あさのかお
十一話
その日の晩。
ゲストルームでは凛子と夏海、廉が集まってささやかなパーティーを開いていた。
愛梨も先程までいたが、寝る時間がきたためシッターに連れられて部屋に戻っていった。
「じゃ、大人だけになったところで改めて。あたしたちの未来に乾杯!」
「ちょっと夏海。あなたも含まれてるのはどういう理屈なの?」
乾杯しながら凛子と廉が笑うと、夏海はテヘヘと頭をかいた。
「いやその……弊社の膿が一つ出たというのは喜ばしいことかなと」
「ありがとう右近さん。VTRテープを差し替えてくれたんだってね」
「それくらい朝飯前ですよ。グッドマザー賞はうちの会社が協賛してますし、イベント班のADとして三年やってきてますから、潜り込むのは簡単です」
夏海はグラスのスパークリングワインを一気に飲み干し、テーブルの上のチーズに手を伸ばす。
「今ごろ週刊誌とかテレビ局は大騒ぎでしょうねえ。あす香さん本人は帰ってきてないんですか?」
「ああ。シッターの高橋さんが言うには、夕方に一度帰ってきたみたいなんだけど。俺が仕事を終えて帰宅したらもういなかった」
「小瀬田さんのほうにも取材が殺到してるんじゃ?」
凛子が心配そうに訊ねると、廉はうなずいた。
「仕事中からマネージャーの電話が鳴りっぱなしだったよ。でもまあ、軽く事情は話しておいたから想定内。こっちのコメントは妻の出方を見極めてから出すことになっているから大丈夫だよ」
「そうですか……。あとは愛梨ちゃんですね。ニュースで知ったら悲しむかも」
「あたし、明日も来るから。愛梨ちゃんが嫌なことを忘れられるくらい遊んであげる!」
酔いが回ってきた夏海がテンション高く宣言する。
「そうだね、そうしよう。あす香さんにネグレクトされてたみたいだし、少しでも笑顔になってほしい」
「映像を見て僕は愕然としたよ」
廉は苦渋の表情を浮かべて頭を抱える。
「ここに来る前に高橋さんに確認したら、クビにすると脅されてたから報告できなかったと謝罪されたよ。愛梨にはほんとうに辛い思いをさせてしまった……」
「小瀬田さん……」
もっと早くあす香との問題を解決していればよかったと、廉はひどく後悔しているようだった。
「あす香は母親ですらなかったんだ。愛梨から母親を奪っていいのかってところだけが引っかかっていたんだけど、もう何も気掛かりは無くなった。……二人とも、愛梨に良くしてくれてありがとう。ほんとうになんてお礼を言ったらいいか……」
廉ががばりと頭を下げると、凛子は驚いて顔の前で両手を振る。
「そんなそんな! 単に愛梨ちゃんといるとわたしたちも楽しいんです。愛嬌があって優しくて……小瀬田さんが大事に育ててきたのがよくわかります」
「…………さんみたいな人が、愛梨の母親だったらよかったのに」
「えっ」
廉は失言をしたとばかりに口元を抑えた。
互いに目を泳がせ、赤い顔で黙り込む。
「……ふぅーん。いいねえ、いいですなあ。この空気感だけであたしはもう一杯いけるわ」
夏海はワインボトルからおかわりを注ぎ、二人の様子を楽しそうに眺めるのだった。
◇
イベントの場であす香のスキャンダルを暴露し、社会的に報復をしたはずだったのだが――。
翌日テレビをつけた凛子は強烈に違和感を感じた。
今日は日曜日なのでニュースの収録は休みだが、トーク番組のゲストとしてあす香がテレビに映っていた。
生放送ではなく録画の番組だが、あれだけのスキャンダルを起こせば出演シーンはカットになるのが普通だ。
(編集が間に合わなかったのかしら? でも三十分番組のワンコーナーだから、いくらでも対応はできたはず)
カメラに向かって微笑むあす香の表情は、どこか勝ち誇っているようにも見えた。
凛子は嫌な予感がした。チャンネルを変えて各局の番組をチェックする。スマホを取り出してニュースアプリをスクロールする。
「――どうなってるの? どの局でも昨日の出来事を報道してないわ。ネットニュースにすらなってない」
薄ら恐ろしい気持ちを抱えて出勤すると、「浅倉くん。ちょっと話があるから来てほしい」とすぐに上司に呼び出された。
そして告げられる。
「浅倉凛子くん。今月末を持ってクビだそうだ」
――クビ? わたしが?
