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原案:狩野英孝 著者:架神恭介 キャラクター原案:倉持由香 プロデュース:株式会社ビーグリー

1-2.殺人

昭和84年9月2日18時47分 ――配信開始の約2時間前――

「おい、どういうことだ!」

 目白の配信スタジオに到着した俺は乱暴にドンッと扉を押し開けた。
配信スタジオ……と言っても単に俺の借りてる2Kのアパートだが、ここは実質的に庵藤の居室でもある。

 その庵藤はパソコンの前で、ゲーミングチェアに座ってうなだれていた。
そのチェアも俺が買ってやったハイブランド品だ。
なのに、ふざけたこと言いやがって! 
たまらず声を荒げてしまう。
だが、

「おい、あんど……!」

 庵藤が俺を見上げた瞬間、俺はギョッとして一瞬言葉に詰まってしまった。
 酷い顔だった。

 顔色は土気色で、目の下にもクマが色濃く広がっている。
頬もこけ、唇も乾燥してカサカサ。
もともと細身だったが今は明らかにやつれている。
なのに眼球だけは瞳孔が開きギラギラと不気味に輝いていた。

 一ヶ月前に会った時は、コイツは焼肉弁当を頬張りながら上機嫌そのものといった様子だった。
それが、この一ヶ月の間に一体何があった? 
今のコイツの姿はまるで二年前の――、俺達が久しぶりに再開したあの時のようだった。

「す……」

 庵藤の乾燥した唇から、かすれた声が漏れた。

「す、す、すまない、ほ、本当に、申し訳ないと思ってる。でも、でも、でも、でも」

 過呼吸に陥りそうな程の荒れた呼吸で、庵藤は必死に何かを言おうとしている。
俺は逆に心配になってきて、

「と、とりあえず、お茶でもどうだ。飲みかけだけど……結構、うまいぞ、この麦茶」
 
 ひとまず落ち着くようにと声を掛けた。

 けど、庵藤はうなだれたまま、ずうっと押し黙っている。
なんだコイツ、心配してやってるのに……。

 そう思うと、またイライラが再燃してきた。

 俺をイラつかせる原因の一つにコイツの服装もある。
ナメてんのか? なんだその派手な花柄の半袖シャツ。
お前は闘牛士か? 一体どこで売ってるんだ、それ? 
庵藤のファッションセンスはいつもどうかしている。

 いや、普段なら別にいいけどさ。
普通、謝罪の時にそんな服着るか!? 
ホント腹立つな。
いや、マジで自覚ないだけなんだとは思うけどさあ……。

 しかも庵藤は俺の差し出したお茶を急に跳ね除けやがった! 
おま……、なんてことしやがる。
これ、古賀さんにもらったお茶だぞ!

「ダメだ! ダメだダメだダメだ!」

 庵藤は俺を無視して頭をかきむしると、

「もう決めたことなんだ! UMBRELLAの本当の配信者は俺だ! 今日みんなに全てを話す!!」

 一気に吐き出すように言った。

 そこからは一瞬だった。
反射的に俺の中で何かが沸騰した。
何を言ったのかは覚えていない。
けど、俺は間違いなく庵藤にひどい罵声を浴びせかけた。
そう、コイツは先の電話で突然に言ってきたのだ。

「俺たちの秘密を暴露する」

 と――。


 UMBRELLAの配信者は庵藤だ。
それは事実だった。
庵藤は二年前からずっと、俺の名を名乗って俺の代わりに俺のチャンネルで配信していたのだ。
「若色涼太は寝ていない」のカラクリはこれだった。
実質、若色涼太は二人いたのだ。

 今では舞台俳優として引く手あまたで、いくつかの配信ドラマの出演も経験し、地上波進出も睨んでいる俺だが、二年前まではその他大勢のモブの一人……どこにでもいる売れない舞台役者だった。

 活動の一環として始めたゲーム配信も、再生回数は三桁に達すれば御の字という体たらくだった。
俺はゲームの腕も悪くないし、どうしてあんなに伸びなかったのか、未だに分からない。
顔出しをすれば少しは違ったのかも知れない。
だが、当時、部屋に貼ってあった流行りのアニメのポスターが恥ずかしかったので、それもしていなかった。
今にして思えば配信に対して本気じゃなかったんだろう。

 そんな軽薄な気持ちだったから、庵藤からの突飛な提案にも深く考えずに乗ってしまったんだ。
あの時、アイツは言ったんだ。

「一回、配信やってみていいか?」

 それは純粋な好意からだったと思う。
だって、俺はアイツを家に住まわせて食わせてやってたんだから。

 二年前――、俺は新宿の片隅で庵藤と偶然再会した。
中学校を卒業して以来だった。
アイツはホームレスになっていた。
鬱っぽくもあった。
何と言っても昔の馴染だ。
ボロボロの花柄シャツを着て段ボールに囲まれて寝ているアイツを俺は放っておけず、

