あさのかお

優月アカネ@note創作大賞受賞

十二話

「……わたしがクビ? 理由をうかがってもいですか!?」
「上層部の判断だと聞いている。悪いが俺も今朝聞いたばかりで、理由はわからない」

上司も本当に困っている様子だった。何も知らないというのは嘘ではなさそうだった。

「……よく働いてくれてたのに何もしてやれなくてすまん。退職日の月末まで後一週間、よろしく頼んだぞ」

そう言って上司はへたり込んでいる凛子を憐みの目で一瞥し、逃げるようにどこかへ去っていった。
部署のメンバーが遠巻きに好奇の視線を投げるなか、呆然自失だった凛子はスマホの振動で我に返る。

「夏海だ……」

通話の着信だ。凛子はよろりと立ち上がり、空いている会議室に身体を滑り込ませた。

「――もしもし」
『あっ凛子!? 九時からの情報番組見た? 昨日あんな事があったのに、望月あす香の出演シーン、ゴリゴリに使われてたよね。他局もダンマリだし、さすがにおかしいと思って事情を探ってみたんだけどさ――』
「……うん」
『昨日のこと、なかったことにされてるの! どんなパイプがあるんだか知らないけど、要は揉み消されてるのよ! 跡形もなく! 信じられないよね!?』
「揉み消された……?」

凛子はオウムのように夏海の言葉を繰り返した。
あんなに沢山記者がいたイベントだったのに。それを跡形もなく揉み消した?
望月あす香は局の看板女子アナとはいえ会社員だ。そんなことってできるんだろうか――?

(……もしかして、わたしのクビも?)

凛子は背筋にゾッと寒気が走った。

「……夏海。わたし、会社クビになった」
『はぁっ!? クビ!? どういうこと!?』
 
電話の音声が割れるほど夏海は動揺した。

「出勤するなり今月末でクビだって。……もしかしてこれも望月あす香の仕業なのかな?」
『いやいや、絶対そうに決まってるでしょ! 急すぎるし、仕事で何もヘマしてないのにおかしいって!』

夏海は興奮して声を荒らげる。

『あー、わかったかも。アイツ旺介さん以外の男とも不倫してたじゃん? 大企業の社長とかさ。そっち方面に泣きついて尻拭いしてもらったんじゃない? そうとしか考えらんないよ。凛子のクビもさ、あることないこと社長に吹き込んで仕組んだに違いないよ』
「……不倫の尻拭いを、他の不倫相手に……」

――なんて節操のない。
凛子は自分がクビになったことよりも、こんな女と結婚してしまった廉と、飾り物の子供として扱われている愛梨のことが心の底から気の毒になった。
どこまで性悪な女なんだろう。
ここで自分が諦めてしまったら、この女はこの先も他人の涙の上に自分の幸せを築くのだろう。それが腹の底から悔しかった。
――そんなこと、させてたまるか。凛子は唇を噛みしめる。

「……夏海。一応その件の裏取りをお願いしてもいい? ……あとグッドマザー賞で使ったVTRのテープをもらえる?」
『それはもちろん。でも凛子、クビの件はどうするつもり?』
「それはとりあえず後でいいかな。……実は、ここ一年くらい考えていたことがあって。クビって言われたときはショックだったけど、今はなんだか吹っ切れた感じもしているの」
『……無理しないでよ? あたしにできることがあったらいつでも言ってよね』
「うん。ありがとう。……夏海がいてくれてよかった」
『やだ、なによ改まって。大事な親友が困ってるんだから当たり前でしょ。じゃ、またあとで!』

通話を切ると、凛子の足にはしっかりと力が通っていた。

「――やってくれたわね、望月あす香。でもね、あんたは大きな間違いを犯したわ」

腹の底からおかしくなってくる。凛子は誰もいない会議室で「……あはははははは!」と笑い声を上げた。

「クビにしてどん底に突き落としたつもりなんでしょうけど、逆よ。これでわたしに怖いものはなくなった。誰にも遠慮することなく、あんたに罪を償わせることができるんだもの!」

次はもう間違えない。
揉み消しなんて絶対できない方法でとどめを刺してやる。
凛子はそう決意した。

◇◇◇

「今ごろ凛子ちゃん、地団駄を踏んで悔しがっているかしら。それとも自分のしたことを後悔して廉にでも泣きついているかしら。……ふふ……わたしを敵に回すから悪いのよ。雑魚ADは大人しく指くわえて黙っていればいいの……」

高級ホテルの最上階スイートルーム。
バスローブ姿でキングサイズのベッドに腰掛けるあす香は恐ろしい顔で呟くと、ルームサービスのアフタヌーンティーセットを貪り食う。肉食の獣のようだった。
食べ終えてぺろりと指を舐めると、ガチャと扉が開く。

「凛子ちゃん。お腹は満たされたかな」
「憲太郎さん。ええ、美味しくいただきました。いつも素敵なお部屋をありがとうございます」
「君は素晴らしい女性だから、当然のもてなしをしているだけだ」

憲太郎と呼ばれたのは、バスローブを羽織った初老の男性だった。

「このたびはご迷惑をおかけしてすみません。助けていただいて、ほんとうに助かりました」
「なあに、なんでもないことだよ。まあ、凛子ちゃんが僕以外の男にも会っていることは妬けたけど」

憲太郎は耳元でささやき、自然な流れであす香をベッドに押し倒す。

「……それで、僕へのご褒美は持ってきてくれたかな?」
「ええ、ここに」

あす香はバスローブのポケットからテレビ局のロゴが入ったUSBを取り出し、憲太郎のローブのポケットに入れた。

「いい子だ。これで我が社はもっと大きくなれる……」
「テレビ局の買収は悲願でしたものね。ささやかなお礼です」
「君はやはり最高の女性だ……」

濃厚な口づけを交わし、二人は情欲の波に呑まれていった。

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