凛子は絶望の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。
ゲストルームでは凛子と夏海、廉が集まってささやかなパーティーを開いていた。
愛梨も先程までいたが、寝る時間がきたためシッターに連れられて部屋に戻っていった。
「じゃ、大人だけになったところで改めて。あたしたちの未来に乾杯!」
「ちょっと夏海。あなたも含まれてるのはどういう理屈なの?」
乾杯しながら凛子と廉が笑うと、夏海はテヘヘと頭をかいた。
「いやその……弊社の膿が一つ出たというのは喜ばしいことかなと」
「ありがとう右近さん。VTRテープを差し替えてくれたんだってね」
「それくらい朝飯前ですよ。グッドマザー賞はうちの会社が協賛してますし、イベント班のADとして三年やってきてますから、潜り込むのは簡単です」
夏海はグラスのスパークリングワインを一気に飲み干し、テーブルの上のチーズに手を伸ばす。
「今ごろ週刊誌とかテレビ局は大騒ぎでしょうねえ。あす香さん本人は帰ってきてないんですか?」
「ああ。シッターの高橋さんが言うには、夕方に一度帰ってきたみたいなんだけど。俺が仕事を終えて帰宅したらもういなかった」
「小瀬田さんのほうにも取材が殺到してるんじゃ?」
凛子が心配そうに訊ねると、廉はうなずいた。
「仕事中からマネージャーの電話が鳴りっぱなしだったよ。でもまあ、軽く事情は話しておいたから想定内。こっちのコメントは妻の出方を見極めてから出すことになっているから大丈夫だよ」
「そうですか……。あとは愛梨ちゃんですね。ニュースで知ったら悲しむかも」
「あたし、明日も来るから。愛梨ちゃんが嫌なことを忘れられるくらい遊んであげる!」
酔いが回ってきた夏海がテンション高く宣言する。
「そうだね、そうしよう。あす香さんにネグレクトされてたみたいだし、少しでも笑顔になってほしい」
「映像を見て僕は愕然としたよ」
廉は苦渋の表情を浮かべて頭を抱える。
「ここに来る前に高橋さんに確認したら、クビにすると脅されてたから報告できなかったと謝罪されたよ。愛梨にはほんとうに辛い思いをさせてしまった……」
「小瀬田さん……」
もっと早くあす香との問題を解決していればよかったと、廉はひどく後悔しているようだった。
「あす香は母親ですらなかったんだ。愛梨から母親を奪っていいのかってところだけが引っかかっていたんだけど、もう何も気掛かりは無くなった。……二人とも、愛梨に良くしてくれてありがとう。ほんとうになんてお礼を言ったらいいか……」
廉ががばりと頭を下げると、凛子は驚いて顔の前で両手を振る。
「そんなそんな! 単に愛梨ちゃんといるとわたしたちも楽しいんです。愛嬌があって優しくて……小瀬田さんが大事に育ててきたのがよくわかります」
「…………さんみたいな人が、愛梨の母親だったらよかったのに」
「えっ」
廉は失言をしたとばかりに口元を抑えた。
互いに目を泳がせ、赤い顔で黙り込む。
「……ふぅーん。いいねえ、いいですなあ。この空気感だけであたしはもう一杯いけるわ」
夏海はワインボトルからおかわりを注ぎ、二人の様子を楽しそうに眺めるのだった。
◇
イベントの場であす香のスキャンダルを暴露し、社会的に報復をしたはずだったのだが――。
翌日テレビをつけた凛子は強烈に違和感を感じた。
今日は日曜日なのでニュースの収録は休みだが、トーク番組のゲストとしてあす香がテレビに映っていた。
生放送ではなく録画の番組だが、あれだけのスキャンダルを起こせば出演シーンはカットになるのが普通だ。
(編集が間に合わなかったのかしら? でも三十分番組のワンコーナーだから、いくらでも対応はできたはず)
カメラに向かって微笑むあす香の表情は、どこか勝ち誇っているようにも見えた。
凛子は嫌な予感がした。チャンネルを変えて各局の番組をチェックする。スマホを取り出してニュースアプリをスクロールする。
「――どうなってるの? どの局でも昨日の出来事を報道してないわ。ネットニュースにすらなってない」
薄ら恐ろしい気持ちを抱えて出勤すると、「浅倉くん。ちょっと話があるから来てほしい」とすぐに上司に呼び出された。
そして告げられる。
「浅倉凛子くん。今月末を持ってクビだそうだ」
――クビ? わたしが?
凛子は絶望の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちた。
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