういうことか分かりますか?」
「え、えっと……?」
「そのお友達は死んでいなかったということです」
「!」
庵藤が……生きてる!?
俺が逃げ出した後、意識を取り戻した?
そして、自分の足で部屋から出て行った、ということか?
あの時の俺は慌てていた。
呼吸や脈も確認したが、所詮は医者でもない素人の判断だ。
実は生きていた、という可能性も全然あるだろう。
もしそうなら……!
俺はどれだけ救われることか!
「いざこざの経緯は分かりませんが、仮に暴行事実があったとしても示談が成立する可能性があります。内々で処理できれば前科も付きませんし、今後のキャリアにも影響しません。リカバリー可能な範囲です。だから、今、自首するのは愚策です。ここまではいいですね?」
「……わ、分かった」
古賀さんは事実をベースに淡々と仮説を積み上げていき、現実的な方向性を指し示してくれる。
さっきまで殺人だの呪いだのに振り回されていた自分が、急に現実に引き戻された気がする。
古賀さんと丁寧に話し合っていけば、この問題はきっと乗り越えられる……。
そう思った矢先だった――、
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