「おい、庵藤  」

 と声を掛けた。

 俺の部屋は狭いが二部屋あった。
俺は庵藤を連れて帰った。
しばらく、アイツは部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいた。
詳しくは聞き出せなかったが、どうも前の職場環境が相当にブラックだったらしい。

 俺の方は「いつまでいてもいいぞ」と言って、のんきに構えて粗末な手料理など振る舞っていたが、するとアイツもだんだん心を開いてきた。
俺がゲーム配信をしていると、時々部屋から出てきて後ろから眺めたりするようになった。

 次第に庵藤は皿洗いや洗濯も買って出るようになり、さらに「他に何か手伝えることはないか」と言ってきた。
俺は特に期待もせず、庵藤に「UMBRELLA」の改善点を尋ねた。
庵藤は少し考えてから、改善点の代わりに、あの言葉を口にしたのだ。

「一回、配信やってみていいか?」

 と――。

「どういうこと? 俺のチャンネルでお前が配信するの? それ、おかしくないか?」

 俺は笑って言った。

「それならさ、お前が自分のチャンネルを作れよ。ウチの機材とか自由に使っていいからさ」

 もしかしたら庵藤が自分の生活を取り戻すきっかけになるかも、と思ったのだ。
だが、アイツは首を振った。

「いや、お前のフリして配信してみようかと思ってさ」
「ん?」
「ほら、昔みたいにさ」
「ああ……!」

 俺達は昔を思い出して笑いあった。
「コイツ、だいぶ調子を取り戻してきたな!」などと思ったものだ。

 俺のチャンネルにもわずかだが常連の視聴者がいる。
「皆さん、何かおかしいと思いませんでしたか?」
「実は前回の配信ですが……」
「ルームメイトによる俺のモノマネでした!」 
そう言って庵藤を紹介したら彼らにウケるんじゃないか? 
そう思った。
アイツの突飛な提案に俺もすっかり乗り気になっていた。

「たぶんさ、俺の方がゲーム配信の才能、あると思うんだよな」

 まあ、そんな庵藤の言葉には正直イラッとしたが。
何度か一緒にゲームをしたが、庵藤の腕前は壊滅的にヘタクソだったのだから。

「お前なあ、ゲーム配信なんて遊んでるだけだと思ってナメてんだろ? 結構、難しいんだぞ。俺もこの一年、あの手この手を試したが……こういうのは簡単に見えても実際は数多の屍の上に一握りの成功者がいるだけであって……」

 クソみたいな説教を偉そうに長々とした覚えがある。
 それが蓋を開けたら、どうだ。

「おい、なんだこれ!?」

 まさに驚きの結果だった。
視聴者数は初の四桁を記録し、コメント欄もいつもではあり得ない程に賑わっていた。

「な、言ったろ? 俺の方が才能あるって」

 アイツは得意げに鼻を鳴らした。
俺は愕然として何度も庵藤の配信を見たが、なぜこんなに伸びているのか全然分からない。
庵藤のプレイはどう見てもヘタクソそのものだ。

「伸びてるって言っても……コメント欄とかお前のプレイへの罵倒ばっかりだぞ」
「でも、チャンネル登録者数も伸びただろ?」
「まぁ……」
「だからいいんだよ、これで」
「それにしても……誰もお前のモノマネに気付いてないな」
「そりゃそうだろ」
「まぁ……そっか……」

 しかし、これはこれでどうなんだ? 俺は首をひねった。

「なあ、庵藤さ。これ、ドッキリとしてもつまんなくねえか?」
「なんで?」
「だって、誰もお前のこと疑ってないもん。おかしいと思ってた! みたいな流れにならねえじゃん。お前、もうちょっとボロ出せよな」
「難しいこと言うなあ……」

 俺達は話し合って、もう一回、庵藤に配信を任せることにした。種明かしをするには機が熟していないと見たのだ。

 その後、さらにもう一回。そして、もう一回。またまたもう一回。
誰にも気付かれることなく視聴者数も登録者数もどんどん増えていく。

「おい、庵藤。これ……いつ種明かしすればいいんだ?」
「いやぁ……タイミングが難しいな」
「今見てる視聴者のほとんどは、俺じゃなくてお前の配信しか知らないもんな」
「それじゃ疑うもクソもねえよな……」

 彼らにとっては庵藤の配信こそが「UMBRELLA」そのものなのだ。

 そうして、タイミングを計りかねているうちに後戻りのできない事態が訪れた。
人気ゲーム配信者を集めた舞台朗読劇へのオファーが飛び込んで来たのだ。
当時、絶望的に売れてなかった俺にとっては千載一遇のチャンスだ。
だが、これに出演すれば俺はもう「人気ゲーム配信者の俳優」キャラで確定してしまう……。

「ようやく、お前に恩返しができるな」

 庵藤は笑顔を見せて了承してくれた。
これからも俺の替え玉を続けることに……。
そこから俺達の秘密の関係が始まった。

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